アジアは今日も薄曇り

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#19

沖縄の離島、路線バスの旅〈9〉石垣島へ

文と写真・下川裕治 

八重山諸島の路線バスに乗りに行く

 ようやく石垣島の空港に着いた。2月に宮古島の路線バスを乗り終え、すぐにタイ。3月末に帰国し、4月初旬から石垣島を中心とした八重山諸島の路線バスに乗るつもりだった。しかし新型コロナウイルスの感染が広まり、東京から出ることができなくなってしまった。約3ヵ月、東京ステイを強いられた。

 

 

 3冊の本の執筆を抱えていて、その原稿やゲラ、そして通常の連載をこなしていたから、本の締め切りに追われるときと大差はない日常だった。しかし3ヵ月近く、自宅にいたことはここ10年、いや20年の間になかったことに思う。

 3ヵ月──。

 4キロ近く痩せた。我が家は娘ふたりの4人家族。娘たちもテレワークで自宅にいる。食事は妻と娘たちが交代でつくってくれたが、女性だからカロリーは控える。それを毎日、口にしていると痩せてしまった。

 家にこもって原稿を書くことは多い。いつもはただ机に向かうだけの日々なのだが、今回は、夕方、少し走っていた。テレワーク中の運動不足を解消するためにジョギングをする人が多かった。なんとなく、彼らと同じように行動するとほっとした。

 煙草が減った。

 僕はいつも免税店で買った煙草を喫っている。安いからだ。ところがコロナ禍で海外にでることが難しい。つまり免税煙草を買うことができない。いつになったら海外への旅が可能になるのかもわからない。

 深夜、煙草の買い置きを数えてみる。1カートン半ほど残っていた。7月末まで海外に出ることができないとすると……1日3本。以前から煙草をやめたいと思っていた。しかし原稿を書いていると、どうしても喫ってしまう。1本の煙草を何回かにわけて喫うことにした。なんとか1日3~4本に収まっている。いつ、海外に出ることができるかはわからないのだが。

 約3ヵ月の東京ステイで変わったのはそれだけ? いや、違う。年に数回、アジアに出向いていた知人がこんなことをいう。

「はじめの1ヵ月ぐらい、旅に出たくてうずうずしていたんです。でも、2か月目ぐらいから変わってきた。アジアに行かなくてもなんとかなるんだって。旅って不要不急じゃないものね」

 僕はその知人以上に旅を続けていた。平均すると2ヵ月に3回ぐらいは飛行機に乗って海外に出向いていた。ここ20年以上、旅を軸にした暮らしだった。本を書くという仕事のためではあったが、なにかに憑かれたように旅に出ていた。

 そんな日常がぷつんと途切れた。僕にとって旅はなんだったのか。

 6月に入り、何回か石垣島の市役所に連絡をとった。石垣市と竹富町、与那国町は連携して、6月1日から観光客の受け入れに動いていた。マスクや検温のほか、チェックアウトから3日後の健康チェックを課すなど独自の感染防止策をつくった。石垣ルールと呼ばれるものだ。

 しかし沖縄県は、感染者の多い地域からの観光客の受け入れには慎重だった。市と県のニュアンスが微妙に違う。そのあたりを確認したかったのだ。

 石垣市の広報を担当する職員の言葉ににじむ「うちなーぐち」という沖縄方言が耳に優しかった。石垣島ですごした日々が一気に蘇ってきた。

 生まれてはじめて訪ねた沖縄が石垣島だった。台湾の基隆からフェリーに乗った。サトウキビ畑のなかを走るバスに乗って伊原間まで行った。そこにあった民宿にしばらく滞在していた。沖縄の離島からはじめて甲子園に出場した八重山商工の野球部を取材するために何回か石垣島に渡ったこともあった。校庭の脇のベンチに座って練習を眺めた。驟雨が襲い、選手と一緒にバットやボールにシートをかけた。合宿所で一緒にそばを啜った。

 6月19日をすぎ、八重山諸島を含めた沖縄への旅がなし崩しように解禁になったとき、飛行機の予約を入れていた。

 旅とはなんなのか……。石垣島に向かう飛行機のなかで考え続けていた。たしかに旅に出ることがなくても生きていける。

 空港からバスに乗って石垣港離島ターミナルに向かった。ここから西表島や波照間島に向かう高速船に何回か乗った。

 やっとこの港に来ることができた。

 旅とはなんなのか……。

 答えはきっと出ない。しかし僕には、石垣島に旅の記憶がずっしりと詰まっている。それだけ旅をしてしまったということなのか。

 ぼんやりと石垣港の海を眺めていた。

 

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新石垣空港。検温と滞在中の注意が書かれたパンフレットが渡される

 

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空港からバスターミナルに向かうバス。観光客で埋まっていた

 

石垣港離島ターミナル。いつもどおり心地いい風が吹いていた

 

(次回に続きます)

 

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*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『東南アジア全鉄道制覇の旅 タイ・ミャンマー迷走編』『東南アジア全鉄道制覇の旅 インドネシア・マレーシア・ベトナム・カンボジア編』『週末ちょっとディープなタイ旅』『週末ちょっとディープなベトナム旅』『鉄路2万7千キロ 世界の「超」長距離列車を乗りつぶす』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

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