越えて国境、迷ってアジア

越えて国境、迷ってアジア

#22

ラオス・パクサン~タイ・ブンカン

文と写真・室橋裕和

 

 タイとラオスの間にはメコン河を越える5つの国境があるが、うち4つは橋を渡るもの。だがこの場所はボートによる越境ができる、最後のポイントなのである。僕はラオスから、美しきメコンに漕ぎ出した。
 

 

ラオスからタイの新設県ブンカンへ

 日本には47の都道府県があるが、タイには77のジャンワットがある。日本語では「県」と訳されている行政区分だ。首都バンコクもジャンワットのひとつとして数えることが多い。
 で、このうち最後に設立された県が、東北部ブンカンだ。メコン河を挟んでタイと長大な国境を接するノンカイ県から、分離・独立したのである。
 ノンカイ県はあまりにも東西に長いため、とくに東サイドに住む住民たちは県庁所在地まで距離が遠く、不便だった。また、メコン河を使った麻薬密輸を防ぐために、警備の増強が求められていた。地域の行政力のアップを図るため、ノンカイ県の東部がブンカン県として分離したわけだ。2011年のことである。
 僕は国境マニアであると同時に、タイ77県の制覇を目論む者でもある。すでに64県を支配下に置き(この場合、キッチリと宿泊をし、取材・見物を満喫して、はじめて僕の中で「1県」とカウントされる)、天下統一まであとひと息という段階。当然、新設県ブンカンは避けては通れまい。そしてここには、国際国境もあるのだ。

 

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首都なのに、すでに辺境感の漂うビエンチャン南バスターミナルから旅ははじまる

 

 ラオス首都ビエンチャンを出発して3時間。僕が投げ出されたのは、原っぱのようなバスターミナルであった。ほかに降りた乗客はいない。トゥクトゥクもバイクタクシーもおらず、眠ったようなローカル市場があるばかり。サカナのブツ切りを並べている店では、オバハンがゴザを広げて寝転んでいた。軽トラがのんきに通り過ぎてゆく。
 ここパクサンはいちおう、ボリカムサイ県の県庁所在地なのである。メコン河を渡って対岸のタイ・ブンカンに航路が開かれている、インターナショナル・シティーのはずである。しかし足元ではニワトリが地面をつつき、裸足の子供たちが駆けずりまわり、空はどこまでも高い。きわめつけのイナカであったのだ。
 風情は良いのだが、いったいイミグレーションはどこなのであろうか。
 市場をうろついてみる。目につくのはラオス風のソーセージ、サイウアをあちこちで干している光景だ。レモングラスやコブミカンの葉などハーブが練りこまれていて、にじむ肉汁の中に酸っぱさと香ばしさが同居する。ちょうどいい按配だというおじさんからひとつ買いつつ、
「チャイデーン(国境)どこですかね」
 と聞いてみれば、外国人を珍しがりながらも親切に道順を教えてくれた。

 

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サイウアはカオニャオ(もち米)にもビールにも合う。ラオスやタイ東北部に行ったらぜひ

 

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パクサンは中心部でもこんな感じ。ひたすらになにもない

 

 音もなく流れるメコンが視界いっぱいに広がる。川幅は500メートルほどもあるだろうか。乾期とはいえ、まだ水量はたっぷりとしており、インドシナの大地の恵みそのものといった豊かさだ。
 向こう岸をシブく望む。タイが見える。ブンカン県だろう。パクサンからブンカンまで、メコンを渡河することも今回の旅の使命であった。ここは、ボートによる国境越えが残っている、タイ=ラオス間ただひとつのポイントなのである。ほかに4つのメコン国境越えポイントがあるが、次々に橋がかけられ、バスによる越境に切り替わってしまっている。だがここでは、昔ながらの風情のままに、ボートをメコンで渡って国を越えることができる……。
「爺さん、やってくれ」
 イミグレーションで出国スタンプをいただいた僕は、岸壁(ていうかガケ)を降り、待機していたボートでタバコを吸っていた船頭に声をかけた。
「やってくれったって、乗客がいないわい」
 長さ10メートルほどのロングテイルボートは、無人であった。
「運賃はひとり60バーツ(約190円)。20人くらいは乗ってくれんと、燃料も高いし儲けにならん」
「ど、どのくらい待てば来ますかね」
「さあて。ブンカンに用のある人はあんまりいないのさ。ましていまは、いちばん客の少ない昼寝どき」
 とりあえず僕も、ひと眠りするか。

 

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ラオス側パクサンから、対岸のタイ・ブンカンを見やる

 

「アンちゃん、いつまで待つかね」
 昼寝から覚めても、乗客は誰ひとり来ないのであった。ほとんど需要がない、通行のない国境というのも珍しいように思う。困ったなあ……。
「どうしても行きたいんだったら、チャーターするかい。1000バーツ(約3200円)でええよ」
 一瞬、鋭い目をした船頭が持ちかけてくる。この地域での1000バーツは大金である。安ホテルに2泊はできる。だが、払わなければタイには行けまい。
 やむなくボートに乗り込んでみれば、岸からではわからない絶景が広がっていたのだ。
 鏡のように上空の雲を映しこむ、メコンの壮大なランドスケープ。まるで空を飛んでいるような感覚にとらわれる。ボートは水面に映った青空と雲とを切り進んでいく。
 送電線が中空にきらめく。ラオスからタイへ、電力を輸出しているのである。産業に乏しいラオスにとって、山岳地帯を利用した水力発電は貴重な外貨獲得手段である。もっとも、ダムや発電所をつくったのは日本をはじめとする諸外国なんだけど……。
 船頭は少し遠回りをして、あちこちで写真を撮らせてくれた。メコンをたゆたう、20分間の豊かな航海。そして停泊したタイ側のイミグレーションもやはり、さびれていた。
 居眠りをしている係員がひとり。「あの……」揺すり起こして、入国スタンプをもらう。なんとのどかな国境なのか。

 

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鏡面のようなメコンをゆく。右岸がラオスで左岸がタイだ

 

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タイの出入国事務所も静まり返っていた。メコンで最も小さな国境ポイントだろう

 

「これがブンカンか……」
 街で最も賑やかとされるエリアは、幹線道路の左右に、コンビニと銀行とガソリンスタンドがあるばかりの、パクサンと大差のない僻地だった。
 いちばん大きな施設はデパートのテスコ・ロータスである。こんなイナカのロータスでもしっかりケンタッキーとタイスキチェーンMKが入居しているのは、ラオスとは違ってさすがタイといいたいところだが、これがブンカンで最もオシャレな場所なのだった。あとは眠ったような住宅街が続いていた。
 それでもメコン河沿いには、夜になると屋台が出ていくらか賑やかになる。ここはご大層にも「ウォーキング・ストリート」なんて命名され、ブンカン唯一のナイトスポットとしてヤングにも人気だ。
 並んでいるのは子供のおもちゃやスマホのアクセサリー、コピーDVDなど、たいしたものではないが、地元の人々が夕涼みがてら楽しげに歩いている様子には和まされる。
 対岸のラオスを眺めて飲める屋台があったので、腰を落ち着けた。ビールを呷って、ラオスの灯を見つめる。あちら側は、さっきまでいたけれど違う国。何度、何十度メコンを渡っても「向こう岸は外国」という、日本人にはなじみのない事実に感動を覚える。
 つまみにはサイウアを頼んだ。国は違っても、文化は共通しているのだ。今夜もいい酒だと思った。

 

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ブンカンでは、メコン河の遊歩道が夕方以降は屋台街になる

 

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ウォーキングしている人は少ないストリートではあるが、風情はある

 

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あれに見えるはラオスの灯。豊かな気分になれる国境酒

 

 

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

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*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

週刊誌記者を経てタイ・バンコクに10年在住。現地発の日本語雑誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを担当、アジア諸国を取材する日々を過ごす。現在は拠点を東京に戻し、アジア専門のライター・編集者として活動中。改訂を重ねて刊行を続けている究極の個人旅行ガイド『バックパッカーズ読本』にはシリーズ第一弾から参加。

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