日常にある「非日常系」考古旅

日常にある「非日常系」考古旅

#17

ゲーム機が引き合わせたお宝~インド~

文と写真・丸山ゴンザレス

 

 2月末の更新から8ヶ月ほど経ってしまった。

 「コロナ禍で海外行けないのに何やってたんだよ!」という声が聞こえてきそうだが、何を隠そう、コツコツと家でこのコラムの原稿を書いていたのだ。

 実は当連載をまとめた単行本を12月に発売することが決定した。そこで、一冊の本とする際に足りない部分を書きおろしていたというわけだ。その書きおろし部分を「日常にある非日常系考古旅―海外編―」として、今回から4週連続で更新していきたい。その1回目の今回は、私が大学時代に訪れたインドでの出来事である。

 当連載で提唱してきた「ハイブリッド考古学」の気づきとなるような出来事であった。

 

――――――

 

 既成事実と思われることを批判しながら検証するのが歴史学。そういった意味では、裏社会の取材も共通した部分があると思う。

 平成不況のど真ん中の2000年代初頭、経済的な理由もあって考古学から離れることにした私は、生きることに必死だった。とにかく金が稼げればいいと、どんな仕事にも手を出した結果、ジャーナリストの道を進むことに。しかも、裏社会と呼ばれる分野を得意とするようになった。

 だが、考古学をかじった経験は、裏社会取材の上でも大いに役立っていると感じることが少なくない。実際に、これまで私が旅をしてきた中でも、国内外の裏社会取材を通じて考古学的なものに出合ったり、その逆で考古学的なものに出合ってそれを紐解くと裏社会に辿り着いたりという経験はいくつもあった。ここでは、そんなエピソードの数々を今一度、裏社会ジャーナリストとしてではなく、考古学者の目線で振り返ってみたい。

 

 

ゲーム片手にインドへ渡る

 

 

 旅をすることで考古学と裏社会の接点を初めて感じたのは、まだジャーナリストとして海外取材を始める前、大学の学部生だった頃に行ったインドでの出来事だ。私がバックパッカーの真似事のような旅を始めた頃のことである。

 きっかけは些細なことだった。旅の途中でインド行きのチケットを買うために立ち寄ったバンコクのカオサン通りで知り合った日本人(今では名前も思い出せない程度の関係)に金を貸したことに始まる。いくら若造だったとはいえ、長期滞在で金欠になっているような奴に金を貸せば返却の見込みがないことぐらいはわかっていたが、行きがかり上、仕方なく金は貸した。そこで金を貸す際に、質草として渡されたのが「ゲームボーイ」だった。

 時は1998年。20世紀の話ではあるが、その当時でもゲームボーイは最先端のアイテムと呼ぶにはほど遠い、やや時代遅れ感のある代物だった。内心、「これ、いらない」と思っていたくらいだ。

 「金は1週間で返す」とのことだったが、当然のごとく返ってくるはずもない。「じゃあコレ、もらいますね」と言って正式にゲームボーイの所有権を主張してはみたものの、やはり嬉しくはなかった。バックパックの限られたスペースを圧迫するだけの存在だ。文字通り、余分な荷物を背負い込んだ気分であったが、大事な資金の質草である。捨てていくわけにもいかない。

 その先にインドへ向かうことを予定していた私は、バンコクからインドのカルカッタ(=当時。現コルカタ。インド第3の都市)に飛行機で入ると、バックパッカーの集まるサダルストリートで何週間か過ごし、そこで知り合った日本人に誘われるままカジュラホという街に行くことになった。当時は聞いたことがなかったが、カルカッタの北西、インド中央部に位置するマディヤ・プラデーシュ州の小さな街である。そこまでは電車とバスを乗り継いで2日ほどかかった。

 

 

隠し部屋で「お宝」を見た

 

 

 カルカッタに到着してからは、同行した日本人たちと行動をともにすることはなくなった。彼らが観光目的の大学生たちだったことが大きい。私は観光地で名所巡りをしたかったのではなく、インドを感じるだけで十分。要はなんもしたくなかったのだ。インドに思い入れがあったのではなく、旅人してはインドを通っておきたいぐらいの感覚だった。

 ちなみにカジュラホの主な産業は観光である。現代ではその片鱗を窺い知ることもできないほどの田舎の村だが、一応、カジュラホは9世紀からインド中部を支配していたチャンデーラ朝の都だった都市で、ヒンドゥー教の寺院群が知られており、その建造物の壁面に彫られたレリーフが有名なのだ。レリーフのモチーフとなっているのはミトゥナ。ヒンドゥー語で男女交合、つまりはセックスを描いたレリーフである。

 入場料も無料ということで最初に寺院群を見て回ったが、性愛というには過激な内容のものばかり。女性の胸も極端に強調されている。ここでしか見ることのできない特徴的なレリーフとはいえ、石像に欲情することもないので、1日歩いて興味がなくなっていった(ちなみに現在は世界遺産に指定されており、強気な値段設定の入場料がとられるようになっているそうだ)。

 

IMG_2513 IMG_2515IMG_2523 IMG_2516 IMG_252098年当時の筆者。カジュラホにて

 

 

 

 日本人同士で距離ができると、無気力に拍車がかかった。日がな一日、ボーッとしていた。ホテルの近くにある沐浴場に行っては、タバコを吸ってチャイを飲み、その辺りにいる現地の人と適当に話すだけだった。今から思うと本当に贅沢な時間の使い方なのだが、当時の私は膨大な時間の使い方に困っていた。そのうち退屈しのぎに現地の子供たちと遊ぶようになった。もともと子供は嫌いじゃないので、相手をしていると、そのうちの一人が宿のオーナーの子だとわかった。

 別に恩を売る気はなかったが、ほんの気まぐれでゲームボーイをその子にプレゼントした。正直、“カバンの肥やし”になっていた物だから、少しでも軽くしたいという程度の気持ちだった。

 ソフトもいくつかあったのでまとめて渡した。日本語表示ではあるが、テトリスなど、単純操作で遊べるシンプルなゲームばかりだったので、問題なくすぐに夢中になって遊ぶオーナーの子。その様子を見ていると、良いことをした気になった。

 この善行へのリアクションは早かった。翌日にはオーナーが私を呼び出したのだ。恰幅(かっぷく)のいい中年紳士で、いかにもお金持ちという感じだった。

 「息子にプレゼントをありがとう」

 「気にしないでください。俺は使わないアイテムですから」

 私の返事が気に入ったのかわからないが、満足そうに頷いた。

 「私はホテルの他に土産物屋を経営しています。私から何かプレゼントできるものはありますか?」

 「大学で考古学をやってるんで、インドの古いものに興味があります」

 深い意味はなかったのだが、カルカッタにいる時に日本人旅行者から道端の露店で東インド会社時代のコインを買ったと自慢されたことがちょっとだけ収集癖を刺激して引っかかっていたのだ。

 「それは良かった。実はアンティークショップも経営しているんです」

 土産物屋に毛の生えた程度だろうと思ったのだが、せっかくなのでお礼をしてもらうつもりで彼のお店に行くことにした。

 「ここですか」

 そう言って入った店は土産物屋と大差ない。よくわからない謎人形が並んでいるだけで古美術ではなく民芸品っぽい感じだった。ここで何かをお礼としてもらったとしても何も嬉しくはない。民芸と考古では同じ古いでも時代が違うので、私の趣味の守備範囲ではないのだ。それに、そもそもコンパクトなゲームボーイですら持て余していたのに、かさ張るような民芸品なんぞ別に欲しくもない。

 (何と言って断ろうか)

 すでに頭の中ではその方向で考えていた。ところが、そこからのオーナーの動きは予想外のものだった。部屋の奥まったところにある厳重に施錠された扉を開いて「こっちだ」と言って私を呼び込んだ。

 (なんだ、これ?)

 というのが正直な印象だった。部屋の中が見えるところまで来ると、石仏、レリーフ、土器類などなど、宗教的な古美術品の数々が所狭しと並んでいた。その中には、見覚えのある曲線で突き出た胸が特徴的な女性像らしきものもある。

 (もしかして……あれは)

 と思いはしたが、すぐに言葉にすることはできない。もう少し室内の観察を続ける。

 部屋の真ん中にはテーブルセットがあり、促されるままに着席。オーナーと向き合った。何かいけない場所に来たような気がしていた。というか、どう考えても普通じゃない。だが、この部屋にあるものに触れないわけにはいかない。

 「ここにあるものは何ですか?」

 「本物……ですよ。私のような仕事をしているとね、自然と入ってくるんだよ。わかるだろ?」

 「そりゃあ……」

 盗掘品であることは察しがついた。そのことを直接尋ねることに躊躇はある。でも聞きたい。

 「遺跡から盗んできたものですか?」

 「私は知らないよ。持ってくる人がいるんだよ。それだけだよ」

 これ以上は聞いてくれるなという威圧感がある。

 「チャイを持ってこよう」

 そう言って、私を部屋に残してオーナーが出ていく。彼が戻ってくるまでの間、部屋の中を歩き回るが、そこに居並ぶのは寺院で見たミトゥナを表現したレリーフと酷似したものばかり。しかも、一つや二つではない。あまりの物量にくらくらしてくるほどだった。そして、寺院で見た時よりも間近で見た像は、黒目がなく、白目がじっとこちらを見てくるような気がして、美しくも恐ろしいと思った。それと同時に、彼らをここから連れ出すのは否応なく罪であるとも思った。

 

 

迫られる選択

 

 

 オーナーはすぐに戻ってきて、あれこれと話すことになる。日本での生活、インドのこと、旅のこと……。別にどうということもなく過ぎていく時間。インド人はおしゃべりが好きなんだろうなと思った。そして、そのおしゃべりも終局に至るタイミングで、オーナーは切り出してきた。

 「息子のお礼だよ。この部屋にあるものは、何でも持っていっていい」

 そう言って部屋に置かれたものを指差すのだが、こちらとしても「はい、ありがとうございます」というわけにはいかない。逡巡したものの結局、私は日本への持ち込み、重い荷物を運びたくない気持ち、収集欲のバランスを考慮した。

 そして、部屋を出る時にはいくつかの品を手にすることになる。民芸品に毛が生えた程度の古さのお香立てぐらいのもので、極力荷物を圧迫しない大きさにしただけではなく、明らかに盗掘品ではないものを選ぶことにしたのだ。この時は、考古学を志そうという気持ちが強く、アンダーグラウンドに踏み込む気はなかったからだ。

 だが、この時の体験は不思議と忘れられない。考古学的な匂いと裏社会の怪しい香りが重なったことで、単なる好奇心や学問領域に留まらない何かを感じ取った。そんな旅の思い出として自分の中にあり続けている。そして今思えば、ここで感じた“何か”が、後にジャーナリストとなるモチベーションの一つになっているのではないかと思っている。

 

*次回は11/24(火)17:00配信予定です。お楽しみに!

 

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丸ゴンPR

丸山ゴンザレス(丸山祐介)

1977年生まれ、宮城県出身。ジャーナリスト・編集者。國學院大學学術資料センター共同研究員。國學院大學大学院修了後、出版社勤務を経て独立。2005年『アジア『罰当たり』旅行』(彩図社)で作家デビュー。テレビ番組「クレイジージャーニー」(TBS系列)では、世界中のスラム街や犯罪多発地帯を渡り歩く“危険地帯ジャーナリスト”として人気を博す。旅行情報などを配信するネットラジオ「海外ブラックロードpodcast」や、YouTubeチャンネル「丸山ゴンザレスの裏社会ジャーニー」などに出演中。近著に『世界の混沌を歩く ダークツーリスト』(講談社)、『世界の危険思想~悪いやつらの頭の中~』(光文社)、『世界ヤバすぎ! 危険地帯の歩き方』(産業編集センター)など。

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TBS系列の旅番組『クレイジージャーニー』で人気を博し、今ではユーチューバーとしても活躍する危険地帯ジャーナリスト・丸山ゴンザレスが、これまでの取材を通じて見てきた「裏社会」と、学生時代に修士号を取得した「考古学」を融合させた「ハイブリッド考古学」の実証に挑む。自身の半生を振り返りながら持論を展開する渾身の紀行エッセイ。

 

発売日:2020年12月18日
予価:本体1,300円 + 税
判型:四六判
ISBN 978-4-575-31594-3

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