越えて国境、迷ってアジア

越えて国境、迷ってアジア

#23

タイ・ピロック~ミャンマー・未解放国境

文と写真・室橋裕和

 

「戦場に架ける橋」で知られたカンチャナブリーからさらに進んだ先に、いまは閉じられてしまった国境がある。通行は許可されていないのだが、タイ側では人気の観光地になっており、旅行者で賑わっていたのだ。

 

 

ローカル国境を探し求めて

 国境マニアも度を越えると、外国人には開放されていない、ローカルな場所に惹かれるようになってくる。ガイドブックに紹介されているようなメジャー国境では飽き足らず、少しでもマイナーな場所を目指してしまうのだ。そんな国境を探索する手段が、詳細な地図帳やグーグルマップである。僕はいつも酒の肴として、これらを愛好している。
 地図をよく見てみる。小さな道が国境まで続いて消えていたり、そのまま隣国に伸びていたりする。国境線に沿ってささやかな地名があって、それでググッてみると、両国民限定の国境ポイントだったりするのだ。
 タイは数千キロに渡って他国と接している。この手のローカル国境にこそ人々の生活があり、昔ながらの交易がある。太古から続く「街道」とは、「関所」とは、こういうものだったろうと思わせるプリミティブな「くにざかい」の姿。
 で、カンチャナブリーである。タイ西部の一大観光地であるこの街を基点に、ふたつの大きな国境がある。ひとつは第7回で紹介したスリーパゴダパス。
 もうひとつが2013年に開かれた国境のひとつで、こちらはミャンマーのダウェイに抜けるルート。日本政府・経済界のキモ入りで開発を進めようとしているダウェイ深海港と工業団地のためにオープンした。だがいまのところまだなにもない田舎である。
 そして第3のポイントを僕は発見した。エラワンやサイヨークといった人気の国立公園からさらに西。タイ最大級の貯水池カオレーム湖の西側、ミャンマー国境がすぐそばに迫るあたりに、むむっ、なにやら集落がある。グーグルマップをさらにズームアップしていくと、ビューポイントだのホテルだのも並んでいる。イミグレーションがあるかどうかはわからないが、面白そうだ。行ってみよう。

 

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クウェー河鉄橋で知られたカンチャナブリーから旅は始まる


 カンチャナブリーのバスターミナルで聞きまわってみると、とりあえずトーン・パー・プームという街まで行けと誰もが言う。サンクラブリー行きのバスで途中下車するのが早いようだが、たまたまソンテウがあったので乗りこんだ。タイの田舎旅は庶民と一緒にソンテウに揺られるのが味わいがあるというものだ。
 あちこちで客を乗せたり降ろしたり、およそ2時間タイ西部の山間部でマイナスイオンを浴びながら走っていく。そして到着したトーン・パー・プームの街は、四方を緑のジャングル山に囲まれた自然豊かな辺境の風情。古めかしい市場や家並みが続き、一軒だけあるセブンイレブンがなんだか不調和だ。
 バンコクから一気に移動してきたので今日はここで宿泊。どんな田舎でもゲストハウス程度や、あるいはリゾートなどと称される連れ込み宿くらいは見つかるのがタイのいいところ。
 翌日、泊まった宿のおばさんに国境のことを尋ねてみる。
「ああ、そこならピロックだね。なんか最近、人気だよ。でも、バスはないし、ソンテウもほとんど走ってないんじゃなかったかな……」
 そこでバイクを所望すると、「じゃコレ」とあっさりキーを渡してくれるのであった。タイの田舎のこのユルさがたまらない。今回はバイクで国境に向かう。

 

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タイとミャンマーの国旗が国境にはためく。マニアの心が躍る光景である

 

 トーン・パー・プームから、国道3272号線をひたすらに走る。カオレーム湖を回りこみ、ダムの堰の上の道を通過し、山岳地帯に入ったらカーブカーブカーブ……。やがて小雨が降ってきた。スリップに気をつけながら走り、途中、木々の間から見える下界の光景に見とれ、少しずつ標高を上げていく。タイは地方に行くと交通量は少ないし道路はそう悪くないし、各所にスタンドや修理屋などもあり、バイク旅が楽しい国だ。
 およそ30キロのクルージングの後に、木造家屋が立て込むピロックの街に到着する。手近な食堂に入ってミャンマー風のカレーで腹ごしらえをし、話を聞いてみると、
「街のはずれから国境に行けるけど、いまはオープンしてないの。昔は通れたんだけどね。タイ人もミャンマー人もダメ。でも将来的には開けようという動きがあるみたい」
 とのこと。未開放国境か。シブい。とりあえず行ってみよう。
 教えられた通りに進んでみると、峠のてっぺんのような場所に木で作った粗末な柵があり、その向こうに軍服姿のアニキがヒマそうに立っていた。あれ、もうミャンマー?
「あの、そっちミャンマーですか?」
「はい、こっちミャンマーです」
「入れないですよね」
「うん。ごめんね」
 でも写真はOKで、遊びに来たタイ人が、アニキと一緒にバンバン撮りまくっている。この峠から眼下のミャンマー側に果てしなく道が伸びているが、人気はない。いつの日かここにイミグレができる日も来るのだろう。

 

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これが国境! 柵の向こうのミャンマー兵はきわめてヒマそうであった

 

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国境線が複雑に入り組むピロックでは、あちこちにこんな国境ゲートがありマニアを喜ばせてくれる

 

 しかし辺鄙な国境にしては観光客が多い。なぜかと思いつつ歩いていると、視界がパッと開けた。タイ=ミャンマー国境の山々を見晴るかす、壮大なランドスケープが飛び込んでくる。まさに絶景。国境の尾根を一望できるこの場所にはタイ軍のつくった展望台があり、周辺には民間のゲストハウスが並び、ミャンマー気分を味わえる避暑地として、一部のタイ人に人気になっているのだ。土産物屋なども増えている。
 そんなピロックではタイとミャンマーが複雑に入り組んでいて、あっちも国境、こっちに行っても国境。記念碑があったり、「この先ミャンマー、立ち入り禁止」の看板があったり。ハアハアと発情して写真を撮りまくっていると、タイ人のおじさんから声をかけられた。英語である。
「あーあの、あなた日本人ですか?」
「えっ……は、はいそうです」
「見ろ、やっぱり日本人だ。おーいトゥカターこっち来なさい! 日本人だよ!」
 傍らの奥さまらしき女性と頷きつつ、せわしげに呼ばわるおじさん。やがて気の弱そうなショートカットの女の子がやってきた。展開が読めない。
「ほら、ご挨拶」
「ワ、ワタシノナマエハ、トゥカターデス……」
 日本語であった。たどたどしい舌ったらずな感じがたまらない。聞けば、こういうことであった。
 一家はバンコク在住。娘は日本のアニメに憧れて日本語を勉強し始めた。大学では日本語を専攻。日本に留学もした。しかしおとなしく消極的な性格からか、日本人の友達もできず語学も上達しない。どうしたもんかと話していたところにあなたが現れた……。
「そうですかタイ語もわかるんですか。バンコクにも住んでたことがあって。いやあ娘と友達になってやってください」
 うつむいてもじもじしているトゥカターちゃんに話しかけてみると、恥ずかしそうに目を逸らしながら、シーナカリン・ウィロート大学の2年生であること、『テニスの王子様』が好きなことなどをぽつぽつと話すのだった。
「ほら、ふたりで写真」
 タイとミャンマー両国の国旗がはためく国境地点で、現役女子大生と撮ったツーショット。しかも、早くもご両親公認である。遅い春が僕にもやってきたのだ。
 それからは一家と軽くお茶をし、トゥカターちゃんとはLINEを交換し、バンコクでの再会を約束して別れた国境の峰。
 ……その後、トゥカターちゃんからの連絡はない。

 

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タイ軍が整備したビューポイントも国境には広がっており人気の観光地になっている

 

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トゥカターちゃんと2ショットを決めるが、やはりおじさんは相手にされなかった

 

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

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*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

週刊誌記者を経てタイ・バンコクに10年在住。現地発の日本語雑誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを担当、アジア諸国を取材する日々を過ごす。現在は拠点を東京に戻し、アジア専門のライター・編集者として活動中。改訂を重ねて刊行を続けている究極の個人旅行ガイド『バックパッカーズ読本』にはシリーズ第一弾から参加。

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