旅とメイハネと音楽と

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#16

トルコ最南端の町アナムルの旅〈3〉

文と写真・サラーム海上

 

地酒ラクをホームメイド 

 僕の友人、アイリンの父、レジェップ父さんはトルコ北部の黒海地方出身の元軍人だ。若い頃にアナムルに赴任となり、その温暖な気候が気に入り、軍を退役した後も黒海地方に戻らず、この土地に2つの家を買った。夏の間はビーチ沿いのサマーハウスに住み、雨風の強い冬の間はアナムルの町中にあるもう一つの家に、奥様のヌルギュル母さんと二人で暮らしている。
 アイリンは彼らの末娘で三女。イスタンブル暮らしだが、毎年春から秋にかけてアナムルのサマーハウスを頻繁に訪れ、長期滞在している。彼女の上二人の姉もそれぞれイズミルとイスタンブル在住だが、夏の間は家族を連れて何度もアナムルを訪れている。
 レジェップ父さんの趣味は畑いじりだ。まだ他のみんなが眠っている朝早くから起き出し、家の隣に広がる自家菜園の野菜にせっせと水やりし、草むしりに励んでいる。自家菜園ではトマト、茄子、キュウリ、青唐辛子、ジャガイモ、玉ねぎ、生姜、にんにくなどを育て、果物はぶどうや桑の実、いちご、南国らしくパッションフルーツまで採れる。
 町外れにある別の農地には友人とともに大きな温室を共同運営し、バナナやパパイヤも育てている。その他、オリーブやケッパー、イタリアンパセリ、スペアミント、ディルなどは家の周りに自然に生えてくる。トルコ料理、地中海料理を作るのに全ての野菜が自宅にいながら揃うなんて羨ましい!
 さらに彼のもう一つの趣味は酒造り。最初は果物をホワイトリカーに漬けて果実酒を作るだけだったが、今では隣に暮らす匿名希望の悪友I兄貴に導かれ、毎日の晩酌に欠かせない地酒ラクまでホームメイドしちゃっているのだ!

 

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ビーチ沿いのサマーハウス

 

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畑いじりが趣味のレジェップ父さん。野菜から果物まで作っている


 2016年7月29日、アナムルは今日も朝から暑い! ビーチに行こうと部屋から出ると、日陰のコンクリートの上で飼い犬のゼイティン(オリーブの意味)がグタ~っと元気なく伸びていた。その横で放し飼いの鶏たちは「コケコッコー」と陽気に鳴きまくっている。ひよこを連れた賑やかな鶏の一家の後をついて回ると、家の南側のぶどう棚に面したテラスに大きな白いポリタンクが2つ放置されていた。

 中にはなにやら赤褐色の液体が透けて見える。何が入っているのだろうか? ちょうど自家菜園から戻ってきたレジェップ父さんに尋ねると、「ラクを造るために砂糖をまぶしたぶどうの実を発酵させているんだ」とのこと。
 おお、これが! ラクはぶどうを元とした蒸留酒とは知ってはいたが、実際に製造過程を目にするのは初めてだ。
「どのくらい発酵させるんですか?」
「だいたい二週間くらいだね。その後はI兄貴の家に持っていって蒸留するんだ。そうだ。彼の蒸留器を見せてもらうと良い」

 

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飼い犬のゼイティン。暑いんだねえ

 

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テラスに白いポリタンクを発見!

 

 レジェップ父さんに連れられ、I兄貴の家を訪ねた。I兄貴はレジェップ父さん同様に筋骨隆々とした60代のご隠居さん。奥様と二人でサマーハウスに暮らし、毎晩、手の込んだ料理を作り、自家製ラクをたしなみ、ご近所さんたちと楽しい時間を過ごしている。前の晩は大きな鱸まるごと一尾を塩釜焼きにしていた。
「おお、日本の友人よ! よく来てくれた。ラクの造り方を知りたいって? ついて来なさい」
 家の真ん中に屋上へ至る螺旋階段があり、その一番下の段に木の椅子が備え付けられ、椅子の上に大きなミネラルウォーターのポリ容器が設置されていた。階段の支柱に沿って階上から透明なホースが降りてきていて、ポリ容器の中には透明な液体が溜まっている
 螺旋階段を登ると天井の低いメゾネットがあり、そこに鍋の上に水平方向に長いステンレスのホースが付いた手作りの蒸留器が設置され、下からガスコンロの弱火で温められている。ステンレスのホースは1m以上も水平に伸び、隣に並んだ手作りの冷却器へと繋がっている。冷却器は別のホースで水道の蛇口と繋がり、チョロチョロと水が流れていた。

 

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サマーハウスご近所のI兄貴

 

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螺旋階段の下段に設置されたポリ容器

 

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手作りの蒸留器が並ぶ

 

「屋外で発酵させたぶどうの液体を蒸留器にかけるんだ。アルコールは水よりも沸点が低く、低温で蒸気となる。それがステンレスのホースを伝わり、冷却器の中で冷やされて、液体となって階下のポリ容器に溜まる。この工程を四回繰り返すと80度以上のアルコールが出来るんだよ」
「それだけではラク独特のアニスの香りと味がないのでは?」
「その通り。80度のアルコールが出来たら、水を加えてアルコール度数を45度に薄める。その際にアニスの種を漬け込んでアニスの香りと味を付けるのさ」
「おお、まさにアニスの風味を付けたぶどうのブランデーなんですね」
「でも、ブランデーと違い、何年も寝かせることはなく、出来上がったらすぐに飲めるんだ。ワシもアナムルに住み始めてからラクを造るようになった。ここではぶどうの実に困らないからね。それにぶどうの種類ごとに味が異なるからラク造りは楽しいんだ。こちらは昨年造ったラク、甘さが強い。もう一つは今年のラク。色がちょっと黄色くて香りが強い。帰国する前に好きなだけビンに詰めてあげるから、日本に帰ったらキレイな女性を誘って一緒に飲みなさい!」
「ありがとうございます。野暮なことを聞きますが、トルコには酒造法はないんですか?」
「もちろん存在するさ(笑)。個人が造れる量が法律で定められている。ワシはあくまでその範囲内だから合法じゃよ。でも、君の原稿を読んで、知らない人がウチに押し寄せても困るから、記事を書くならワシの名前は匿名にしてくれよ(笑)」
「はい、わかりました」

 

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自家菜園で採れたぶどうを屋外で発酵させる

 

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アニスで独得の風味を付ける

 

 

レジェップ父さんの得意料理を習う 

 家に戻ると、テラスのテーブルでレジェップ父さんがアイリンとともに生姜を刻んでいた。ざく切りにした大量の生姜をライムのスライスと砂糖とともにホワイトリカーに漬けて生姜酒を造っているのだ。
「これは身体が温まるし、喉に良いんだよ」
「以前、アイリンからお土産にボトル一本いただきました。生姜が効いていて美味しかったです。そうだ、レジェップお父さんの得意料理を何か作ってくれませんか?」
「ワシの料理か? それなら日曜日の朝にパテメンを作ろう。フライドポテト入りのメネメンで、ワシのオリジナル料理じゃ。嘘だと思うならインターネットで調べてみなさい。どんな本にも載っていないから」
「お父さん、またパテメン作るの? サラームも気をつけてよ。パテメンは胃に重くて、朝に食べたら一日動けなくなるんだから!」とアイリン。
 メネメンとはトルコのスクランブルエッグで、通常はトマトと玉ねぎを煮込んだ上に卵を落として軽くかき混ぜたもの。トルコ人にとって朝食に卵は欠かせないので、メネメンは場末のキオスクや道の駅から、高級ホテルの朝食ブッフェまで必ず置かれている。これまでチーズやソーセージなど様々な具材を入れたメネメンを食べたことがあるが、フライドポテト入りのパテメンというのは初めて聞いた。

 

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大量の生姜、ライムを砂糖ともにホワイトリカーに漬けた生姜酒。これも美味しい!

 

 日曜日の午前10時、台所にはヌルギュル母さんの姿はなく、レジェップ父さんと僕だけが立っていた。
「パテメンは男の料理じゃ。ワシたちだけで作ろう」
まず、お父さんが家庭菜園から採ってきた野菜を全てサイコロ切りにした。じゃがいも、玉ねぎ、青唐辛子、そしてトマト。この日は8人分を作ったが、レシピでは作りやすい4人分の量を記す。

 

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野菜をサイコロ切りにする

 

 まずフライパンにたっぷりのオリーブオイルを熱し、しっかり塩をふったじゃがいもを入れる。表面がキツネ色になり、角が落ちてくるまでじっくり時間をかけて揚げ煮にしよう。フライドポテトが出来上がったら、フライパンから取り出し、ペーパータオルを敷いたお皿に取り、余分な油を切っておこう。

 

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サイコロ切りのじゃがいもをじっくり揚げ煮する

 

 次にフライパンを再び熱し、玉ねぎ、青唐辛子を炒め、透明になってきたらトマトを加える。混ぜながら炒め煮にし、トマトが崩れてきたら、ビベール・サルチャスとフライドポテトを加える。

 ビベール・サルチャスは赤唐辛子やパプリカを煮詰めたペーストで、ほろ苦く、辛いのが特徴だ。ハラルフードショップやインターネットのトルコ系食材サイトなどで売られているが、手に入らない場合は、ポルトガル料理のマッサ・デ・ピメンタオンや少々の豆板醤で代用しても良いだろう。

 

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玉ねぎ、青唐辛子を透明になるまで炒める

 

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トマトを加えて炒め煮する

 

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トマトが煮崩れたらペーストとフライドポテトを加える

 

 ビベール・サルチャスやフライドポテトが馴染んだら、粗みじん切りにしたセミハードチーズ、またはピザ用チーズをたっぷり加えよう。
 チーズが溶けてきたら、フライ返しなどを使って表面に卵の数だけくぼみを堀り、卵を落とし入れる。フライドポテトとビベール・サルチャス、チーズに塩味がついているので、卵には塩はほとんど要らない。白身が白くなってきたら、黄身の表面を軽く崩して、トマトソースやポテトと混ぜ合わせ、火を止める。これでパテメンの出来上がり。

 

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チーズを粗みじん切りにして、たっぷり加える

 

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くぼみを作って、卵を落とし入れる

 

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黄身を軽く崩して、ソースやポテトを混ぜ合わせたら完成!

 

 一つのフライパンで全て出来るので調理自体は簡単だが、真夏にポテトを揚げるのはさすがに暑い! 朝からレジェップ父さんとともに大汗をかいてしまった。
 すでにテラスではヌルギュル母さんたちがサラダやチャイ、パンなど朝食のテーブルを用意していた。レジェップ父さんがフライパンを持ち込むと、ヌルギュル母さんがフライパンからパテメンをすくい、全員のお皿に取り分けてくれた。その光景がなんとも微笑ましくて、ついシャッターを押してしまった。

 

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完成したパテメンをお皿に取り分けるお二人

 

 

直伝!男の料理、パテメンのレシピ 

【材料:4人分】
じゃがいも(メークイン):大1個(皮をむき、1cm角のサイコロ切り)
オリーブオイル:50cc
塩:適宜
玉ねぎ:1個(みじん切り)
青唐辛子またはししとう:5本~10本(みじん切り)
完熟トマト:大1個(1cm角のサイコロ切り)
ビベール・サルチャス:小さじ2(なければトマトペースト小さじ1と豆板醤小さじ1で代用)
セミハードチーズまたはピザ用チーズ:100g(粗みじん切り)
卵:4個

【作り方】
1.フライパンにオリーブオイルを熱し、塩をふったじゃがいものサイコロ切りを入れる。中まで火が通るまでじっくりと揚げ煮にする。表面がキツネ色に焼き色が付き、角が丸くなってきたら、フライパンから取り出し、余分な油を切っておく。
2.フライパンを再び熱し、みじん切りの玉ねぎ、青唐辛子を炒める。透明になったらトマトを足し、形が崩れるまで炒め煮にする。
3.ビベール・サルチャス、1のフライドポテトを加え、よく混ぜ合わせ、さらにチーズを加える。
4.チーズが溶け始めたら、表面に四ヶ所くぼみを作り、卵を割り入れる。30秒ほどそのまま加熱し、白身が固まってきたら、黄身の表面を軽く崩して、火を止める。食卓にフライパンのままサーブし、各々のお皿に取り分ける。

 

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皿に取り分けたパテメン。サラダやチーズを添えて

 

 

*著者の最新情報やイベント情報はこちら→「サラームの家」http://www.chez-salam.com/

 

*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。次回もお楽しみに! 〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉

 

 

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サラーム海上(サラーム うながみ)

1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com

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