東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#16

マレー鉄道完乗への道〈1〉

文と写真・下川裕治

 タイからマレーシアに移ることにした。タイでは、はっきりとしない未乗車路線が残っている。気持ちが悪い。しかし、その路線に乗るには、イサンという東北タイの隅っこまでとことこと向かわなくてはならない。なんとも効率が悪い。
 喉に魚の骨が残っている気分を抱えたまま、マレーシアのクアラルンプールに向かうLCCに乗った。

 

 

マレー半島の未乗車区間、残り3路線

 マレーシアの鉄道は、マレー半島にしかない。通称マレー鉄道と呼ばれるマレーシア鉄道公社が運営している。幹線は、半島の西側を走る西海岸路線と、東海岸というより山中を走る区間のほうが多い東海岸路線である。西海岸路線は、全線に乗っていた。しかしこの路線から延びる2本の支線が未乗車だった。東海岸路線は、北端に未乗車路線があった。この3路線を乗り潰せば、マレーシアの鉄道路線は完乗したことになる。
 マレーシアの鉄道で、忘れられない言葉がある。2015年のことだ。そのとき、僕はシンガポールのウッドランドから西海岸路線のタンピンまで乗った。マラッカに行くつもりだったが、鉄道は通っていない。最寄りの駅がタンピンだった。
 到着したのは夜の10時半近くだった。立派な駅舎だった。この路線を通る列車は、上り下り合わせて1日に8本しかないというのに、3階建ての鉄筋コンクリートづくり。完成してそう月日が経っていないことが、きれいなベージュ色の壁でわかる。
 駅舎を出、マラッカまでのバスを探した。この駅からマラッカまでは40キロほどあった。しかし駅前はしんとしていた。駅の改札に戻り、駅員に訊くと、「もうバスは終わった」という言葉が返ってきてしまった。
 タクシーしかないらしいのだが、そのタクシーの姿もなかった。駐車場があり、その先に1軒の食堂があった。片づけの最中だった。
「あの……タクシーを探しているんですけど」
 店のおじさんは駐車場のほうを見ながら、
「さっきまであそこに停まっていたけどね」
 と頼りない笑みを浮かべた。
 駅員にタクシーを呼んでもらおうか。そんな話を同行していたカメラマンと交わしていると、近くで車に荷物を積み込んでいた女性が声をかけてきた。マラッカまでのタクシーを探しているというと、彼女がこういったのだった。
「どうして列車なんかに乗ったんです?」
 あきれたような顔で、タクシー会社に連絡をとってくれた。
 彼女のいう通りだった。マラッカに行くには、バスのほうがはるかに便利だった。列車旅の企画だったからバスに乗ることはできなかったが、その制約がなければ、僕もバスを選んでいた。
 列車運賃はバスと大差はなかったが、本数が少なかった。シンガポールからタンピンに向かう列車は、1日に4本しかなかった。おそらくバスの10分の1にも満たない頻度のように思う。それでいて、よく遅れた。今回は20分ほどだったが、4~5時間の遅れは珍しくないらしい。いいことはなにもなかった。バスに比べると欠点ばかりが目立つのだ。

 

 

赤字鉄道がのんびり存続できる理由とは?

 マラッカに1泊し、路線バスでタンピンまで戻ったが、マラッカのバスターミナルで、タクシーを呼んでくれた女性の言葉を思い出してしまった。
「どうして列車なんかに乗ったんです?」
 鉄道の駅に比べると、バスターミナルはいきいきとしていた。僕は間違って、長距離バスのカウンターに行ってしまった。会社別の小さなブースが並び、その前にいる男や女が呼び込みに声を嗄らしていた。
「クアラルンプール行き、もうすぐ出発ですよ。急いで」
「うちは3列シート。ゆったりしてるよ」
 そんな声が飛び交っているのだろう。発車時刻が近づかないと、窓口に職員の姿もない列車とはあまりに違った。
 マレーシアはマレー人、華人、インド系住民を中心にした他民族国家だ。交通機関の経営も、民族で分かれていた。バスは華人、飛行機はインターネットに強いインド系の人々に存在感があった。その好例がエアアジアだろうか。そして鉄道はマレー人だった。
 ビジネスということからいえば、最初から勝敗は決まっていたようなものだが、そこに拍車をかけたのが、政府のマレー人優遇策、プミプトラ政策だった。マレー系の企業は、いくら赤字を出しても、最後には政府が救済してくれる……その典型が、マレーシアの鉄道だった。年間、100億円を超える赤字を生んでいるというのに、のんびりと1日10本にも満たない列車を走らせて職員は給料をもらっているのだ。客はバスや飛行機に奪われていくのだが、お構いなしに立派な駅舎に建て替えられていくのがマレーシアの鉄道だった。
 その路線を完乗しなくてはならなかった。
 そこにはまた、タイとは違う面倒が頭をもたげてくるのだった。

 

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やたら近代的なKLセントラル駅。駅の機能はかなり低いと思う

 

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※地図はクリックすると拡大されます

 

*マレーシア鉄道公社ホームページ→http://www.ktmb.com.my/ktmb/

 

*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『タイ語の本音』『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ』『「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦』『週末バンコクでちょっと脱力』『週末台湾でちょっと一息』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」(いまはユーラシア大陸最南端から北極圏の最北端駅への列車旅を連載)、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

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