ブーツの国の街角で

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#24

サクロファーノ :収穫の祭り『サグラ』でイノシシ料理を満喫

文と写真・田島麻美

 

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  秋、本番。9月末から11月の期間はイタリアの田舎がとても賑やかになる。各地でその地域の特産物や地域内で収穫された食材を食べる『サグラ(Sagra)』と呼ばれる収穫祭が開催されるからだ。「サグラ」とはラテン語で「神聖なるもの」という意味があるそうで、古来より神の恵みである食べ物と人とをつなぐお祭りとして、毎年収穫の時期に神殿や教会の前で開かれていたものらしい。今日では宗教的な意味は薄れ、「地元の食材を旬の時期にみんなで食べよう!」というイメージが強くなっている。祭りの対象となる食材はさまざまで、秋の味覚の代表であるポルチーニ茸をはじめ、トリュフ、オリーブオイル、栗、イノシシやウサギといったジビエ肉など、その土地にちなんだ味覚が主役になる。10月の日曜日、私の大好物であるイノシシ料理のお祭りがローマ近郊の村で開かれると聞いて、早速駆けつけることにした。
 

 

 

 

 

 

 

山の斜面にある小さな中世の村

 

 

 

   ローマからフラミニア街道を30kmほど北上したところにあるサクロファーノは、ヴェイオ州立公園の中にある小さな村である。ムジノ山の斜面に浮かび上がるように突き出た旧市街には、中世時代の教会や塔、ルネサンス期の建築なども残っている。小さいながらも歴史を感じさせる石畳の小道を歩きながらお目当の「イノシシ祭り」の会場を探してみたが、迷路のような旧市街の中はひっそりと静まり返り、住民の話し声すら聞こえない。空っぽの広場を、一匹の野良猫が我が物顔でのっそりと横切っていく。もしや日時を間違えたか?と焦りながら城壁の外へ出てみると、見晴台の下の広場に人だかりができているのが見えた。近くのバールでカフェを飲みながら情報収集したところ、バールのおばちゃんが、「サグラなら下のメルカート広場でやってるわよ。12時から料理が配られるから、急いで行った方がいいわ」と教えてくれた。時刻は11時半、大好物のイノシシ料理が売り切れては大変だ。降り出した雨などおかまいなしに、イノシシ祭り会場を目指す。
 

 

 

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 ローマから車で30分ほどの自然公園内にあるサクロファーノ(上)。小さな旧市街には中世時代からの建物も残っている(下)。
 

 

 

 

 

悪天候もなんのその! 食いしん坊達の情熱に脱帽

 

 

 

  のほほんとブラブラ歩きを楽しんでいる相棒をせっつき、祭り会場の広場にたどり着いてみるとすでに大行列ができていた。どうりで旧市街が空っぽだったわけだ。小さな子ども連れの家族と杖をついたお年寄りカップルの間に並び、列が進むのをじっと待つ。少し前に降りはじめた雨が、どんどん激しくなって来た。
「ここに立ってると、びしょ濡れになっちゃうよ。雨足が弱まるまでどこかで待とう」と、風邪気味だった相棒が弱気の提案をしてきた。「でもイノシシ料理が売り切れちゃったらどうするの? せっかくここまで来たのに」と抵抗した私を呆れ顔で見つめると、相棒は首をふりふり列を離れてしまった。仕方ない。一人でずぶ濡れになるのも嫌だし、幸い雨雲は流れているようだから、少し待ってからもう一度並ぶことにするか。
   屋根のあるホールの入り口で雨宿りしながら、広場の様子をじっと観察。風も出て来て横殴りの雨になって来た。これではサグラも中止になってしまうかもしれない。一抹の不安を抱えながらさっきの行列に目をやると、私の前にいた子ども連れ一家も、後ろの高齢のご夫婦も、傘をしっかり握りしめてじっと列に並んでいるではないか。なんという忍耐力! 彼らのイノシシ料理への飽くなき情熱に思わず脱帽。私のイノシシ好きなど、彼らに比べればまだまだビギナーの域を出ないことを、この時思い知らされた。と同時に、これだけの人達が我慢強く行列に耐えているからには、料理もそれだけの価値があるのだろうと、ますます期待が高まってきた。

 

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開始前から長蛇の列が。悪天候の中、子どもも大人もお年寄りもじっと行列に耐えている(上)。メニューはイノシシのフルコースにワイン、水も込みでたったの10€(中)。12時の配膳開始とともに厨房は大忙し! 地元のシェフやマンマ達が総出で腕を振るう(下)。
 

 

 

 

 

見知らぬ人々と一つのテーブルを囲む楽しさ

 

 

 

   雨が小降りになって来た頃、再び行列に戻りチケットを買って配膳を待つ。メニューは決まっていて、プリモピアットは手打ちパスタ・パッパルデッレのイノシシ肉煮込みソース、メインディッシュは黒オリーブとハーブのイノシシ肉煮込み、そしてパン。これに特産の赤ワインと水のボトルがついて10€なのだから破格の料金だ。しかし、このお値段では量は期待できないな、という結論に達した私と相棒は、念を入れて三人前のチケットを買った。
配膳テントが近づくにつれ、なんとも言えないいい匂いがして来た。雨と空腹に耐えて並んでいる我々には拷問にも等しい。ようやく順番が来て、ほかほかに湯気の立つパスタと煮込みが乗ったプレートを受け取ると、喜び勇んでテーブルへ向かった。
 

 

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素朴な郷土料理は全て地元の人々の手作り。容器はプラスチックでも味は格別、ボリュームもたっぷりで大満足(上)。サグラの主役「パッパルデッレ・アル・チンギアーレ」。濃厚なイノシシ肉のトマトソース煮込みには、手打ちの太麺パスタ・パッパルデッレを合わせるのが定番(下)。
 

 

 

 

 

  大勢の人でごった返しているホールの一角に、ようやく二人分のスペースを見つけて陣取り、本日の主役であるイノシシ料理をじっくり味わうことにした。トロトロに煮込んだお肉は臭みが全くなく、トマトの酸味と塩味、ハーブが絶妙な味のハーモニーを作り出している。そこに絡める手打ちパスタのパッパルデッレがまた素晴らしい。モチっとしたアルデンテで、噛むほどに味が深みを増して行く。メインの煮込み肉はパスタをさらに上回る美味しさで、どっしり重厚な赤ワインと一緒にいただくと、まるで口の中で晩秋のシンフォニーが奏でられているよう。
正面に陣取った若者グループも私と同じ心境だったようだ。「ああ、美味い…!!!!」と夢見るように呟くと、彼らは猛然と料理をがっつき始めた。パスタも煮込みも予想に反してボリュームたっぷりだったため、三人前の料理を頼んだ我々二人はかなりの苦労を強いられたのだが、目の前の若者四人組は我々の上を行く量を確保していた。それぞれ二人前ずつ、文字どおり山盛りのパスタと煮込みを前に、さすがの食べ盛りもギブアップ気味になってきた。
「シニョーラ、よかったら手伝ってくれない?」
10代後半の体育会系男子4名に懇願されたが、すでに私の胃袋はキャパ・オーバー。
「とんでもない! 私はたった今、やっとの思いで1.5人前を平らげたところなのよ。若いんだから、頑張って食べなさい。せっかくここまで来たんだから」とハッパをかける。若者達は、「よっしゃ!」と気合を入れ直して再びパスタを口に運び始めた。ローマ郊外の街から駆けつけたという若者グループは、「今年初めて来てみたんだけど本当に美味いし、安いよね!」と、大満足の表情で山盛りのイノシシ料理と格闘し続けた。
 

 

 

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シンプルな木のテーブルと長イスを並べたホール。見知らぬ者同士でも、美味しい料理を前にすれば自然と笑顔がこぼれておしゃべりにも花が咲く。
 

 

 

 

ローマ近郊の食いしん坊の聖地

 

 

  大盛りのイノシシ料理を制覇し、太鼓のように膨らんだお腹を抱えて席を立つ。雨は止んで雲の切れ間から太陽が顔を出し始めた。テント前の行列は短くなるどころか、さらにその長さを増していてびっくり。私は今日まで、「サクロファーノ」という名前を聞いたことがなかったのだが、もしかしてこのイノシシ祭りはそんなに有名なのだろうか? 食事券を売っているテントにこの祭りの主催者である地元の青年グループがいたので、立ち寄って話を聞いてみることにした。
「チャオ! サグラは大盛況ね」と話しかけると、青年らはちょっと苦笑して、「ああ、天気はイマイチだけどな」と応えた。話を聞いてみると、この小さな村のイノシシ祭りは今年で15回目を数え、毎年来場者が増えているらしかった。「毎年二千人分のパッパルデッレを作るんだ。料理はいつも完売するよ。楽しみにしている人がいっぱいいるからね」と誇らし気に胸を張る青年達。私が、この村のことを今日まで知らなかった、と正直に告白すると、「そりゃ損してたね。ここはローマや周辺の街の食いしん坊なら誰でも知ってる村だよ。イノシシはもちろん名物料理だけど、それだけじゃなくてオリーブオイル、キノコ、手打ちパスタからワインまで、自然の恵みがたっぷり、格安で食べられるからね。村にはメニューがないトラットリアもあって、黙って座るだけで旬の食材を使った絶品料理がたらふく食べられるんだ。要するに、ここまで足を運ぶだけの価値はある、てことなのさ」と教えてくれた。
  好物のイノシシ料理に惹かれてたどり着いた山の村が、ローマの食いしん坊達の聖地であったとは。今日のパッパルデッレ一皿ですっかりこの村の料理の虜になった私と相棒は、「次回はそのメニューのないトラットリアへ行ってみよう」と、目を輝かせて誓い合った。
 

 

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地域の発展・促進を目的にさまざまなイベントを企画・運営する団体(プロ・ロコ)のアンジェロ(右)とウンベルト(中)。左は今日の立役者、2000人分の料理を作ったシェフのフランチェスコ氏。
 

 

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サクロファーノの『サグラ・デッレ・パッパルデッレ・アル・チンギアーレ』は来年も10月の第四日曜日に開催予定。
 

 

 

 

 

★ MAP ★

 

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<アクセス>

ローマ・フラミニオ駅から鉄道ヴィテルボ行き、サクサルブラ(Saxa Rubra)でコトラル(Cotral)社サクロファーノ行きバスに乗り換え約1時間半。ローマの市鉄ヴィテルボ行きの始発駅はフラミニオなので要注意。サクロファーノへの公共交通機関は本数が少なくあまり便が良くない。フラミニオ広場からならタクシーで約30分/50ユーロ程度で着くので、グループや時間を節約したい人にはタクシーがおすすめ。
 

 

<参考サイト>

・サクロファーノのイベント情報(伊語)
https://www.facebook.com/prolocosacrofano/

 

 

 

■インフォメーション■

田島麻美さんが、撮影コーディネイター&通訳として参加した番組が放映されます。ローマの街、そしてローマ人の魅力炸裂のドキュメンタリー! ツーリストが決して見ることのないローマを垣間見ることができます。
ぜひぜひ、ご覧ください!
 

 

■番組名  HNK  BS1 「地球タクシー ローマを走る」
■放映日  2017年11月23日(木)午後10:00〜10:50

http://www4.nhk.or.jp/P3607/

 

 

 

 

 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は11月23日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること17年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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