越えて国境、迷ってアジア

越えて国境、迷ってアジア

#18

タイ・ラノーン~ミャンマー・コートーン

文と写真・室橋裕和

 

 タイからミャンマーに、海を越えていく。国境を越えた先には、はるかインドの香りと、多民族国家ならではの多様な文化とがあった。

 

多民族が暮らす国境の街

 イミグレーションに近づくと、荒くれた浅黒い肌の男たちが殺到してきた。
「俺が入国の書類書いてやるぜ!」
「俺のボートに乗れ!」
「もうすぐ出発だからこっちのボートに来い!」
 ボッタクリ臭をプンプン振りまいて、外国人旅行者に群がる野郎ども。タイ側のイミグレーションで出国の手続きを終えると、誘いはいよいよ強引なものとなる。
 片言英語と片言タイ語のチャンポン言語での解説を聞くに、どうも海峡を越えてミャンマー側に行くには、ボートの乗員リストのような書類を作らねばならず、これは船頭に任せるほかないらしい。だからパスポートを俺に預けろと、チンピラみたいな船頭たちがこぞって叫ぶ。ホントかよウサン臭い……。
 仕方ないので値段を聞いてみる。
「コートーンまではいくら? それって書類作るのとか全部込み?」
「向こうでタバコは買うか?」
「は?」
「ミャンマーはタバコが安いんだぜ。あとバイアグラもな。ククク……」
「だから船代は……」
「コートーンに着いたら観光しような。寺とかあるし、女もいるんだぜ」
 かみ合わない会話。強引かつ唐突な展開のオンパレード。この感覚どこかで味わったものと同じだな……と思ったところで気がついた。
〝インド〟なのだった。
 浅黒く濃ゆい顔立ちの人々。立て板に水の如しのセールストーク。押しの強さ。インドと国境を接するミャンマーには、インド系の人々がたくさんいる。国境事務所の前でカモネギたる僕を拉致せんとする人々にも、彫りの深いインド系が目立つ。ここは人種や文化の境目、あるいはミックスしている土地のようだ。
 タイ=ミャンマー国境ラノーン。
 ミャンマー側の街コートーンまでは海峡を渡ってゆく。コートーンはミャンマー最南端の街でもあり、インド系の商人のほか、少数民族も多い。

 

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タイ側ラノーンの船着場。ここから海峡を越えてミャンマーに向かう

 

 適正価格がまったくわからぬまま、とりあえず片道料金として100バーツを支払う。船頭のアリ氏の荒っぽい操縦のもと、木製ボロボートはベンガル湾に飛び出した。
 両国の領海を縦横に行きかう漁船、海上に立てられたタイ海軍の検問所などを眺めつつ、30分ほどでコートーンに到着する。
 アリ氏に連れられミャンマー側のイミグレーションに出頭すれば、笑顔でパスポートに入国・出国スタンプを同時に押してくれるのだった。ここを訪れる外国人のほぼすべてが、タイでの滞在延長を目的にしているためだろう。ミャンマーに行って帰ってくれば、ノービザなら15日の滞在がまたできるようになる。観光ビザの切り替えもできる。
 こうした手段で滞在を続け、あるいは不法就労している外国人は多い。コートーンは主に、プーケットなどのリゾートで長期滞在している外国人の「ビザラン」ポイントとなっている。ミャンマー側もそれをわかっていて、どうせトンボ帰りなんだろとばかりに、スタンプを出国入国あわせて押捺する。これさえゲットすれば、もうミャンマーに用はない。同じボートで即刻ラノーンに帰るというわけだ。
 だが舐めるなよイミグレ職員。国境マニアの僕はコートーンをキッチリ観光せねば収まらない。アリ氏にその旨を命じると、彼はどこぞからバイクを引っ張り出してきた。

 

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海上イミグレーション! 国境を越えて行きかう船の税関検査をやっていた

 

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コートーンの街はなかなかに風光明媚。ここがミャンマー最南端


 後部座席にまたがってあちこち行ってはみるが、寺がいくつかあるばかり。境内からは港とアンダマン海とを見晴らせてすばらしい景色だったが、見所といえばそのくらい。市場ではスーチーTシャツにスーチーポスター、スーチーバッヂやスーチーブロマイドといった、軍政の圧政下ではご法度だったグッズが並べられているのが目を引く程度だった。
 それよりも、人種が入り混じっていることが面白い。主役はもちろんビルマ人なのだが、インド系も多い。宗教も多様だ。多数派は仏教徒だが、アリ君はインド系のイスラム教徒だという。当然ヒンドゥーもいるだろう。カレン族などの少数民族の中にはクリスチャンも多く、街には教会もあった。中国商人やタイ人の姿もある。
 食堂に入ってみた。
 たくさんのトレーにいくつものおかずが並ぶ、タイや東南アジア諸国おなじみのものである。野菜炒めと豚肉の煮込みを注文すると、そのほかにテーブルにはずらりと副菜が並べられる。オクラやキャベツ、人参など、茹でた野菜や生野菜、ハーブ類で、これはどれだけ食べても無料。
 ラオスやカンボジアもこんな感じだし、そういや長野県あたりじゃ食堂に入ったら野沢菜がオマケでどっさり出されたっけ、と思い出す。それにしてもミャンマーはこの「オマケ野菜」がえらく多いのだ。
 白米はおひつに入れられてドカッと運ばれてきて、コメならいくらでも食えという麗しきインドシナ伝統のスタイル。
 で、スープも無料で添えられるのだが、一口すすって「?」どこかで食べたような味……。なんだっけ、と思いさらに味わってみると、思いついた。
 これまた〝インド〟なのだった。
 インドメシの定番、ダル(豆)スープそのものなのだ。インドで何度も食べた味つけだった。
 一方で食堂の片隅では中国風のマントウ(蒸しパン)が湯気を立てている。こんな小さな食堂に、さまざまな文化がクロスしている。ミャンマーは文化の交差点というが、その縮図を垣間見た思いだった。

 

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ホッペのタナカがミャンマーの証。タナカとは化粧でもあり日焼け止めでもあり、清涼剤でもある

 

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コートーンの土産物屋にて。エキゾチックな顔立ちをしたきょうだい

 

 帰路。ラノーンの港に帰り着くと、アリ氏は約束の倍の金額を請求してきた。抗議をすると、
「その額は1時間当たりの料金だ。それにいろいろガイドしてやったろう。あとチップも込みだ。安いだろ」
 平然と言い放つ。これまた、インドを連想せざるを得ない。
 日本からタイ、そしてミャンマーまではモンゴロイドの世界だ。どこか「兄弟」然とした文化背景、「話せばわかる」的なナアナア感が通ずる、旅のしやすい地域。
 しかしそこから西は違う。インド、中東、そしてヨーロッパ。コーカソイドの支配する異文化の地、いわば「アウェー」であろう。モンゴロイドである日本人が旅するには、時に苦難や誤解や対立があり、そして怒りや苛立ちを覚えることもある。「常識」とやらが互いに違うのだ。
 そんな両者が混在する地ミャンマー。それゆえの面白さ、それゆえの難しさが、ここにはある。
 結局、アリ氏に言いくるめられて、要求額を呑んでしまう僕だった。

 

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国境ガイド・アリ氏。ボラれはしたがあちこち案内してくれた

 

 

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

週刊誌記者を経てタイ・バンコクに10年在住。現地発の日本語雑誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを担当、アジア諸国を取材する日々を過ごす。現在は拠点を東京に戻し、アジア専門のライター・編集者として活動中。改訂を重ねて刊行を続けている究極の個人旅行ガイド『バックパッカーズ読本』にはシリーズ第一弾から参加。

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