旅とメイハネと音楽と

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#20

イスラエル〈2〉ガリラヤのオリーブオイル工場

文と写真・サラーム海上

 

機内で知り合ったダギさんにテルアビブで再会 

 イスラエルでは音楽関係の友人以外にも会いたい人がいた。この連載#02「トルコ・カッパドキアのフェス「Cappadox」取材記〈1〉」 で登場した、東京からイスタンブルに向かうターキッシュエアラインズ機内で出会った紳士、ダギさんだ。
 詳しくはバックナンバーを読んでいただくのが早いが、ダギさんは貿易会社の社長で、1980年代初頭から150回以上も日本を訪れていた。機内でイスラエル料理の話で盛り上がり、次回イスラエルに来る時は、オススメのレストランに連れていくので、必ず連絡をくれと言われていた。
 到着した翌朝にダギさんにメールで連絡すると、5分もしないうちに彼から電話がかかってきた。
「サラームサン、オハヨウゴザイマス。ヨーコソ、イスラエルへ! 明日のお昼すぎにガリラヤ湖畔のレストラン、『Magdalena(マグダレーナ)』を予約したので、午前11時半に君の滞在先に車で迎えに行くよ。あ、それから一つお願いがあるのだが、私の愛する妻を同伴していいかな?」
「え、もう予約されたんですか。ありがとうございます。奥様ももちろん大歓迎です」
 つーかダギさん、話が速すぎる! さすが社長、出来るオトコは違う!


 ダンとヤルデン宅でホームパーティーを行った翌朝11時半、アパートの前の広場に豪華な白いBMVのSUVが到着した。
「シャローム、サラームさん。また会えてうれしいよ。こちらが妻のメイラヴだ。彼女は陶芸のアーティストなんだよ」
「シャローム、メイラヴさん、ダギさん、急な誘いに応えていただきありがとうございます」
「今日はこれからガリラヤ湖畔にある友人のレストラン、マグダレーナに行きます。北東に約150kmの距離です。道が空いていれば一時間半で到着するけれど、君が急いでいないなら、途中面白い場所に立ち寄ってからお店に向かおう」
「今日は一日空けてますから、ぜひ連れていって下さい」
 午前中にもかかわらずそこそこ渋滞していたため、テルアビブを抜けるまで30分かかった。しかし、いったん町から出ると、あとは北へと向かう広い高速道路をズンズンと飛ばす。高速道路の名前はイツハク・ラビン・ハイウェイ。1993年に故アラファトPLO議長とオスロ合意を調印し、中東和平を一歩進めながらも、1995年に和平反対派のユダヤ人青年に暗殺された元首相の名前から名付けられている。道の左右には薄褐色の土地に薄黄緑色のオリーブ畑が延々と続く。そして、向かって右の東側には時折、白いコンクリートの高い壁が見える。壁の向こうにはモスクの尖塔ミナレットが覗いている。
「あれはヨルダン川西岸地区との分離壁だ。分離壁は国際的には悪名高いけれど、一方で、あの壁のおかげでテロが激減して、我々はこの高速道路を安心して通れるようになったとも言える。本当に心の痛い問題だよ」
 世界は白と黒で割り切れない問題だらけだが、イスラエルを訪れるとそうした問題を目の前に突きつけられることが本当に多い。日本でも2016年に公開されたパレスチナ人(アラブ系イスラエル人)映画監督ハニ・アブ・アサドの映画『オマールの壁』はこの分離壁を主な映画の舞台としている。

 

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イツハク・ラビン・ハイウェイを通って、ガリラヤ湖畔を目指す。ハイウェイの片側には白い壁が
 

 車の中では彼ら夫婦の二人の息子や、ダギさんの前妻との一人息子の話を聞いた。
 「ビリーブ・ミー! 次男のオメールは本当にすばらしいミュージシャンなんだ。いつか君にも会ってもらいたいねえ。彼はこれまでドラムスやパーカッションやギターなどいろいろな楽器を持ち込んで演奏してきたが、今はダゲスタンのケマンチェにハマっている。ケマンチェを知ってるかな?」
「ええ、トルコにも同じ名前の楽器があります。人間が泣くような美しい音色の弦楽器ですよね」
 僕は、英語の会話の中に「ビリーブ・ミー!=私を信じてくれ!」という言葉を慣用句のように用いるイスラエル人が多いことに気づいた。不思議なことにトルコ人も同じ言葉を英語に挟み込む。日本人が話す英語に「アイム・ソーリー=すみません」が意味なく入るのと同じくらいの頻度だ。英語を共通語として用いても、話者の母語、国籍、文化などによって、使用頻度の高い語彙が違うのは面白い。
 高速道路に乗って一時間が過ぎ、キリストが青少年時代に暮らした町ナザレの手前でダギさんが高速道路から脇道に入った。小さな集落は緑が多く、砂色のレンガで造られた古い建物が続いている。それまでの高速道路脇に見えていた西岸地区のアラビックな建物とも、ユダヤ人の入植地の味気ない四角い高層アパートととも違う。

 

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高速道路を降りて小さな集落へ入る

 

 

最新式設備のオリーブ工場を見学 

「この辺りはガリラヤのベツレヘムという町だ。20世紀初頭のイギリスの植民地だった時代に、ドイツ人が移住してきて、今目の前に見えているような美しい建物を建てたんだ。近年になって修復されて、今ではおしゃれなペンションとして人気が出ている。この町でちょっと見せたい場所があるから寄っていくよ」
 と言って、ダギさんはさらに脇道を進み、牧場の横に建つ掘っ立て小屋の前で車を停めた。
「ここはガリリー・オリーブオイル。ビリーブ・ミー! ちょっと前に偶然ここのオリーブオイルを知り、試しに使ったら、以来、他のオリーブオイルは買えなくなってしまったんだ。日本にはオリーブオイル工場はあるかい? 君はオリーブオイルの作り方を知っているかね?」
「ええ、ここから150kmも離れていないレバノン南部でオリーブオイル工場を見学したことがあります」
「なるほど。南レバノンか。でも、この工場は君が見たのとは多分、違う作り方をしているはずだから楽しみにしたまえ」
 壁に田園風景がカラフルに描かれた掘っ立て小屋に入ると、そこは売店で、ガラスの瓶やアルミの缶に入ったオリーブオイルがズラ~っと並べられていた。右手奥は半野外になっていて、オリーブオイル製造のための大型機械が並び、その前に汚れた作業服姿の中年のアニキが一人腰掛けていた。
「シャローム、日本から友人を連れてきたから、オリーブオイルの製造過程を見せてやってくれよ」

 

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ガリリー・オリーブオイル工場。併設された売店には商品が並ぶ

 

 驚くことに、オリーブをすりつぶすための巨大な石臼がそこにはなかった。レバノン南部で訪れた工場には3トン以上の重さがある巨大な石臼がドーンと据え付けられ、その場の主役のようにブンブンと回転して、大量のオリーブをすりつぶしていた。ここにはそうした大掛かりな機械が置かれておらず、ステンレスの四角い箱、まるで業務用の冷蔵庫のような機械だけが並んでいた。

 

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これがオリーブオイル製造機!?

 

 僕が興味深げに見ていると、アニキが話しかけてきた。
 「君はオリーブオイルの作り方を知っているようだね。ここではイタリア製の最新のオリーブオイル製造機を使っているんだ。洗浄したオリーブの実を機械に入れると、すりつぶすのも撹拌も絞るのも全て機械が自動的にやってくれるんだ。

 石臼を使うのはオリーブの実を外気にさらすので、気温に左右され、その上、あまり衛生的ではない。この機械は、オリーブの実が外気に触れることがないので、酸化することもないし、衛生的だ。それに、撹拌する時間や温度も好きなように設定出来るんだ。だから同じオリーブの実を使っても、辛さを強調したり、フルーティーにしたりと異なった味のオイルを作ることが出来るんだ。この機械は世界のオリーブオイル工場の約5%が導入しているけれど、イスラエルではウチが最初さ。どうだい味見してみるかい?」
 最新型ブラックボックスの中央にチョコンと付けられた蛇口をひねると、光り輝くような不透明黄緑色をしたオリーブオイルがジャバ~っと流れてきた。

 

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 カップに50ccほどいただき、口に含むと、いきなりフレッシュな緑の味が口いっぱいに広がる。油というより植物のエキスのような美味しさ。それを飲み干すと、今度は喉がカア~っと熱くなるほど辛い。これは美味い!
 僕がそう口にする前に、アニキは僕の言わんとすることを察知し、ウィンク&サムズアップで返してくれた。
「ダギさん、僕もお土産に買って帰ります!」
「そうだろう! 我が家は家族が多いから、18リットル缶を買っているんだが、半年で使い切ってしまうくらいさ」
 売店に戻り、2リットル缶を一つ100NIS=3000円で買った。日本でこのクラスのオリーブオイルを買ったら500ccで3000円以上するから、1/4以下の値段だ。荷物は重くなったが、本当にいい買い物をした。

 

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工場売店で僕もオリーブオイルを購入。値段は日本の4分の1ほど

 

「さて、買い物も済んだから、そろそろマグダレーナに向かおうか。ちょっと遅くなったけど、2時半頃には着くはずさ。お腹は空いてきたかい?」
「ええ、ペコペコです!」

 

 

アルメニアのタッブーレ 

 おっと、マグダレーナに到着する前に文字数が尽きてしまった。マグダレーナで食べたおいしい料理は次回までおあずけとなるが、一点だけ前もって紹介しよう。青ねぎとざくろの実と薄切りアーモンド、ビーツで飾ったアルメニアのタッブーレだ。イスラエルやレバノンの高級レストランで最初に注文すべきイタリアンパセリのサラダ。春はイタリアンパセリが簡単に手に入る季節。たっぷりのイタリアンパセリと糖度の高いトマトで是非作ってほしい。

 

■アルメニアのタッブーレ

【材料:2人分】

玉ねぎ:1/8個 

塩:少々

7スパイス:小さじ1/2(ナツメグ、オールスパイス、シナモンのミックスで代用可)

ブルグル:大さじ1(クスクスで代用可)

レモン汁:1個分

イタリアンパセリ:100g

ミディトマト:100g(ミニトマト、または糖度の高い完熟トマトでも)

青ねぎ:4本

ざくろビネガー:小さじ2

EXVオリーブオイル:大さじ3

ざくろの実:1/8個分(なければ省略可)

薄切りアーモンド:大さじ2

ビーツの水煮:50g(なければ省略可)

レタスの葉:数枚

【作り方】

1.玉ねぎはみじん切りにし、小さなボウルに入れ、塩少々と7スパイスをふりかけ、水分が出てきたら、キッチンペーパーに包み、水気を切る。ブルグルは小さなボウルに入れ、レモン汁大さじ1をかけておく。

2.イタリアンパセリは葉を出来るだけ細かいざく切りにし、大きなボウルに入れる。ミディトマトはへたを取り、粗みじん切り、青ねぎは3mmの輪切りにし、イタリアンパセリのボウルに入れる。

3.塩少々、残りのレモン汁、ざくろビネガー、EXVオリーブオイル、ざくろの実、薄切りアーモンドを加え、よく混ぜあわせ、ラップをして冷蔵庫で冷やす。

4.お皿に食べやすい大きさにちぎったレタスの葉を敷き、3を山型に盛り付け、1cm角のサイコロ切りにしたビーツの水煮を散らして出来上がり。お好みで、上から香りの良いEXVオリーブオイル(分量外)を垂らす。

 

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アルメニアのタッブーレ

 

 

*次回のイスラエル編は、レストランの食事を紹介します。お楽しみに!
 

 

*著者の最新情報やイベント情報はこちら→「サラームの家」http://www.chez-salam.com/

 

*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。次回もお楽しみに! 〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉

 

 

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サラーム海上(サラーム うながみ)

1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com

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