日常にある「非日常系」考古旅

日常にある「非日常系」考古旅

#16

ハイブリッド考古学タイ編(後編)

文と写真・丸山ゴンザレス

 

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 盗掘の闇ビジネスの実態を突き止めるためタイに向かおうとした矢先、許可を得ていたはずだった現地の警察から突如として取材NGを突きつけられた。だが、こちらも遊びではない。すでにチケットを購入しており、ホテルや通訳の手配だって済ませている。もちろん自腹でだ。今さらあとには引けない。

 

「いったいどういうことですか?」

「どうしてこんなことになったのかわからない」

 

 現地での仲介をお願いしていたKさんに食い下がったが、困った感じで返されるだけ。彼も納得できていないようだった。

 だが、この“NG回答”は、私の中で腑に落ちない気持ちと同時に、ある種の“確信”に近い思いを芽生えさせるものだった。実を言うと、私には思い当たることがあったのだ。

 

 

タイ警察の知られたくない事情

 

 

 2000年代初頭、カンボジアのアンコール・ワット遺跡などから盗掘された品々が日本を含む世界中に流出するという事件が頻発した。この時期にアンコール・ワットでの盗掘が横行した背景には、カンボジア共産党の武装組織「ポル・ポト派」による支配と、同国内の内戦という悲劇がある。

 20世紀の後半、長い間カンボジアを支配したポル・ポト政権が大量殺戮を行っていたことは有名だが、彼らは知識人を迫害しただけではなく、文化財の破壊も実行した。破壊された文化財の一部がビジネスとして流出するのが珍しいことではないのは歴史が証明しているところだが、だからといって黙認できるわけもなく、その盗掘品の経由地となっていたタイでも問題視されていた。

 当時、タイの名門であるチュラロンコン大学の教師で議会下院に設置された文化委員会のソムプラソン・プラスチャンティップという人物が作成した報告書には、タイ国内で密輸に手を貸した疑いのある人物のリストが記載されていた。その中には、民間会社や骨董商の他に、警察幹部も含まれていたという。

 20年前のタイ警察は腐敗していたと言われても仕方のない状況であった。近年では改革が進み、だいぶ浄化されているが、今回の突然の取材拒否は、そうした過去のことをほじくり出されたくないという思いが働くのも無理はないだろう。

 だが、もう一つ、別の考え方もできる。それは、現在もソムプラソン氏が指摘したのと同様の盗掘ビジネスが行われているとしたら……ということである。考古学的な視点だけではなく、裏社会的な視点を加えたハイブリット考古学的に考えてみれば、そのほうが取材拒否の理由としてはしっくり来る。

 たとえば、アンコール・ワットで盗掘された遺物が海外へ持ち出される場合、その中継地であるタイに渡るためには当然、国境を跨ぐことになる。そうなれば、どちら側にもそれに関わる組織が存在するということは容易に想像できる。

 国際的な裏ビジネスといっても、双方の国に影響力があるような巨大組織が一括してやっていたり、単独の組織や一人の人間が長距離を運んだりすることは、まずない。特に国境を跨ぐ時は、次の組織に受け渡すのが常である。リスクの分散が主な理由だ。

 だが、物資だけを受け渡すと言っても、そう簡単に国境を渡れるものではない。そこを管理する組織に話を通す必要がある。ことタイ・カンボジアの国境の場合に至っては、その話を通す先が、カンボジアなら軍であり、タイなら警察だというわけだ。その両方にお金を落とすことで、盗品が行き来することが可能になる。ソムプラソン氏のレポートの警察幹部の記述からは、そのことを窺い知ることができる。

 

 Kさんはしきりに「申し訳ない」と言っていたが、もしこの後者のような理由があるのだとしたら、さすがにKさんには、これ以上、危ない橋を渡らせることもできない。警察への取材の話は断念するしかなかった。

 

 

バンコク最大級の市場で…

 

 

 しかし、ここで引き下がるわけにもいかない私は、他のルートから状況を探るためにバンコクへと向かった。タイには私が常々、ネタ元にしている事情通が何人かいる。その人たちを頼ってみることにしたのだ。

 中でも期待していたのが、Mさんという、タイ在住歴の長い日本人である。彼はKさんとは別のルートから警察に繋がりのある人物。そのルートをたどってアプローチできないかと考えたのだ。

 ところがMさんからも「あまり深くは踏み込まないほうがいい」との回答。そこからMさんが続けた言葉は、先述の私の仮説をかなり確信に近いものへと変えてくれた。

 

「タイの警察なんですが、事件で押収した証拠品の行方がわからなくなることがあるんです」

「それって……」

「あくまで警察の一部に腐敗があるだけだと思いますけどね。それは日本でも同じでしょ」

「確かにそうなんですが、今回の取材依頼の内容からして、ピンポイントでその部分ですよね」

「そういうことかもね。だから、あまり深くは踏み込まないほうがいいんですよ」

 

 タイ警察の暗部のど真ん中を取材しようとしていたわけだ。

 協力者からは、あくまで噂の域をでないということで念押しされたものの、限りなく黒に近いグレーのように思える。

 結局のところ、テーマがテーマだけに、タイ警察の取材NGは仕方のないことなのかもしれない。過去であれ、現在であれ、公に語りたくない事情があるのだろう。警察とて一枚岩ではないので、今回のことは、そういう勢力があったということでとどめておきたい。

 

 現地の事情通も踏み込むのに躊躇するような“闇”となれば、ますます興味が湧いてくるというものだ。だが、彼らの持つルートからはアプローチできない。そこで私は、もしかしたら売り手のほうに聞けば何かわかるかもしれないと考え、一縷の望みをかけて「チャトチャックウィークエンドマーケット」に足を向けた。

 この市場は、日用品や服から、ペット、食品まで何でも揃う、バンコク最大級の規模を誇るマーケット。その一角には骨董品を扱っている店が集中しているエリアがある。まず私は、そこで聞き込みをすることにした。

 いくつかの店をまわり、その中でアンコール・ワットなどにあるレリーフを扱っている店で声をかけてみる。

 

 「これはどこから仕入れたの?」と質問をすると、

 「専門の業者から」との返事。

 (それこそが盗掘業者だろ?)

 そんな思いから、「盗品じゃないの?」と質問を重ねると、

 「うちのは正規の業者から仕入れているから違う」と断言された。

 どの店で聞いても、ほぼ同じ回答だったのだが、軒先に並ぶレリーフや仏像などは、どれも相当な年代物ばかり。歴史的価値の高い遺跡由来の遺物であることは間違いないだろう。

 つまり、盗掘された遺物である可能性が極めて高いのだが、入手する相手が直接的な窃盗団のような組織でなければ、正規の商品として扱うことができる。これは、日本も同じである。確たる証拠があるわけではないが、それでもグレーゾーンにあることだけは感じ取ることができた。

 

 

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バンコク最大級の市場・ウィークエンドマーケット

 

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販売されている骨董品。ガラクタも多い。

 

 

悪意なきロンダリング

 

 

 その一方で日本の骨董品を扱っている店もあったので、そこでも話を聞いてみることにした。その店で扱っていたのは、日本刀だった。

 どうやって仕入れているのかと聞くと、店主たちが日本に行って買い付けてくるのだという。

 彼らに見せられたのは、鑑定書だけでなく銃砲刀剣類登録証(日本の警察に届けられている書類)だった。そうやって必要書類があれば、問題になることもなく、タイまで持ってきて販売することができるのだそうだ。蛇足になるが、日本から持ち出せない古美術品は国宝と重要文化財に指定されているものだけで、それ以外のものは文化庁の窓口で輸出監査証明を発行してもらうことで海外へと持ち出せる。

 

 

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日本刀なども正規の手続きを経て輸入されている

 

 外国人である彼らにしてみれば、お店や業者市で見つけた刀の出自が盗品かどうかなどは一切関係ないし、そもそも、そのことがわかるはずもない。書類が揃っていて、それが商品として売られているのだから、刀の良し悪し、商品として売れるかどうかでしか見ない。それ以上の問題などあるはずがないのだ。

 ぼんやりと理解してはいるつもりだったが、骨董市場に出回る盗品をロンダリングしてしまう善意の第三者の存在が、ここではっきりと理解できたような気がした。そのモノに価値があるかどうかの商売なのだから、出処がどこであるかは考える必要がないのだ。それは、タイや日本だけでなく、世界中で共通している。

 来歴をたどって、それがどこから持ち出されたものなのかを探ろうという物好きは、下手をすれば実物の商品を前にして難癖をつけてくる厄介な客にしか思われないのかもしれない。そうした状況が、今のブラックマーケットを作り出し、しかも見えにくくしている。だからこそ、それを食い物にする連中が、至る所に現れる。そんな構造が成り立っているように思えた。

 裏社会に形はない。だからこそ、それは発掘しがいのある闇でもある。ハイブリット考古学を様々な局面で応用して世界を探っていけば、これまでに見えない世界が見えてくるかもしれない。そんな期待とともに、これからも考古学と裏社会の境界線を歩いていこうと思うのだった。

 

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*本連載は月2回配信予定です。お楽しみに!

 

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丸山ゴンザレス(丸山祐介)

1977年生まれ、宮城県出身。國學院大學大学院修了。考古学者崩れのジャーナリスト。フリー編集者。出版社勤務を経て独立。國學院大學学術資料センター共同研究員。TV番組「クレイジージャーニー」(TBS系列)では、世界中のスラム街や犯罪多発地帯を渡り歩く“危険地帯ジャーナリスト”として人気。2005年『アジア『罰当たり』旅行』(彩図社)で作家デビュー。以後、著書多数。【丸山ゴンザレス】名義:『海外あるある』(双葉社)、『闇社会犯罪 日本人vs.外国人 ―悪い奴ほどグローバル』(さくら舎)、『アジア親日の履歴書』(辰巳出版)、『GONZALES IN NEW YORK』(講談社)等。【丸山祐介名義】:『図解裏社会のカラクリ』『裏社会の歩き方』(ともに彩図社)、『そこまでやるか! 裏社会ビジネス』(さくら舎)等。近著『世界の危険思想 悪いやつらの頭の中 』(光文社新書)、『危険地帯潜入調査報告書』(丸山 ゴンザレス、 村田 らむ共著/竹書房) が好評発売中。旅行情報などを配信するネットラジオ「海外ブラックロードpodcast」では、ラジオパーソナリティーとしても活動中。

双葉社の既刊本好評発売中!!

ISBN978-4-575-30635-4

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