日本一おいしい!沖縄の肉食グルメ旅

日本一おいしい!沖縄の肉食グルメ旅

#24

鼎談「山羊こそが沖縄を救う」〈前編〉

鼎談・仲村清司×藤井誠二×普久原朝充 構成・鈴木さや香

 

 沖縄のありとあらゆる肉を食べ尽くそうと、肉食街道まっしぐらの三バカ男。本日は、山羊と沖縄の食材を使ったフレンチ&イタリアンが楽しめるという『ビストロ ル・ボン・グー』にやってきた(連載#08山羊肉食えば文明開化の音がする参照)。

 山羊肉専門の欧風レストランは日本広しといえどもこのお店しかあるまい。が、クセの強さから、山羊は沖縄でも苦手意識をもつ人が多い。実は我が仲村清司隊長も「山羊の匂いだけは勘弁を!」とあからさまに避けていたようだが……?

 

okinawa24_01

 

 

 

欧風料理は「山羊の体臭」を超えるのか 

藤井:仲村さんは、この『ビストロ ル・ボン・グー』で山羊ぎらいを払拭されたそうですね。

仲村:これまでは山羊を毛ぎらいしていて、こいつだけは腹を割って話せない仲だったんだけれど、実際付き合ってみると、おまえもいいやつだったんだなあと、お近づきになれた感じだね。正直、今でも沖縄の伝統的な山羊汁や刺身は苦手だけど、フレンチやイタリアンだと食べられるということを知ったね。初めて山羊の懐の深さが見えたかな。

藤井:仲村さんの奥様も山羊を40年近く食べなかったそうですね。

仲村:彼女が子どものころ、曽祖父の家を新築した際に飼っていた山羊を目の前でつぶされてヒージャー鍋(山羊汁の鍋)にされたようです。確かに子どもにとっては刺激が強いシーンですね。沖縄は70年代まで山羊を飼っている家も多かったから、こういう経験をもつ人は多いね。

藤井:それはトラウマだ。昔、小説家の梁石日さんと韓国を旅したことがあるだけど、タッカルビ(鶏肉を甘辛く炒めた料理)を頼もうとしたら、食べられないという。小さいときにかわいがっていた鶏が、とつぜん姿を消して食卓に並んだとき以来だったとおっしゃっていました。僕は子どものとき実家で鶏を10羽ぐらい飼っていたんですが、あるとき、近所の猫に襲われた。飼育してたケージみたいなのが壊され、血が飛び散っていて。そのときだけ我が家では鶏肉は敬遠されてました。僕はそれで鶏が食べられなくなったことはなかったけど。

仲村 僕も小学生のころ、ひよこから育てた鶏を祖父につぶされた経験があるけど、トラウマにはならなかった。むしろ、「これ以上大きくなると肉が固くなる」と簡単に鶏の首を鉈で落として物干し竿につるし、血抜きする祖父の無駄のない作業に感心させられた。明治男の気風って凄いね。人間以外の生き物は「食べ物である」という考え方に揺るぎがない。これはその後の世代というか、後世の日本人が失った部分かもしれない。

普久原:子どものころの体験から食べられなくなった人が僕の親戚にもいます。曽祖母が鶏を締めるのが得意だったそうで、首を刈られた後も歩く鶏を見たのがショックだったようです。他にも、可愛がって育てていた山羊が見当たらない思ったら、その日の食卓に上っていた体験を語る復帰前生まれ人もまだ結構いますね。でも、だいたいの人は、涙ながらに美味かったと感想を述べられています(笑)。

仲村:薄っぺらい涙だなあ(笑)。どんなにショックでも美味けりゃ後顧の憂いなしということね。僕も、祖父がつぶして作った「鶏すき鍋」が実に感動的で旨かった。今振り返ると、ささみは刺身にしてとか、砂肝は塩焼きにして食っておけばよかったなあと、後悔しているぐらい(笑)。そういう経緯からすると、妻の場合は山羊がかわいそうだから食べられなかったのではなくて、単純に山羊汁の特有の匂いが嫌だったんじゃないかと?

普久原:いや、両方なんじゃないですか。つぶされたのを目の前にした気持ちを、記憶の中の匂いが補強しちゃっているのかも。

藤井:1990年代の最初に沖縄に通いだした頃、通過儀礼のように沖縄で知り合った方に山羊を食べに連れて行かれたり、その知人がどこからか手に入れてきた肉をビニール袋に入れて持ってきてくれて、知り合いの店で生姜醤油を出してもらって食べたりしていました。最近のはかけ合わせて肉が柔らかくなり、臭みがなくなった、とその知人はよく言ってましたね。僕は最初から美味いと思いましたね。もともとクサい肉が好きなので。山羊の内臓も肉もいっしょに煮込んだ料理がいまでも好きですよ。でも、沖縄でもけっこう苦手な人が少なくないっていうのはあとになって知りました。

普久原:よかったですね。その土地の食事に馴染めないとなかなか辛いものがありますからね。確かに、クセのある山羊料理は通過儀礼のように使われることもありますね(笑)。

仲村:沖縄出身のエッセイストの古波蔵保好氏も『料理沖縄物語』(朝日文庫)のなかで、「あの匂いがキツクないと、もっといいのにね、とわたしがいったら、山羊の匂いにヘキエキするようでは沖縄の人といえない、と戒められた」と回顧しているから、山羊は昔から沖縄人のアイデンティティの「踏み絵」にされていたようだね。僕も、山羊を食べられないようでは沖縄人にはなれないよといわれ続けてきたけど、今日の『ル・ボン・グー』の料理で「なんだ、食べられるじゃないか」と思ったね。こういう踏み絵なら何度でも踏みたい(笑)。

普久原:踏み絵(笑)。沖縄県民でも最初に山羊に対する苦手イメージをつくってしまい、その後も食べられずにいる方が多いですね。でも、その意識を『ル・ボン・グー』で払拭された方は多いそうです。

藤井:料理ってすごいですね。人の心の奥底ある苦手意識まで塗り替えてあげることはそうそうできませんから。

普久原:店名の『ル・ボン・グー』は「正しい味覚」という意味でしたよね。それまでの味覚を塗り替えて新たな味覚に目覚めた方は多いかもしれないです。僕自身は山羊肉に対して特に苦手意識はなかったのですが、それでも「こうやって食すものだ」という固定観念がありましたから、これまで山羊を勘違いしていたと思い知りました。連載コラム(#08山羊肉食えば文明開化の音がする)にも書きましたが、山羊のゴートと、ゴート族に関連があるという子供のころの勘違いから既に迷走してましたね。

仲村:山羊を勘違いしていたっていい表現だね。僕も、山羊汁や山羊刺しは紹介され尽くしているから面白味に欠けるかなと思ってたけど、ここの山羊料理を食べれば肉にうるさい人たちもインスパイアされてその見せ方出し方、さらにはフルコースとしてのメニュー構成にリスペクトし、山羊特有の畜肉臭の問題を最適なかたちでソリューションできるかもしれない。

普久原:仲村さん、急にジャストアイデア出したかと思ったら、PDCA回しにコミットし始めましたね。

藤井:なんで急にビジネス用語になるんや(笑)。

仲村:要は、このお店のメニューは完成度が高くて、山羊の匂いも完璧に問題解決されているということを言いたいの(笑)。山羊とマスタードがよく合うのも意外だったし、山羊が苦手な人は、『ル・ボン・グー』の料理から食べ始めたほうがいいかもしれない。勘違いといえば、高血圧の人が山羊を食べると身体に悪いという説も科学的に否定されました。そもそも山羊汁の塩分量が問題で、肉のエキスや成分は血圧に関与しないらしい。

普久原:山羊ミルクも、牛乳に比べてアレルギーの人が少ないことなども相まって、健康的な食材として見直されつつありますね。

仲村:牛や豚などに比べても肥育コストが低いからね。おばあちゃんでも育てられることで有名だし。加えて山羊はうらやましいことに性的なフェロモンの量も哺乳類のなかでもダントツだといわれているし。

藤井:つまり発情が盛んで多産ということでしょ。それがなぜうらやましいのですか?

仲村:山羊は人間と同じで発情期が限定されていないんだよ。いいかえれば毎日四六時中、ムラムラしっぱなし。だから、勝手に増えていく。火山活動が激しい硫黄鳥島は人が住めない無人島だけど、人間が持ち込んだ山羊は自然環境の悪条件をクリアして、繁殖を続けているというからね。いや、寄る年波におされて性的フェロモンが失せている初老期の僕なんかにはうらやましい存在なんだよ。山羊はこれからの地球規模的な食糧難を救う家畜といわれてるんだよ……。

普久原:スケープゴートとか散々な扱われようの山羊が世界を救う(笑)。

仲村:実際ね、山羊はわざわざ広大な牧草地をつくる必要がなくて、野原や草地の雑草を食べるので、さっきいったように肥育コストが極端に低い。だから、食糧難対策として真面目に研究されている。でもねえ、山羊が主食になる時代がくるとなると僕なんかはすぐに淘汰されてしまう(笑)。

普久原:そのぶん、誰もが無理なく食べられる『ル・ボン・グー』の料理は貴重ですね。

 

 

okinawa#24_02okinawa#24_03

実食前「踏み絵」のように山羊料理を食べさせられた記憶がよぎる仲村隊長も、一口食べてみて「なんだ、イケるじゃないか」とこの表情。

 

okinawa24_4

那覇市栄町市場東口の並びに佇む『ル・ボン・グー』

 

*『ビストロ ル・ボン・グー』フェイスブック→https://www.facebook.com/Bistro.Lebongout/

 

*次回、後編に続きます!

 

*本連載は、仲村清司、藤井誠二、普久原朝充の3人が交代で執筆します。記事は月2回(第1週&第3週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

*三人の共著による、新刊『沖縄オトナの社会見学 R18』(亜紀書房)が好評発売中です。ぜひ、そちらもお読みください。詳細はこちら→http://www.akishobo.com/book/detail.html?id=764

 

 

okinawa00_writer01

仲村清司(なかむら きよし)

作家、沖縄大学客員教授。1958年、大阪市生まれのウチナーンチュ二世。1996年、那覇市に移住。著書に『本音の沖縄問題』『本音で語る沖縄史』『島猫と歩く那覇スージぐゎー』『沖縄学』『ほんとうは怖い沖縄』『沖縄うまいもん図鑑』、共著に『これが沖縄の生きる道』『沖縄のハ・テ・ナ!?』など多数。現在「沖縄の昭和食」について調査中。最新刊『消えゆく沖縄 移住生活20年の光と影』発売。

okinawa00_writer02

藤井誠二(ふじい せいじ)

ノンフィクションライター。1965年、愛知県生まれ。8年ほど前から沖縄と東京の往復生活を送っている。『人を殺してみたかった』『体罰はなぜなくならないのか』『アフター・ザ・クライム』など著書や対談本多数。「漫画アクション」連載のホルモン食べ歩きコラムは『三ツ星人生ホルモン』『一生に一度は喰いたいホルモン』の2冊にまとめた。沖縄の壊滅しつつある売買春街の戦後史と内実を描いたノンフィクション作品『沖縄アンダーグラウンド』を2017年に刊行予定。

okinawa00_writer03

普久原朝充(ふくはら ときみつ)

建築士。1979年、沖縄県那覇市生まれ。アトリエNOA、クロトンなどの県内の設計事務所を転々としつつ、設計・監理などの実務に従事している。街歩き、読書、写真などの趣味の延長で、戦後の沖縄の都市の変遷などを調べている。最近、仲村と藤井との付き合いの中で沖縄の伝統的な豚食文化に疑問を持ち、あらためて沖縄の食文化を学び直している。

紀行エッセイガイド好評発売中!!

okinawa00_book01

島猫と歩く那覇スージぐゎー

著・仲村清司

okinawa00_book02

沖縄うまいもん図鑑

著・仲村清司

okinawa00_book03

一生に一度は喰いたいホルモン

著・藤井誠二

okinawa00_book04

三ツ星人生ホルモン

仲村清司

日本一おいしい!沖縄の肉食グルメ旅
バックナンバー

その他のCULTURE

ページトップへ戻る

ページトップへ戻る