日本一おいしい!沖縄の肉食グルメ旅

日本一おいしい!沖縄の肉食グルメ旅

#21

県民の県民による県民のためのステーキ〈1〉

文・仲村清司

 

俗化するステーキにもの申す反骨のステーキ食堂 

 肉を食べ歩くとなると、やはりビーフステーキははずせない。ということは重々理解していたのだけれど、我が三バカ男どもは皆、そのことを口にしなかった。いや、もっとはっきりいえば意識的に避けてきたフシもある。

 理由はほかでもない。

 あまりに俗化してしまっている──、からだ。

 

 沖縄はいわずとしれたステーキ王国である。そうなったわけは、戦後の米軍統治下の影響によって、米兵の「主食」というべき牛肉が大量に出回ったからで、ステーキハウスはその肉の横流しが発祥ともいわれる。

 が、復帰後も特別措置でオーストラリアやニュージーランド産の輸入肉の関税が低く設定され、牛肉は大衆的な食材であり続けた。

 現在、関税率は本土並みになっているが、沖縄は流通経路が簡素で中間マージンが本土にくらべてそれほど介在しないため、価格はいまもって安値安定型で設定されている。

 早い話が沖縄ではブランド肉をどんどん開発している豚肉の方が高級食材として扱われ、牛肉はけっして贅沢品ではない。庶民が通うステーキハウスが多いのもそのためだ。

 このことを作家の吉村昭氏が次のように記している。

 

「店のメニューを見て、その安さに驚嘆した。たしか東京の三分の一ぐらいの値段で、味も良く、気持ちも軽くなってフォークとナイフを使ったことを記憶している。その後、二度、那覇市に行ったが、昼食をビフテキで、と、東京では到底考えられぬ気安さで、専門店に足をむけた。地名は忘れてしまったが、そこにはステーキハウスがいくつもあって、どの店も値段は同じであった。私は、大、中、小の小を注文したが、その代金が九百円という安さであったことは今でもおぼえている。しかも、パン、スープ、野菜サラダをふくめての代金である」(『沖縄いろいろ事典』ナイチャーズ編/新潮社)

 

 吉村氏が出向いた専門店の界隈は当時の那覇市民であれば誰もが知っている波上宮近くの若狭・辻地区で、店はおそらく『ジャッキーステーキハウス』か『ステーキハウス88』であったろう。

 氏が記したのは20年以上前のものだが、その後もステーキハウスは増え続け、観光客でごった返す繁華街の松山地区や国際通り方面にせり出すように拡大している。

 ちなみに県内のステーキハウスは約150店舗、人口比でいうと全国一の水準である。いずれの店も観光客向けの「グルメスポット」で、いまや観光コースに組み込まれるほどの人気を集めている。

 要するに、そういう世俗的な食べ物が、僕たちが身を粉にして追求している沖縄の肉食文化と肩を並べるにふさわしい存在なのか、その点がはなはだ疑問だったのである。

 しかも、最近になって「沖縄では飲んだ後のシメにステーキを食べるのが定番」と報じたテレビ番組が紹介され、わざわざ深夜にステーキハウスに繰り出す観光客や地元客も急増しているというではないか。

「飲んだ後のステーキ」については首肯できない点があるので追って考証したいが、とにもかくにも、ステーキは僕たち三バカ男の間では「語るに値しないもの」「俗化の象徴」というべき存在になっていたのだ。

 だがしかし、肉食人種の藤井誠二氏はここにきて明らかな「公約違反」、あるいは「転向」の姿勢を見せはじめたのである。

「僕は本来、内臓以外の精肉は好きじゃないんです。なので、ステーキははずしてもいいかと思っていたのです。でもね、豚肉を筆頭に、馬肉、鶏肉、あひる肉、イルカ、山羊まで取材したのに、ビーフステーキがないというのはいかがなものか。なんせ豚のくず肉のポークランチョンミートのおにぎりまで食べて、こんな美味いものないと思わずこぼした経緯がありますから、やはりステーキをはずすわけにはいかんでしょう」

 確かに藤井氏のおっしゃる通りである。そこまで指摘されれば、牛肉がないということの方が不自然である。

 一方の沈着冷静な普久原朝充クンも、

「確かにここまで肉一色でまとめてきたのにステーキがないことの方がおかしいですよね。もっといえば、沖縄のステーキ文化は米国がもたらしたものであって、伝統食ではありません。もしかすると、読者は反米・反帝国主義的な仲村さんの主張を汲んで、あえてステーキをはずしたと考えるかもしれません」

 などと、三バカの歴史認識を問われかねないゆゆしき事態と穏やかならぬことをいうのである。

 ここまでいわれるともはや反論の余地はない。であるなら、ここなら連載にふさわしい拍手パチパチ級の店を僕がさがした後に、再度三人で取材するという結論にいたったのだが、問題はそのステーキハウスである。

 いまさら観光客が足を運ぶようなところは避けたいし、そんな店なら藤井氏も普久原クンも納得しないだろう。で、その方面に詳しそうな事情通とコンタクトを取って探っていくと、なんと糸満市の住宅街に地元民向けのステーキハウスがあるとの情報が入ってきた。

 その名も『県民ステーキ』。なにやら店名からして、いかにもイデオロギッシュで、沖縄県民の民意というか、闘志なるものが結集していそうな雰囲気がありそうではないか。

 

 とまあ、かくかくしかじかの理由と責務を負って、こちらも闘魂込めてお店に偵察に出向いたわけだが、いやはや、外装からして腰が砕けそうになった。入り口正面の上部窓ガラス5間分(約9m)を使って「サラダ スープ ライス食べ放題です!!」と極太丸ゴシックで大書されているのである。

 外装も既存のステーキとはほど遠く、沖縄の大衆食堂そのものである。

 さらに店内に一歩入って目が点になった。4人掛けのテーブル席がいくつかと座敷があるのだが、すべてのテーブルにビニール製の赤いチェック柄のクロスがかけられ、あとは何の飾りっ気もない。

 この点も大衆食堂の雰囲気といささかもかわらない。つまり、ステーキハウスにありがちな横文字のロゴやアメリカンな装飾のたぐいが一切ないのだ。

 一般の食堂と異なっているのは、店の中央に炊飯器やスープ鍋、数種類の野菜の入ったボウルとドレッシングボトル、ドリンク用のポットなどが置かれている点。看板に偽りなしで、スープ、ライス、サラダが食べ放題というサービスを造作のない形で表している。

 

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こちらが店の外観

 

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店内の中央のテーブルには、炊飯器やスープの保温器、サラダ、調味料が並ぶ

 

 入店したのが昼下がりとあって客はちらほらという程度だが、ランチタイムともなると駐車場が満車になるほどの人気店という。

 理由はメニューをみれば一目瞭然である。おすすめの「県民ステーキ」なる肉はオーストラリア・ニュージーランド産の赤身で、いまブームを呼んでいる熟成肉。実のところ、沖縄の人はサシの入った霜降り牛よりも脂身の少ない肉を好む人が多い。これも赤身が大好きなアメリカのステーキ文化の影響といっていい。

 肉のサイズも150g(1280円)、200g(1480円)、300g(1680円)、400g(1980円)、500g(2380円)と細かく分けられ、ほかにリブステーキや上タンステーキ、さらにはこれらステーキに和風ハンバーグがセットされたメニューもある。いずれも食べ放題のライスやサラダ付きなので、きわめて庶民的な「食い倒れ料金」といっていい。

 

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庶民的な値段が心強い

 

 メニュー表を一通り確認して周囲を見渡す。客席はまばらなわりに暑苦しい。いや「圧」苦しい。いずれ劣らぬアメリカバイソンのような肉ヅキで、アゴや腹回りの贅肉が重苦しいほどべろりと垂れ下がっている。

 目の前の男は400gのステーキをバキッと噛みちぎるや、バニラアイスをワシワシ舐め食うという、世にも奇妙な食のシーンを展開し始めた。なるほど、ステーキ食いの手練れともなると食べ方ひとつとっても尋常ではないらしい。

 さて、そういう僕はといえば、あくまで試食なのでスタンダードな200gを注文。ステーキが出るまでにスープをいただくことにした。鍋をのぞくと縮れたような肉片が無数に浮かんでいる。

 お椀に注ぐと牛脂の甘い香りがほのかに立ち上り、「おお」と思わず唸った。

 聞けば牛すじを煮込んだスープだという。牛肉を扱う店ならではの逸品というか、生まれて初めて体験する風味である。

 

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おかわり自由の牛すじスープ

 

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スープには牛すじがこんなにたっぷり!

 

 口に運ぶと、のど元を通ると同時にすぐにでもおかわりしたくなるような出色の味であった。これがあればステーキがなくてもご飯二杯はいけるだろうなあと、ついついネギを継ぎ足しながらスープをおかわりしているうちに待望のステーキが運ばれてきた。

 それは予想と違って飴色をした分厚い棒状の肉塊であった。鰹の柵を丸焼きにしたようにも見える。が、ナイフで割くと紛うことなき牛肉の赤身である。それも生温かい血がにじみ出るようなミディアムレア。この店ではレア・ミディアム・ウェルダンといった焼き方の注文はない。

 すべてこの状態で供される。あとは客の好みで、鉄板に添えられた丸い焼き石に肉の断面を押しつけ、焼き加減を調整しながら食べる。

 しかも焼き石は何度でも交換できる。なので、肉汁がいつも熱々の状態で滴り落ち、噛めば噛むほど肉の旨味が口の中に広がる。こういう焼き方をしながらステーキが食べられるのは沖縄ではここぐらいだろう。これも初めての体験であった。

 

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棒状のごろんとした肉の塊が供される

 

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焼き石に肉を押し付け、好みの焼き加減でいただく

 

 醤油がベースのやや甘みと酸味のあるオリジナルのソースも後を引く。沖縄のステーキハウスといえばすぐに英国製のA1ソースを出す店が多いが、あれは酸味が強すぎて肉本来の味が台無しになる。

 なにやら、すべてが店の持ち味で勝負しているという感じで、これなら藤井氏と普久原クンにも胸を張って紹介できる。

「おーし!」とばかりに、出際に取材を依頼すると、なんと近々那覇の桜坂に新店舗がオープン(2016年7月)するとのこと。

 

 というわけで、次回は三バカ男が揃って新店舗で取材したときの顛末となる。

 

*『県民ステーキ 糸満店』 沖縄県糸満市阿波根1361-1

 

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(ステーキ編、次回に続く)

 

 

*本連載は、仲村清司、藤井誠二、普久原朝充の3人が交代で執筆します。記事は月2回(第1週&第3週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

*本連載の前シリーズ『爆笑鼎談 沖縄ホルモン迷走紀行』のバックナンバーは、 双葉社WEBマガジン『カラフル』でお読みいただけます。

 

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仲村清司(なかむら きよし)

作家、沖縄大学客員教授。1958年、大阪市生まれのウチナーンチュ二世。1996年、那覇市に移住。著書に『本音の沖縄問題』『本音で語る沖縄史』『島猫と歩く那覇スージぐゎー』『沖縄学』『ほんとうは怖い沖縄』『沖縄うまいもん図鑑』、共著に『これが沖縄の生きる道』『沖縄のハ・テ・ナ!?』など多数。現在「沖縄の昭和食」について調査中。最新刊『消えゆく沖縄 移住生活20年の光と影』発売。

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藤井誠二(ふじい せいじ)

ノンフィクションライター。1965年、愛知県生まれ。8年ほど前から沖縄と東京の往復生活を送っている。『人を殺してみたかった』『体罰はなぜなくならないのか』『アフター・ザ・クライム』など著書や対談本多数。「漫画アクション」連載のホルモン食べ歩きコラムは『三ツ星人生ホルモン』『一生に一度は喰いたいホルモン』の2冊にまとめた。沖縄の壊滅しつつある売買春街の戦後史と内実を描いたノンフィクション作品『沖縄アンダーグラウンド』を2017年に刊行予定。

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普久原朝充(ふくはら ときみつ)

建築士。1979年、沖縄県那覇市生まれ。アトリエNOA、クロトンなどの県内の設計事務所を転々としつつ、設計・監理などの実務に従事している。街歩き、読書、写真などの趣味の延長で、戦後の沖縄の都市の変遷などを調べている。最近、仲村と藤井との付き合いの中で沖縄の伝統的な豚食文化に疑問を持ち、あらためて沖縄の食文化を学び直している。

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