京都で町家旅館はじめました

京都で町家旅館はじめました

#24

恐るべしオーバーツーリズム

文・山田静

 

 日が傾きかけたころ、ガラガラッと玄関の扉が開き、1日の観光を終えたゲストたちが暖簾にからまったり、扉に挟まったり、頭をぶつけたりしながら次々と帰館してくる。

 生まれてはじめて暖簾、そして自動ドアでもないのに横にスライドする玄関ドア、さらに彼らの脳内で見積もられている以上の戸口の狭さ低さに身のこなしが慣れるにはちょっと時間がかかる。「町家に入る」という動作だけでも、外国人にはずいぶんな異文化体験なのである。

 ……玄関話が長くなった。

  なんだかんだで無事館内に入ってきた彼らは、たいていぐったり疲れている。

「ただいまぁー」

「お帰りなさい。楽しかったですか」

「素晴らしい一日だったよ。でも人が多すぎてびっくりしたよ」

 これが定番の会話。

 全国民も思ってるだろうが、京都、観光客が多すぎだ。

 

 

レッド・サウザンド・ゲートの人波

 当館は京都市内でも中途半端な場所に位置している。多少なりともゲストの時間を節約するために、特に日本が初めて、という人に対してはチェックインのあとに行きたい場所をヒヤリングすることが多い。

「(ガサガサガサ)(地図を拡げながら)なにかプランはありますか?」

「あるある。えーと(自分のスマホや手帳を見る)……ジオン、レッド・サウザンド・ゲート、バンブーフォレスト、ゴールデンパビリオン、フードマーケットかな」

 どこかおわかりだろうか?

 祇園、伏見稲荷、嵐山、金閣寺、錦市場だ。

 ほぼ100%の人が挙げる場所だ。もうちょい下調べが進んでいる人だと、

「パレス、キャッスル、フィロソフィカル・パスかな」

 京都御苑、二条城、哲学の道である。

 というわけで、最近はプランを聞くのではなく、

 「(ガサガサガサ)(地図を拡げながら)主なアドレスをご紹介しますね」

 と、宿と上記の場所をぐりぐりっとマルで囲み、位置関係とアクセスを把握してもらうことが多い。

 だがしかし、もともと日本人で混雑している上に、ほぼ100%の外国人がここに行くのであるから、当然人が多い。桜や紅葉の季節ともなると渋滞がひどくバスの乗り降りもままならなくなるので、こう言い添える。

「烏丸通りを走るバスにはできれば乗らないように」「清水道と祇園のバス停では乗降しないように」

 雪が降った日、ベストショットを狙って金閣寺に向かうゲストにも、周辺道路が渋滞することを注意喚起して送り出す。

 現場に到着しても、紅葉の時期ともなると嵐山の渡月橋は一方通行で途中の立ち止まり禁止、人気の瑠璃光院はメインの撮影場所となる座敷は人数を区切っての入れ替え制で、さらにピークともなると撮影に許されるのは30秒、という恐るべき状況だ。

 キャパを超えている。

 京都市民だってそう思っているだろう。てかしょっちゅう愚痴っているのは聞く。しかし観光で食べてる人も多いし、おおっぴらに文句も言えない(というか京都人はそういうことはしない。ふわっと嫌みを言う……)。

 そんななか、昨年10月からスタートした宿泊税。ひとり1泊2万円以内なら200円。4万円のツインルームにふたりで泊まっても200円なので、ピークでも1室3万円止まりの当館だと、ほぼ全員1泊あたり200円を徴収することになる。小銭だが1年前に予約した人にとっては想定外の出費。私ならムッとしちゃいそうだ。

「怒られたらどうしようね」

「この京都市から届いたもっともらしいパンフレットに英語の計算書を添えて説明しようか」

「それでもダメって言われたら?」

「……泣き寝入り?」

 なんてスタッフとは事前に話していたのだけれど、フタを開けてみたら「知らなかった」という人はいても文句を言う人は誰ひとりいない。世界各地の観光都市で、宿泊税徴収の動きが広まってきているのが大きい。観光客だらけでこりゃヤバい、という認識は、世界で広まりつつあるように思う。 

 私も毎年各地を旅しているが、近ごろ10年前、20年前に行ったことがある土地を再訪すると、人がいっぱいで驚くことがある。かつては欧米人や酔狂な日本人が多かったインドや中国の地方の観光地は、いまやインド人や中国人の国内旅行者で大混雑。場所によってはインフラが追いつかず渋滞が起きていたり、ゴミが散乱していたり。スリの横行など治安の悪化も心配されている。

 UNWTO(国連世界観光機関)の統計によれば、2018年の海外旅行者総数は14億人。1995年が5億2500万人だったことを考えると、オーバーツーリズムは大げさでなく、世界が共有する最新の環境問題なのだ。京都はその最前線(?)なのである。

「ローマに暮らしてるから観光客には慣れてるつもりだけど、京都はそれ以上よ」

 紅葉ど真ん中の季節に滞在していたイタリア人マダムが目をくりくりさせながら訴えてきたが、「……ごめんね……」である。

 京都の宿泊税は観光客のための標識やトイレなどの整備に使われるというが、それよりなんとか頑張って地下鉄をせめてあと1本作るか、高架電車を通すかしていただけると……。

 東京五輪、その先には大阪万博、そして文化庁移転。「まだまだ増えるはず」という旅行者を見込んで、角を曲がれば建設現場、表示を見ると高確率で旅館かホテル。そんな情景が当たり前になってきているのがいまの京都だ。宿屋の自分がいうのもなんだが、そんなに受け入れて大丈夫なのか、いろんな意味でやってけるのか、と不安な気持ちになるのが正直なところだ。

 

1-IMG_4460

ある日の嵐山、竹林に向かう道。平日でこの混雑だ

 

 

観光地っぽくない場所とは

 と、まあこんな背景も手伝って、外国人、特に欧米人からよく受ける質問ベスト5に入りそうなのが、これだ。

「観光地っぽくなくて、観光客も少ない場所に行きたいんだけど、どこがいい?」

 以前だと、うーんうーんと悩んでやけにマニアックなお店や路地を紹介したりもしていたが、多くの人が、やっぱり金閣寺や清水寺に行くんである。まあ、そうそう何度も来られないしヘタを打ちたくない心理もわかる。英語ガイド『LONELY PLANET』がおすすめしてるところには、「一応行ってみないと」だ。

 が、最近はちょっとおすすめのコツがわかってきた。

「(ガサガサガサ)(地図を広げながら)庭はお好きですか? なら圓光寺、曼殊院、詩仙堂周辺はいかがですか。帰りは鴨川を散策しながら、下鴨神社に寄るのもおすすめです」

「人気(ひとけ)が少ない小さなお寺を歩きたい。なるほど、では嵯峨野はいかがですか? バンブーフォレストを抜けて、ミシュランにも掲載された大河内山荘を巡り、そのあと北に向かうと美しい散策路がありますよ。祇王寺が私が好きなお寺です」

 観光地じゃん。

 京都好きな方なら、そう思われるだろう。

 だがしかし、この話のポイントは前述の「祇園、伏見稲荷、嵐山、金閣寺、錦市場」から外れていることだ。つまり、外国人旅行者が極端に減るのだ。もちろん日本人、そして主にアジア系の京都リピーターは歩いているが、観光客の半数くらいを占める外国人がほとんどいない。となると、金閣寺や竹林の人混みから比べると、半分以下の混み具合=体感では相当空いてる。

 遠出をしたい、自然に触れたいという人なら鞍馬や大原を推薦するが、どちらも湯どころとして意外と知名度が高い。そういうところよりも、現地で知った美しい場所を訪れて、オリジナルな旅ができたと感じたときの喜びは大きいはずだ(というか自分がそうなので、きっと人もそうに違いないと決めてかかっている)。

 

2-IMG_5121

年末のある日、大原散索に出かけた。そのときの写真を少し

 

3-IMG_5139

三千院の庭は、少し野趣もあって広々して、なんとも気持ちいい

 

4-IMG_5161

と、思ったら突然のプチ吹雪! この日・12月28日は京都市内も少し雪が降った

 

5-IMG_5194

宝泉院の松。ここは雪が風情を増していた(けど寒い)

 

6-IMG_5257

大原は案外外国人も多い。大原山荘など、山里の温泉がお目当てだ

 

「素晴らしい1日だったよ、ありがとう」

 先日は、オーストラリアから来たおしゃれでやや気難しいおじさま2人組が曼殊院が気に入ったとごきげんで帰館した。周辺も緑が多く、歩くのが好きな人には絶好の散歩ルートなのだ。叡山鉄道も気に入ったそうで、乗り比べたいからと翌日は嵐電で出かけていった。

 ドヤ。

 ……なんてドヤッてみても、まあ、結局のところ大半の人は金閣寺に行く。そして人が多いと嘆く。

 それはそれで、全然構わない。旅の時間なんて、すべてはその人の時間なのだから好きに使えばいい。ただ、こちらとしては、ゲームに出てくる宿屋の主人のように、旅の間の「ゆうしゃ」から質問されたら、「そうじゃな、わしはこう思うぞ」と答えられるようにしておきたいな、と思う。

 そのためにはもっともっと引き出しが増やせるよう、勉強せにゃ。

 なんて真面目に思っていたのだが。

「知っていたら、でいいんだけど」

  アメリカから家族旅行でやってきた仲良しご一家のお父さんが、困った顔をして聞いてきた。

「ネイルサロンのおすすめはないかな?」

 おしゃれな娘さんの大事な爪が痛んでしまったそうな。

 あー……

 すいません……

 ひとつも知らないです……

 宿屋の主人、まだまだ空っぽの引き出しのほうが多いのであった。道は遠い。トホホ。

 

7-IMG_5090

8-IMG_5298

ではここから楽遊の年末年始をちょっぴりご紹介。

クリスマスは「亀屋吉長」のかわいい生菓子「静けき夜」、大晦日は恒例となった年越しどん兵衛

 

9-IMG_5276

10-IMG_5287

11-IMG_5301

お正月の飾りはシンプルに。試行錯誤が続いた元旦の朝食は、今年はお供えみたいなプチおせち。甘いものをちょっぴりずつ選んだのがよかったのか、外国人ゲストもほとんど完食、よかった

 

12-IMG_5463

お世話になっている「梅香庵茶舗」のご主人が、裏の庭に咲いたというロウバイを分けてくださった。さっそくつくばいに生けると、あたりがいい香りに包まれた

 

13-IMG_5475

14-IMG_5510

1月25日は初天神。北野天満宮の骨董市だ。梅が咲き始めて、春はもう近い。がんばれ受験生、と心のなかで応援しつつ、門前グルメの粟餅をいただきます!

 

 

 

*町家旅館「京町家 楽遊 堀川五条」ホームページ→http://luckyou-kyoto.com/

*宿の最新情報はこちら→https://www.facebook.com/luck.you.kyoto/

 

 

*本連載は毎月20日に配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

kyoto_profile_P1020563

山田 静(やまだ しずか)

女子旅を元気にしたいと1999年に結成した「ひとり旅活性化委員会」主宰。旅の編集・ライターとして、『決定版女ひとり旅読本』『女子バンコク』『成功する海外ボランティア』など企画・編著書多数。2016年6月開業の京都の町家旅館「京町家 楽遊 堀川五条」の運営も担当。

紀行エッセイガイド好評発売中!!

ISBN978-4-575-30372-8

決定版 女ひとり旅読本

ISBN978-4-575-30585-2

女子バンコク

   

京都で町家旅館はじめました
バックナンバー

その他のJAPAN CULTURE

ページトップアンカー