アジアは今日も薄曇り

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#24

沖縄の離島、路線バスの旅〈13〉与那国島(3)

文と写真・下川裕治 

与那国島、久部良港

 

 太平洋戦争が終わってから6年間ほど、与那国島が好景気に沸いた。島ではその時期をケーキ時代と呼ぶ。

 与那国島の久部良に活況をもたらしたのは、台湾との密輸だった。台湾から米、砂糖などの食料、そして薬が与那国島にもち込まれ、沖縄本島にを経由して関西方面に運び、闇市を支えたとういう。

 密輸といっても貿易であることに変わりはない。台湾で仕入れるときには資金がいる。そこで登場するのが”戦果アギヤー”である。「戦果をあげる者」という意味になる。アメリカ軍の基地に忍び込み、さまざまな物を盗みだす窃盗団なのだが、戦果アギヤーには悲しい沖縄が込められていた。沖縄の人の意識では、沖縄本島に上陸したアメリカに負けたという意識があった。だからアメリカ軍基地から物資を盗むことは戦果だった。彼らはそうやってアメリカと戦ったのである。ひと泡吹かせたい……と。

 しかしそのなかには、沖縄が犠牲になったという思いがくすぶっていた。やけっぱちなエネルギーは、見捨てられた人々がときに獲得するものだ。

 戦果アギヤーは、敗戦後の沖縄のヒーローだった。彼らはアメリカ軍基地から盗みだしたものを無償で配ったのだ。食糧難にあえぐ沖縄の人々は、英語が書かれたパッケージの食料で飢えをしのいだ。

 話を与那国島を舞台にした密貿易に戻す。台湾から仕入れる食料や薬は当初、物々交換の形をとった。沖縄には買いつける資金などなかった。沖縄から台湾に運ばれたものは、薬きょうや鉄製品が多かった。鉄の暴風雨ともいわれる沖縄地上戦の残骸も含まれていた。

 中国大陸では内戦が激しさを増していた。国民党と中国共産党の戦闘が各地で広がっていた。鉄製品への需要は多かった。当時の台湾には、国民党のほか、中国共産党のスパイも数多く入り込んでいた。沖縄から運ばれた鉄製品は、国民党だけでなく、中国共産党にも流れていった。

 密貿易はしだいにエスカレートしていく。戦果アギヤーはアメリカ軍基地から銃火器を盗みだしはじめる。鉄製品よりはるかに高い値がついた。

 この流れが、やがて密貿易の終焉に結びついていく。1950年、朝鮮戦争が起きる。金日成の北朝鮮軍が38度線を越えて南下した。この戦争はやがて、アメリカ軍と中国共産党との戦争という形に発展していく。

 中国共産党は武器が必要だった。その調達ルートのひとつが与那国島ルートだった。アメリア軍基地から盗みだされる武器が中国共産党に渡る……。アメリカ軍は黙っているわけにはいかなかった。

 与那国島を舞台にした密輸を、アメリカ軍や琉球政府が知らなかったわけではない。半ば黙認していたのは、沖縄の惨状を目にしていたからだ。しかし、このルートで流れる武器が、朝鮮半島で敵対する中国共産党の軍に渡るということは見すごすわけにはいかなかった。

 徹底的な密輸ルートつぶしがはじまった。与那国島では山狩りをするほどの念の入れようだったという。

 この摘発を機に、与那国島の久部良を拠点にした密輸は忽然と消えた。

 台湾の蘇澳には、与那国島に運ぶ物資を買いつけるための琉球町もできあがっていた。この一角も忽然と消えた。琉球町があったといわれるあたりを歩いたことがある。石敢當ひとつみつからなかった。

 

久部良港から石垣島へ

 久部良の集落にある民宿に泊まった。夜になると、犬の遠吠えが聞こえる静けさだった。

 翌朝のフェリーで石垣島に戻ることにした。運賃は片道3610円だった。飛行機より6000円近く安い。週2便の運航だ。所要4時間の船旅である。

「でも今日は風が強いから、30分ぐらい遅れるかもしれません」

 発券売り場の女性が伝えてくれた。

 

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久部良港。密輸船は昼間、堂々と入港したという。はじめは半ば公認だったようだ

 

久部良港を出航するフェリー。乗客は10人ほどだった

 

 船は揺れた。与那国島の島影が小さくなった頃から、船酔いがはじまった。こうなると横になって、ただ耐えるしかない。唐突に胃液がこみあげてくる。

「このままいったら、トイレですごすしかないかもしれない……」

 そう思いながら目を閉じる。それから1時間、2時間……。

 急に揺れが小さくなった。背中に伝わるエンジン音も変わる。それから30分。ようやく船酔いも収まり、甲板に出てみた。

 前方に石垣島の中心街のビルが見えてきた。

 フェリーが接岸したのは、石垣港離島ターミナルから少し離れた埠頭だった。そこから歩いてバスターミナルに向かう。石垣島の路線バスが待っていた。

 

 

DSCN2716

フェリーが石垣港に近づいていく。高速船より沖縄の船旅はフェリーがいい

 

 

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*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『東南アジア全鉄道制覇の旅 タイ・ミャンマー迷走編』『東南アジア全鉄道制覇の旅 インドネシア・マレーシア・ベトナム・カンボジア編』『週末ちょっとディープなタイ旅』『週末ちょっとディープなベトナム旅』『鉄路2万7千キロ 世界の「超」長距離列車を乗りつぶす』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

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