東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#22

ベトナムのスロー列車に揺られる〈3〉

文と写真・下川裕治 

イエンヴィエン―ハロン線は……

 前回に続き、ベトナムの列車完乗の旅である。ベトナムの鉄道路線で、未だ乗っていないハノイ―ラオカイ線に乗った。昼間の便に揺られてラオカイに着き、夜行でハノイに戻ることにした。片道はバスを使うこともできたが、時間的な効率を考えたら夜行列車だった。列車は午前4時台にハノイ駅に着く。そのままハイフォン行きに乗ることができた。
 ラオカイからの列車のなかに、ベトナムの列車の時刻表があった。それを見て首を捻った。イエンヴィエン―ハロン線の時刻表がないのだ。心が弾んだ。ひょっとしたら運休になったのではないか……。鉄道ファンの風上にも置けないというところだろうが、じっとしているだけで汗がにじむベトナムで、ローカル列車を乗り潰していくことは、かなりつらいことなのだ。ようやく乗った列車は気が遠くなるほど遅く、ときに混み合う。そのなかに放りこまれると、運休はときに神の声のようにも響く。
 ラオカイからの列車は4時40分頃ハノイ駅に着いた。その足で切符売り場に向かったが、窓口はまだ閉まっていた。駅前の路上に低い椅子を並べた店でコーヒーを飲んだ。2万ドン、約90円もした。前日の朝6時から列車に乗り、ラオカイ駅で4時間ほど待ったものの、再び列車でハノイに戻ってきた。そんな疲れがあったのだろうか。文句をいう気力もなかった。ベトナム人は勘定高い。すぐ足許を見る。コーヒーを淹れてくれたのは、楚々としたベトナム美人だったが、やはりベトナム人である。
 5時半に発券窓口がひとつ開いた。その前に立ち、イエンヴィエン―ハロン線を訊く。女性の駅員は、どこか申し訳なさそうな表情でわかりにくい英語を口にした。
「走っていないようなんですが」
「そうなんです。運休になりました。すいませんが」
 カウンターの下で僕は右手を握った。よし、これで楽になる……。いちばん面倒な路線が消えた。

 

 

ハイフォン発の割引切符

 ハイフォンまでの切符をその場で買った。この路線は短く、2時間半ほどだ。早朝で気温もやや下がっている。冷房なしのハードシート、つまりいちばん安いクラスにした。運賃は5万5000ドン、約253円である。
 列車は午前6時に発車した。土曜日の早朝ということもあったかもしれない。乗客は少なく、1車両に6人ほどが乗り込んだだけだった。早朝の列車は涼しいというのは甘かった。気温はすでに30度を超えている気配で、駅に停車すると、一気に汗が噴き出る。天井でまわる扇風機だけが頼りだった。
 列車が動きはじめると少し楽になる。鉄格子がはめられた窓から風が吹き込んでくる。しかしその風も、すでに熱気を孕んでいるのだが。
 濃い緑の水田と工場が交互に車窓を過ぎていった。ハイフォンには港がある。ハノイとの間は、工場地帯に発展しつつあるのかもしれない。ハイドンに停まった。家並みがぎっしりと続き、駅前にはビルもある大きな街だった。一気に客が乗り込んでくる。ハイフォンで働く工員のようで皆若い。線路に沿って走る国道もバイクが多い。彼らも出勤なのだろう。
 そんな路線のせいなのか、物売りはひとりも乗り込んでこなかった。車内で朝食と思っていたのだが当てが外れてしまう。
 ハイフォン駅は賑やかだった。どこかに遊びに行くような荷物をもった家族連れや若者が集まっている。駅には何本もの幟が立っていて、そこに列車と運賃が書かれている。ハノイまで1等のソフトシートが7万ドン、約322円と書かれている。
 どうも週末の割引切符のようだった。
 ハノイに戻る列車は9時5分発だった。その切符を買おうと窓口に向かうと、その横に特設のテーブルが出ていて、自然とそこで切符を買う流れになってしまった。割引切符を買うのは当然ということなのだろうか。7万ドンを渡すと、いつもとは違う列車が印刷された切符を売ってくれた。通常はコンピュータで印字されただけの味気ない切符なのだが……。
 乗り込むと満席に近かった。日本の特急列車のような座席で、きつい冷房も効いている。車内にはWi-Fiの電波も飛んでいて、若者たちはスマホをいじっている。隣の車両は貨物車だったが、そこにバイクを次々に積み込んでいる。ハノイに着いたら、このバイクで買い物に行くのだろうか。
 アジアのどこの国も同じなのだが、鉄道はバスに押されて勢いがない。そのなかではベトナムは頑張っているほうなのかもしれない。なんとか乗客を増やそうと、週末の企画切符を販売していた。苦労しているのだ。
 ハノイ手前のロンビエン駅で降りた。クアンティウへの路線に乗るためだった。(つづく)

 

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ハードシートは1時間も座っていると尻が痛くなる。しばしば体勢を変えてしのぐ

 

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ちょっと歴史を感じるハイフォン駅。なかは薄暗く、古さが漂うが
 

 

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*ベトナム国有鉄道ホームページ(英語)→http://www.vr.com.vn/en

 

*ベトナムの統一鉄道の旅は、双葉文庫『鈍行列車のアジア旅』「第二章ベトナム ホーチミンシティからハノイへ ゴザで寝る四十二時間三十分」に収録されています。そちらもぜひお読みください。

 

 

*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『タイ語の本音』『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ』『「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦』『週末バンコクでちょっと脱力』『週末台湾でちょっと一息』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」(いまはユーラシア大陸最南端から北極圏の最北端駅への列車旅を連載)、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

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