ブーツの国の街角で

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#22

ティヴォリ:3つのヴィッラを訪ね歩く

文と写真・田島麻美

 

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  空はどこまでも青く高く、さらっとした空気が心地いい季節になってきた。イタリアのカレンダーにはこの時期に長い連休はないのだが、気持ちのいいこの陽気を人々が放っておくはずもなく、週末を利用して郊外へ出かけたり、近場の自然公園でピクニックやハイキングを楽しんだりするのが常だ。イタリア語で「Gita(ジータ)」というと小旅行やドライブを意味するが、このジータが最も盛んになるのが5月と10月。たった1日、いや、半日だけでも街の喧騒から遠ざかって自然の中に身を置くことは大きな気分転換になるため、休暇が少ないこの時期こそジータに出かける人が多いのかもしれない。
 ローマから電車でたった40分、バスでも1時間弱でアクセスできるティヴォリは、観光客だけでなくローマ人にも人気のジータ・スポットだ。古代ローマ時代から多くの貴族が好んでヴィッラ(別荘)を建てたティヴォリに残る代表的な3つのヴィッラをご紹介しよう。

 

 

 

 

 

 

 

風呂マニアだった? ハドリアヌス帝の憩いの別荘

 

 

 

   穏やかな気候と豊かな自然に恵まれた丘陵地帯にあるティヴォリは、古代ローマ時代から皇帝や貴族が好んで別荘を建てた場所。中でも、賢帝として名高いハドリアヌス帝の別荘「ヴィッラ・アドリアーナ」は、ユネスコ世界遺産にも登録されているヴィッラ(別荘)である。チケット売り場でもらったマップを手に、早速皇帝の別荘探検に向かった。
 遺跡の敷地内に入るや否や、その広さに驚いた。どこから見ればいいのか見当もつかない。ビジターセンターらしき建物の中に遺跡の復元模型があったので、それをじっくり見てからルートを決めようと思ったが、総面積はなんと120ヘクタールもあるという。現在見学できる遺跡の面積はそのうちの40ヘクタールらしいが、それでも回りきれるかどうか心配になってきた。ともかく、メインストリートを歩いて行けば主な見所は回れるようなので、矢印に従って歩いて行くことにした。

 

 

 

 

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 皇帝の住居に通じる主要道路は、2000年の大聖年のための再発掘調査により明らかになった(上)。小高い丘の上に建てられたヴィーナスの神殿の遺跡(下)。敷地内には、古代ローマ、ギリシャ、エジプトなど、様々な建築様式の建物が残っている。
 

 

 

 

 

   

  古代ローマのテルメ設計士を主人公としたヤマザキマリさんの大ヒット漫画にも登場するハドリアヌス帝は、本当に風呂マニアだったのかもしれないな。ヴィッラ・アドリアーナを歩いていると、そんなことを思わざるを得ないほど、趣向を凝らしたテルメの遺跡に出会える。高い円型ドームで囲われた浴場跡には大理石の柱が何本も立ち、床は石のモザイクで装飾されている。なんと床暖房の設備まであったという大浴場は、皇帝に仕えたスタッフのためのものだとか。その隣にある当時は豪華に装飾されていた小浴場は、皇帝とその家族、そして別荘に滞在したゲストのためのもの。贅沢かつ健康的な別荘での暮らしぶりが想像でき、しばらく温泉に行っていない私は羨ましさにため息が出た。
 このテルメ跡を過ぎると、いよいよメイン・ポイントの「Canopo(=カノプス)」が見えてくる。ハドリアヌス帝が自身の遠征の記憶を元にエジプトのアレクサンドリアとカノプスを結ぶ運河を再現させたというこの池は、噴水や神殿、そして池の周囲に立ち並ぶ多数の彫刻により、独特のリラックス空間を作り出している。最奥に残る半円形のドームは洞窟を再現しており、もともと内部はカラフルな装飾が施されていた。皇帝は夏になるとここにテーブルをしつらえて食事を楽しんだそうだ。
 このカノプスぐらいしか知らなかった私は、別荘見学も半日程度で済むとタカをくくっていたのだが、見学できるエリアだけでもとにかく広大な面積があり、別荘探訪というより街歩きと同じくらいの体力を使った。歩けば歩くほど、細部まで皇帝がこだわり抜いた”ユートピア”の全貌が見えてきて、だんだんとその世界観に惹きこまれていく。ここでは時間をたっぷり取って、古代ローマの夢の世界にどっぷり浸ってみることをお勧めする。

 

 

 

 

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ヴィッラ・アドリアーナの象徴とも言えるカノプスと彫刻群(上)。エジプトのアレキサンドリアと古代都市カノプスを結ぶ運河を細長い池に再現した(中)。カノプスの最奥にある洞窟「Serapeo(セラペオ)」(下)。ヴィッラ・アドリアーナは118〜138年にかけて建設された遺跡で総面積は120ヘクタールにも及ぶ。現在はその一部40ヘクタールのエリアが公開されている。
 

 

 

 

 

一日トレッキングが楽しめるヴィッラ・グレゴリアーナ

 

 

 

   ティヴォリにある3つのヴィッラのうち最もマイナーなのがヴィッラ・グレゴリアーナ(グレゴリウス法王の別荘)だろう。ヴィッラ・アドリアーナとヴィッラ・デステという2つの世界遺産に注目を奪われてしまって、外国人ツーリストにはあまり知られていないようだが、実はローマの人々にはとても人気のスポットだと聞いて足を運んでみることにした。街から6kmも離れているヴィッラ・アドリアーナと違って、ヴィッラ・グレゴリアーナは電車のティヴォリ駅から徒歩7分という便利な立地である。こんな街の中心にあるのになぜ知名度が低いのだろうと不思議に思っていたのだが、入り口に着いて納得した。ここは遺跡や貴族の邸宅といった観光名所ではなく『自然公園』となっていたのだ。
 イタリアの環境団体FAIの管理下にあるヴィッラ・グレゴリアーナは、19世紀のローマ法王グレゴリウス16世の別荘地だったそうだが、園内マップを見る限り建物らしきものは見当たらない。どころか、展望ポイントや滝、渓谷、洞窟などがあるらしい。同行したローマ人の友人が「トレッキング・シューズを履いて来い!」と言った理由がやっとわかった。

 

 

 

 

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アップダウンがたくさんあるトレッキング・コースは、環境団体がきちんと整備して管理しているため歩きやすい(上)。最初の絶景ポイントにある「グランデ・カスカータ(大滝)」は爽快な気分にさせてくれる(下)
 


 

 

 

   最初のパノラマ・ポイントで、いきなり大滝(グランデ・カスカータ)の勇姿に遭遇した。轟音を響かせながら渓谷に流れ落ちる水はとても青く透明で、その壮大な眺めは華厳の滝に勝るとも劣らない。こんなところにこんな大自然が眠っていたなんて! 嬉しい驚きとともに、この先のコースがますます楽しみになってきた。
 ガイドブックによると、法王グレゴリウスの別荘の庭園として整備されたという公園内には、この大滝の後にも数々の絶景ポイントが待っていた。岸壁から流れ落ちる大小の滝、乳白色の鍾乳洞に流れ込む清流、細長い通路が残る洞窟、高台からは渓谷の谷間も見渡せる。コースは整備されているが、それでもかなり起伏が激しく足場の悪い場所もある。半日だけの軽い自然散策のつもりだったが、出口に着いた時は息も切れ切れ、山歩きと同じくらい体力を消耗した。最終地点にある紀元前のシビラ神殿まではさらなる上り坂が待っている。同じ日にヴィッラ・デステも行ってみようかと目論んでいたが、とてもそんな余力は残っていなかった。けれど、単なる観光名所を見て歩くよりずっと清々しく健康的な時を過ごせたことで、かえって満足度の高い一日となった。
 

 

 

 

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洞窟や鍾乳洞、さらには古代遺跡らしき建物の一部も残っていて、バラエティに富んだトレッキングが楽しめる(上)。最終地点にある紀元前のシビラ神殿を渓谷の反対側から眺める(下)。この神殿の足元一体がヴィッラ・グレゴリアーナの公園。
 

 

 

 

 

 

16世紀の技術と芸術の粋を集めたエステ家の別荘

 

 

 

   ヴィッラ探訪の最後を飾るのは、ティヴォリで恐らく最も有名な「ヴィッラ・デステ」。中世から続くイタリアの名門貴族エステ家の別荘として16世紀に作られた。4.5ヘクタールの広大な庭には500を数える様々な噴水があり、緑と水と彫刻が美しく調和した庭園は「イタリア・ルネッサンスを代表する噴水庭園」として名高い。もともとは修道院だったという館とこの見事な庭園は、ユネスコ世界遺産に登録されている。
 人気のスポットだけに大混雑を覚悟して行ったのだが、平日の朝だったせいか思いの外ゆったりしていた。さすが大貴族の別荘だけあり、館の中は豪華絢爛な装飾で埋め尽くされ、当時の優雅な暮らしぶりがうかがえる。キンキラキンの室内装飾とフレスコ画をたっぷり堪能した後、いよいよ裏手のテラスから噴水庭園へと向かった。
 

 

 

 

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元は質素な修道院だった建物を、エステ家が巨額の資金を投じてルネサンスでも指折りの豪華な館へと改築した(上)。庭園へ降りる階段(下)。庭園はかなりの広さがあり、また高低差もあるため、歩きやすい靴を履いて行く方がいい。

 

 

 

 

  ヴァチカン市国の庭園も手がけた建築家・リゴリオによって美しく幾何学的に設計された庭園には、たくさんの木や植物、噴水を取り囲む苔類の緑があふれ、素晴らしい森林浴が楽しめる。階段を降りて最初に目にするのは、長い小道の脇にずらっと並んだ彫刻の口から水が噴き出す「百の噴水」。軽く頬をかすめる水しぶきがとても心地いい。小道を抜けると今度は古代ローマの建築群や船をモチーフとした「ロメッタの噴水」が見えてくる。どこもかしこも彫刻と緑と水で彩られた庭園は、ひとつひとつの噴水が凝りに凝っていて見飽きることがない。
 

 

 

 

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本当に100個あるかどうか、つい数えてしまう「百の噴水」(上)。古代ローマの街をイメージして造られた「ロメッタの噴水」(下)。
 

 

 

 

 

   

  ルネサンスの建築技術の粋を集めたと言われるこの庭園の噴水は、なんと自然のままの地形と水力を利用して巡回しているという。電気がまだなかった時代に、これだけの見事な噴水が自動的に作動する装置を作ったとは想像するだけでも驚くが、「ネプチューンの噴水」を見て、さらにその実力に脱帽した。建物の三階くらいの高さまで勢いよく吹き上がる噴水は、水の裏手からも眺めることができる。電気も使わずに水圧だけでこの高さまで、これだけの水量を噴き上がらせることができるとは、人間の持つ叡智にひたすら感動する。ヴィッラ・デステには、他にも多数の有名な噴水があり、中でもパイプと水圧を使って自動演奏を可能にした「オルガンの噴水」は、”ルネサンス噴水技術の革命”とまで言われた傑作だ。オルガンの噴水は今でも毎日10時半から2時間おきに演奏しているそうだが、残念ながら私は時間帯が合わずにこれを見逃してしまった。ヴィッラ・デステを訪れる際には、是非とも時間をチェックしてから出かけて欲しい。
 

 

 

 

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豪快に水しぶきをあげる「ネプチューンの噴水」を裏側から眺める(上)。ネプチューンの噴水の上から、庭園の眺望も楽しめる(下)。この他、「オルガンの噴水」、「多産の女神の噴水」など、必見の噴水を多数見ることができる。
 

 

 

 

 

 

 

 

★ MAP ★

 

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<アクセス>

●ヴィッラ・アドリアーナへ/メトロB線ポンテ・マンモロからコトラル社(Co.Tral)のバス「Tivoli(ティヴォリ)」行きで約1時間。「Scavi di Villa Adriana(スカーヴィ・ディ・ヴィッラ・アドリアーナ)」下車、徒歩300m。
またはローマから鉄道FSの各駅電車でティヴォリまで行き、駅からCAT社のバス4番でヴィッラ・アドリアーナへ。所要約1時間半。
●ヴィッラ・グレゴリアーナへ/ローマから鉄道FSの各駅電車でティヴォリ駅下車、徒歩約7分。
●ヴィッラ・デステへ/メトロB線ポンテ・マンモロからコトラル社(Co.Tral)のバス「Tivoli(ティヴォリ)」行き、Largo Nazioni Unite(ラルゴ・ナツィオーネ・ウニーテ)下車。所要約1時間半。
またはローマから鉄道FSの各駅電車でティヴォリ駅下車、徒歩約15分。

*ヴィッラ・アドリアーナ=ヴィッラ・デステ間はCAT社のバス4番が巡回している。一日で両方を回ることも可能だが、どちらも見所が多く、思ったよりたくさん歩くことになるので、慌ただしく見学するよりはどちらか一方に絞ってじっくり回ることをお勧めする。ヴィッラ・デステからヴィッラ・グレゴリアーナまではティヴォリ市街を歩いて徒歩10分弱で着く。
 

 

 

 

 

<参考サイト>

・・ヴィッラ・デステ(Villa d’Este) 公式サイト(英語) 
http://www.villadestetivoli.info/indexe.htm

 

・ヴィッラ・アドリアーナ(Villa Adriana) 公式サイト(伊語)
http://www.villaadriana.beniculturali.it/

 

・ヴィッラ・グレゴリアーナ(Villa Gregoriana) 公式サイト(英語)
http://www.visitfai.it/parcovillagregoriana/?lang=eng

 

・コトラル社バス(英語)
http://www.cotralspa.it/lang/

 

 

 

 

 

 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は10月26日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること17年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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