旅とメイハネと音楽と

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#21

イスラエル〈3〉ガリラヤ湖畔のレストラン『マグダレーナ』

文と写真・サラーム海上

 

人気レストラン『マグダレーナ』のシェフおまかせコース 

 ダギさんの運転するBWVのSUVに乗って、ガリラヤのベツレヘムにあるオリーブオイル工場を後にしたのは午後2時前。途中無人のガススタンドで給油し、その後は赤茶けた山肌の見える坂道を延々と下っていく。
 ガリラヤ湖は聖書においてイエス・キリストが布教活動を行った場所として知られている。面積は琵琶湖の約1/4、イスラエル最大の湖であり、アフリカプレートとアラビアプレートの境界にあるヨルダン大峡谷帯にあり、海抜はマイナス213mと死海に次いで低い。湖の北部と西部は1967年の第三次中東戦争でイスラエルがシリアから奪い、現在まで占拠しているゴラン高原である。こうした歴史や数字は訪れる前から知ってはいたが、長い下り坂道のはるか前方に大きな湖が見えてきた時には景色に圧倒された。群青色の湖の表面がはるか眼下にあり、その奥には平均標高600mのゴラン高原の赤茶けた裸の大地がまるでオーストラリアのエアーズロックのようにそびえ立っているのだ。空気でかすんではいるが、その群青と赤茶のコントラストにも、極端な標高差にも目が覚める気分がした。

 

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ガリラヤ湖が見えてきた。奥にゴラン高原の台地がそびえ立つ

 

「さあ、ガリラヤ湖に着いた。『マグダレーナ』はもうすぐそこだ」とダギさん。
 湖畔まで下り、ミグダルという小さな町の入り口にマグダレーナの看板が見えてきた。岸辺から200mほど空き地が広がり、細い道路を挟み目の前に建つちょうど日本の地方都市にあるボーリング場のような殺風景なビルがまるごと『マグダレーナ』だった。
「空き地はヘリコプターの駐機場だよ。今日は停まっていないけれど、週末になるとセレブたちがテルアビブからヘリコプターで駆け付けて、駐機場が満杯になることも珍しくないほどなんだよ」

 

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レストラン『MAGDALENA(マグダレーナ)』

 

 ほお、それほど人気のレストランとは! いざ入店だ。エレベーターで2階に昇ると、天井がやたらと高い。右側のエントランスを入ると、まず団体客用のプライベートサロン、そして壁がワインセラーになっていて、中央の通路を奥に進むと左右にサロンが広がっていた。左右両方のサロンで150人くらいはゆったり食事ができそうそうだ。
 天井までの背の高いガラス窓になっていて、左のサロンからは遠くにガリラヤ湖とゴラン高原が見渡せる。中央の通路の奥は野外テラスで、もう少し暖かい季節ならそちらを陣取りたくなる。店内の各所に飾られているのは古代や先史時代の遺物だ。落ち着いたいい店だ。

 

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『マグダレーナ』の店内

 

 アラブ系の浅黒いイケメンウェイターに左のサロンにあるテーブルに案内され、メニューを渡される。僕は海外のレストランのメニューを解読するのが大好きなのだ。料理名、フランス料理店ならちょっとした説明文もあるかもしれない。それらを元にあれこれと想像し、注文する。注文が成功することも多々あるし、失敗することもたまにはある。
 最近のアジア系エスニック料理店で定番となっている、カラー写真たっぷりのメニューは僕にはいただけない。料理が運ばれてくるまで、何が来るのかわからないままワクワクするという楽しみを削ってしまうじゃないか。
「君がヤルデンのワインが好きなのはインターネットで見て知っているが、今日は私がワインにワインを選ばせてくれ。それから、料理は色々と食べてもらいたいから、シェフおまかせのデギュスタシオン・コースを頼んでおいたよ」とダギさん。
 
 まずはアミューズとして、フォカッチャに似たパン、土地のオリーブオイルに浸した粗みじん切りのトマト、タヒーニ・ソースがかかった焼きパプリカと胡桃とざくろビネガーのペースト「ムハンマラ」が運ばれてきた。ムハンマラは元々はシリアのアレッポの料理とされる。練りごま、タヒーニを水とレモン汁で溶いたタヒーニのソースはどんな食材にも合う。

 

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アミューズ

 

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ダギさんおススメの赤ワイン


 ダギさんオススメのアサフというワイナリーの赤ワインを一口味わっていると、前菜が次々と届いた。我々が三人だったためか、それとも元々そうなのか、アラブやトルコのこじんまりしたメゼよりも一皿の量が多く、ちょうどフランス料理店で、アラカルトで頼む前菜ほどのたっぷりの量だ。
 まずは連載前回で紹介したアルメニアのタッブーレ。青ねぎとざくろの実とざくろビネガーを効かせた豪華版のタッブーレだ。イスラエルやレバノンのレストランでは何がなくともタッブーレ。レモン汁をたっぷり使ったタッブーレで胃袋をシャキっとさせるのだ。

 

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アルメニアのタッブーレ。レシピは前回#20で紹介

 

 そして、仔牛のフィレ肉のカルパッチョ。パルメジャーノチーズとバルサミコ酢、マスタードオイル、ルッコラ、ケッパーが効いている。
 さらに鱸(すずき)のカルパッチョ。「シャンクリーシュ」という白いポロポロのチーズとトビコ、マスカット、ディルやイタリアンパセリなどのフレッシュハーブ、そして塩とExVオリーブオイルで味付けている。イスラエル人はカルパッチョが大好き。通常の牛肉のカルパッチョ以外にも、こうした魚の刺身の変形、さらにベジタリアンのためには焼いたビーツのカルパッチョやパイナップルのカルパッチョなんてのもあるくらいだ。

 

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カルパッチョ2種

 

 温かい前菜としては「ザハラ」。お皿のタヒーニソースを敷いた上に、油で揚げた熱々のカリフラワーをのせ、アムチュールというインド料理に用いる乾燥マンゴパウダーとトマトを使った甘酸っぱいソースをたっぷりかけてある。更にマスタードソースまでアクセントとして添えられていた。素揚げ野菜を使った中華の甘酢あんかけに似ているが、タヒーニが中東らしさを主張する。

 

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温かいメゼのザハラ

 

 続いては「イタリアン・ファラフェル」と名付けられた一品。ファラフェルは豆のコロッケだが、こちらはイタリアのライスコロッケを元としている。トリュフ、生クリームとパルミジャーノチーズ、緑オリーブとともに炊いたリゾットをボール型にまとめ、衣を付けて油で揚げ、タヒーニ・ソースの上に置いている。基本的にはイタリア料理だが、ブルグル、タヒーニは中東ならではの味だ。
 さらなる揚げ物は「ベジタリアン・キッベ」。キッべ、またはクッベは中東の肉詰めコロッケ。牛のひき肉とブルグル、トマトペースト、松の実を炒め、セモリナ粉とブルグルを練った分厚い衣にくるんで、油であげたもの。トルコでは「イチリ・キョフテ」と呼ばれる。どんな料理もベジタリアン・バージョンを作ってしまうのが現在のイスラエルのトレンドらしい。この料理では挽肉の代わりにひよこ豆やニンニクを加え、トマトペーストでしっかり味付けた具を使っていた。さらに、通常のタヒーニのほか、黒胡麻のタヒーニを黒いソースとして用いていた。

 

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ファラエル(上)とキッベ(下)もフュージョン料理にアレンジ

 

「ダギさん、全てが本当に美味しいです。アラブ料理や地中海料理と西洋料理とのフュージョンながらも、どの料理にもイスラエルの味が感じられます」
「そうだろう! オーナー・シェフのユーセフ・ハナは生まれも育ちもガリラヤ湖で、(ユダヤ人ではなく)クリスチャンのアラブ人なんだよ。この店はつい数年前に開いたばかりだけど、私に言わせれば、イスラエルで最もおいしいレストランだよ」
 それは驚いた。イスラエルではアラブ人経営の店はホモス屋やファラフェル屋、ケバブ屋などの安食堂や中級レストランどまりで、高級レストランは大抵ユダヤ人が経営している。アラブ人経営の高級レストランはまだまだ珍しい存在のはずだ。

 温かい前菜の締めは「シシバラク」。中東に広く伝わる水餃子「マントゥ」のレバノン版バリエーションだ。通常のマントゥとの違いは山羊の乳のヨーグルトを温めたスープで、下茹でしたラビオリを煮ること。酸っぱいヨーグルトのスープの中にラムの挽肉たっぷり詰めたラビオリが浮いている。ヨーグルト味の羊肉は僕の大好物なの!

 

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マントゥのバリエーション、シシバラク

 

 気づくと、窓の外はゆっくりと夕暮れの空の色に変わっていた。新鮮な空気を求めて、テラスに出ると、ガリラヤ湖の向こう岸にそびえ立つゴラン高原が美しくオレンジ色に染まりつつあった。かつてイエス・キリストはこの風景を目の前に山上の垂訓を行い、この湖の上を歩く奇跡を行ったのだ。

 

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野外テラス席からの景色もすばらしい

 

 テーブルに戻ると、メインディッシュが運ばれてきた。当然肉料理! 
 大きな黒い平皿には、ガリラヤ湖畔で育った仔羊のラムチョップ、同じくラムの肉団子の「アンタブリ・ケバブ」、地鶏の胸肉の炭火焼きまでが、炭火焼きの野菜やカリフラワーのペーストとともに美しく並べられていた。お腹はすでに膨れていたが、肉の炭火焼きを目の前に引き下がれるか! ラムチョップを右手で掴んで、ムシャムシャと肉を噛みちぎる。ムムム、やはり美味い! 土地で育った最高の肉を使ったラムチョップの味付けはオリーブオイルと岩塩だけ。ラムならではの臭みが好ましいし、そして最高の火通し加減。そして、肉団子のアンタブリ・ケバブにはやはり土地のハーブであるパセリやザータルが用いられている。
「どうだ? 美味いラムだろう! ワシはもう他の店のラムチョップには満足できなくなってしまったよ。だから何かの記念日には片道二時間以上かけてここまで来ているんだよ」 
「ええ、わかります。僕も早くもまたここに戻ってきたい気分ですから」

 

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メインディッシュの肉料理、最高に美味い!
 

 お気づきの読者もいるだろうが、「マグダレーナ」という名前は聖書に登場する「マグダラのマリア」を意味する。そして、このレストランが建つミグダルという集落も、もちろんマグダラに由来する。マグダラのマリアはこの土地で生まれ、イエス・キリストの身体に香油を塗ったとされる。大都会のテルアビブやエルサレムから遠く離れた場所にありながら、お客が絶えないマグダレーナ。その秘密は土地の滋味豊かな食材をふんだんに使ったアラブ・フュージョン料理だけでなく、「マグダレーナ」という霊験あらたなか名前のおかげかもしれない。
 ピスタチオやカイマック(牛乳の皮膜を使ったクリーム)をたっぷり使った、甘すぎないアラブ菓子をいただいていると、オーナー・シェフのユーセフが現れた。

 

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デザートも美しい


 
 「僕は生まれも育ちもガリラヤ湖。ずっとレストランの仕事をしてきた。マグダレーナは僕にとっても特別なお店だよ。こんな辺鄙な場所なのに、イスラエルだけでなく、世界中からお客さんが集まってくれる。イスラエルに着いた途端にここまで直行してくれるお客さんまでいるんだからね。料理の秘密は土地の食材、料理を活かしていることと、自分だけのヒネリを加えることだね。ガリラヤ湖の料理でありながら、世界で通用する現代の料理を作っているんだよ」

 

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お店のシェフ、ユーセフ

 

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招待いただいたダギ夫妻

 

 

*イスラエル編、次回も続きます。お楽しみに!
 

 

*著者の最新情報やイベント情報はこちら→「サラームの家」http://www.chez-salam.com/

 

*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。次回もお楽しみに! 〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉

 

 

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サラーム海上(サラーム うながみ)

1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com

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