旅とメイハネと音楽と

旅とメイハネと音楽と

#23

イスラエル〈5〉シャバットの晩餐

文と写真・サラーム海上

 

ダギさん一家の安息日のディナーパーティー 

「明後日の金曜の夜、君は何処で何をしている? 我が家では毎週金曜の夜はシャバット(安息日)のディナーパーティーを開いているんだよ。3人の息子や前妻も来て、私の家族が全員揃うんだ。そこに是非君も招待したいのだよ。妻の料理の腕を楽しんでもらえないかな」

『International Music Showcase Festival』の取材中、ダギさんからメールが届いた。

 おお、それは願ってもない申し出。幸いフェスティバルもシャバットに合わせて、金曜の夕方5時から午後11時までが自由時間となっていた。もちろん、喜んで行きます~! 

 
 ユダヤ教では毎週金曜日の日没から土曜日の日没までの間をシャバット(安息日)と呼び、何もしてはいけない休息の日と定めている。労働は禁止されるため、イスラエルでは毎週金曜の午後になると、ユダヤ人経営のお店は全て閉店し(アラブ人経営の店は開いている)、公共交通手段も休みとなる。
 シャバットの過ごし方はそれぞれの信仰の濃淡によって異なるが、基本的に料理を作ることや掃除などは避けられる。敬虔な家庭では書くこと、インターネットやテレビを見ること、電灯のスイッチを入れることも禁止される。もっと厳しい家庭になると、トイレットペーパーをちぎることやお金を触ることも禁止されるらしい。要は生産的な活動は一切やめて、神を思って一日中礼拝しろということだ。
 僕の友人や知り合う人々はミュージシャンや音楽関係者、料理関係者など世俗的な生活を送る人たちばかりで、シャバットなど気にせずに演奏したり、働いているが、信仰の薄い世俗的な家庭でも金曜となると日没前に前もって一日分の料理を大量に作り、家族が集まり、一緒に食事を取ることはよくあるそうだ。 

 

01_IMG_0205

テルアビブでは『International Music Showcase Festival』の取材

 

 金曜の午後、僕はテルアビブのライヴハウスThe Zoneで四組の気鋭アーティストたちの演奏を聞いた。午後5時に店を出ると、目の前の道路でダギさんの白いBMWが待っていてくれた。
「シャローム・サラームさん! フェスティバルはどうですか? 面白いアーティストに出会えたかな? ところで私の次男のオメールもミュージシャン志望なんだよ。今夜は彼の演奏を聞いてくれたまえ」
 ダギさんの家があるテルアビブの東側の町ラマト・ガンまではほんの数キロのはずだが、道は帰路につく人々の車で大渋滞していた。
 ラマト・ガンは世界最大のダイヤモンド取引所と高層ビル群、さらに無数の公園と緑が共存する町。ダギさんの家はそのラマト・ガンの一角の閑静な高級住宅街にあった。
 車の音を聞きつけ、玄関から二人の青年が顔を出した。
「次男のオメールと三男のニムロドだ。ようこそ我が家へ。さあ、中に入って」
 自動車のガレージから繋がった玄関を抜けると、一階の左側は150平米ほど広いLDKになっていた。手前のアイランドキッチンだけで10畳くらいある。羨ましい!
 キッチンでは奥様のメイラヴさんが料理の仕上げを行っていた。
「ごめんなさい。料理を作る過程を見たかったのでしょうけど、もうほとんど出来上がっているの。そろそろ日暮れだから」
「いえいえ、料理レッスンはまた次回にお願いします。それよりも出来上がった料理をダイニングテーブルに運びますよ」
「いや、お皿を運ぶのは息子たちに任せて、我々は乾杯しよう!」そう言って、ダギさんはキッチンに並べてあった赤ワインのコルクを開け始めた。ダギさんが用意してくれたイスラエル製ワインは僕は初めて見るボトルばかりだったが、どれもワインSNSアプリVivinoでスキャンすると、高得点の4点超えのものばかりだった。

 

02_IMG_0206

乾杯のために、ダギさんがイスラエルの赤ワインを開けてくれる
 
 それではメイラヴさんによるこの晩のメニューを紹介しよう。まずはじゃがいもをいったん茹でてから、平たくたたき潰し、オリーブオイルをふりかけてオーブンで焼いて焼き目を付けたもの。これは簡単だが、外はカリカリ、中はねっとりと二種類の食感が楽しめる。これは日本でも作ってみよう。

 

03_IMG_0211

じゃがいものオーブン焼き

 

 続いては赤と黄色のミニトマトと水牛のモッツァレラチーズのサラダ。バジルの葉をたっぷり混ぜ込み、ドレッシングはレモン汁とオリーブオイル、塩、胡椒だけ。これは基本的にイタリア料理だが、ミニトマトにはイスラエルで品種改良された品種も多い。カラフルな益子焼のような器は陶芸家であるメイラヴさんの作品が用いられていた。

 

04_IMG_0212

トマトとモッツァレラチーズのサラダ

 

 三品目は焼き茄子の皮をむいて、タヒーニソースの上にのせ、トマトと赤玉ねぎのみじん切りを散らし、オリーブオイルをかけたババガヌーシュの変形サラダ。通常は焼き茄子の実をフォークの先やフードプロセッサーでつぶして、タヒーニと混ぜ合わせるが、メイラヴさんは焼き茄子の実をつぶさずにそのまま用いていた。焼き茄子の食感を楽しむにはこちらのほうが良い。

 

05_IMG_0214

ババガヌーシュ(焼き茄子料理)をアレンジしたサラダ

 

 そして、鯛のセビチェ。鯛の身を細かく刻んで、きゅうり、赤パプリカ、黄パプリカ、イタリアンパセリ、ライムの絞り汁、ワインビネガーでマリネしていた。セビチェはもちろんペルー料理だが、きゅうり、赤パプリカ、黄パプリカ、イタリアンパセリという組み合わせは典型的なイスラエル料理である。さらに魚の酢漬けやマリネは、東ヨーロッパをルーツに持つユダヤ人「アシュケナジ」の伝統料理でもある。
 現在ペルー料理は世界的なブームとなっていて、日本でもセビチェを出すお店が増えているが、イスラエル人は日本人と同じくらい魚好き。ちなみに人口に対しての寿司屋の数の多い町は世界第1位が東京、2位がテルアビブと言われるほどだ。

 

06_IMG_0229

鯛のセビチェ

 

 スープにはさつまいもと胡桃のフードプロセッサーにかけたもの。これは甘くてクリーミーで美味しい。そこにマダガスカルの生の緑胡椒を使ったソースを数滴ふりかけると、味にシャキっとアクセントが付いた。
 タイ料理の野菜のココナッツミルクカレーまで並んでいる。イスラエルでは近年、しめじやしいたけなど日本の食材も作られ始め、日本料理やアジア料理に手を伸ばすのも手軽になったそうだ。

 

07_IMG_0258

さつまいもと胡桃のスープ

 

08_IMG_0220

ココナッツミルクカレー

 

 続いて肉料理は1kg以上はある大量のタルタルステーキ! 生の牛肉を粗挽きにして、ケッパー、ピクルス、パセリ、玉ねぎのみじん切りと混ぜ込んだ僕の大好物だ! ディジョンのマスタードを添えていただく。
 もう一品の肉料理は血がしたたるローストビーフ。これもたっぷりの量だ。

 

souq5

牛肉のタルタルステーキ

 

10_IMG_0223

ロースビーフもボリュームたっぷり

 

 そしてメインディッシュには大きな硫酸紙に包んでオーブンで焼いた長さ60cmほどのスズキの塩釜焼き。これは開けるのが楽しみだ!
「私の名前「ダギ」はヘブライ語で「魚」を意味するんだ。イスラエルではあまり聞かない名前だ。なぜそんな名前を付けたかというと、私のお爺さんがイディッシュ語(東ヨーロッパ系ユダヤ人の言葉)で「魚」を意味する「フィッシュ」という名前だったんだ。お爺さんはホロコーストで亡くなった。そこで私の両親は私にお爺さんと同じ意味の名前をヘブライ語で付けたんだ」
 長年の日本との貿易事業を売り払い、引退したばかりで、悠々自適に暮らし始めたダギさんだが、ホロコーストの記憶は先祖から引き継いだ名前という形でしっかりと刻まれている。

 

11_IMG_0221

14_IMG_0241

メインディッシュのスズキの塩釜焼き、開けるとこんな感じに


 
 メイラヴさんと一緒に料理をダイニングテーブルに運んでいると、玄関のベルが鳴り、ダギさんの前妻ジュデスさんと長男のドロル夫妻、近所に住むドロールの友人が現れた。ドロルはプロの自転車ロードレーサーで、一年の半分以上はレースのため世界中を回り、日本人のロードレーサーの友人もいるそうだ。
 全員がテーブルに揃い、料理の準備が出来上がると、ダギさんがおもむろに立ち上がり、シャバットの祈祷を始めた。普段はまったく宗教的な言葉を口にしないダギさんだが、この時ばかりはキッパを頭に乗せて、聖書の一節を読み上げ、祈りを捧げる。家族全員も立ち上がり、祈りの言葉を口にしてから、再び腰掛ける。
 さあ、シャバットのディナーがスタートだ。各々大皿から料理を自分のお皿にとりわけ、パンやピラフを添えて食べ始める。

 

12IMG_0244

13IMG_0249

ダギさんが祈祷をしてから、シャバット(安息日)のディナーがスタート

 

 メイラヴさんの手料理は見た目がカラフルで華やかなだけでなく、どれもヘルシーでシンプルな味付けのため、いくらでも食べられる。大皿に盛り付けて、室温のまま放置出来る料理が多いのは、シャバットの一日の間、温め直したり、切ったりを行わないためだ。

 

14IMG_0234

14_IMG_0259

華やかでヘルシーな料理の数々。各々、皿にとりわけていただく

 

15IMG_0238

ダギさんと乾杯!

 

16_IMG_0260

右端がダギさんの奥様のメイラヴさん

 

 僕が音楽評論家と聞くと、次男でミュージシャン志望のオメールが練習スタジオとしても使っている部屋に案内してくれた。10畳ほどの広さの部屋の奥にドラムセットが組まれ、手前にギターアンプとベースアンプが設置されていて、壁にはエレキギターやダルブッカなど様々な楽器がかけられている。
「僕はもともとヘビーメタルが大好きで、最初に始めた楽器はドラムスだったんだ。それからいろんな楽器に手を出したけれど、今はイランやトルコの弦楽器ケマンチェにハマっている。でもイスラエルにはあまり良い先生がいないから、良い先生のいるクレタ島の音楽学校に行こうと思っているんだ」
 食後のデザートにレモン・ケーキをいただく間、オメールがケマンチェを演奏してくれた。ケマンチェはヴァイオリンの元となった弦楽器で、金属弦を馬の毛をゆるく束ねた弓で擦って鳴らすため、ヴァイオリンよりも繊細で、すすり泣く声のような音色が特徴だ。中東音楽特有の微分音を出すため、長く伸ばした爪で弦を押さえるなど、演奏は非常に難しい。そんなケマンチェをオメールは美しく正確に弾き鳴らした。

 

17IMG_0272

次男のオメールがケマンチェの演奏を披露してくれた

 

18IMG_0268

デザートのレモンケーキ

 

 演奏を終えると、ドロル夫妻と友人が席を立ち上がった。別の友人宅に遊びに行くというのだ。僕も『International Music Showcase Festival』に戻って、あと2組のライヴ演奏を見なければならない。ダギさんとメイラヴさんにお礼を言って席を立つことにする。
「また次回、イスラエルに来る時は遠慮せずに我が家のシャバットのディナーに来てほしい。我が家は世俗派で、全く宗教的な家ではない。シャバットのディナーは宗教的な意味ではなく、社会的な意味で行っているんだ。普段は別々に暮らしている家族が週に一度集まって語り合う機会があるなんて素晴らしいことだと思わないか?」

 

19_IMG_0227

ダギさん家族のディナーにゲスト参加、とても楽しい体験だった


 

焼き茄子サラダの作り方 

■メイラヴさんの焼き茄子サラダ
【材料:作りやすい量】
米茄子:大2個
レモン汁:1/2個分
タヒーニ:100g
水:カップ1/2
塩:小さじ1/2
トマト:1個(ヘタと種を取り、5mm角の角切り)
赤玉ねぎ:1/8個(荒みじん切り)
EXVオリーブオイル:大さじ2~3

【作り方】
1.米茄子はへたを取り、中まで火が通りやすいように、縦に数カ所包丁を入れておく。オーブンを200度に熱し、オーブンシートを敷いた天パンに米茄子をのせて1時間焼く。皮が焦げて、中身まで柔らかく火が通ったら、ビニール袋に入れ、口を縛って20分放置しておく。
2.1の茄子の皮をむき、実だけを取りだす。
3.ボウルにレモン汁、タヒーニ、水、塩を入れ、なめらかなクリーム状になるまでよく混ぜ合わせる。
4.平皿に3を盛り付け、中央に2をのせる。みじん切りのトマトと赤玉ねぎを散らし、EXVオリーブオイルを回しかける。

 

 

*イスラエル編、次回も続きます。お楽しみに!
 

 

*著者の最新情報やイベント情報はこちら→「サラームの家」http://www.chez-salam.com/

 

*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。次回もお楽しみに! 〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉

 

 

orient00_writer01

サラーム海上(サラーム うながみ)

1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com

紀行エッセイガイド好評発売中!!

orient00_book01

イスタンブルで朝食を
オリエントグルメ旅

orient00_book02

おいしい中東
オリエントグルメ旅

   

旅とメイハネと音楽と
バックナンバー

その他のCULTURE

ページトップへ戻る

ページトップへ戻る