<時間旅行>戦前日本の日記

昭和5年:体調を崩し寝込んでいる17歳くらいと思われる独身女性。#戦前の日記 #1930年10月30日

1930年(昭和5年)10月30日 10代の女性。独身。東京の多摩地区に在住しているようだ。17歳くらいと思われる。12月5日2月5日3月2日3月22日3月24日5月1日5月11日5月21日9月8日10月9日の日記と同じ人物。 diary2016-10-30


ーーーーー 教育勅語発布四十年記念日。 式の歌が聞こえる。学校に行っているうちはいい。このごろの様なお休みつづきの日々はまして……。家にいては何の気も出ない。 糸とりの講習は延期となりて四日よりの由ーー。二日は安心してゆける。 台北霧社蕃人の暴動は新聞によるとなかなか物すごいらしい。何時かに読んだ少女小説が思い出される。こんなものを型取ったのだろう。実に原始的なものだろう。 六時頃浅間山の爆発か奇妙なうごきあり。 ーーーーー 


この日で発布40年を迎えたという、教育勅語は戦前の日本の国家の教育方針を示す文書で、1890年(明治23年)10月30日に発布され、1948年(昭和23年)6月19日に国会の各議院による決議により廃止された。学生はこれを暗記し、学校行事などで奉読することが決まりとなっていた。 日記の女性は、学校で行われている記念式典の音を聞いて、自分の学生時代に思いを馳せている。 台北の霧社事件とはこの年の10月27日に、日本が統治していた、台湾の台中州能高郡霧社で起こった台湾先住民における最大規模の抗日暴動事件だ。 当時、高砂(たかさご)族と呼ばれていた山地の先住民が一斉に蜂起して、運動会をしていた日本人小学校や警察の駐在所などを襲い、多数の日本人を殺害し重傷を負わせた。 彼らに対し台湾の総督府は軍隊,警察を出動させ,徹底した弾圧を行ない先住民側は700人以上の死者を出し事件は終結。 この一件は、その後の日本の先住民統治政策に大きな影響を与えた。


【昭和5年の出来事】 1月 鉄道省が全線でメートル法実施 ロンドン海軍軍縮会議 3月 関東大震災からの復興を祝う帝都復興祭が行われる 4月 上野駅に東洋初となる地下街の【地下鉄ストア】がオープン 5月 川崎武装メーデー事件 9月 浅間山爆発 11月 伊豆地方大地震

< 2016.10 >

 

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