ブルー・ジャーニー

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#17

カナダ 森の生活〈3〉

文と写真・時見宗和 

Text & Photo by Munekazu TOKIMI

追跡

 

 カラハンカントリーの(スタッフふたりを除く)全住人四人で食卓を囲む。

「今日はスノーシューでしたね」

 ボブがうなずく。「クロスカントリーのコースから一歩外に出ると、まるでちがう世界がそこにあるんだ」

「雪とスノーシューがこすれる音しか聞こえないの」カレンがつづく。「世界は毎日のように真っ白に塗り替えられて、その中を歩くときの気分はなんとも言えないわ」

 

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 ボブとカレンは六〇歳代後半の夫婦で、ボブのしごとは児童教育のための教材のセールス。これまで訪れた国の数は二〇を超える。

 友人が言う。

「スキーよりも柔軟に行き先を選ぶことができますよね。木々のあいだや狭い場所を犬のように歩きまわることができる」

 東京・杉並区ほどの広さの隠れ家、カラハンカントリーを教えてくれた友人はスキー場のパトロールで、職場は、北東の方向、約一三キロ離れたところに広がるウィスラー・マウンテン。三五人のプロフェッショナル、六〇~一〇〇人のボランティアの出動回数は、負傷者の救助に限れば一シーズンに約二〇〇〇回。道案内をはじめとする、すべての出動回数は「無数」。

 プロフェッショナル・パトロールのレベルは五段階に分かれていて、日本を離れて一九年目を迎えた友人は最高位のレベル4プラス。どんな状況でも負けることを許されないチームのキャプテン役を担っている。

「ご家族は?」

「むすこがふたりに孫が三人」。ボブが答えた。「じつはむすめがひとりいたんだけれど、雪崩に流された。雪崩などめったに起こらないハイキング・トレイルでのアクシデントだった。約一五分後に掘り出されたが遅かった」

「二四歳でした」カレンがつづける。「ボリビアに住んでいて、あの国のトップ・クライマーのひとりだったようです。登山の世界のことはよく知りませんが、雑誌にそう紹介されていました」

「ぼくはウィスラーで雪崩のコントロールを手がけています」。友人が言う。「われわれは雪崩の危険性を最小限に抑えることはできますが、しかし、ゼロにすることはできません」

 ボブがうなずき、うなずいているボブに向かってカレンがうなずく。

 それからふたりは雪崩について友人にいろいろと質問し、友人はひとつひとつ丹念に答え、メインディッシュの鳥料理が運ばれてきたのをきっかけに、ボブとカレンがこれまで重ねてきた旅へ話題が移る。

 

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「自然、文化、旅をすると、その場所でしか味わえない貴重な体験ができる。すばらしいことだわ」とカレン。

「ぼくは水の上の旅が好きだ。とくに南の国々のワイルドライフはすばらしい」とボブ。

 ミクロネシアのパラオ、タマンガネラ国立公園の熱帯雨林、グアテマラのアンティグアをめぐったところで、チョコレートケーキを食べ終えたカレンがきっぱり宣言する。

「わたしが好きなのは、行く先々で自然に触れながらスポーツをすること。カヤック、ハイキング、スキー、スノーシュー。そのすべてができるブリティッシュ・コロンビアがなんといってもいちばん好きだわ。ほんとうにゴージャスな場所だと思う」。

「私たちは明日の朝、山を下ります。会えてたのしかった。ありがとう」とボブ。

「こちらこそ、ありがとうございます。おやすみなさい」

 部屋にもどり、キャンプ用のヘッドランプを頭につけ、本を抱えてベッドにもぐりこむ。

 やがてロッジの発電機が止まる。

「静か」ではなく「音がない」

 体がどこまでも沈んでいくように思え、つぎの瞬間、はてしなく浮き上がっていくように感じられ、行き来するうちに、漆黒に吸いこまれていく。

 

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「いつもこころから道を感じた。三月の雪解け道のぬかるみが、温かな四月にはしっかり固まっていく感覚を楽しんだ」

 友人は今日も、森林限界の上に駆け上がっていき、ぼくはスノーシューを履いて、盲目の旅人ジェームズ・ホフマンの後ろ姿を追いかける。

 硬かったり柔らかかったり、表面は硬いけれど中は柔らかかったり、乾いていたり湿っていたり、踏み出した足が探り当てる感触は一歩一歩が新しい。

 ペンキで塗られた壁の白や陶器の白のような白ではない。かすかな陰影を含みながら、それでいて人間が作る白よりも白い雪。

 薄日、小雪、曇り、晴れ、ふたたび小雪。まるで留まるつもりのない空模様に応えて、雪の表情もこまやかに変化していく。

 歩きはじめて三〇分ほどたったころ、物語の行間から引きずり出される。

 はじまりのとき、道はなかった。やがて獣が道をつくり、靴を履いた生き物が、そこをなぞった。

 道は以前そこを通った意志の痕跡であり、道を歩くということは、すでになされたことの後追いでしかない。

 いったいだれが?

 どこへ?

 

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 クリストファー・ロビンとクマのプーをはじめとする動物たちが住む魔法の森。

 冬のある日、コブタがブナの木の家のまえで雪かきをしていると、プーがなにやら思案顔で通りかかる。

 

「なんだか追跡してるんだ。」と、プーはとてもいみありげにいいます。

「なにを追跡してんの?」コブタは、そばまでよっていって、ききました。

「そりゃ、きみ、ぼくが、じぶんにきいてることさ。ぼくはじぶんにきいてるんだぜ、なんだろ、ってね。」

「きみ、きみがなんて返事すると思う?」

「そりゃ、追いついてみなくちゃ、わからないことだよ。そら、そこを見たまえ。」と、プー、前を指さしました。「動物の足跡だ。」コブタは、ワクワクして、ほそいキイキイ声をだしてしまいました。「ああ、プー、き、きみ、それ、ああ、あのモモンガーだと思う?」

「かもしれないな。」と、プーはいいました。「ことによると、そうだし、ことによるとそうじゃないな。なにしろ、足跡が相手じゃ、なんともわからないからなあ。」

 

 ひと組みの足跡はふた組に増え、さらに四組になり、怖くなったコブタが家に帰ろうとしたとき、カシの木の枝のあいだから口笛が聞こえ、クリストファー・ロビンが下りてくる。

 

「おばかさん。」クリストファー・ロビンはいいました。「きみは、なにをしてたんだい? はじめ、じぶんひとりで木のまわりを二度まわってさ。それから、コブタがきみのあと、追っかけてって、ふたりでいっしょにまわってさ。それから、また、もう一度まわろうとしてたんだよ。」

「ちょっと、まって。」と、プーは前足をあげて、クリストファー・ロビンをとめました。

 そして、プーは腰をおろし、かんがえられるだけかんがえぶかく、かんがえました。それからひとつの足跡へじぶんの足をいれてみて、鼻を二度ばかりかくと、立ち上がりました。

「そうだ。」と、プーはいいました。

「わかりました」と、プーはいいました。

 

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 ウォールデン湖畔に二年二カ月二日住んだヘンリー・デイヴィッド・ソローは、目に見えない境界線を求めて森の生活に終止符を打つ。

「おどろくなかれ、われわれはそうとは知らぬ間に、いともたやすく一本のきまった道を歩くようになり、自分の道を踏みかためてしまう。森に住んで一週間とたたないうちに、私の足は戸口から湖畔へと通じる小道をつくっていた。その道を踏んだときからもう五、六年たつけれど、いまでもその跡ははっきりと残っている。じつは、ほかのひとたちも、ついそこを歩くようになったために、消えないでいるのではないかと気がかりなのだ。地球の表面はやわらかく、人間の足あとを残しやすいが、精神がたどる道も同様である。」

 

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 雪面が割れ、音が流れ出る。

 ソローは言った。

「煌めく小川の流れに絶えず挨拶を受け、元気づけられていないと、人間に疲れてしまう。」

 クリストファー・ロビンは言った。

「時々ね、橋の下のほうの手すりに立って川がゆっくりと下を流れて離れていくのを見ていると、突然、知らなきゃいけないことは全部わかったな、って思うんだ」

 

 

(カナダ編・続く)

 

 

*本連載は月2回配信(第2週&第4週火曜日)予定です。次回もお楽しみに。

 

 

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時見宗和(ときみ むねかず)

作家。1955年、神奈川県生まれ。スキー専門誌『月刊スキージャーナル』の編集長を経て独立。主なテーマは人、スポーツ、日常の横木をほんの少し超える旅。著書に『渡部三郎——見はてぬ夢』『神のシュプール』『ただ、自分のために——荻原健司孤高の軌跡』『オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー蹴球部中竹組』『[増補改訂版]オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー 蹴球部中竹組』『魂の在処(共著・中山雅史)』『日本ラグビー凱歌の先へ(編著・日本ラグビー狂会)』他。執筆活動のかたわら、高校ラグビーの指導に携わる。

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編著・日本ラグビー狂会

     

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