東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#20

ベトナムのスロー列車に揺られる〈1〉

文・下川裕治 写真・中田浩資 

 タイでは難航した「東南アジアの列車完乗の旅」だったが、マレーシアでは1回の渡航で未乗車区間を乗り切ることができた。その勢いでベトナムに向かった。

 

 

木製椅子の2等座席、床にござを敷いて寝る

 ベトナムの列車は、ハノイとホーチミンシティを結ぶ統一鉄道が知られている。しかしそれ以外の路線は多くない。ベトナム南部には統一鉄道の路線しかない。支線があるのは北部だけだった。乗り潰さなくてはいけないのは、ハノイを中心にした路線だった。

 統一鉄道は正式には南北線という。これまで3回乗っていた。ハノイからホーチミンシティまで一気に乗ったことは1回もない。途中のタップチャム、フエ、ドンレなどいくつかの駅に途中下車している。

 ベトナムの列車は1等寝台にあたるソフトベッド、1等座席のソフトシート。2等寝台のハードベッド、2等座席のハードシートに分かれている。一般に1等は冷房車で2等はエアコンなしということが多いが、2等でも冷房が効いたタイプもある。主に乗ってきたのは2等座席、つまりハードシートだ。

 このハードシートは、はっきりいって中国の硬座よりきつい。中国の硬座は、申し訳程度だがクッションがある。しかしベトナムのそれは完全な木製椅子である。

 だがベトナムの列車は、中国に比べると自由だ。多くの客がハンモックやござをもち込み、なんとか快適に寝ようとする。僕もハードシートで夜を明かしたことがある。駅にはちゃんとござが売られていて、それを買い込み、床に敷いて寝たわけだ。快適に眠れるような気がしたが、そう甘くはなかった。列車がブレーキをかけるたびに体がずりずりと動いてしまう。隣の座席の下にも人が寝ているわけで、そこに触れてしまうのだ。僕が寝たときは、隣の座席下に子供が寝ていた。子供はよく寝返りを打つ。そのたびに足が頭に当たる。熟睡とは縁遠い一夜だった。加えてハードシートの車両は冷房が効いていない。つらい夜なのだ。

 しかしベトナム人というのは妙に元気だ。ときに無駄に明るいだけのような気もするが、つらい夜汽車の救いは、彼らの笑顔だけだった。

 

 

列車は溜め息が出るほど遅かった……

 ベトナムの列車旅をつらくさせているもうひとつの理由は、その遅さだった。ベトナムには電化区間はまったくない。ウィキペディアによると、牽引するディーゼル機関車の多くは東欧製で、パワーがことのほか弱いのだという。

 それを実感したのは、はじめてベトナムの列車に乗ったときだった。そのとき、僕は中国から陸路で国境を越えてベトナムに入った。ベトナムのイミグレーション前にいたバイクタクシーの後部座席に乗り、ドンダン駅に辿り着いた。いまはハノイから中国の南寧まで国際列車が走っているが、当時、この列車の運行はなく、列車の始発駅はドンダンだった。そこからハノイ行きの列車に乗った。

 列車は溜め息が出るほど遅かった。列車の車窓から見ると、線路脇に何人ものベトナム人が立っていた。その理由がわからず、首を傾げていると、線路脇にいた人が列車の通路を歩いていた。

「嘘だろ?」

 彼らは線路脇から列車に飛び乗ってきたのだ。人が簡単に乗ることができる列車の速度はどのくらいなのだろうか。時速15キロ? いや10キロ? こういうことが起きると、駅というものの存在意味が限りなく薄くなってしまうではないか。いったいなんという遅さだろうか。

 ランソンという駅に停車した。するとホームにいた人たちが、窓から乗り込んできた。そしてホームに積んであった大量の荷物を積み込みはじめたのだ。箱には中国語が書かれていた。正式な輸入なのか、密輸なのかはわからなかったが、中国からの物資だった。それに混じって5メートルはありそうなサトウキビの束、籠に入れられた生きた子豚も積み込まれる。車内は大変なことになった。足の踏み場どころか、荷物の上を歩かないといけなくなった。

 荷物は次々に列車の屋根にも積まれていった。窓枠に足をかけて男たちが乗り降りする。満杯になった列車は、やがてゆっくりと発車した。しばらく進むと、屋根を人が走る音が聞こえた。窓から身を乗り出してみると、屋根に積んだ段ボール箱がひとつ落ちてしまったようだった。男は列車の最後部を伝って降り、線路の上に立った。そして荷物を手にとると、列車に向かって駆けてくる。ほどなくして列車に追いつくと、ひょいと飛び乗り、再び屋根にのぼった。

 気が遠くなった。なんという遅さだろう。人が走るより遅いのだ。

 あの列車に乗るのだろうか。統一鉄道はもう少しパワーのある機関車が導入されてきたという。しかし支線となると……。ハノイ周辺を走る未乗車路線に乗る前に、考え込んでしまうのだった。 (つづく)

 

 

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統一鉄道の難所、ハイバン峠。機関車を2両連結して越える。が、遅い

 

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ハードシートの夜行旅。こうして寝る。つらい夜がはじまる

 

 

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*ベトナム国有鉄道ホームページ(英語)→http://www.vr.com.vn/en

 

*ベトナムの統一鉄道の旅は、双葉文庫『鈍行列車のアジア旅』「第二章ベトナム ホーチミンシティからハノイへ ゴザで寝る四十二時間三十分」に収録されています。そちらもぜひお読みください。

 

 

*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『タイ語の本音』『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ』『「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦』『週末バンコクでちょっと脱力』『週末台湾でちょっと一息』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」(いまはユーラシア大陸最南端から北極圏の最北端駅への列車旅を連載)、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

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