東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#18

マレー鉄道完乗への道〈3〉

文と写真・下川裕治 

残るはジャングルトレインの隅の一区間

 マレーシアには3本の未乗車路線が残っていた。そのうち2本はクアラルンプール近郊を走っていた。KTMコミューターという通勤路線になっていた。この2路線は簡単に乗ることができた。

 マレーシアで残っているのは、東海岸線の隅の1区間になった。

 マレーシアで鉄道が走っているのはマレー半島だけである。そこには東海岸線と西海岸線というふたつの幹線があった。しかしメインはクアラルンプールやジョホールバルといった大都市を結ぶ西海岸線だった。

 東海岸線は、マレー半島の東海岸に面したトゥンパットと西海岸線のグマスを結んでいた。約503キロ。東海岸線と名づけられているが、海岸線を走ってはいない。マレー半島の山のなかにつくられた路線だ。もともと、山中の鉱物資源や木材、香辛料などを搬出するためにイギリスが敷いたルートである。この路線はジャングルトレインという別名がついているが、その路線を地図で眺めると、たしかに山中を走っている。沿線の街の人口は多くない。

 始発から終点までを一気に結ぶ列車は、1日に1本しかない。西海岸線と比べると支線に映る。距離はそこそこあるのだが。

 この路線には5年ほど前に乗っていた。アジアの鉄道、そのなかでも各駅停車に乗っていく旅だった。その内容は、『鈍行列車のアジア旅』(双葉文庫)に収録されている。

 その列車旅はバンコクからはじまった。各駅停車で南下し、タイのハジャイからスンガイコーロクまで進んだ。そこから歩いて国境を越え、マレーシアのランタウパンジャン。さらに車で東海岸線の駅があるパシルマスまで出た。

 かつてはスンガイコーロクからパシルマスまでの国際列車が走っていた。しかしいま、運行は休止したままになっていた。この一帯は、タイ政府に反発するイスラム教徒のテロがしばしば起きていた。それが運休の理由といわれているが、正式にそう発表されたわけではなかった。

 国境に架かる橋を渡ったが、横にはかつて国際列車が走っていた鉄橋が見えた。たまに貨物列車が走ることがあるのだという。

 

 

駅で感じた早朝の熱帯雨林の空気

 パシルマスに1泊し、翌朝の4時台のグマス行きに乗った。

 3時台に起きたから、さすがに眠かった。冷房が効いた車内は快適で、ことっと寝入ってしまった。目覚めると、すでにあたりは明るく、目に飛び込んできたのは、熱帯雨林の圧倒的な緑だった。ジャングルトレインと命名された理由を、高さが30メートルを超える巨木が教えてくれる。

 ケムブという駅に停まった。深い森に囲まれた駅で、周囲に家は見当たらなかった。列車の待ち合わせのようだった。

 いつもここで停車するらしい。それがわかっている乗客たちが、ぞろぞろとホームに降りていった。僕もその列について列車を降りた。

 そのとたん、清冽な森の空気に包まれた。どこか樟脳の香りに甘味を加えたようなにおいといったらいいだろうか。熱帯雨林は湿度が高く、けっして心地よい気候ではないのだが、この朝のにおいだけは一級だと思う。昼の強い日射しとスコールに急きてられるように光合成を行う森の木々。夜はひっそりと呼吸をしながら、まるで生きていることを証明するかのように香りを周囲に発散させる。見あげると、森の蒸気が雲になり、巨木のまんなかあたりに絡まっている。つい見とれてしまった。

 まさにジャングルトレインだった。

 またあの朝を味わってみたかった。乗り残した東海岸線にどう乗るか……。しかしマレーシアの列車は、そううまくはいかなかった。(つづく)

 

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タイとマレーシアの国境に架けられた鉄橋。国際列車復活の望みは薄いらしい

 

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パシルマス駅。国境まで21キロ。バスで30分ほどだ

 

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※地図はクリックすると拡大されます

 

*マレーシア鉄道公社ホームページ→http://www.ktmb.com.my/ktmb/

 

*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『タイ語の本音』『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ』『「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦』『週末バンコクでちょっと脱力』『週末台湾でちょっと一息』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」(いまはユーラシア大陸最南端から北極圏の最北端駅への列車旅を連載)、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

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