アジアは今日も薄曇り

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#17

沖縄の離島、路線バスの旅〈7〉番外編

文と写真・下川裕治 

新型コロナウイルスで停滞(1)

 宮古島の路線バスを乗り終え、いったん東京に戻った。次は石垣島をはじめとする八重山諸島の路線バスを乗りつぶすつもりでいた。飛行機も予約した。4月7日から八重山諸島を歩きはじめる日程だった。

 しかし日本では、3月末から一気に、新型コロナウイルスの感染者が増えはじめた。

 宮古島から東京に戻った後、タイに向かった。タイでも感染者が増え、食堂はテイクアウトだけといった制限がはじまっていた。日本もその機運が高まるなかでの帰国だった。タイからの帰国者も、2 週間の自宅待機がはじまる前日の帰国だった。

 日本での感染者は、4月5日、360人に達した。沖縄では4月6日、新しく6人の感染者は確認されている。

 石垣島に向かう人が増えていた。感染者が多い東京や大阪を避けて沖縄へ。「コロナ避難」と呼ばれた。

 3月31日、石垣市の市長から来島自粛の声があがった。各県や市町村からの声をすべてチェックしているわけではないが、この発言は全国ではかなり早かったと思う。医療施設が十分ではないことや、高齢者が多いといった石垣市の事情はあるだろうが、観光に依存する割合が多い島での発言に、日本の地方都市の市長というより、沖縄のDNAのようなものを感じてしまった。全国を対象に緊急事態宣言が出る前日、そのトーンをさらに強めた来島自粛の声があがった。

 八重山諸島にいくことを中止した。

 

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石垣港。ここから西表島や与那国島に向かうはずだったが……

 

 この企画は、仲村清司氏にも手伝ってもらうことになっていた。仲村氏の担当は、伊是名島や伊平屋島だった。同じ時期に彼も路線バスに乗ろうとしていたのだが、宿を調べると、閉鎖されているところが多かったという。石垣島だけではなかった。沖縄の島々は本土からの観光客を拒絶しようとしているようだった。

 沖縄の怖がり方というか警戒の温度は、日本のほかの地方とは違っていた。本土化していく沖縄に複雑な思いを抱いていた。しかし新型コロナウイルスへの反応を見聞きしたとき、久しぶりに沖縄を感じた。本土と沖縄の距離が少し広がった気がした。

 思い出す民話があった。沖縄のどこかで聞いたか、なにかの本で読んだか……。疫病をまき散らすカラスの話だ。ネットで調べると、「疫病を運ぶヨーラー(夜烏)」という話がでていた。西表島に近い新城島に伝わる話だった。

 要約すると、こんな話である。

 ──夜、あるオジイが浜に出かけると、カラスが乗ってきたくり船を浜にあげようとしていた。オジイは手伝ってあげた。

「なにしにきた」とカラスに訊くと、「神様からこの島に風邪の種を撒きなさいと命令されて天国からやってきた。これから島に風邪の種を落としにいく」という。

 カラスたちは船を浜にあげてくれたお礼にこういった。

「夜の7時か8時頃に集落に風邪の種を撒きに行く。そのとき、”なーまーやーど、なーまーやーど”と、杵で臼を叩きながら、大声で唱えろ」

”なーまーやー”はオジイの屋号だった。新城島の人たちは、それ以来、カラスがくるたびに大声で唱えた。そのおかげか、新城島には風邪の種がめったに落ちなくなった。

 風邪の種……。想像するまでもなくわかってしまう。ウイルスである。

 人類はこれまで多くの感染症の攻撃を受けてきた。人類の歴史は感染症との闘いだといってもいい。エジプト時代には天然痘のパンデミックが起きている。14世紀のペストはヨーロッパだけで、人口の4分の1から3分の1が死亡し、その数は2500万人に達している。日本にエリアを狭めても、江戸末期のコレラ、そして20世紀のスペイン風邪では38万人を超える犠牲者が出た。

 これらの感染症の多くは、日本国外から伝播した。中国に近い沖縄は、その危険に晒されることが多かったはずだ。記録にも残っていない、島レベルのパンデミックは、かなりの数になる気がする。そうでなければ、民話に風邪の種という発想は生まれない気がするのだ。

 そこから生まれた、島の外から入ってくるものへの警戒心。それと同時に、外来文化を積極的にとり込んでいく顔。大城立裕がいう二面性のなかで、今回の新型コロナウイルスへの対応を見ていると、警戒する意識が前面に出てきた気がする。

 外から入ってきた不審なものをどうチェックして島に入れていったか。そのテクニックもまた島の文化だった。

 

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与那国島から天気がよければ西表島が見える。島に伝わる民話は奥深い?

 

(次回に続きます)

 

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*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『東南アジア全鉄道制覇の旅 タイ・ミャンマー迷走編』『東南アジア全鉄道制覇の旅 インドネシア・マレーシア・ベトナム・カンボジア編』『週末ちょっとディープなタイ旅』『週末ちょっとディープなベトナム旅』『鉄路2万7千キロ 世界の「超」長距離列車を乗りつぶす』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

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