日本一おいしい!沖縄の肉食グルメ旅

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#22

県民の県民による県民のためのステーキ〈2〉

文・仲村清司

 

旨み凝縮の熟成肉に開眼す 

 新店舗の『県民ステーキ国際通り店』は国際通りの中心部、「てんぶす那覇」から桜坂方面に入って約3分のところにあった。糸満市の住宅街から突如、大都会・那覇に進出したわけだが、実はこの国際通り周辺こそステーキハウス激戦区。

 沖縄の名代の老舗や予約必至の人気店・高級店、さらには超廉価を売りにする「1000円ステーキ店」など、ありとあらゆるスタイルの店が「我こそは!」と一斉に出陣しているエリアなのだ。

「県民ステーキ」はいわば平成のステーキ戦国時代の最前線に参入したことになるのだが、その熱き闘いとは裏腹に我が三バカ男はだらしなくうだっていた。

 時刻は夕方の6時半を回っているというのに、亜熱帯の太陽はまだまだ熱気ムンムンで我々を照りつけ、取材に対する意気込みを半減させていた。というのも、その日(2016年7月21日)の那覇は記録的な猛暑で、三人ともすでに食欲が萎え、正直、脂したたる肉の塊をガツガツ食らうような気分ではなかったからだ。

 なので、打ち合わせの段階で、「とりあえずステーキを1品だけ注文して、あとはみんなで試食しつつ、取材しつつ……」などと姑息な方針で臨むことを決めていた。

 とりわけ頭髪が後退している藤井誠二氏は頭頂部への容赦ない直射日光がよほどこたえていたのか、入店するなりメニュー表には目もくれず、ビールをオーダー。あっという間にジョッキを空にして2杯目に突入した。

 こういう光景を目の当たりにすると、取材も気にはなるけれど、「はて面妖な。こんなビール日和に飲まなくて何が取材か人生か」という気分になってしまう。かくして入店5分後には全員ジョッキを持ってプハプハする展開になっていた。 

 と、ちょうどそのときであった。

「ハラミじゃないか!!!!」

 メニュー表を眺めていた藤井氏の表情が一変し、「ドン!」とテーブルを叩くなり、立ち上がって叫んだのである。

 糸のように細い目をカッと見開き仰天している藤井氏に、普久原クンも「えっ!」と声をあげて即応した。そうして彼もまた、椅子をはねのけるように立ち上がりメニュー表をのぞきこんだのである。

「仲村さん! ここの肉、ハラミですよ、ハラミ!」

 僕の首を絞めるような勢いで藤井氏は迫ってきたのだが、暑さからようやく解放され、冷たいビールで満ち足りつつあった僕には、そもそも彼らがなぜ騒いでいるのか、さっぱりのみ込めていなかった。そんな僕に藤井氏は苛立ちを覚えたらしい。

「ん? ハラミ?」

 僕は問い返した。

「横隔膜のことです」

 彼らが驚愕している理由がわかっていない僕に、普久原クンは素早く教えてくれたけれど、すでにこのやりとりは「犬に論語」「牛に経文」であった。

「ああ、痙攣するとシャックリが出る器官ね。それがどうしたの?」

 そう答えた僕を藤井氏は三万光年彼方を見るような目つきで、

「3年もいっしょに食い歩いているのにハラミのことがわかっていないのですか!?」

 と、本気で呆れかえったようだった。

「ん? ハラミじゃなくてア・カ・ミでしょ?」

 そうつぶやくと、普久原クンは本格的に言葉を失ったらしく、腕組みをしながら、ただ天を仰ぐ人になった。

 二人が僕の肉に対する無知蒙昧ぶりを肌で知った瞬間であった。

 

 読者におかれては前回の記事にある糸満店のメニュー表をもう一度ご覧いただきたい→#21参照。県民ステーキと書かれた下に、「産地:オーストラリア・ニュージーランド 赤身の軟らかい熟成お肉です」とあるはずだ。

 他方、国際通り店のメニューには次のように書かれている。

 

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左上に注目を。控えめな文字で「部位:ハラミの赤肉 産地:オーストラリア、ニュージーランド」とある

 

 要するに県民ステーキは「ハラミ」を使用しているわけだが、僕はそのハラミそのものを知らなかったわけである。普久原クンが即答したようにハラミとは横隔膜のこと。胸腔と腹腔の境目を作っている膜で、解剖学的に解説すると、人間と同じで内臓をつり下げている部位にあたり、呼吸と連動している器官である。

 と書きながら、いまも理解できていないのだけれど、とにもかくにも膜といっても薄っぺらなものではなく厚みのある筋肉であるらしい。なので、ステーキに向いていて、食感は赤身の牛肉そのものということになる。

 したがって、厳密にいうとハラミはいわゆる外側の精肉ではなく、内臓の肉で「モツ」の一種。つまりはホルモンというわけだ。

 恥ずかしながら、僕はステーキといえば「ヒレ」や「サーロイン」しか知らなかったし、もとよりどの部位を指してそう呼ばれているかも理解していなかった。だから、糸満店で食べた肉もそういう部位の「赤身」と単純に思い込んでいたのだが、実はハラミだったというわけである。

 もっともヒレ同様にハラミも脂身が少なく肉質はやわらかい。ゆえに、僕のような素人が精肉と勘違いしたのも無理もないのだが、ものの本によると、ハラミは希少価値の高い部位で、牛1頭からわずか2~3キロしかとれないらしい。

「だから値段が高いのです。しかも、いまは健康志向で赤身がブームなのでさらに値が上がっているんです。そんな肉をこんな庶民価格で提供してくれているというのは特筆すべきことなんですよ」

 と、藤井氏。彼らが同時に立ち上がって驚いた理由もそこにあったというわけである。しかし、話はこれですまないのだ。

 

 オーナーの真栄田義之氏に伺うと、同じ横隔膜でも厳密にはハラミ(背中側の薄い部位)とサガリ(肋骨側の厚い部位)に分けられ、同店では後者を使っているという。ちなみにサガリは一頭からとれる部位が極めて少なく、それゆえ値が張るのだ。

「仕入れるのも肉を安定的に確保するのも大変です」

 と真栄田さんがいうように、ハラミをステーキ肉として供している店はまだ少ないらしい。それだけでも「県民ステーキ」は貴重な店ということになるが、肉を食べ歩いてきた藤井氏によると、「全国的な熟成肉ブームで、精肉を寝かせて出す店はめずらしくないが、ハラミやサガリを熟成させる店はなかなかない」という。その点について真栄田さんに尋ねると……。

「あまり聞かないですね。熟成とは肉自体に含まれるタンパク質分解酵素の働きによって肉のタンパク質が旨み成分であるアミノ酸に変化することを指します。熟成にはいくつか方法があって店によってやり方が違うのですが、うまくやらないと旨み成分が含まれているドリップ(肉汁)が出てしまう。私も冷蔵庫を改造して試行錯誤を重ねてここまで仕上げましたが、管理するのは大変です。自分がもっている技術はすべて使い尽くしましたね」

 つまるところ自分のアイデアを駆使し、手間を惜しまず徹底的に旨みを凝縮させた肉、それが「県民ステーキ」というわけである。

 そういう貴重な肉を僕は何も知らずに食べてきたわけだが、とにもかくにもハラミの熟成肉をステーキにして食べるというのはよほど贅沢なことらしい。

 前回も紹介したが、同店は牛スジスープ、サラダ、ライスはおかわり自由。国際通り店は場所柄、家賃が高いため糸満店より若干料金が高く設定されているが、それでもこの界隈の店と比べるとはるかに安い。正直、こんな料金でやっていけるのか心配になってしまうのだが、その価格にも真栄田さんならではのこだわりがあった。

 

「私が食べて欲しいのは正直、ウチナーンチュなんです。でも、最近は観光客を相手にしたステーキハウスがどんどん進出しているので、値段も観光客向けでどんどん上がっている。そうなるとウチナーンチュが食べられなくなりますから、どうしても糸満なみの料金でやっていきたいんです」

──ということは、それが「県民ステーキ」の店名の由来ですか?

「その通りです。だからこの店も県民が入りやすいようにわざわざ大衆食堂のように作り変えたのです」

 確かに国際通り店の内装は糸満店と酷似している。テーブルクロスも同じビニール製の赤いチェック柄で、オシャレで洋風なステーキハウスの雰囲気は皆無。というか、初めてのお客さんなら、「ソーキそば」や「チャンプルー」を注文しそうな店である。真栄田さん自身、ステーキハウスをやっている気分はまったくないらしく、あくまで「県民食堂」のノリで店を切り盛りしているという。

 その真栄田さんの県民に対する思いは強くて深い。開業前は券売機をウチナーンチュ用と観光客用に分けて、入り口も別々にしようかと真剣に考えたというのだ。

「観光客に入ってほしくないということではないのです。でもランチタイムはどうしても地元客が入店する時間帯がバッティングする。観光客はグループで予約されるケースが多いので、満席になることがあるんです。そうなると地元客が入れない。毎日汗を流して働き、昼休みに食べにきてくれているのに、それではあまりに申し訳なくて……。で、何とか地元を優先する方式を採用できないかと考えたのですが。でも、どうあってもお客さんを選別することは許されませんから」

 最終的には断念したが、真栄田さんはギリギリまで考えたという。

「自分が手間をかけて開発した旨い肉を安い料金で食べてもらいたい。お客さんもそのことを一番に望んでいますから、地元の人が入りやすい雰囲気で、安い料金で満腹になっていただく。いろいろ考えて、それがこういう形に落ち着いたというわけです」

 観光客向けのステーキハウスが激増する一方で、俗化を拒むステーキ食堂が激戦区で孤軍奮闘していたのである。なんだかそのことを知っただけでもうれしかった。こういう店がある限り沖縄はまだまだ大丈夫かもしれない、そう思ったりもした。

 

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国際通り店の外観。無骨な佇まいは確かに観光客への媚びがない

 

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内観も土着の食堂そのもの。ビールが来るやいなや飲み干す藤井氏

 

 ところで、我々の食欲のことである。熟成ハラミに激しく感動した肉食人種の藤井氏は「コンビプレートダブル 県民ステーキ100g&アグーステーキ150g」を注文。いずれも口惜しいほどうまい。鉄板の上でジュージュー飛び跳ねる脂の音で普久原クンもスイッチが入ったのか、みるみる獰猛な肉食人種へと変貌し、握りしめたフォークとナイフを離さなくなった。

 むろん、僕も負けてはいられない。藤井氏が独占気味のアグーにフォークを突き刺した。

 ほどなく我々は飢えたハイエナになった。それぞれがウーウーと低く唸りながら、肉の引きちぎり合い、取り合い、奪い合いが始まったのである。

 浅田次郎氏は著書の中で、「人間として一番まずいのは、なりふり構わないことだと思います」と述べているが、わがテーブルはまさにその醜い人間の最たる見本が露呈されていた。

 なんと表現していいのか、胃に歯が生えた3人は生肉にも食らいつく勢いである。肉はやはり人を変えるのか、普久原クンにいたっては、牛スジスープの具をガツガツと食らいつつ、ビールをぐいぐいとあおるという始末で、あからさまに食い足りないというポーズを見せている。

 とうてい1品では足らず、「コンビプレートダブル 県民ステーキ100g&上タン100g」を追加。「ハラミは血の味、匂いがする」と不気味な独白を繰り返しながら、熱々の焼き石にジュージュー肉を押しつけてがぶりよる藤井氏はさらに「ラムステーキ」をオーダー。テーブルはたちまちのうちに肉祭りという有様になった。

 

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藤井氏の注文したコンビプレートダブル 県民ステーキ100g&アグーステーキ150g。2480円

 

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アグーにフォークを突き刺し興奮気味の藤井氏

 

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普久原クンが注文したコンビプレートダブル 県民ステーキ100g&上タン100g。このボリュームで2080円

 

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数量が少なく、すぐに売り切れてしまう仔羊ラムステーキ

 

 驚くなかれ、先ほどまで暑さにうちひしがれていた三バカ男はこれらの肉を一かけも残さず、白兵戦さながらのうちに平らげてしまったのである。

 鉄板焼きにもこういうシーンが往々にしてあるが、このあたりの一連のメンタル的フィジカル的な理性喪失のうねりが、あるいはもしかすると肉を喰らうときの醍醐味かもしれない。

 いずれにしても、この日の僕たちの食欲中枢はどうやら機能不全に陥っていたようである。藤井氏は大きく膨らんだお腹をさすりながら、「カレーライスも気になるなあ。ちょっともらおうか」と追加注文したのであった。

 運ばれてきたカレーの具はなんと牛スジ。真栄田さん自身が創作・開発したものだそうで、さすが牛肉を扱う店ならではの「逸品」というほかなかった。

 馥郁たる香りが漂うその皿にたちまち3方向からスプーンが伸び、またもや争奪戦が始まった。食欲中枢破綻者たちにとって「カレーは別腹」だったのである。

「考えてみると今夜はハラミという臓物から始まって、スジ肉という臓物でシメる。実にスジの通った取材だったねえ」

 藤井氏はそういっていかにも満足そうに楊枝でシーハーするのだが、足はすでに我らが会議室、『串豚』に向いている。

「冷や奴でも喰って少し胃をさっぱりさせましょう」

 うーむ、さすが健啖家というべきか。藤井氏はまだまだ飲むこと喰うことに余念がないようであった。

 

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シメのカレーライス(700円)にもがっつりスジ肉が入っていたのだった

 

 

*『県民ステーキ 国際通店』  住所:那覇市牧志3-8-31

 

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ハラミに挑む筆者

 

(ステーキ編、次回にさらに続く)

 

 

*本連載は、仲村清司、藤井誠二、普久原朝充の3人が交代で執筆します。記事は月2回(第1週&第3週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

*本連載の前シリーズ『爆笑鼎談 沖縄ホルモン迷走紀行』のバックナンバーは、 双葉社WEBマガジン『カラフル』でお読みいただけます。

 

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仲村清司(なかむら きよし)

作家、沖縄大学客員教授。1958年、大阪市生まれのウチナーンチュ二世。1996年、那覇市に移住。著書に『本音の沖縄問題』『本音で語る沖縄史』『島猫と歩く那覇スージぐゎー』『沖縄学』『ほんとうは怖い沖縄』『沖縄うまいもん図鑑』、共著に『これが沖縄の生きる道』『沖縄のハ・テ・ナ!?』など多数。現在「沖縄の昭和食」について調査中。最新刊『消えゆく沖縄 移住生活20年の光と影』発売。

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藤井誠二(ふじい せいじ)

ノンフィクションライター。1965年、愛知県生まれ。8年ほど前から沖縄と東京の往復生活を送っている。『人を殺してみたかった』『体罰はなぜなくならないのか』『アフター・ザ・クライム』など著書や対談本多数。「漫画アクション」連載のホルモン食べ歩きコラムは『三ツ星人生ホルモン』『一生に一度は喰いたいホルモン』の2冊にまとめた。沖縄の壊滅しつつある売買春街の戦後史と内実を描いたノンフィクション作品『沖縄アンダーグラウンド』を2017年に刊行予定。

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普久原朝充(ふくはら ときみつ)

建築士。1979年、沖縄県那覇市生まれ。アトリエNOA、クロトンなどの県内の設計事務所を転々としつつ、設計・監理などの実務に従事している。街歩き、読書、写真などの趣味の延長で、戦後の沖縄の都市の変遷などを調べている。最近、仲村と藤井との付き合いの中で沖縄の伝統的な豚食文化に疑問を持ち、あらためて沖縄の食文化を学び直している。

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