東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#21

ベトナムのスロー列車に揺られる〈2〉

文と写真・下川裕治 

4つの未乗車路線、どう乗り潰すか

 東南アジアの鉄道完乗の旅はベトナムに入った。ベトナムでの未乗車路線は、ハノイを中心にした4路線だった。

 ハノイ~ラオカイ 294キロ

 ハノイ~ハイフォン 102キロ

 ロンビエン~クアンティウ 75キロ

 イェンヴィエン~ハロン 175キロ

 物価の安いベトナムだが、滞在日数が増えれば、それなりに費用もかかる。できるだけ効率よく乗り潰したかった。しかしなかなか正確な時刻表が見つからなかった。最も正確そうなものを頼りに日程を組んだ。

 1日目 早朝便でハノイからラオカイへ。夜行でハノイに戻る。

 2日目 そのままハノイ駅にいて、ハイフォン行き一番列車に乗る。帰路はハイフォンからロンビエン。そこからクアンティウへ。この路線は1日1便しかなかった。午後にロンビエン駅を発車する。夕方にクアンティウに着き、そこからバスでハノイに戻る。

 3日目 朝の4時40分にイェンヴィエンからハロンに向かう列車に乗る。この便も1日1便しかなかった。

 問題はクアンティウだった。夕方にクアンティウに着いた列車は、そこでひと晩停車し、翌朝、ロンビエンに戻る。だが、この列車に乗ると、ハロン行きに間に合わない。しかしクアンティウから夜、ハノイに戻るバスがあるのかもわからなかった。

 地図を眺める。イェンヴィエンからハロンに向かう列車は、途中のケップまではドンダンに向かう路線を走る。つまり僕はその区間に以前乗っている。未乗車区間はケップからハロンまでだ。クアンティウからケップまで、なにかの方法で出ることができれば、朝がだいぶ楽になる。そもそも始発駅のイェンヴィエンは、ハノイ市街からかなり距離がある。タクシーで向かうしかないだろう。

 案はいくつか浮かんだが、やはり行ってみるしかなかった。

 しかしなぜ、ハノイ周辺の支線は、始発駅がいくつかの駅になっているのだろうか。ロンビエン駅はハノイ駅の隣だが、イェンヴィエン駅は4駅先だ。中国方面への列車はザーラム駅から出る。ハノイの人にいわせると、ハノイ駅が混雑するためだという。

 ハノイ駅は10番線まであるベトナム一立派な駅だ。しかし1日に発車する列車は20本にも満たない。日本だったら、涼しい顔でこなしてしまうのだろうが、いろいろ文句をいってもしかたない。ここはベトナムなのだ。

 

 

住宅街を抜けて田園地帯、さらに山岳地帯へ

 ラオカイ行きの列車はまだ暗いハノイ駅を発車した。10両を超える長い編成だった。ソフトシート、つまり1等座席を選んだ。今日から3日間、列車に乗り続けなくてはならない。できるだけ体力を温存したかった。僕はもう62歳なのだ。

 列車はハノイ近郊の住宅街を抜け、やがて田園地帯に入っていく。7時をすぎた頃、車内販売が姿を見せた。カートに発泡スチロールの箱が載っていた。なかを見せてくれた。蒸したもち米だった。こうして保温しているのだ。頼むとそこに、2種類のふりかけをかけてくれた。1パック1万5000ドン、約75円。甘しょっぱい味のふりかけがもち米に合う。続いてコーヒー売りが現れる。1杯1万ドン、約50円の甘いコーヒー。列車は294キロの距離を約10時間かけて走る。平均時速は30キロに満たない。相変わらず遅いが、車内食だけは充実している。

 車窓には濃い緑の水田が絨毯のように広がっている。この一帯はベトナム有数の穀倉地帯だといわれる。ベトナムを植民地にしたフランスは、北部での劣勢を背景に南部に撤退する。北緯17度線で、北と南に分かれるのだが、その話が比較的スムーズに合意したのは、北側にこの穀倉地帯があったからだともいわれる。北ベトナムを支えたエリアなのだ。

 イエンバイに着いた。この沿線では大きな街だ。半数ほど乗客がこの駅で降りた。やがて列車は山に囲まれるようになっていく。水田が消え、貧しそうな寒村が広がりはじめる。中国、ラオスへと続く山岳地帯に入っていく。

 午後4時、ほぼ定刻にラオカイに着いた。車内で目立つ存在だった欧米人たちは、駅前からサパ行きのバスに乗り込んでいった。トレッキングが人気のエリアだ。駅前には中国語が目立つ。ここは中国との国境の街でもある。

 夜の8時35分発のハノイ行き切符を買った。しっかり寝ようと1等寝台を選んだ。運賃は38万5000ドン、2000円弱である。

 列車に乗り込んだ。ベッドが4つのコンパートメントだ。テーブルにファイルが立てかけてあった。開くとベトナムの列車の時刻表が挟み込まれていた。これから乗る列車の時刻を確認する。事前に調べたものと、時刻や本数が違っているが、大筋、予定通りに……とみていったのだが、イェンヴィエンからハロンに行く列車がどこにもみあたらなかった。どうしたのだろう。運行をやめてしまったのだろうか。

 路線が消えていくことを悲しまなければいけないのかもしれないが、それは実際に乗ることがない鉄道ファンの感傷にも映る。暑いベトナムで、汗みどろになりながら支線を乗り潰すことは簡単ではない。

「これで楽になる……」

 これが本音だった。ただこの時刻表が確かかどうかわからない。明朝の4時にハノイに着く。そこで確認するしかなかった。(つづく)

 

              

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夜明け前のハノイ駅。5時半には改札が開く

 

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ベトナム列車式朝食。もち米が温かい。救われる気分

 

 

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*ベトナム国有鉄道ホームページ(英語)→http://www.vr.com.vn/en

 

*ベトナムの統一鉄道の旅は、双葉文庫『鈍行列車のアジア旅』「第二章ベトナム ホーチミンシティからハノイへ ゴザで寝る四十二時間三十分」に収録されています。そちらもぜひお読みください。

 

 

*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『タイ語の本音』『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ』『「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦』『週末バンコクでちょっと脱力』『週末台湾でちょっと一息』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」(いまはユーラシア大陸最南端から北極圏の最北端駅への列車旅を連載)、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

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