東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#23

ベトナムのスロー列車に揺られる〈4〉

文と写真・下川裕治 

有名なロンビエン橋脇に建てられた駅

 ベトナムの列車を完乗する旅。最後に残ったのは、ロンビエンとクアンティウを結ぶ路線だった。その列車が発車するロンビエン駅は、妙な場所に建っていた。
 ホン川に架かるロンビエン橋は、ベトナムで最も有名な橋かもしれない。全長1700メートルのこの橋は、フランス植民地時代の1902年に完成した。有名にしたのはベトナム戦争だった。ハノイとハイフォンという港を結ぶこの橋は、北爆を何回も受けた。そんたびにベトナム人は修復した。アメリカに対抗した象徴の橋になっていった。
 ハイフォン側からホン川を渡ると、すぐにロンビエン駅があった。橋は地面から数メートルの高さにつくられている。橋の上に敷かれた線路は、地面に向けてスロープをくだっていく。そのくだり口に駅があった。橋と同じ高さに駅があるわけだ。列車に乗る人は坂道や石段をのぼることになる。駅を支える石垣は、橋同様に年代物である。
 駅の切符売り場の脇には、みごとなガジュマルが育ち、女性がときどきやってきて手を合わせる。線香からいつも煙が立ちのぼっていた。列車に乗る目的がない人が、花や線香を手にロンビエン駅にやってくるのだ。
 ロンビエンからクアンティウに向かう列車は、1日2本あるはずだった。しかし駅に掲げられた時刻表には、16時25分発の列車があるだけだった。その切符を買うしかなかった。
 待合室からロンビエン橋が見渡せた。線路脇の道を走ったバイクが待合室の前で曲がり坂をくだっていく。南国のスコールが通りすぎていく。後ろに乗った乗客も一緒にかぶる大型のカッパ姿が目の前を通りすぎていく。
「あのカッパ、なかなかのアイデア作じゃない」
 列車がくるまでの時間はゆっくりと流れていく。
 ロンビエン駅はハノイ駅の隣にある。ここに列車が待機できる引き込み線があるわけではない。クアンティウを発車した列車が、この駅で折り返すことになる。しかしロンビエン駅に姿を見せた列車の最後尾には、すでに牽引するディーゼル機関車が連結されていた。いったいどこでつないだのだろう。
 ハノイ駅でこの作業をすれば、乗客もずいぶん助かる気がするのだが、まあ、ベトナム国鉄には、彼らの考えもあるのだろう。

 

終点クアンティウでとり残される

 列車は8両編成だった。時間帯からして帰宅する学生が大挙して乗ってくるような気がした。しかしその予想はみごとにはずれ、席を埋めていたのは、ハノイで用事をすませたような大人ばかりだった。考えてみれば、クアンティウを出るのは13時45分と時刻表に書かれていた。通学には縁のない列車なのだ。この時間帯に列車を走らせる意図が読めない。それも1日に1本……。
 指定された車両はハードシートだった。2等座席である。しかし車内は冷え冷えとしていた。冷房が効いていたのだ。ハードシートにも冷房車があるらしい。
 列車はすぐにロンビエン橋を渡り、しばらくするとザーラム駅に停車した。その先でハイフォン方面に向かう線路と分かれた。周囲は立派な家々が建ち並んでいた。ハイフォン方面は工場が目立ったが、こちらは住宅地らしい。ハノイとの足は列車ではなく、バスや車なのだろうが。
 実はこの風景は前日に眺めていた。ラオカイへ向かう路線と同じなのだ。ということは今朝も走っている。ラオカイからハノイに戻る列車に乗っていたのだ。もっとも僕は寝台車のベッドで眠っていたが。
 ラオカイへ向かう線路と分かれるのがドンアンだった。ここからクアンティウへ向かう独立線になる。家が減り、圧倒的な田園地帯が夕日を受けていた。しだいに暗くなるなかで眺める車窓風景はアジアの田舎である。
 各駅停車である。停車する駅で、少しずつ乗客は降りていく。車内は寂しくなっていった。クアンティウのひとつ手前のタイグエンでほどんどの人が降りた。僕が乗った車両は3人だけになった。
 この路線に乗る前から不安があった。地図を見ると、クアンティウより先にも線路は延びていた。そしてクアンティウの手前のタイグエンはそこそこの街なのだが、クアンティウとなると……。
 クアンティウで列車を降り、僕の憶測は当たった。駅舎は真っ暗で駅員はいなかった。この列車の終点はタイグエンなのだ。しかし列車を停めておけない事情があるのか、クアンティウ駅を車庫代わりに使っていたのだ。
 しかし僕はクアンティウまで乗らなくてはならない。完乗をめざす旅行者がいることなど、ベトナム国鉄には関係のないことだが、こういうことはしてほしくない。
 ほかの乗客は迎えの車に乗り込んでいった。駅前にひとり残されてしまった。救ってくれたのは、暗がりに立っていたおじさんだった。バイクタクシーの運転手だった。なぜこの駅にいたのかはわからない。言葉が通じないおじさんに、「タイグエン、タイグエン」と叫ぶしかなかった。(ベトナム編・終わり)

 

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石段の途中からロンビエン駅を見あげる。駅があるとは思えない立地

 

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ベトナム全路線の完乗を果たしたクアンティウ駅はあまりに寂しい

 

 

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*ベトナム国有鉄道ホームページ(英語)→http://www.vr.com.vn/en

 

*ベトナムの統一鉄道の旅は、双葉文庫『鈍行列車のアジア旅』「第二章ベトナム ホーチミンシティからハノイへ ゴザで寝る四十二時間三十分」に収録されています。そちらもぜひお読みください。

 

*次回からはミャンマー編です。

 

*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『タイ語の本音』『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ』『「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦』『週末バンコクでちょっと脱力』『週末台湾でちょっと一息』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」(いまはユーラシア大陸最南端から北極圏の最北端駅への列車旅を連載)、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

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