ブーツの国の街角で

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#19

アンギアーリ :食べて歌って大笑い!トスカーナの農家のお祭り

文と写真・田島麻美

 

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  トスカーナ州の内陸側、ウンブリアとの州境にAnghiari(アンギアーリ)という小さな中世の村がある。夏休みも本格的になってきた8月の初め、この付近に滞在している友人から、「今度の週末、近所の農家の人たちが主催するイベントがあるから参加しない?」というお誘いを受けた。アンギアーリは何度も訪れた馴染みの村で、顔見知りの住民もたくさんいる。のどかな田園に囲まれた村はかつては過疎化が心配されていたらしいが、ここ数年、村おこしを目的に住民たちが一丸となってさまざまなイベントを企画・運営するようになり、イタリアや欧州各地から観光客が押し寄せるようになった。年間を通じて開催されるイベントや祭りは地域の歴史や伝統行事をベースにしたものが多く、イタリアの地方文化を体験できる貴重な機会として人気を集めている。
  8月5・6日の両日は、村に隣接したMotina(モティナ)という集落の農民たちが主催するイベントがあるという。のどかなトスカーナの田園で繰り広げられる農民たちのお祭りとは一体どんなものなのか? 興味をそそられたので早速出向いてみることにした。

  

 

 

 

 

 

「イタリアの最も美しい村」の一つ、中世の村アンギアーリ

 

 

 

   広大な農地に囲まれた小高い丘の上にある人口6千人足らずのアンギアーリは、有名な壁画『アンギアーリの戦い』によってその名が知られている。村の城壁の上からは美しい田園風景のパノラマが一望でき、歴史的に貴重な遺産や景観を有している小さな地方都市や集落によって構成される団体「イタリアの最も美しい村」の一つに登録されている。これといった観光スポットはないが、穏やかな時間が流れる小さな村では観光地とは一味も二味も違うイタリアの素朴な顔を垣間見ることができる。
  中世時代の街並みが残る村の周辺にはモティナをはじめとする小さな集落がいくつかあり、40〜50の農家が「トスカーノ」の名称で知られるイタリア葉巻の材料となるタバコを栽培している。地域の農家の歴史と伝統、そして技術を守り次世代に受け継いでいきたいという農家の人々の発案により、70〜60年前のこの地域の農民の暮らしを忠実に再現した祭り『La Battitura sull’Aia(ラ・バッティトゥーラ・スッライア=農場の脱穀作業)』が昨年から開催されるようになった。
  イベントの期間は農民の暮らしが70年前にタイムスリップし、第二次大戦直後までこの地域で栽培されていた小麦の脱穀作業(=バッティトゥーラ)を、当時の農耕具を使って行うという。二日間に渡って開催されると聞いてはいたがプログラムの詳細は分からず、「二日間も脱穀作業を見るのか?」と思った私は正直言ってあまり期待していなかった。ところが行ってみると、予想をはるかに上回る楽しい体験が待ち受けていた。

 

 

 

 

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 年間を通じて様々なイベントが開催される丘の上の中世の村・アンギアーリ(上)。7・8月は特に多彩なプログラムが揃い、毎週水曜の音楽祭は小さな村がぎゅうぎゅう詰めになるほどの盛況ぶり。村の城壁の上から見晴らす周囲ののどかな田園風景(下)
 

 

 

 

 

中世の街の広場を埋め尽くす年代物のトラクター

 

 

 

   祭りの初日の土曜日、開始時間の10時より少し前に会場となっているバルダッチョ広場へ到着し、バールでカフェを飲みながらオープニングを待った。いい場所を確保しようと早めに行ったのだが、30分前になっても広場は閑散としていて人影もまばら。不安になった私は、「ねぇ、本当にこの場所でいいの? 何か始まるようにはとても見えないのどかさなんだけど」と友人に尋ねた。彼女も不安になったらしく、バールの店主に確認してみると、「待ってればそのうち始まるよ。パレードがあるはずだから」と呑気な返事が返ってきた。
  10時を少し回った頃、どこからともなく「ドッ、ドッ、ドー!」という轟音が響いてきた。間もなく、グラムシ大通りから石の門を潜って姿を現したのは、なんと年代物のトラクターの数々。
ディーゼルだからか、煙を吐き出しながら爆音を轟かせて走るトラクターは全部で10台ほどあり、どれもこれも年季の入った風貌をしている。クラシック・トラクターはモティナの農家の一族が代々受け継いで保管しているものらしく、運転する一族の若者たちがとても誇らし気な表情をしている。次いで現れたのは四頭の巨大な白い雄牛と牛車。牛はトスカーナ地方を代表するキアーナ牛という品種で、フィレンツェの名物料理「ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ」はこのキアーナ牛の肉が使われている。体高が2mにも及ぶ巨大牛に従うように、ロバを連れた修道僧や70年前の農耕具を携えた農民たちが続々と広場に入ってきた。
 

 

 

 

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約60年前に実際の農作業に使われていた年代物のクラシック・トラクターの数々。農家が代々受け継いで保管している(上)。キアーナ牛やロバなどの動物たちもパレード。農民たちはそれぞれ年季の入った農耕具を携え、帽子やスカーフも古き良き時代を演出している(下)


 

 

 

 

古き良き時代の農民の一日を忠実に再現

 

 

   小さな広場をぐるっと一周した後、パレードの一行はそのまま広場にとどまって見物客たちと自由気ままなおしゃべりを始めた。と同時に、農民たちはそれぞれ携えてきた道具を広げ、広場に腰を下ろして作業を始めた。藁を打ってカゴを編む人、火を焚き起こして農耕具の刃物を金槌で叩く鍛冶屋、羊毛を紡いで編み物をするおばあちゃんたち。広場に座って黙々と作業する農民たちは、本職であると同時に役者の役割も果たしていて、村は一瞬のうちにそっくりそのまま70年前にタイムスリップしたような雰囲気に包まれた。
 

 

 

 

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二日間に渡り、それぞれの農家が代々受け継いできた手作業の技術を披露。村おこしのイベントであると同時に、地域の伝統と技術を守り、次世代へ受け継いで行くための貴重な体験場ともなっている。
 

 


 

 

   かつてのこの地域の農民たちの作業を史実に忠実に再現したデモンストレーションに混じって見物客の笑いを誘っていたのが、女装したいかつい顔のおじさんや金髪の三つ編みのカツラをつけた日焼けしたおじいさん、そして農民たちの強烈なジョークの対象である気取った農場主夫妻といった「俳優」たち。実際の作業を興味深く覗き込む私たち見物客の中にそれらの俳優たちが混じって、冷やかしや軽い口喧嘩を方言で交わし合い、みんなの爆笑を誘うという心憎い演出である。当然ながら、この俳優たちも普段は畑で働いている農家の人たち。誰も彼も役になりきってタイムスリップを楽しんでいる。作業が一段落する頃には、昔の農民たちが食べていた朝食が用意され、集まった見物客にも振る舞われた。農家のマンマたちが手作りで用意してくれた焼き菓子や手切りのプロシュット、野菜を煮込んだトマトソースをのせた「パーネ・ウント」というパン、そして白ワイン。愛情たっぷりの素朴な料理はどれもこれもほっぺたが落ちるような美味しさだった。

 

 

 

 

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早朝の畑仕事の後に農民たちが食べていたメニューを再現。朝食ながら、プロシュットや白ワイン、甘い焼き菓子などカロリーたっぷりのラインナップ。
 

 

 

 

 

農家総出で繰り広げられる寸劇と、800人の大ディナー

 

 

 

   翌日曜日は、村の広場から畑に隣接したスポーツ競技場へ舞台を移し、巨大な脱穀機を回しながらの脱穀作業と農家総出の寸劇が行われた。ようやく確認できたプログラムでは、前夜と日曜の朝にもトラクター競技やバーベキューなどの楽しい催しがあったようだが、暑さに弱い私は日が傾くのを待ち、最終日の夜のディナーに合わせて出かけた。盛り返った土の香りが漂う畑の隣で当時の農耕具を使った脱穀作業が続く中、農民の日常生活の一場面を切り取ったコメディの寸劇が始まった。役者は全員、この地域の農民たち。昨日広場で見かけた俳優たちが主役だ。見物客も顔見知りがほとんどなので、劇の最中にも野次やからかいの言葉が飛び交って、見る人も演ずる人も大爆笑に包まれている。

 

 

 

 

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農家のファミリー総出のコメディは大成功。素人とは思えない徹底した役者ぶりの農民たちの熱演に脱帽。近隣の住民も通りすがりの観光客も、老若男女一緒になって大笑い。土の香りに包まれた楽しい時間は、あっという間に過ぎていく。

 

 

 

 

  出産間近の農家のお嫁さんを取り巻く大騒動をテーマにした寸劇だが、セリフの中に散りばめられた言葉や筋書きから、古き良き時代の農家の人々の生活ぶりがうかがえる。劇中に登場した年代物のフィアットの救急車は、なんと近隣の博物館がこの芝居のために貸し出してくれたものだとか。実はこの救急車、フィアットの創業者一族のアニエッリ氏がかつてこの地域に寄付したもの。小道具の一つ一つにも地域の歴史を物語る逸話があって、大笑いしながら勉強もさせてもらった。寸劇の後はトスカーナの民謡も披露され、拍手喝采のうちに幕が下りた。
 

 

 

 

 

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かつてこの地方を訪れたアニエッリ氏が、思いがけず急病に見舞われた。ところがここには救急車がなかったため、農民たちが4人がかりで氏を担ぎ、夜通し歩いて病院へ運んだ。アニエッリ氏は回復後、農民たちへの感謝を込めてこの救急車を寄付したという(上)。ストルネッロと呼ばれる独特の即興民謡の披露も行われた(下)。イタリアの映画監督・俳優のロベルト・ベニーニも、ストルネッロを習いにこの地域を訪れたという。
 

 

 

 

   日が暮れて夜8時半を回る頃、800名が勢ぞろいして大ディナーが始まった。巨大テントの下には長い木のテーブルと椅子がずらりと並び、大笑いしてお腹をすかせた人々が待ち遠しそうに皿が運ばれてくるのを待っている。農家の人々が手作りで用意してくれた伝統の家庭料理を待つ間にも、手打ちパスタの実演や民謡のコンサートとダンスなどが披露され、盛りだくさんのプログラムが続く。トスカーナの農家のマンマの手料理なら味は保証つきだと想像できるが、いかんせん、800名分の料理を作る機会などそうそうあるものではない。ウエイターもウエイトレスも農家の若者たちなので、何もかもがゆったりペースで進む。最初の皿が運ばれてきたのは夜9時半過ぎで、そこからパスタ、肉料理と続き、ドルチェと食後酒は夜中の0時を回ってから登場。どれもこれもどっしりとした大地の味が染み込んだ美味しさで、ワインも食後酒もたっぷりいただいて大満足。食べ疲れて席を立ったのは午前0時半頃だったが、会場ではくじ引きとダンスがまさにこれから始まろうとしていた。「お楽しみはまだまだこれからだよ!」というアナウンスを背後に、疲れ知らずの農民たちのパワーに圧倒されつつ、はちきれそうなお腹を抱えた私は夜の畑道を歩き出した。
 

 

 

 

 

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料理が来るのを待つ間、地方色豊かな民謡とダンスを楽しむ(上)。大テントの下、800人が一つになって同じ食卓を囲む(中)。サラミやブルスケッタの前菜に始まり、ミートソースの手打ちパスタ「タリアテッレ・アル・ラグー」、ガチョウのローストなど手作りの料理が振る舞われた(下)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★ MAP ★

 

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<アクセス>

アンギアーリ周辺へのアクセスの拠点はアレッツォ(Arezzo)となる。イタリア各地から鉄道でアレッツォへ、そこからバスで約50分。もしくは、ローマから長距離バスでサンセポルクロ(Sansepolcro)経由、ローカルバスに乗り換える。サンセポルクロ=アンギアーリは車で約15分、アレッツォ=アンギアーリは車で約50分。
 

 

 

 

 

<参考サイト>

・アンギアーリ周辺のインフォメーション・サイト(英語)
http://www.valtiberinaintoscana.it/anghiari/how-to-reach

 

・アンギアーリ周辺のイベント・最新インフォメーション(FB)
https://www.facebook.com/ValtiberinaInformaQuotidiano/

 

・アレッツォからのバス(イタリア語)
http://www.etruriamobilita.it/

 

・アンギアーリ観光・案内(FB)
https://www.facebook.com/prolocoanghiari/

 

 

 

 

*La Battitura sull’Aia di Motina(モティナの農家の祭り)は、昨年から始まった地域のイベント。日時は未定だが、8月初旬の土日を目処に来年以降も継続して開催される予定。ディナーは有料で予約が必要だが、それ以外のイベントは全て無料で誰でも自由に見学・参加できる。
 

 

 

 

 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は9月14日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること17年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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