台湾の人情食堂

台湾の人情食堂

#17

小説『流』の舞台、台北の下町を歩く

文・光瀬憲子    

古い町並みが残る廣州街

 私の元夫は台湾でも“本省人”と呼ばれる、第二次大戦前から台湾に移り住んだ漢民族の家に生まれた。九州と同じくらいの面積しかない台湾だが、その民族構成は少しだけ複雑だ。本省人のほかに、第二次世界大戦後に蒋介石とともに台湾海峡を渡った“外省人”、そして、ずっと以前から台湾で暮らす“先住民”や、同じ漢民族でも独特の仲間意識を持つ“客家人”などがいる。

 台湾で暮らした1990年代から2000年初頭は、元夫が本省人だったことや、台湾の人口の7割以上が本省人だったことから、自然と本省人との付き合いが多くなった。日本統治時代を経験した本省人は、子供や孫の世代に日本時代のことを語って聞かせるため、日本びいきになる人が少なくない。

 一方で、外省人には中国本土で日本軍と交戦し、台湾に渡った軍人も多く含まれるため、日本人を嫌うことが多い。台湾に暮らしていた頃、私は外省人の知り合いが少なかった。実際に軍人として台湾に渡った外省人のお年寄りから話を聞く機会も少なかった。

 そんな私が台湾に渡った外省人の気持ちを垣間見ることができたのは、東山彰良氏の『流』という小説を通してだ。昨年、直木賞を受賞した作品なのでご存知の方も多いだろう。先日、台北観光傳播局が主催する東京都内でのイベント「Feel Taipei」に参加した際、東山氏に直接話をうかがうことができた。

 東山氏はこのイベントのために制作された小冊子にエッセイを書き下ろしており、イベントでは台湾の魅力をアピールしていた。『流』という小説は、彼が実際に幼少期を過ごした台北の下町が舞台になっている。

『流』の主人公は、中国本土で兵士として共産党軍と戦い、国民党とともに台湾へ逃げてそのまま中国本土に戻れなくなった軍人の孫である。いわゆる外省人の家庭に育った若い世代だ。小説では、いまは乾物街として栄える迪化街や、古い町並みが残る廣州街などの当時の様子が活き活きと描かれていて、取材でこの辺りを何度も訪れている私は本を読みながらワクワクしたものだ。

 

taiwan17_01

廣州街。この左手に龍山寺が

 

 廣州街は、艋舺(バンカ)と呼ばれる下町エリアを突っ切るようにして東西に長く伸びている。『流』の主人公はこの廣州街で育った。いまの廣州街には『周記肉粥』と呼ばれる古いお粥の店があり、すぐそばには三水街市場というアーケードになった伝統市場がある。『周記肉粥』には観光客も多いが、早朝は地元のお年寄りの一人客が、1杯10元の肉粥をすすっている。肉粥といっても米粒の形が見えないほどに煮込まれた白米にキャベツやほんの少しの肉が入った粥は、朝の胃腸にやさしい。また、お粥のお供となる青菜やピンクの腸詰めは、どこか懐かしい味がする。本省人も外省人も訪れた名店ではないだろうか。

 

taiwan17_02

『周記』の肉粥

 

 三水街のとっつきにある『三六圓仔店』という台湾スイーツの店も古株だ。台湾伝統の汁粉や餅類を提供し続けており、味は70年前から変わらないものの、訪れる客たちは代替わりしている。最近、下町文化が見直されつつある台湾では、こうした伝統的なスイーツや夜市などにふたたび焦点があたっているのだ。

 

taiwan17_03

『三六圓仔店』のピーナッツスープ

 

 もうひとつ、廣州街にある古い店に『秀(ヒデ)』という繁盛店がある。鴨肉や、黒白切と呼ばれる豚肉のお好みスライスなどが安く食べられる。夜になると黒白切をつまみにビールが飲めるので、中高年に人気だ。台湾は日本や韓国に比べると飲酒人口が少なく、酒が飲める食堂自体が少ないので、『ヒデ』は飲兵衛にとって貴重な存在だ。(※この取材後、残念ながら閉店したとのこと)

 

taiwan17_04

『秀(ヒデ)』の鴨肉

繁華街だった艋舺、歴史と文化を感じる迪化街

 私の好きな台湾の映画に『モンガに散る』(原題:艋舺)というものがある。1980年代、つまり艋舺の全盛期を舞台とした台湾ヤクザの縄張り争いの映画だが、若いヤクザ同士の友情や恋愛の要素も盛り込まれている。

 かつては台湾人の身分証の裏に「外省人」「本省人」という記載があって区別されていたが、二世、三世になるとその区別も曖昧になり、身分証の裏からはその表記が消えた。東山氏がまだ子供だった頃は、同じ廣州街でも彼のような外省人家族が暮らすエリアと本省人が暮らすエリアは台湾鉄路の線路で隔てられていて、「線路の向こうには行くな」と教えていた外省人家庭もあったという。

 でも、当時の艋舺は日本で言えば新宿のように華やかな繁華街だった。本省人ヤクザの縄張りでもあったが、華やかなネオンやおしゃれをした若い男女が闊歩する華西街の辺りは、外省人少年だった東山氏たちの目にまぶしく映ったという。

 

taiwan17_05

華西街の飲食店街

 

 小説『流』には迪化街もよく登場する。主人公の祖父が店を構えていた通りだ。迪化街は大稲埕という下町エリアを貫くように伸びていて、近代建築が多く残されており、台湾の歴史と文化を象徴する場所でもある。このため観光ポスターや映画撮影などでもよく登場する。道の両脇には乾物店がずらりと並んでいるのだが、いずれも日本統治時代に建てられた古風な建物で、時代を100年さかのぼったような気分を味わえるのが魅力だ。

 

taiwan17_06

迪化街の近代建築街

 

 現在では、こうした古い建物を利用したカフェなどもずいぶん増えた。レトロな外観のカフェやビアホールは内装もおしゃれだ。カラスミとハムの盛り合わせをつまみながらワインを飲むこともできる。

 また、若手アーティストが手掛ける小物や雑貨などを扱う店も多いので、台湾生まれのアート雑貨に巡り合える。昨今の台湾では懐古主義的なムードが強い。古い建物の再利用や昔ながらの食べ物を守ろうとする動きが若者にも浸透し、それが廣州街や迪化街に人を集めている。

 

taiwan17_07

若返りが進む迪化街から大稲埕のエリア

 

 先日、『流』が台湾でも出版されたので、この作品を通して、台湾人がふたたび艋舺や大稲埕といった下町に注目することが予想される。戦後の台北で本省人、外省人を問わず、台湾で暮らす人々がどんな暮らしをしていたのかを垣間見ることができるエリアだ。この夏の台北観光に取り入れてみるのもいいかもしれない。

 

 

*本連載は月2回(第1週&第3週金曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

taiwan_profile_new

著者:光瀬憲子

1972年、神奈川県横浜市生まれ。英中日翻訳家、通訳者、台湾取材コーディネーター。米国ウェスタン・ワシントン大学卒業後、台北の英字新聞社チャイナニュース勤務。台湾人と結婚し、台北で7年、上海で2年暮らす。2004年に離婚、帰国。2007年に台湾を再訪し、以後、通訳や取材コーディネートの仕事で、台湾と日本を往復している。著書に『台湾一周 ! 安旨食堂の旅』『台湾縦断!人情食堂と美景の旅』『美味しい台湾 食べ歩きの達人』『台湾で暮らしてわかった律儀で勤勉な「本当の日本」』『スピリチュアル紀行 台湾』他。朝日新聞社のwebサイト「日本購物攻略」で訪日台湾人向けのコラム「日本酱玩」連載中。株式会社キーワード所属 www.k-word.co.jp/

紀行エッセイガイド好評発売中!!

taiwan00_book01

台湾一周! 安旨食堂の旅

taiwan00_book02

台湾縦断! 人情食堂と美景の旅

   

台湾の人情食堂
バックナンバー

その他のTRAVEL

ページトップへ戻る

ページトップへ戻る