日本一おいしい!沖縄の肉食グルメ旅

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#23

ケンミンは飲んだあとのシメをどう締めくくるのか

文・仲村清司

 

午前三時のTボーンステーキ伝説 

 飲んだ後に何を食うかという問題がある。つまりシメですな。

 健康のためには食べない方がいいにきまっているのだが、一億総メタボ内圧系肥満の道を突き進んでいる日本人にとって、シメも大事な「酒食」のひとつになっている。

 シメの代表格といえばなんといってもラーメンである。

「いや、ただのラーメンじゃないんだよ。背脂がたっぷり浮いた醤油豚骨味ね。薬味にニンニク少々。それでないとシメた気がしなくて、ふふふ」

「お言葉ですがのう、ワシは田舎者ですけ、ややこしいもんは知らんとですよ。鶏ダシの醤油味で、あっさりこってりのコッサリ系でひっそりやっておりますけ」

「なにをいうとんね、おっさん。いまはつけ麺こそシメの雄や。男やったら東池袋大勝軒の太麺ぐらいズズッといかんと、明日があれへんど、おんどれ、何ぬかしとんねん」

「何をおっしゃるの。女だって女のシメの道がございますわ。大崎の六厘舎、あるいは松戸のとみ田の濃厚スープ。これで翌朝の化粧乗りが違ってきますのよ。おほほ」

 などと、シメの世界は好みひとつとっても千差万別多種多様種々雑多と多岐にわたっていて、とてもまとめられるものではない。だったら沖縄はどうなんだという疑問もにわかに浮上してくる。

 

 結論からいうと「ステーキ!」なのである。

 あのヒレだのサーロインだのという分厚い肉の塊を鉄板で焼いたもの。それもスープ、ライス、サラダ付き。これが沖縄のシメなのである。

『秘密のケンミンSHOW』というテレビ番組で紹介されたのでご存じの方も多いだろう。番組では「沖縄県民のソウルフード」とも表現されたが、事実、県内には150軒以上のステーキハウスがあり、人口10万人あたりの軒数は、沖縄県がダントツの全国1位である。

 したがって、県民はステーキとは確かに馴染み深い。ただし前言を翻すようだが、酒を飲んだ後、お決まりのように「ステーキ」を食べるのかについてはかなりあやしい。というか、「眉唾もの」といっていい。

 それが証拠に僕は沖縄に20年暮らしていて、酒も毎晩のように喰らってきた。酒徒というか酒飲みの手練れといわれる人との付き合いも多い。

 がしかし、「今夜はいつになく飲んだな。小腹も空いてきたことだし、シメのステーキにでも繰り出すか」なんて一度も誘われたことはない。それこそ定番のごとくステーキを食いにいく飲み仲間も見たことがない。

 なぜ、そのような風評が生まれたのか。

 実のところ、「沖縄では飲み会のシメにステーキを食べる」という言説は何度も耳にしている。が、先ほどふれたように経験したことはない。ステーキを食べるとすればランチか夕食である。

 その回数は他府県に比べればかなり多いはずで、子どもの誕生日や入学式など、いわゆるハレの日はステーキハウスに出向くケースも多い。

 理由は米軍統治下時代から復帰後、輸入牛肉にかかる関税が本土よりも低かったから(現在の関税は一律になっている)で、これについては本連載#21「県民の県民による県民のためのステーキ〈1〉」でも記したとおりだ。

 

 さて、その米軍統治下時代、「Aサイン」という業者が認可されている。

「米軍人、軍属が立ち入ってもよいという許可証がAサインで、業者(レストラン、バー、キャバレー、加工食品関係など)はこれを店舗内に掲示した。米四軍のマークに大きくAの文字が赤く染められている。復帰まであった」(『沖縄コンパクト事典・琉球新報社』)

 

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『ステーキハウス88』のAサインポスター

 

 要するに店を営業するにあたって使用人は週一回、保健所で検査を受けなければならないなど、米軍は厳しい衛生規定を設けた。「APPROVED」(承認)の頭文字がAサインというわけだ。

 米軍人の主食ともいえるステーキはむろんAサインレストランで供され、これが現在も観光客に人気の『ジャッキーステーキハウス』や『ステーキハウス88』である。1954年にコザ(現・沖縄市)で開業した『ジョージレストラン』も、2年後の1956年にはAサインレストラン1号店として那覇市に移転した。

 

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『ジャッキーステーキハウス』

 

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『ステーキハウス88』

 

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『ステーキハウス88』のショーウィンドウ

 

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米軍統治下時代の『ジョージレストラン』のメニュー

 

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『ジョージレストラン』のステーキ

 

 こうしたステーキハウスが那覇の辻地区に集中している理由は米兵たちが遊興した特飲街(米政府が禁止していた、米兵相手の売買春も半ば公然とおこなう店も少なくなかった)が近くにあった名残といっていい。いいかえれば、ステーキハウスは沖縄独特の歓楽街の歴史と風土が生み出したもので、それが現在に至っているというわけである。

 

 では本題のシメのステーキである。『ニッポン居酒屋放浪記望郷編』(太田和彦著・新潮社)のなかに沖縄人がいかにも飲んだ後にステーキを食べているような記述がある。以下、「那覇、午前三時のTボーンステーキ」の章から引用する。

 

《「ソロソろ寝るか」

「さ、太田さんステーキ行きます」

「なぬ」

 同行者が立ち上った。戦後、米軍が入ってきてひろまった那覇のステーキハウスは、深夜営業が普通でオールナイトもあるという。こんな深夜にステーキ食べて体に大丈夫だろうか。

 マナブに案内された「ステーキ牛屋」のメニューから、やっぱりこれだと同行者がTボーンステーキ三五〇〇円を選んだ。ようし俺も。》

 

 太田さんは「ステーキ牛屋」で、厚さ三センチ、縦横二五×二〇センチほどの大判単行本のような巨大なステーキ、六〇〇グラムを胃におさめている。さらに翌夜も、「『ステーキ88』でサーロインLをぺろりと平らげた」と記している。

 マナブとは沖縄の食文化に詳しいライターの嘉手川学さんで、彼がよく足を運ぶ居酒屋に太田さんを案内しているという設定だ。

 この下りを読んで、僕もなるほど巷間に流布しているように「沖縄ではシメにステーキか」と思い込みかけたが、そうではなかった。

 よく読むと、ステーキがシメの定番になっている記述は一切ない。注目すべきは、「那覇のステーキハウスは、深夜営業が普通でオールナイトもある」という点である。

 

「辻はスナック街の松山に近く、店をはねた従業員やホステスが食事やアフターでステーキハウスに行くことが多かったのです。大衆食堂の営業は終わっている時間ですし、沖縄はラーメン屋もなかったから。出向くとすれば深夜まで営業している店がステーキハウスだったのです。ステーキハウスといってもカレーやピザ、AランチやBランチもあって値段が安い。いまでいえば気軽な深夜食堂といったところですね」

 とは、80年代当時、ホテルのレストランで働いていた人の談。

 嘉手川さんもシメにステーキをする人ではなく、沖縄の食文化を知ってもらうために太田さんを案内したという。

 つまりは、深夜の時間帯は開いている店がないので必然的にステーキハウスに行ったというわけだ。その後はバブル景気の影響で外食産業が隆盛し、飲み食いする人たちが増えるとともに時間も深夜にずれ、さらにステーキハウスが賑わうようになったのである。

「沖縄では飲み会のシメにステーキを食べる」という言説が都市伝説化したのもどうやらこの頃らしく、もともとのステーキ文化と相俟ってこの手の風評が一人歩きしたのだろう。

 むろん、シメにステーキを食べる人もいるが、多くの場合、運送関連の運転手や勤務時間帯の遅い人たちが勤務明けに足を運ぶケースが多いという。沖縄ではこの手の人を「運転手メシ」と呼んでいるが、仕事柄、ガッツリ系のステーキハウスは彼等のスタミナ源というわけである。

 ちなみに、ほとんどのステーキハウスの営業時間は午前1時~4時まで。『ステーキ88』や『岩盤石ステーキ』は翌朝午前6時。「ハイウェイ食堂」にいたっては24時間営業である。むろんランチもやっているので、どの時間帯でもステーキが食えるといっても過言ではない。

 

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『ステーキ88』は、平日は午前4時までだが、金・土・祝前日午前6時まで

 

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『岩盤石ステーキ』は午前6時まで

 

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『ハイウェイ食堂』は24時間営業

 

 営業時間がこれほどまでに延びたのは鉄軌道がないため。つまり終電がないのでダラ食いが可能になったのである。それが原因して日本一の肥満県という事態を生んだわけだが、むろんのこと、それだけ食えばビールの一杯も欲しくなる。となると、「ついでに泡盛もあと一杯」となり、これには往々にしてシメがない。

 それどころか僕の知人などは、「飲んだ後のシメ? そりゃ飲み直すしかないじゃないですか」とスナックをハシゴする。食うよりも飲むことだけに納得したい人もこの島にはワンサといるのだ。

 それが証拠に、沖縄県はアルコールによる肝疾患の死亡率が男性で全国1位、女性も全国2位となっていて、総合で堂々たる1位(2010年)というありさまだ。

 飲み過ぎ食い過ぎを防ぐためにも一刻も早い鉄軌道と終電の導入を提案したいが、ステーキ文化がこれほどまでに根づいているのは基地のある沖縄本島中部や那覇のみ。離島や農村部ではありえない話なのでくれぐれも誤解なきよう。

 

 そんなステーキハウスも近年は様変わりしていて、料金が安いことから、インバウンドが劇的に増えているのだそうだ。主流は「夜市」に代表されるように深夜メシ大好きな台湾人。取材した夜も某ステーキハウスは台湾の人たちの行列ができていた。

 旅行代理店の関係者によれば、中国人にはどちらかというと日本式の「しゃぶしゃぶ」が人気。ふだんから脂の多いバラ肉や三枚肉を炒めたり揚げたりして食べるので、分厚い赤肉のステーキにはそれほど関心を示さないという。

 いずれにしても、海外からの入域観光客は毎年倍増していて昨年度は200万人に達している。食のトレンドしだいでは肉の食べ方や好みもシフトしていく可能性も高い。将来、沖縄のステーキハウスはインバウンドばかりという光景も見られるかもしれない。

 

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せんべろセットがある『ステーキ牛若丸』

 

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大衆酒場のような暖簾がかかる『牛屋』

 

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フレンドリーな看板の『ステーキハウス Mr.マイク』

 

 別にケチをつけるわけではないが、『秘密のケンミンSHOW』のような番組は鵜呑みにしないほうがいい。沖縄は王朝以来の伝統食や米軍統治下の影響で、食文化そのものが本土とはかなり異なっているので、イメージがパターン化して、固定化されやすい。

「情報操作」とまではいわないが、かなり大げさな報道をすると、一部の地域の生活様式があたかも沖縄県全体の文化のように見られることもある。

 ちなみに同番組では「沖縄県民はケンタッキーフライドチキンをおかずにしてごはんを食べる」と紹介したこともあった。

「これは事実ですよ。うちでは夕飯にケンタッキーフライドチキンでごはんとみそ汁を食べていました。中部(沖縄市を中心とする沖縄本島中部圏)ではみんなやってますから」

 と語るのは、本連載#05に登場した那覇市泊の『串豚』店主、喜屋武満さん。喜屋武さんは旧コザ、沖縄市の出身である

 これに対して那覇出身の女性客は次のように答えた。

「那覇ではそんなヘンなことはしません。マクドナルドと同じで、あれはファストフード、あくまでおやつです。おかずにするなどありえません」

 ちなみに彼女は、「飲んだ後のシメのステーキ? よくやっていますよ。24時間営業の店が近くにあるので」と結んだ。

 ま、いるにはいるということですな。ともかくも、ファストフードひとつとっても、沖縄はガチガチの一枚岩ではないということだ。

「ゆるやかでいっしょ」、融通のきく島であることがなによりですよ、はい。

 

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ステーキひとつとっても、沖縄の食カルチャーは多種多様なのである

 

 

*本連載は、仲村清司、藤井誠二、普久原朝充の3人が交代で執筆します。記事は月2回(第1週&第3週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

*本連載の前シリーズ『爆笑鼎談 沖縄ホルモン迷走紀行』のバックナンバーは、 双葉社WEBマガジン『カラフル』でお読みいただけます。

 

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仲村清司(なかむら きよし)

作家、沖縄大学客員教授。1958年、大阪市生まれのウチナーンチュ二世。1996年、那覇市に移住。著書に『本音の沖縄問題』『本音で語る沖縄史』『島猫と歩く那覇スージぐゎー』『沖縄学』『ほんとうは怖い沖縄』『沖縄うまいもん図鑑』、共著に『これが沖縄の生きる道』『沖縄のハ・テ・ナ!?』など多数。現在「沖縄の昭和食」について調査中。最新刊『消えゆく沖縄 移住生活20年の光と影』発売。

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藤井誠二(ふじい せいじ)

ノンフィクションライター。1965年、愛知県生まれ。8年ほど前から沖縄と東京の往復生活を送っている。『人を殺してみたかった』『体罰はなぜなくならないのか』『アフター・ザ・クライム』など著書や対談本多数。「漫画アクション」連載のホルモン食べ歩きコラムは『三ツ星人生ホルモン』『一生に一度は喰いたいホルモン』の2冊にまとめた。沖縄の壊滅しつつある売買春街の戦後史と内実を描いたノンフィクション作品『沖縄アンダーグラウンド』を2017年に刊行予定。

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普久原朝充(ふくはら ときみつ)

建築士。1979年、沖縄県那覇市生まれ。アトリエNOA、クロトンなどの県内の設計事務所を転々としつつ、設計・監理などの実務に従事している。街歩き、読書、写真などの趣味の延長で、戦後の沖縄の都市の変遷などを調べている。最近、仲村と藤井との付き合いの中で沖縄の伝統的な豚食文化に疑問を持ち、あらためて沖縄の食文化を学び直している。

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