日本一おいしい!沖縄の肉食グルメ旅

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#17

鎖骨から始まる「万国津梁」の焼き鳥談義

文・藤井誠二

 

『ちぇ鳥』で「松葉」の美味さを知る 

 焼き鳥の部位では「松葉」がいちばん美味い。むろん、ぼくの個人的嗜好なのだが、松葉とは鶏の胸骨である。塩をふっただけの味付けで、かぶりつく。どちらかと言えば希少部位の部類に入るのかもしれないが、ササミ(胸肉)の付根の部分で、V字になった鎖骨が松葉の形に似ていることからそう呼ばれているようだ。見た目は手羽に似てなくもないのだが、骨についた肉を歯でこそぎ落とすようにして食べると瞭然。ササミの食感と、さっぱりとした旨みが広がる。軟骨部分もいい歯ごたえだ。

 ぼくはこれを『ちぇ鳥』にくるとかならず注文する。四角い皿に、炭火で炙られた松葉が盛られる。仲村清司さんもこれが大好物──彼は砂肝も大好物でもあるのだが──これをしゃぶりつくすまでは、我々はいつもほとんど会話がない。ちなみに当店では松葉を「さ骨」とメニューに表記してある。ちなみに、をもう一つ付け加えるならば、ぼくは「松葉」を知ったのはじつはこの店だ。

 

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鶏の胸骨「松葉」、ササミ(胸肉)の付根の部分だ

 

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塩をふって備長炭の炭火で炙る

 

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 「松葉(さ骨)」は、個人的に焼き鳥の部位で一番美味いと思う

 

『ちぇ鳥』は2012年のオープンだ。オープン直後から通いだしたことになるが、当時は、主の崔泰龍(チェ・テリョン)さんが店の奥の座敷に泊り込んで、オープン直後の慌ただしい日々を乗り切ろうとしていた姿をよく覚えている。ぼくは沖縄に来るたびに『ちぇ鳥』の暖簾をくぐるようになっているが、最初に入った入ったきっかけが、よく思い出せない。おそらく、那覇・栄町界隈の食いしん坊たちから、美味い焼鳥屋ができたという情報を仕入れ、ふらりと立ち寄ってみたのだと思う。『ちぇ鳥』で初めて食べたとき、そのレベルの高さに驚かされた。

 そのとき、店名が在日コリアンである彼の姓「崔(チェ)」であることを知った。彼は京都出身なので、京都九条あたりの焼き肉屋の話から始まって、彼が流しているBGMの選曲──昭和の歌謡曲やニューミュージックが中心──のセンスの良さやら、あれやこれや話し込んでいくと、共通の知り合いがいることもわかった。その共通の知り合いは、現・FC琉球監督・金鍾成(キム・ジョンソン)さんだった。

『ちぇ鳥』がオープンした数年後に、金鍾成さんはFC琉球のジュニアチームを指導するために沖縄に移住してきて、その後に監督になった。ぼくは最近、彼の人物ルポをYahoo!ニュース特集→http://news.yahoo.co.jp/feature/263で書いたのだが、金鍾成さんと会うときは必ず『ちぇ鳥』のカウンターだった。そのうちに鍾成氏も個人的に利用するようになった。

 じつは、崔さんは高校時代に、サッカー北朝鮮代表にも選出されていた鍾成さんからサッカーの巡回指導を受けたことがあった。崔さんはサッカー部で、金鍾成さんは雲の上のような存在だったという。鍾成さんは東京・枝川の出身。そういう間柄の二人が、遠く離れた那覇で再会するとは、つくづく縁というのはおもしろいものだ。

 

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『ちぇ鳥』のご主人、崔泰龍(チェ・テリョン)さん

 

 まずは、注文するとすぐに出てくるキムチ──彼の地元である京都の専門店から取り寄せている──や手作りポテサラなどをつまみながら、ビールをグビッとやるのがいつものぼくのスタイルだ。ずっとビールだと腹がふくれてしまうので、すぐに焼酎に切り換える。

 そして、たいがいおまかせの八本盛りを頼む。この日は、手羽、 ぼんじり、ささみワサビのせ、モモ肉 、砂肝、ナンコツ、ハツ、松葉(鎖骨)。日によって内容は異なる。それを味わってから、もう一本食べたい串を追加したり、玉ひも(未成熟卵と卵管)やソリレス(もものつけ根)、つなぎ(心臓と肝の間)などの希少部位を頼んでもいい。仲村さんは砂肝、ぼくは京赤地鶏もも肉を追加。肉質、串の打ち方の美しさ、備長炭を使った絶妙の焼き具合、お世辞抜きで東京の有名店に勝るとも劣らない。

 

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おまかせの八本盛り合わせ

 

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京赤地鶏もも肉と砂肝

 

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希少部位の玉ひも(未成熟卵と卵管)

 

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砂肝を愛しすぎる仲村先生

 

 泰龍さんが京都を出たのは高校を卒業した一年後の二〇〇〇年。高校卒業してからは京都で板金工見習いとして一年働いた。クルマの整備工になろうと思っていた。

「そこを辞めたあと福岡に移ったんです。親しい職場の人が福岡に仕事に板金の仕事があると誘われました。でも、半年でクビになった。(笑)ポルシェとかベンツの旧車を丸ごとレストアするようなレベルのとこだったから、技術がついていかなかったんです。そのまま福岡で日雇いの仕事をなどをしながら半年居て、そのあと沖縄にきて料理の道に入ったんです。自炊とかで包丁を使っていたし、自信もあったんです」

 沖縄は「たまたま来た」という。あったかいところがいいなあと思って、と笑うが、沖縄料理にも興味があったそうだ。「そうそう、あと、『ちゅらさん』も観てましたから、その影響もあったかな。もともと料理人が夢じゃなかったんですけどね」。

 そう笑い飛ばす彼の性格がぼくは好きだ。聞けば、沖縄にきた当初は、居酒屋だけでなく、糸満市で近海マグロ漁の船にも乗っていたという。沖縄近海を一週間から十日ほどまわって帰ってくる。

「船が台湾漁船にぶつけられて、沈没したこともあったんです。海上保安庁に助けられたんですよ。近くの漁船がメーデー、メーデーって無線で船長が叫んでたのをよく覚えてます。もう、真っ暗。エンジンルーム開けたら水が入ってきて、ヤバイ、死ぬーってなって。近くの漁船に泳いでいって、海保のヘリで救助されたんです。ニュースにもなったんですよ」

 なんと、九死に一生を得るような話を笑いをまじえながら飄々と語るのは、やっぱり関西人だなと感心してこちらもつい笑ってしまうが、ほんとうは笑うような話じゃないんだけどなあ。

 焼き鳥は、那覇市泉崎にある『寛』で六年間、修行した。師匠は沖縄出身だが、大阪で大学を出て、そのまま大阪で飲食関係の仕事をしていたそうだ。その師匠が二〇〇〇年代初頭に沖縄に店を出したとき、本格的な焼き鳥屋は皆無だったそうだ。仲村清司さんも言っていたが、少なくとも彼が大阪から沖縄に移住した二〇年前には「通いたくなる焼き鳥屋はなかった」というから、焼き鳥はもともとは沖縄から見れば「内地」の食べ物の一つだったし、馴染みの薄い、歴史の浅い食べ物だったのだろう。

 ぼくが十年ほど前に那覇に仕事場を構えたとき、『ちぇ鳥』はむろんまだ開店していないが、『二万八千石』(栄町)や『焼膳』(美栄橋)などが美味しくて、たまに食べに行った。というより、当時は沖縄に居るときは沖縄の料理を食べなくてはならないという、ある種の強迫観念のようなものがあって、焼き鳥が食べたくてもなんとなく避けていたのだった。

『ちぇ鳥』では、京赤地鶏は宮崎から。他は鳥取の鶏を使っている。最初は沖縄の鶏を使っていたが、それでは他の店と差異化できないので、取り替えたという。

 

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一品メニューも絶品。ササミの刺身、自家製コチュジャンだれ、520円

 

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中華風鶏皮きゅうり、350円

 

 崔さんは沖縄出身の女性と結婚して、子供ももうけた。今や韓国のグルメブロガーが来店するほど、有名店になった。地元の人も、県外からの観光客も、海外からも逸品の焼き鳥を那覇の栄町の路地に食いにくる。

 ぼくが最後に必ず食べるのが、キムチと鶏肉、豆腐などを炒め合わせたチャンプルー「せせりキムチちゃんぷる」だ。美味いこと、美味いこと。おかわりしたこともあるぐらい。

何気ないアイディアの炒めものに思えるかもしれないが、その味の良さも含め、その一皿には大げさに言えば、沖縄の外側から移り住んで根をおろしつつある人間の実存がある。食文化の融合がある。焼き鳥屋という、一見すると、沖縄らしくない食べものを供する店にも「沖縄」が「在る」のだ。

 

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〆はこれ! 最高に美味い「せせりキムチちゃんぷる」、630円

 

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いつもながらチャンプルーに感動する筆者

 

 

●『炭火焼 ちぇ鳥』 住所:那覇市字安里387-14レジデンス安里1F

 

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最寄り駅は安里。メニューは、焼き鳥のほかに、一品料理やご飯ものも充実している

 

 

*本連載は、仲村清司、藤井誠二、普久原朝充の3人が交代で執筆します。記事は月2回(第1週&第3週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

*本連載の前シリーズ『爆笑鼎談 沖縄ホルモン迷走紀行』のバックナンバーは、 双葉社WEBマガジン『カラフル』でお読みいただけます。

 

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仲村清司(なかむら きよし)

作家、沖縄大学客員教授。1958年、大阪市生まれのウチナーンチュ二世。1996年、那覇市に移住。著書に『本音の沖縄問題』『本音で語る沖縄史』『島猫と歩く那覇スージぐゎー』『沖縄学』『ほんとうは怖い沖縄』『沖縄うまいもん図鑑』、共著に『これが沖縄の生きる道』『沖縄のハ・テ・ナ!?』など多数。現在「沖縄の昭和食」について調査中。

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藤井誠二(ふじい せいじ)

ノンフィクションライター。1965年、愛知県生まれ。8年ほど前から沖縄と東京の往復生活を送っている。『人を殺してみたかった』『体罰はなぜなくならないのか』『アフター・ザ・クライム』など著書や対談本多数。「漫画アクション」連載のホルモン食べ歩きコラムは『三ツ星人生ホルモン』『一生に一度は喰いたいホルモン』の2冊にまとめた。沖縄の壊滅しつつある売買春街の戦後史と内実を描いたノンフィクション作品『沖縄アンダーグラウンド』を2016年内に刊行予定。

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普久原朝充(ふくはら ときみつ)

建築士。1979年、沖縄県那覇市生まれ。アトリエNOA、クロトンなどの県内の設計事務所を転々としつつ、設計・監理などの実務に従事している。街歩き、読書、写真などの趣味の延長で、戦後の沖縄の都市の変遷などを調べている。最近、仲村と藤井との付き合いの中で沖縄の伝統的な豚食文化に疑問を持ち、あらためて沖縄の食文化を学び直している。

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