ブルー・ジャーニー

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#19

アイスランド 五分前に生まれた世界〈1〉

文と写真・時見宗和 

Text & Photo by Munekazu TOKIMI

オーロラ、のち、アイスランド

  幾筋もの光の帯が、交わり、ほどけ、地平に沿って揺れている。星空を切り裂くように強く、水に映る虹のように淡い。

 機体がゆっくり旋回を始め、窓に吸いこまれるような大地の漆黒が映る。

 揺れる両翼を押さえつけ、はずむようにランディング。

 いっせいに拍手が沸き起こる。

 オーロラ、のち、アイスランド。

 

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 朝食を取りに階下に向かう。午前七時、気温マイナス七度。外はまだ夜の闇。

 この日、二月二六日の日の出は午前八時四八分、日の入りは午後六時三五分。一日ごとに、日の出は三、四分早く、日の入りは三、四分遅くなっていく。

 ホテルの女性オーナーに声をかけられる。

「日本のどこから来たの?」

「東京からです」

「アイスランドは初めて?」

「ええ」

「これからの予定は?」

「レンタカーを借りて、島を一周しようと思っています」

「何日間で?」

「レイキャビークでの二泊を含めて、全部で一〇日間で」

「ちょっと短いと思うけれど、でも、きっとおどろくことがたくさんあるわ」

「どのような?」

「まあ、いろいろ」オーナーは、うれしそうに笑った。

 アイスランド共和国(The Republic of Iceland)。北海道と四国を足した面積よりもほんの少し大きい約一〇万三千平方キロ。

 一部が北極圏(日の暮れぬ日が一年に一日以上あるエリア)にかかる国は地球上に七つ。ノルウェー、フィンランド、スウェーデン、ロシア、カナダ、アメリカのアラスカ州、デンマーク領グリーンランド、そしてここアイスランド。

 

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 世界中の驚くほど多くの人びとに読まれた『英雄崇拝論(一八四一年)』。著者、トーマス・カーライル(イギリス)は北欧神話の舞台、アイスランドを「かの奇異なる島」「不毛と溶岩との荒涼たる土地」と形容し、言った。「この住民は詩人だった。自然を深く感じ、その思いを詩情豊かに歌い上げた人びとだった。もしアイスランドが海底から噴出しなかったならば、もしノース人──ノルウェー人を主とする古代スカンジナビアの人びと──に発見されなかったならば、その損失は少なからざるものがあった」

 

 ノルウェー、アイスランドの歴史を記した散文『サガ』。そのひとつ、『移民の書』によれば、さいしょにこの島に移り住んだのはフラブナ・フロゥキを含む数名のヴァイキング。紀元八六〇年のことだった。

 海に流れ落ちる、壮大な氷河を目の当たりにした“渡りガラスのフロゥキ”は言った。

「アイスランド──氷の国!」

 

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 ケプラヴィークを出て、唯一の国道である国道一号線、通称リングロードを反時計まわりに走る。

 総距離一三五一キロの環状道路が完成したのは、一九七四年(昭和四九年)。公表では、一日の交通量は首都レイキャビーク周辺が五〇〇〇~一万台、都市部から離れたところは一〇〇台前後。

 アイスランドの道路は「四季を通して普通の車で走れる道」と「そうでない道」に大別される。「四季を通して走れる道」はこのリングロードのみ。「そうでない道」は、四輪駆動車限定、夏季限定、特殊な四輪駆動車限定、二台以上のグループ限定など、細かく具体的に分類されている。さらに「道路と指定されている以外の場所や、脇道を運転すること」は法律によって厳しく禁じられている。

 

 左も右も見渡す限りの溶岩台地。過去五〇〇年間、この島に噴き出した溶岩の量は、地球全体の三分の一に及ぶ。

 突然、車二台がようやくすれ違えるほどのせまい砂利道に変わる。左右にうねり、向こう側が見えないアップダウンを織りまぜながらつづく。

 

 移植一一〇〇周年を記念して開通したリングロードには、まだあちこちに一九四〇年代の近代化以前の状態が残る。未舗装路、すれちがえない橋、落石、時折“ブリントゥハイズ(視界不良の隆起)”の標識。

 ところどころに建つオレンジ色の建物は食料、燃料、寝袋、非常用無線電話を備えた救命小屋。ブリザードに遭遇した人びとは、路肩に五〇~一〇〇メートルほどの間隔で立ち並ぶ、高さ一メートルほどの石積みのケルンをたどって救命小屋に避難する。

 救命小屋は海岸沿いにも建っている。風が強く、海が荒れることで知られるアイスランド近海の海図には貨物船、客船、漁船が沈んだ場所と日付が書きこまれている。

 

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 北部の、隣接するふたつの農場。一方の名前は“墓穴”もう一方は“墓穴の縁”

 

「かの奇異なる島」の人びとは「不毛と溶岩との荒涼たる土地」をユーモアで包む。

 

 ある日、溶岩大地のまっただ中で車が故障した。

 運転手はボンネットを開けてエンジンをのぞきこむが、機械に弱くてわからない。

 あきらめ顔で首を振っていると、すぐ脇から「キャブレターだよ」の声。

 首を上げると、すぐ横に一頭の馬。

 一目散に逃げ出した運転手は、丘を越え、ポツンとたたずむ農家に飛びこむ。

 話しを聞き終えた農夫は運転手に聞いた。

「何色の馬だった?」

「茶色だった」

 農夫は表情を変えずに言った。

「あの馬の言うことなら気にしなくていい。車のことは全然わかっておらんから」

 

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『植民の書』によれば、アイスランドへの植民が行われたのは、日本が平安時代前期の八七〇年〜九三〇年。ノルウェー・ヴァイキングをはじめ、四〇〇人余りが上陸、島中に広がり、定住した。

 現在の人口は、東京・北区あるいは中国の平均的バス停周辺とほぼおなじ約三二万人。そのうちの一八万人がレイキャビーク及びその周辺に集中している。移民を除く三〇万人の人びとは、ウェブサイトで自分たちの先祖や、今日出会った人との血縁関係を簡単に調べることができる。

 週末は国中にアルコールの臭いが漂う。足取りは怪しいが、怪しい人影はない。見知らぬ人などいないから、子どもがだれに声をかけられても、親は心配する必要がない。どこを歩いていても友人や知人と出会うので、定時に出社することはむずかしい。

 三二万人が住人のすべてではない。丘には人間とおなじくらいの大きさの妖精が、山には三メートル以上の(ヤギを怖がる)魔物が、岩には小さな妖精が住む。レイキャビークの南東、クヴェラゲルジの近くで、道路が突然のようにカーブしているのは、“スマゥフォルク(小さき民)”の住み処が見つかったためで、この種の設計変更は国会で議題に取り上げられる。

 

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 リングロードとレンタカーに背中を向けると、視界はヴァイキングが生きた世界に埋め尽くされる。

 陽の光の、淡くかすかな変化を受けて、さざ波が風景に広がっていく。

 車から降りて見とれ、車から降りて見とれ、また車から降りて見とれる。

 

 一八七一年(明治四年)七月一四日、『サガ』に魅せられたイギリス・ヴィクトリア朝の詩人、ウィリアム・モリスは六日間の船旅を経て、レイキャビークに入港した。交通手段は三〇頭のポニー。宿泊先はテント。『サガ』が生まれた地をたどるアイスランド約半周の旅は六週間に及んだ。

「すべての風景がとても印象的でわくわくした。アイスランドではほとんどの場合そうだ。ぞっとするような荒涼さにもかかわらず、神経にさわるような卑しさや散文的なところがないのだ」

 

 ただ、うなずくばかり。

 

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(アイスランド編、次回に続く)

 

 

*本連載は月2回配信(第2週&第4週火曜日)予定です。次回もお楽しみに。

 

 

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時見宗和(ときみ むねかず)

作家。1955年、神奈川県生まれ。スキー専門誌『月刊スキージャーナル』の編集長を経て独立。主なテーマは人、スポーツ、日常の横木をほんの少し超える旅。著書に『渡部三郎——見はてぬ夢』『神のシュプール』『ただ、自分のために——荻原健司孤高の軌跡』『オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー蹴球部中竹組』『[増補改訂版]オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー 蹴球部中竹組』『魂の在処(共著・中山雅史)』『日本ラグビー凱歌の先へ(編著・日本ラグビー狂会)』他。執筆活動のかたわら、高校ラグビーの指導に携わる。

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編著・日本ラグビー狂会

     

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