越えて国境、迷ってアジア

越えて国境、迷ってアジア

#19

アフガニスタン~パキスタン国境スマグラバザール

文と写真・室橋裕和

 

 アフガニスタンとパキスタンの国境沿いには、どの国の統治も及ばない無政府エリアが広がっている。テロリストの温床ともいわれるその危険地帯には、違法な品々を堂々扱うマーケットがあった。麻薬や銃器があふれる国境デンジャラス市場を探索する。

 

 

戦火のアフガニスタン、銃声の記憶

 「これはもう、生きて帰れない……」
 僕は半泣きで、その迷宮の中を引き回されていた。
 行きかうヒゲづらの男たちは皆、ただひとり扁平な顔をしたモンゴロイドを警戒と憎しみと敵意の目でにらみつけてくるのである。ライフルを背中に背負ったやつ、平然とマリファナをふかしているやつ、なにやら戦闘服の一団……。
 案内役の男は言った。
「カメラはしまえ。殺されるぞ。それから笑顔を忘れるな。フレンドリーにいけ。俺があいさつした連中とはにこやかに握手をしろ」
 そんなことを言うが、握手を拒否する男すらいるのである。応じてくれる人だって冷然きわまりない固まったような無表情の仏頂面で、その手に力はない。どうみたってイヤイヤだ。僕はこの巨大なマーケットの中でただひとりの異教徒であり、異物であった。

 アフガニスタンとパキスタンの国境に広がる国際市場、スマグラーバザール。なにをトチ狂ったか僕は、アメリカ率いる多国籍軍がかの9.11の報復戦争に打って出たその真っ最中に、戦火のアフガニスタンを訪れてしまっていた。
 若かった。某週刊誌で記者をやっていたこともあり、一発当てたいという気持ちもあった。しかし編集部には社内スタッフの職務でのアフガン渡航は禁ぜられ、ふざけんじゃねえよとばかりに夏休みを利用して勝手に戦地まで来てしまったのであった。
 後悔した。降り立った首都カブールの空港には米軍の戦闘ヘリ・アパッチが並び、街は空爆と戦闘で荒廃し、外国人は兵士と国連職員しかいなかった。夜になると銃声がこだまし、重い爆発音が響いた。

 

asia19_01

カブールは中心部を離れるとこんな光景が延々と続く。古代遺跡のようだと思ったが、現代の戦争の傷跡なのだ

 

asia19_02

アフガニスタンの人々はとにかくフレンドリーだった


 小動物のように震えながら、それでも各地を見聞し、バーミヤンの破壊された大仏やらジャララバードの街やらを取材しつつ、逃げるように国境を越えてパキスタンに這い出したのであった。
 しかしパキスタン側も安息の地ではなかった。アフガニスタンとの国境沿いは、パシュトゥン人を中心とした部族たちが好き勝手に統治するフリーダムな世界。政府なんぞクソくらえ、ここじゃ俺たち部族の掟がルールなんだぜ……という世界でも稀に見る無法地帯、アナーキズムの極地、リアル北斗の拳ワールドであった。この無政府エリアはタリバンを生み育てる温床ともなっている。
 いまではここもアメリカの無人機がブンブン飛び回り、怪しい連中を片っ端から爆撃しているが、当時はアホな日本人旅行者が訪れるだけの余地はまだあった。現在このあたりを旅したら、おそらく誘拐されてオレンジ色の服を着せられ、後ろ手に縛られて身代金を出してくださいとyoutubeかliveleaksあたりで日本政府に泣きを入れることになるのだろうが、アフガン戦争当時はまだ牧歌的だったとさえいえるのかもしれない。なんだあの異教徒は、と敵意の視線で見られても、運が悪くなければテロルの対象になることはなかった。

 そんな部族エリアの中心都市、ペシャワールのボロホテルのロビーでカワチャイ(アフガン名物の砂糖入り緑茶)なんぞ飲んでいると、ウサン臭い男が話しかけてきたのだ。
「お前こんなとこまで来たんだから知ってるだろう、スマグラーバザール。あそこにはなんでも売っているんだぜ。世界でいちばん熱い市場だ」ねっとり熱い息とともに耳元に囁きかけてくる。
 アフガニスタンを経由して密輸されてきた商品が並ぶといわれる世界屈指の違法市場の存在は、旅の間あちこちで聞かされてきた。行きたいと思っていた。
  ただしペシャワール郊外から、市場の広がるアフガン国境にかけては部族エリアであり、異教徒および外国人の身の安全はパキスタン政府の関知するところではない。法律も及ばない。そこで俺がガイドしてやるぜ、日当はたったの50ドル、安いもんだろ……というのが彼の商売であった。

 

asia19_03

アフガニスタンとパキスタンの国境ハイバル峠。シルクロードの昔から交通の要衝だ

 

asia19_04

巨大仏はタリバンに爆破され、空洞になってしまった。いまでは政府軍がバーミヤンの治安を守っている

 

 乗ってしまった。好奇心に負けてガイド氏の誘いに応じてしまった僕は、ペシャワールから引き返す形でアフガン国境に向かった。そして部族エリアの真っ只中にあるスマグラーバザールに潜入する。
 まず面食らったのは、強烈な視線の数々だった。「あの東洋人は何者か」という疑心暗鬼の目。アメリカの手先ではないのか。イスラム教徒ではないだろう。異物を見る目だった。その厳しい視線の中を、歩いていく。居心地の悪さ。感じる身の危険。しかし能天気なガイド氏は言うのだ。
「まずはこちら。タバコ市でーす」
 厳格なムスリムはタバコも吸わないというが、並んでいるのは目もくらむほどの種類の世界のタバコであった。コンビニのタバコ棚の数百倍はあるだろう。しっかり日本のセブンスターもあったが、これはどうも北朝鮮で密造されたものらしい。それが中国・アフガン経由でここまで運ばれてきたのだ。
 そしてご法度・アルコールの巨大市が続く。ロシア製ウオトカをはじめとして、ムスリムの破戒者は強い酒が好みか、ウイスキーやラムが多かった。
 一般的な市場と同様に、食料や家電製品、雑貨、家具などの店も所狭しと並ぶ。バンコクのウィークエンドマーケットをはるかにしのぐ規模だろう。日本のイナカにそびえるIKEAやイオンモールも比べものにならないほどデカい。その内部は複雑怪奇な迷路のごとく路地が入り乱れ、早足のガイド氏に従って右に左に歩き回っているものだから、もうひとりでは外に出られない。
 そして案内されたのは麻薬コーナーであった。どの店も精製されたハシシ(大麻樹脂)をガラスケースに堂々と並べ、肉屋か魚屋のように販売しているのであった。真っ黒な樹脂の表面になにやらウルドゥー文字が書いてあるが、ガイド氏いわく、
「あれはな、リラックスとか、グッドクォリティとか、ハッピーとか書いてある。仕入れもとのハシシ工房の、まあポリシーだな」
 ということであった。やめてほしいのに彼は「じゃあちょっと寄っていくか」とうち一軒の麻薬屋に入っていく。そこで見せられたのはアヘン、ヘロイン、コカインなど自慢の品揃え。
 あと、うちはこういうのもやっているんだが、と偽造パスポートや偽造クレジットカード、そして偽造のドル札とパキスタンルピー札の束を突きつけられて、お前は何を買ってくれるんだ、なにが欲しいんだと凄まれる。

 

asia19_06

平穏な市場に見えるスマグラーバザールだが、異人はむちゃくちゃに警戒される


 あのすいません今日は見学で……などと適当に言いつくろい、ヨレヨレになって半泣きで店を出る。
「お前、撃ちたいだろう」
 帰路に英語で声をかけてきた、また別の店の店主は、AK47からロケットランチャー、イスラエル製の機関銃まで見せてきて「これで大嫌いなやつをぶっ殺せるぞ」とか言う。もうカンベンしてください。
「それじゃあ、こいつはどうだ」
 ペンのような形をした、いわゆるペンガンであった。「こいつでな、こっそりイヤなやつをぶっ殺せるんだぜ」天空に向けて店主がペンガンを構えて撃った瞬間、パァァァァン!と衝撃音が鳴り響く。なにがこっそりか。大音響である。
 だがそれよりも、ペンガンの音に誰ひとり注目していないのが、このマーケットの恐ろしさかもしれないと感じさせられた。
 国境に立つ市場はいろいろとあるが、ここスマグラーバザールは、世界最悪のデパートだと思う。しかし一方で、こんなムチャクチャな場所が存在していることに、痛快さも感じていた。

 

asia19_07

ペンガンを撃つ直前の銃器屋のアニキ。ここでは人殺しがけっこう日常だ

 

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*筆者が編集・執筆に携わったルポ・マガジン『アジアの真相』(キョーハンブックス)が好評発売中です。特集は今、注目を集めるフィリピン。ぜひ、ご覧下さい!

 

51hwnz1jorl-_sx360_bo1204203200_

 

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

BorderAsia00_writer01

室橋裕和(むろはし ひろかず)

週刊誌記者を経てタイ・バンコクに10年在住。現地発の日本語雑誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを担当、アジア諸国を取材する日々を過ごす。現在は拠点を東京に戻し、アジア専門のライター・編集者として活動中。改訂を重ねて刊行を続けている究極の個人旅行ガイド『バックパッカーズ読本』にはシリーズ第一弾から参加。

紀行エッセイガイド好評発売中!!

BorderAsia00_book01

保存版 バックパッカーズ読本

     

越えて国境、迷ってアジア
バックナンバー

その他のTRAVEL

ページトップへ戻る

ページトップへ戻る