ブーツの国の街角で

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#23

シエナ :芸術の秋を堪能しに世界遺産の街へ

文と写真・田島麻美

 

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  爽やかな空気に満ちた心地よい秋晴れの日が続いている。酷暑の夏もようやく終わり、美食とアートをたっぷり堪能できる季節がやって来た。この時期になると決まって行きたくなるのがトスカーナ地方。ローマから日帰りでも行けるシエナの街は、この季節に訪れるのに最適な街だ。ショップやレストラン、カフェが軒を連ねる赤茶色の落ち着いた旧市街は一人で歩いても飽きることがなく、教会や美術館に入れば思わずため息が出るような素晴らしい芸術品が溢れている。秋の一日、心の栄養を補給しに、バスでシエナへと向かった。
 

 

 

 

 

 

 

中世時代がそのまま残る世界遺産の街

 

 

 

   何度訪れても楽しい街歩きができるのがシエナの魅力だと私は思っている。円形になった旧市街は、道の両脇が煉瓦色の建物に囲まれていて、まるで映画のセットの中を歩いているような感覚に陥る。中世時代から変わっていないこの街並みは、『シエナの歴史地区』としてユネスコ世界遺産に登録されていて、ゴシック、ルネサンス、バロックの芸術作品の数々は、この小さな旧市街のいたるところで目にすることができる。「美術館に行くぞ!」と特別な気合を入れずとも、ぶらぶら散歩をしているだけでそうした芸術に触れることができるのだから、これほど贅沢な散歩はない。
 高い建物に囲まれた細い石畳の道を迷いながら歩くうち、街の中心であるカンポ広場の入り口に行き当たった。「世界一美しい広場」と呼ばれるこの広場は、有名な伝統競馬パリオが開かれる場所としても知られている。赤いレンガが敷き詰められた扇状の広場は13〜14世紀にかけて作られたもので、現在も当時のままの姿を残している。広場を見渡すように立ち並ぶカフェのテーブル席に腰を下ろし、どっしりと頼もしいプブリコ宮殿を眺めながら一杯のカフェを味わう。700年も前から、こうしてこの広場で談笑したり、塔を見上げたりしていた人たちがいるのだと想像すると、なんとも言えず不思議な気分になってくる。

 

 

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 中世時代から変わっていないシエナ旧市街の街並み(上)。「世界一美しい広場」と呼ばれているカンポ広場(中)。扇状の広場には、プブリコ宮殿(現市庁舎)を臨むカフェやレストランが軒を連ねている。
 

 

 

 

 

 

健脚なら是非とも制覇して欲しいマンジャの塔

 

 

 

  カフェでエネルギーを補給し、なんとなく力がみなぎっているような錯覚に陥った私は、無謀にも目の前にそびえる塔に登ってみようという気になった。イタリアでは「中世の街」と「塔」はセットになっているのが普通で、イタリア中の中世の街を訪れるたび、その街のシンボル的な塔を制覇するのが私のライフワークの一つとなっている。マンジャの塔と呼ばれるプブリコ宮殿の塔は、高さ88m。クレモナ、ボローニャの塔に次いで、中世時代の塔としてはイタリアで三番目に高い塔だそうだ。14世紀に建てられたこの優雅な塔の頂上からの眺めは、きっと素晴らしいに違いない。やる気が萎えないうちに、急いで塔の入口へと向かった。
 マンジャの塔のチケット売り場には、世界中からの観光客が行列を作っていた。大柄なアメリカ人のおじさん、ふくよかな高齢女性もいる。ああ、良かった。きっと誰でも楽に登れる塔なんだ。塔の階段を登り始めた途端、この見込みが非常に甘かったことを思い知ることになった。足腰が自慢の私でさえ根をあげそうになったのだから、先のアメリカ人グループはさぞ後悔したに違いない。人一人通るのがやっと、という狭い塔の内部には石と板で作られた400段以上の階段がある。段差は高く、しかも所々すり減っているので足場があまり良くない。頂上を見上げながら四角い螺旋状の階段をぐるぐる登るうち、クラッと軽いめまいがしてきた。息も切れ切れになった頃、ようやく頂上のテラスに到着。扇型に広がるカンポ広場から放射線状に広がっていく赤茶色のシエナの旧市街が一望できる。素晴らしい景色を目の当たりにし、思わず疲れも吹き飛んだ。
 

 

 

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プブリコ宮殿の一角にそびえるマンジャの塔。入場10€(上)。400段以上の狭く急な階段を登る(中)。頂上のテラスからはカンポ広場とシエナの旧市街を一望できる。入れ替え制で、テラスに居られるのは15分間のみ(下)。
 

 

 

 

 

 

お菓子とワインとサラミ、そしてステーキ!

 

 

 

   さて、塔にも登ってすっかりお腹をすかせた。カロリーもだいぶ消費したので好きなものを、好きなだけ食べられる。旧市街のトラットリアに入ると、疲れが出たのか猛烈に肉が食べたくなった。トスカーナ地方はジビエ料理や肉料理が美味しい。よし、奮発して昼からステーキだ! 特産のキャンティの赤ワインに良く合う重厚なステーキをぺろっと平らげ、心もお腹も大満足。
シエナを含む一帯は、世界的に有名な赤ワイン「キャンティ・クラシコ」の産地である。当然ながら、街中には正真正銘キャンティ地方で生産されたことを示す黒い雄鶏と『D.O.C.』マークがついたワインを売る酒屋がたくさんあり、その赤ワインにぴったりな「チンタ・セネーゼ」と呼ばれる豚肉のサラミや、デザートワインと一緒に楽しめる濃厚なお菓子などを売る店も軒を並べている。一回の食事では味わい尽くせない美食の数々は、お土産として持ち帰り、家でじっくり味わうことにした。
 

 

 

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「キャンティ・クラシコ」のワインは黒い雄鶏のマークとD.O.Cの表示が品質の証なので、チェックしてから買うようにしたい(上)。サラミやチーズもシエナ周辺の特産品。キャンティに良く合う逸品が格安で手に入る(中)。どっしりとした赤ワインにはやっぱり肉!ステーキやタリアータ、イノシシ肉の煮込みなどの郷土料理は見逃せない(下)。
 

 

 

 

 

 

大聖堂のモザイク床と豪華絢爛な図書館にため息

 

 

 

   芸術の秋を堪能しに来たのに、すっかり食欲に支配されていた自分を反省。心を入れ替えて、今回、一番の目的であったドゥオーモ(大聖堂)を目指すことにした。
旧市街の小高い丘の上に立つシエナのドゥオーモを初めて目にした人は、誰でもその美しさに感嘆するだろう。「イタリアで最も美しい」と称賛される豪華なファサード、内部の床一面を埋め尽くす大理石の象嵌細工など、建物の細部に渡って緻密な装飾が施され、見れば見るほどその素晴らしさがわかってくる。
 多色大理石のモザイクが印象的なファサードを潜り聖堂内に足を踏み入れると、内部はさらに豪華絢爛な装飾で埋め尽くされていた。二色の大理石の円柱が支える身廊には極彩色の絵画が並び、教会内の一部を占めるピッコローミニ図書館はさらにまばゆいフレスコ画で覆い尽くされている。シエナの名門貴族ピッコローミニ家のために16世紀に作られたこの図書館は、天井も四方の壁も、巨匠ピントゥリッキオによって描かれたフレスコ画で装飾されている。小さな空間ながら、贅沢さにおいては一つの美術館にも相当すると言っても過言ではないだろう。
 建物の内外、細部に至るまで、様々な時代の芸術作品が溢れているドゥオーモだが、中でも一際重要な芸術作品として大切にされているのが聖堂内の床一面を覆い尽くす大理石の象嵌細工である。1300年代から1800年代まで、実に500年間もの歳月を費やして完成したと言われるこの床のモザイクは、図柄に合わせて細かくカットされた多色大理石を組み合わせて作られている。巨大な聖堂内の床をびっしりと覆う緻密なモザイク画は、HPで見ると圧巻の迫力なのだが、全体が公開される期間は限られている。何百万人もの観光客の足に踏みつけられるうち大理石がすり減ってしまったため、その修復と保護を目的に床細工は毎年8月中旬から10月下旬までの約2ヶ月間だけ公開されるようになったのだそうだ。しかし、この期間外に私がシエナを訪れた際にも床の一部は見ることができた。床細工の公開期間は毎日長い行列ができるらしいが、それでも「全体像を見てみたい!」と思わせるだけの魅力がある。次回はちゃんと時期を合わせて、ドゥオーモの床を見学に来よう。そう心に決めて、絢爛豪華な芸術空間を後にした。
 

 

 

 

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多色大理石で装飾された荘厳なゴシック様式のファサードは、「イタリアで最も美しい」と称されている(上)。聖堂内はロマネスク様式の建築。その後、ルネサンス、バロックなど様々な時代の芸術品によって、内部の装飾はますます豪華になっていった(下)。聖堂内は有料で見学できる(HP参照)
 

 

 

 

 

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ヴァチカン宮殿の「ボルジアの間」を手がけたルネサンスの巨匠ピントゥリッキオとその弟子たちによって描かれたピッコローミニ図書館のフレスコ画(上)。聖堂内の大理石の床の一部(下)。床は8月18日〜10月26日の期間だけその全体が公開される(期間は変更されることもあるのでHPでチェックして出かけよう)。
 

 

 

 

 

 

 

 

★ MAP ★

 

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<アクセス>

ローマからアクセスするなら乗り換えが必要な列車よりも直通のバスの方が便利。ティブルティーナ駅前のバス乗り場からシエナ行きのバスが出ている。所要時間は約2時間40分。シエナ旧市街のグラムシ広場に着く。
フィレンツェからも直通バスがあり約1時間半でシエナへ着く。
 

 

 

<参考サイト>

・シエナ大聖堂公式ホームページ(英語) 
http://operaduomo.siena.it/en/ 

 

・マンジャの塔(イタリア語)
http://www.comune.siena.it/La-Citta/Cultura/Strutture-Museali/Torre-del-Mangia
 

 

 

 

 

 

 

 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は11月9日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること17年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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