ステファン・ダントンの茶国漫遊記

ステファン・ダントンの茶国漫遊記

#23

日本茶に旅をさせるために3-日本茶をビジネスに

ステファン・ダントン

 

 

 

 日本茶と出会って随分たった今振り返る。はじめて日本へ来たころ、やるせない気持ちで味気ない日本茶をすすったこともあった。ソムリエの仕事をするつもりだったのに紅茶専門店につとめることになったあのころ、日本茶というすばらしい素材が日本でないがしろにされていることに疑問を持ち始めたことも思い出す。縁あってブライダルコンサルタントの仕事をするようになって、「ソフトドリンクとしての日本茶」という着想を得たのは20年も前のことだ。「日本茶はビジネスになる!」と感じたから、まずは日本茶そのものを知るために全国各地の茶産地を廻った。
 

 

 

私にとっての「学び」と「知識」

 

 

 
 日本茶を勉強する方法はいく通りもあると思う。東京にいたって本やインターネットでさまざまな知識を得られる。教室に通うという方法もあるかもしれない。でも、私は私のやり方で日本茶を学んできた。
 まずは「おいしい!」と思った銘柄の生産農家を訪ねて歩いた。産地の風土、茶樹の栽培方法、茶葉の加工の仕方。それぞれの生産者がとつとつと語る経験に裏打ちされた知恵を、知識を大切にいただいた。生産者の知恵は彼らの頭の中にしかないし、必ずしも整理されているわけではない。それらを一つ一つ聞きながら、自分の中で整理し統合して私だけの日本茶の教科書をつくっていった。
 産地の風を感じ、土に触る。人に出会い、話を聞く。産地で出会ったのは農家だけではなくて、農政に関わる行政担当者や研究者や茶業者まで、日本茶に関わるさまざまな人々と直接意見を交し合うことで、日本茶を通して日本の農業や行政の問題や商習慣についてもいつの間にか知識を深めることができた。
 ある土地へ向かうとき、もちろん確たる目的を持って出発する。例えば、茶葉の仕入れのためにTさんの農園を訪ねる。でもその途上、茶樹の周りの雑草にふと目をやりながら、「よもぎや大葉といった日本のハーブと日本茶を合わせれば!」「茶葉とブレンドする果物は同じ産地のもの同士のほうが、相性がいいに決まってる!」というアイディアが生まれる。たまたま産地でのイベントで出会った大学の先生と意気投合して、専門的な知識が必要なときにはいつでも頼れるようになった。
 「おもしろい!」と感じて湧き出た好奇心に従って、知らない場所、知らないもの、知らない人を訪ねてきた。そこで得た体験が私だけの知識になって、さらに世界を広げてきた実感がある。
 だから、私の店に来たお客さんにも「学んで」ほしい。日本茶がおいしいことはもちろん、知的好奇心を刺激する楽しいものであることを知ってほしい。
 日本茶を知ることから、農地を知り、生産者を知り、地球を知り、環境を知ることへとつなげてほしい。
 

   
 

 

 

 

 

「学び」のスパイラル

 

   

 

  私がつくった「学び」のスパイラルは、好奇心を刺激するような<遊び>を仕掛けることから始まる。フレーバー茶は最初の「遊び」。「なんだろう?」「おもしろそう」と思って目を向けてくれたらしめたもの。カップに入れたフレーバー茶を手渡す。はじめてのものを口に入れるのは怖い。「でもせっかくだから飲んでみよう」、と手を出すのは<冒険>だ。口に運んで<体験>したら、「果物の香りもあるけど日本茶の味。おもしろい!」という<満足>につながれば、「他の香りはあるの?」「ほうじ茶はどんな感じ?」「どうやっていれればいいの?」「もともとの日本茶はどんなものを使っているの?」、という質問が出てくる。それぞれへの回答をすることが、私の日本茶を通した<食育>の一部だと思っている。そして、それは日本茶専門店の本当の役割、「日本茶の本当のよさを知らせる」ことだとも思っている。
 最初の「学び」に満足したら、さらに深い知識を得たくなる。等級による味わいの違いに注目する人、産地ごとの違いに目を向ける人、そのそれぞれに日本茶についての知識を深められるような「回答」を私はいつでも用意している。
 

 

 

日本茶の裾野

 

学びのスパイラル

ステファンが考える「日本茶の裾野」と「学びのスパイラル」を図解。

 

 

 

 

「ビジネス」の壁に立ち向かう

 

 

 
 「学び」のスパイラルは、ビジネスのスパイラルにもなるはずだ。日本茶への関心が高まればビジネスの渦も広がる。
 私がフレーバー茶やワイングラスで水出し茶を提供し始めたころ、多くの同業者から「伝統ある日本茶を冒涜している」という批判を受けた。でも、私は「日本茶の消費を拡大しなければ」「海外にもっと日本茶を輸出したい」という彼らと同じ思いでチャレンジをしたのだ。「なぜ日本茶がコーヒーや紅茶に負けているのか? 若者に飲まれないのか? 海外に普及しないのか?」
 これまでの伝統的な価値観や既存の商習慣や行政という、硬く高く見える壁に阻まれているだけ。その壁にはいくつかの扉があることを私は発見した。その扉を開く鍵を私は発見した。フレーバー茶という新しいジャンル。グラスに氷を浮かべた水出し茶に代表される自由な飲み方の提案。生産地への旅を通した食育とインバウンドへの提案。いくつもの扉を開けたけど、みんなそれぞれの「鍵」を持っているはず。私とは違う「鍵」を。それを出して壁の向こうへみんなで向かえばいい。もちろん、私が開けた扉を通ってもかまわない。「日本茶の未来へ向かう」という目的があれば。
 

 

 

 

 

ビジネスの金・銀・銅

 

 

 

 よくこんな例えをする。
 最初に扉を開ければ金メダル。注目もされるしパイオニアとしてビジネスの先頭に立てる。だけどリスクも大きい。金はオリジナルだからこそ裸で勝負しなければならない。
 小さな企業は、金に迫るアイディアがあっても資金力に限りがある。銀メダルに甘んじるしかないジレンマがある。
 多くはパイオニアの模倣あるいは表層だけかすめとって商売をする。金メダルと実質同じだから銅メダルでもメダルという利益が手にできればいいだろう。そんな風に考えてパイオニアの持っている理念やビジョンを抜きに商売をする。
 私は、リスクがあっても金メダルを目指してきた。
 近年、新たな日本茶専門店やカフェがたくさん出てきてちょっとした日本茶ブームになっている。うれしいことでもあるけれど、彼らが単なる銅メダル追求者でないことを願う。「本物の知識と好奇心で日本茶の消費をつくる」ことをともに目指せる仲間であってほしい。

 

 

 

ビジネスの金銀銅

ステファンが考えるビジネスモデル。

 

 

 

*この連載は毎月第1・第3月曜日(月2回)の更新連載となりますが、次回公開は、3月19日(月)となります。お楽しみに! 

 

 

写真/ステファン・ダントン    編集協力/田村広子、スタジオポルト

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ステファン・ダントン

1964年フランス・リヨン生まれ。リセ・テクニック・ホテリア・グルノーブル卒業。ソムリエ。1992年来日。日本茶に魅せられ、全国各地の茶産地を巡る。2005年日本茶専門店「おちゃらか」開業。目・鼻・口で愉しめるフレーバー茶を提案し、日本茶を世界のソフトドリンクにすべく奮闘中。2014年日本橋コレド室町店オープン。2015年シンガポールに「ocharaka international」設立。著書に『フレーバー茶で暮らしを変える』(文化出版局)。「おちゃらか」http://www.ocharaka.co.jp/

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