越えて国境、迷ってアジア

越えて国境、迷ってアジア

#24

インド・スピティ

文と写真・室橋裕和

 

 インド最北、中国領が間近に迫るヒマラヤの国境地帯。そこには極限ともいえる苛酷な自然環境の中、チベット系の人々がたくましく暮らしていた。
 

 

我がパスポートの貴重な刻印コレクション

 パスポートに、とうとう10年の期限が迫ってきた。苦楽をともにしてきた我が分身を繰ってみれば、わずかなスペースを残して、ほぼすべてのページが埋まっている。当然のことではあるが、ひとつのパスポートにつき一度だけ許された、40ページの増ページ分もすべて含めて、だ。さまざまな国への出入国を記した足跡の数々。感慨深い。
 これら旅の記録の中でもとくに勲章たるもの……トウシロはやれマイナー国のビザだとか、旅行者の少ない出入国地点のスタンプなんぞを自慢するのだが、そんなものは甘い。
 まず挙げられるのはタイで労働許可を得ているという証明印。これはイミグレーションではなくタイ労働局でゲットするもので、ただ旅をしているだけでは手に入らない逸品だ。
 そしてインドの特殊な訪問許可証である。政治的にナーバスな問題を抱える国境地帯を旅する場合、インドではビザのほかに「インナーライン・パーミット」というものの取得が義務づけられている。これはインド大使館や、現地の行政事務所などで申請するものだが、国境を接する隣国や、インド国内で暗躍するゲリラの動き次第では発給が停止されてしまう。不安定なレアものなのだ。
 我がパスポートに刻印されたインナーライン・パーミットは、第5回で紹介したシッキムのほか、アンダマン諸島、ラダック、そしてスピティの4つ。7つ集めるとインド亜大陸を統べるシヴァ神を召還でき、どんな願いでも叶えてくれるという伝説が旅行者の間で語られているが、あまりに難易度が高いため誰も達成したものはおらず、未確認である。

 

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今回の旅の基点となるのはシムラーの街。避暑地や新婚旅行先としても人気なのだとか

 

 これらインナーライン・パーミット必要地域の中でも、最も辺境感にあふれていたのがスピティであった。
 グーグルマップを見てみる。首都デリーからはるか北、ヒマーチャル・プラデーシュ州にあるスピティ地方は、チベット文化圏の一角をなす。本家チベットの文化が中国の弾圧によって失われてしまいつつあるいま、昔ながらのチベットを色濃く残す地域であるらしい。
 ホホウ……さらに拡大していけば、ヒマラヤ山中を走るスピティただひとつの幹線道路は、中国領チベットとの境界ギリギリを走っているではないか。しかも、あろうことか両国の国境未画定地帯と思われるエリアに、道路は一部で入り込んでいる。僕は息を呑んだ。中国に言わせれば領土侵犯かもしれない。ヒマラヤ最奥の係争地帯をゆく辺境道路……これは行かねばなるまい。

 

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インド北部ヒマラヤの山腹をゆく。圧倒的な光景の中を旅する

 

 

寒さと高山病に苦しみながら、辺境のチベット文化圏へ

 どこまで走っても、命の気配はない。
 チャーターしたジープは、標高4000メートルを越える高地砂漠をひた走っていた。森林限界を越えた高度のため、植物はない。赤茶けた荒野がどこまでも続く。村も集落もない。視線を上げれば、純白のヒマラヤが静かに輝く。そのさらに上、空は青を通り越して、もはや黒みを帯びていた。宇宙が近いのだ。大地の茶と、ヒマラヤの白、そして高空の深い青。世界に色はそれだけだった。
 デリーを出発して、シムラー、マナリといった街を通り過ぎ、ヒマラヤに深く切り込むにつれて標高は上がっていった。やや頭が熱く、息が荒い。高山病の初期症状を感じながら、標高4551メートルのクンザン峠を越えれば、そこはスピティだ。
 中心都市はカザといった。が、ささやかな村に過ぎない。市場の周囲にいくつか簡素な宿があるばかりで、周囲はやはり月面のような光景に包まれていた。
 レンガづくりの行政官事務所に赴き、念願のインナーラインパーミットをパスポートに押していただき、晴れてスピティを旅する権利を得たのだが、いつものようにほくそ笑む余裕はなかった。息が苦しいのである。高山病によって、ひどい風邪を引いたかのような状態となり、足腰は重く、頭痛と耳鳴りがひどい。
 おまけにカザには水道すらなかった。スピティ域内を巡回している配水車がときたまやってくるが、そこからタンクに汲み置くだけなのだ。顔を洗う水すら貴重だった。電気は夕方ほんのわずかな時間だけ、ときどき使えた。僕もあちこち旅を重ねてきたが、これほどの辺境ははじめてだった。

 

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寒さと高山病に苦しみながら通過したクンザン峠。チベット仏教の経文を染め上げた旗が翻る

 

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カザ中心部の様子。この僻地な風情がマニア的にはたまらない

 

 高山病に苦しんではいたが、このままボロ宿で寝ているだけでは芸がない。せっかく地の果てのようなところに来たのだ。観光を満喫し、国境地帯の風情を堪能しなければ、マニアの名折れ。鉛のような身体に渇を入れて、太鼓の連打のような頭痛に耐えつつ、カザを出た。
 近郊にはキー・ゴンパというチベット仏教の僧院があった。山塊の中腹に無数の白い僧房が、まるで寄生しているかのように密集し、さながら要塞だ。チベット本土ではこの手の個性的な寺院は、文化大革命などで破壊されてしまったという。その怨念からか、このキー・ゴンパに属するチベット僧たちは、ふだんからインド国内を行脚し、チベット独立を説いているのだという。
 折り重なる山脈を越えたすぐ先は中国領チベットなのだが、いまでは交易も途絶えたままだ。国境の向こうでは「漢化」が推し進められ、チベットの色はどんどん褪せていってしまっている。亡命政府もあるインド側が、チベット文化の保管庫となっているようだった。

 

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天空の要塞キー・ゴンパ。4000メートル以上の高地によくぞこれだけのものを作り上げたと思う

 

 キー・ゴンパから、足を引きずり、トレッキングで標高を上げていく。無の世界の片隅に、寄り添うようにいくつかの家々が並んでいた。標高4205メートル、地球で最も高い場所にある村ともいわれるキッベル村だ。
 ヒマラヤの荒々しい山懐に囲まれ、周囲には乾ききった荒野が広がるばかり。切れるような冷たい風が吹き荒れ、空気は下界の6割ほどもない。痛みすら感じる強烈な太陽光線。
 そんな村でも、僕が訪ねていくと子供たちが駆け出してくるのだ。外国人を珍しがって、何事か話しかけてくる。カメラを向ければ得意そうにポーズを決めて、友達同士ではしゃぐ。そのうち何人かは、サングラスをかけていた。あるいは眼球が溶けたかのような膿を垂れ流している。強烈な紫外線のため、眼病が蔓延しているのだ。
 しかし人々は、この極地にあっても、わずかばかりの耕地を耕し、ヤクを追い、子を生み育て、命をつないでいる……。
 僕は高山病も忘れ、子供たちの案内でささやかな村を見てまわった。人はこれほどに強く生きられるものかと、畏れさえ抱いた。

 

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キッベル村の子供たち。どんな環境でも人間は生きていけるのだ

 

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この子の仕事はヤクの糞拾い。燃料になる。極地では子供たちも大事な働き手だ

 

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中央に見える米粒のような家並みがキッベル村。地球最高地にある、隔絶された村だ

 

 カザからの帰路は、問題の係争地帯と思われる道路を走った。そこにはインド軍の駐屯地がいくつも並び、ものものしい雰囲気だった。歩いてでも簡単に越えられそうな峠の向こうには、人民解放軍が展開しているのだ。駆け上がっていって彼らに「ニーハオ!」と手を上げてみたい。
 しかし、インドと中国領チベットの関係はあまりに難しい。この地域で国境が開くことはないだろう。

 

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インド軍の前線基地があるスピティの最果て。この山を越えると中国だ

 

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

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*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

週刊誌記者を経てタイ・バンコクに10年在住。現地発の日本語雑誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを担当、アジア諸国を取材する日々を過ごす。現在は拠点を東京に戻し、アジア専門のライター・編集者として活動中。改訂を重ねて刊行を続けている究極の個人旅行ガイド『バックパッカーズ読本』にはシリーズ第一弾から参加。

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