旅とメイハネと音楽と

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#24

イスラエル〈6〉ユヴァルのインディアン・フュージョン

文と写真・サラーム海上

 

イスラエルのセレブシェフ、ユヴァル 

「ハロー、サラーム。イスラエルに来てるのか? 僕の店に招待するから、空いてる日を教えてくれよ」
 
 2016年11月14日月曜、イスラエルに到着した翌朝、僕が泊まっているアパートの主人ダンが経営するカフェ Casino San Remoの野外テラス席でコーヒーを飲みながら、カフェの写真をSNSに投稿したところ、即座にFacebookを通じて現地の友人からメッセージが届いた。
 メッセージを送ってきたのはテルアビブのシェフ、ユヴァル・ベン・ネリアだった。僕はその4ヶ月前、お盆直前の東京で彼に一度だけ会っていた。イスラエル大使館の友人、Yさんから、テルアビブでラーメン屋とタイ料理のレストランを開いている有名なシェフが東京に視察に来るので、築地市場の案内と都内の美味しい店に連れていってくれないかと頼まれたのだ。
 築地本願寺前で待ち合わせたユヴァルは、背が低めのガッチリ体型で、金髪と青い目。どこか「ムーミン」に出てくる動物や妖精のような浮世離れした不思議なキャラだった。
 Yさん曰く、ユヴァルはテルアビブに『Taizu』というタイ~アジア料理レストランと、『Miazaki』というラーメン屋を開いていて、両店ともイスラエルの芸能人や有名人たちの御用達レストランになっている。そして、ユヴァル自身もテレビの料理番組にもよく出演しているセレブなシェフとのことだった。今回は初めての訪日で、新たに日本風の居酒屋を開くために料理の研究と食器の買い付けを兼ねているそうだ。
 築地を一通り見て回った後、彼は幡ヶ谷にある有名なラーメン屋に行きたいと言いだした。ちょうど僕もその店に行きたかったので、彼を連れて、東京を東から西へと地下鉄で横断した。その道すがら彼と話すと、僕と彼には共通の友人が数名いることが判明した。
 ユヴァルとはラーメンを食べた後に、幡ヶ谷の路上で別れた。僕は翌日から5日間の国内出張に出たため、その日だけしか会えなかった。しかし、ユヴァルは僕が築地で紹介した友人やYさんとともに、東京の居酒屋料理を一週間かけて味わい尽し、イスラエルに帰っていった。

 

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2016年8月、築地のユヴァル

 

「シャローム、ユヴァル。昨夜テルアビブに着いたんだよ。レストランの誘いありがとう。でも、しばらくは音楽祭やらミーティングやら予定が詰まっているんだ。全ての予定が終わった20日の夜はどう? 僕は21日の朝に日本に戻るんだ」
 
 隣のテーブルで、朝から仕事仲間とミーティングを始めていたダンに向かって、「Taizuレストランのユヴァルからレストランの誘いが来たから、今度の日曜の夜に行こうと思ってるけど、ダンとヤルデンの三人で一緒に行かない?」と誘った。すると、「何? サラームはユヴァルとも知り合いなのか? オレもヤルデンもユヴァルの料理の大ファンで、Taizuレストランには時々ランチを食べに行ってるんだよ。でも、ディナーは予約で一杯だから、まだ行ったことなかったんだ。それに日曜だって? その日は日曜だけのインド料理ナイトのはずだぞ。絶対行きたいよ!」とのこと。

 イスラエルのシェフが作るインド料理だって? 一体どんなインド料理が食べられるんだ?

 

 

Taizuレストランのインド料理ナイト! 

 11月20日、日曜日の夜8時、今回の出張での全ての仕事を終えた僕はダンとヤルデンに連れられ、Taizuレストランを訪れた。Taizuはテルアビブ南部のオフィス街にあるレヴィンスタイン・タワーという高層ビルの一階に入っていた。
 まずお店の入り口の通路をくぐり、左に曲がると、おお、天井が高い! 天井は3mほどの高さがあり、そこから金属の棒を傘の骨のように組み合わせたモダンな照明が4つ吊り下げられている。東京なら六本木ミッドタウンあたりにありそうなバブリーな内装だ。
 メインフロアの手前側には4人がけの丸いテーブルが8卓、左側にはガラスで仕切られたプライベートルーム、そして奥は25人ほどが座れるコの字型のバーカウンター兼テーブルになっていて、僕たちはそこに通された。テーブルの3分の2ほどが既に埋まり、店内BGMは最新のボリウッド音楽がDJバーのような大音量で流れている。日本ではインド料理店に行ったところでこんな大音量でボリウッド音楽は流れていない。しかも最近のボリウッド音楽はバングラ、ヒップホップ、EDMなので、耳に痛いほどウルサイのが基本。それなのにお客さんは誰も文句を言わず、逆にこのウルサくて、イケイケで、ヤッピーな雰囲気を楽しんでいるようだ。イスラエル人は生命力が強いなあ。日本なら高級レストランで大音量のBGMが流れていようなら、神経質で生命力のないお客さんがすぐさまクレーム入れるはずだ。

 

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Taizuの店内、天井高い!

 

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ニコニコ顔のダンとユヴァル

 

 感心しながらウィスキーで乾杯していると、厨房から白いコックコートを着たユヴァルが現れた。

「サラーム、やっと来たね。このお店ではウィークデイはタイ料理を元に僕が考えた料理を出しているんだ。でも今日は日曜で、インディアン・ナイト。と言っても普通のインド料理じゃない。インドのストリートフードを元に、僕が考案した創作料理を出すんだ。そして、今日は僕からのおごりだから、存分に楽しんでいってくれよ」
 おお、ユヴァルのインディアン・フュージョン、じっくり楽しませていただきます!
 「ワタシ~、トウキョウデ一年ハタライテイタネェ~、ドウゾ~ヨロシクネェ~」と妙にセクシーな日本語を操る色白長身の美人が早速料理を運んできてくれた。君は東京で何をして働いていたの?と余計な質問をぶつけたくなったが、いかん、いかん、料理に集中せねば!

 

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セクシーすぎる日本語トークの美人ウェイトレス

 

 一皿目は塩気の少ない白チーズと炒めた玉ねぎを挟み込んだパラタ。付け合せは刻んだキュウリを入れたライタ(ヨーグルトのサラダ)と、赤玉ねぎとミント。パラタは小麦粉の生地にギーを塗り、何層にも折りたたみ、薄く円形に延ばして、焼いたもの。インドでは朝食やスナック(南インドではティファンと呼ばれる)として食べられている。

 インドでは刻んだ玉ねぎを生のまま混ぜ込むが、この店では甘みが出るまでじっくり炒めた玉ねぎを混ぜていた。チーズやヨーグルトなど、インド料理とイスラエル料理では共通の食材も多い。

 

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パラタ

 

 二品目はエビのすり身を混ぜ込んだウラドダル(豆)のヴァダ。ヴァダは水に浸した豆をジャガイモやスパイスや玉ねぎや香草などとともにすりつぶして生地にした、日本のがんもどきをマサラ味にしたような揚げ物。通常は南インドのベジタリアンのためのティファンで、アサフェティダやフェヌグリークなど、北インドのカレーにはあまり用いない、苦いスパイスを使う。ユヴァルはそこに海老を加えていて、海老の出汁がほろ苦いフェヌグリークの味と組み合わされ絶妙だ。これはインドでは食べたことのない料理! そして、辛口のイスラエルの白ワインとよく合う! 

 

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ヴァダ

 

 続いての前菜にはビックリというか、目からウロコが落ちた。目の前に運ばれてきたのはデリーの路上の屋台でよく目にするスナック、パーニープーリー。パーニープーリーは日本のインド料理店ではほとんど目にすることはないが、インドでは道端の屋台からショッピングモール内のフードコート、映画館の売店など、至るところで目にする人気のおやつだ。

 小麦粉の生地を揚げて作った中空のゴルフボール状のもの(プーリー)に小さな穴を開け、ジャガイモや豆や玉ねぎを炒めたマサラを詰めて、さらにタマリンドと赤唐辛子粉、ミントなどの薄いソース(水を意味するパーニー)をかけて、一口で口に入れていただく。これもベジタリアンの多いインドでは野菜だけで作るが、ユヴァルはなんとプーリーの中に香菜とマンゴーチャツネとマサラでヅケにした生魚を刻んで入れていた。これはすごいアイディアだ。
 灼熱の国インドでは歴史的、宗教的にも生の食べ物は不浄とされてきた。逆に高温の油で揚げたものこそが清浄な食べ物とされている。そのため、寿司はムンバイやデリーのごく一部の富裕層のみが食べるだけで、一般には全く広まりそうにない。逆にイスラエルは伝統的に生魚を食べてきた東ヨーロッパやロシア系のユダヤ人が多いため、寿司が早くから受け入れられ、今では寿司屋を街の至る所に見かける。
 ユヴァルのパーニープーリーを一気に口に入れると、これはウ~マ~イ~! プリプリの刺身とパリパリのプーリーの食感の対比がたまらないし、しかも味付けは100%インド料理だ。しかし、パーニープーリーに生魚を入れるなんて、インド料理がこれだけ広まっている日本でも誰も考えつかなかったのではないか!? 

 

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パーニープーリー

 

 生魚を使った前菜がもう一つ続いた。手毬寿司のような見た目の「ワイルドフィッシュ・サシミ」は、トマトのチャツネと焼き茄子のペースト、水牛のヨーグルトを団子状にして、薄切りのブリの刺し身で包んだもの。見た目こそまるで日本料理だが、味はインド料理であり、イスラエル料理でもある。しかし、これも日本人が考えついて然るべきインディアン・フュージョンじゃないか!

 

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ワイルドフィッシュサシミ

 

 続いては揚げ物。カニの肉とグリンピース、コーンを練り込んだサモサ。これも衝撃的に美味い! サモサに挽肉を入れるくらいは考えつくが、カニとは! もう言葉を失うレベル! ユヴァル、こういう料理を食べたかったんだよ!
 まだまだ前菜が続く。今度はムンバイを代表する屋台のティファン、パオバジが二種類。パオバジとはポルトガル起源の柔らかいコッペパン(ポルトガル語でパオ)に野菜のカレー(バジ)を挟んでいただく庶民の料理。それを元にユヴァルはグリーンピースと幾つかの豆を使ったコロッケをパオに挟み込んでいた。複数の豆が使われているため、コロッケの食感も複雑。インドではそこに大量生産の甘いケチャップをドバ~っとかけるの主流だが、この店では当然、トマトマサラソースは自家製。そしてコロッケの下にはイスラエルらしくタヒーニソースが敷かれていた。
 もう一種類のパオバジは、パオにサツマイモとグリーンピースのバジ(野菜カレー)と、フレッシュなハーブをのせていただく。パジにはイスラエルの香辛料であるレモンのスフーグ(唐辛子とスパイス、酢で漬け込んだ香辛料)が用いられていた。ムンバイのストリートフードがこんなオシャレに変わるなんて!

 

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パオバジ2種

 

 ここからはいわゆるカレーだ。一品目はキーママタール、マトンの挽肉とグリーンピースのカレー。そこにカボチャのチャツネと水切りヨーグルトを添えてある。カボチャの甘みとマトンの出汁が混ざり合って美味すぎる!

 

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キーママタール

 

 続いては小さなズッキーニをくり抜いて、羊の挽肉とピスタチオ、マカデミアナッツを練った具を詰めて、ココナッツミルクとマサラで煮込んだマトン・コルマ。これはアラブ料理のマハシーやトルコ料理のドルマの手法だね。

 

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マトン・コルマ

 

 そして、牛肉のビンダルー。ビンダルーはポルトガル領だったゴアの名物料理で、豚肉をワインビネガーと幾つものマサラでマリネしてから煮込んだ酸っぱ辛い複雑な味のカレー。ゴアはキリスト教徒が多く、豚肉に対するタブーが少ない。しかし、イスラエルはユダヤ教国のため、豚肉に対する若干のタブーが今も残っている。そこで豚肉の代わりに牛肉を使って作っていた。

 

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 ビンダルー


 ここまで続くと、食いしん坊が三人揃っているとは言え、さすがにお腹が苦しくなってきた。そんな時トドメのようにテーブルにガツーンと乗せられたのが、メインディッシュの35cmほどの巨大なスズキのタンドール焼き! マサラに漬け込んで、タンドールの高熱でじっくり焼いたものだ。
 スズキの淡白な味にマサラ味がしっかりついている。外側がパリパリで中がモソモソの食感もイイ。しかも、専用のスタンドを使った、魚が空中で飛び跳ねているようなプレゼンテーションも素晴らしい! いやあ、美味い!美味すぎるよ!

 

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タンドールスズキ

 

 ここでやっとデザートに到達だ。一つ目はチョコレートとピスタチオを混ぜ込んだ濃厚なケーキに、フレッシュチーズやフレッシュハーブをたっぷり散らし、最後に温かいチョコレートソースをダラーっとかけたもの。一口ごとに異なる食感と、中東やインドのお菓子に用いる塩気のないフレッシュチーズが美味い!
 もう一つのお菓子はトルコの朝食に出る、ヨーグルトとチーズの中間のような乳製品、カイマックに、抹茶、グリーンアップルのジェラート、焼いたチーズを添えたもの。デザートは両方とも通常のインドやイスラエルのお菓子と異なり、甘すぎず、重すぎないのがイイ。食後酒のウィスキーをちびちびやりながら、最後の一口まで食べきってしまった。

 

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デザート2種

 

 それにしてもユヴァルのインディアン・フュージョン料理は想像をはるかに超えていた。刺身にカニ、タヒーニにフレッシュチーズまで使うとは。こんな最先端インディアン・フュージョン料理はインド国内ではムンバイかデリーの一部、またはインド人が多く暮らす国際都市のロンドンやシドニー、ニューヨークあたりに行って大枚を叩かないと食べられないと思っていた。それがまさか、インド人がほとんど住んでいないテルアビブで食べられるとは!?
 
 日本の料理雑誌に言わせれば、2017年現在、空前絶後のカレー・ブームらしい。確かに、日本中どこでも北インド料理は食べられるし、東京では、南インド、バングラデシュやパキスタン、ネパール、スリランカ料理店まで選び放題だ。さらに日本の素材や料理法を用いた日本オリジナルなカレーやインド料理を出す店を含めれば日本全国で食べられるカレーやインド料理のバリエーションは数え切れないほどだろう。日本では安くて美味いインド料理に困ることはないのだ。
 しかし、天井高3mもあるバブリーな内装の店で、冴えたアイディアと贅沢な食材を使ったインディアン・フュージョン料理を、一人あたり2万円の予算で出しているお店は日本広しと言えど一軒もないのではないか。「スタートアップの町」と言われるイケイケなテルアビブで、最先端のインディアン・フュージョン料理を食べて初めてそのことに気がついた。そして、僕は世界のインディアン・フュージョン料理をもっともっと知りたくなった。

 
 さて、お酒もたっぷり入って、ダンもヤルデンもニコニコ顔だ。席から立ち、厨房のユヴァルに別れの挨拶を告げた。
 
「あ、急遽、来週末にネスレの仕事でまた東京に行くことになったんだ。仕事の後に数日空けておくから、面白いお店に案内してよ」
「おお、それはイイねえ。今度は奥日光のとっておきの店と野外の温泉に案内するよ」

 

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12月上旬、再来日したユヴァルを奥日光の銘店「峠のすいとん屋」に連れて行った

 

 

*イスラエル編は今回で終了。次回からはインド編です。お楽しみに!

 

*著者の最新情報やイベント情報はこちら→「サラームの家」http://www.chez-salam.com/

 

*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。次回もお楽しみに! 〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉

 

 

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サラーム海上(サラーム うながみ)

1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com

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