日本一おいしい!沖縄の肉食グルメ旅

日本一おいしい!沖縄の肉食グルメ旅

#15

煮るべきか、焼くべきか

文・普久原朝充

 

伝統的な沖縄料理は煮る料理が多い 

 月一回ほど、三者会議と称し、いつもの立ち飲み屋に集まる。串を片手に呑みながら語る三匹は、やかましい。だいたいのところ、誰かの唐突な疑問からそれは始まり、あーでもない、こーでもない、と話は盛り上がる。しかし、ほどんどの場合、次の日にはその内容を忘れていたりするので、簡単にメモをとることにしている。食の知識に乏しい私は、メモを頼りに、せっせと学び直すことになる。
 その日のメモを読み返す。「煮るべきか、焼くべきか、それが問題だ」と謎のメッセージ。とりあえず、暗号解読作業から始めることになる。おぼろげだった記憶がだんだんハッキリとしてくる。正確には「伝統的な沖縄料理は煮る料理が多い。焼く料理が少ないのはなぜなのか」というのが、その日のテーマだった。幾つかの沖縄料理本を調べてみたが、確かに、焼く料理はほとんど見当たらなかった。

 

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シンメーナービ(四枚鍋)、那覇公設市場にて

 

 煮る調理法の良いところは、食材を焦がしてしまう心配が少ないことだ。標準大気圧下で加熱した水は100度を超えないことを利用しているわけだ。保存の効く穀類を調理する際にも、適度に糊化させ食べやすくする上で有用である。煮る調理法の発見は人類史的意義も大きい。

 個人的な好みの問題で言えば、肉は煮るよりも焼いた方が独特の芳香があって美味しく感じる。それもそのはず、肉に熱を加えると、160度付近でアミノカルボニル反応(メイラード反応とも)が促進される。肉の中のアミノ酸と糖の化学反応が盛んになり褐色の焼き色とともに香気成分も作られるのだ。その香りが食欲を刺激するのだが、焼き過ぎは禁物だ。筋肉繊維を構成するタンパク質にはミオシンとアクチンがあり、加熱による変性温度がそれぞれ異なる。ミオシンの変性によって肉は軟らかくなって美味しくなるが、アクチンが変性してしまうと旨みとなる肉汁が失われパサパサの硬い肉となり食感が損なわれてしまう。よって、ミディアムレアでステーキを焼く場合には、肉の中心温度に注意する。アクチンが変性せず、ミオシンが変性する60度付近になるように、表面との温度差、加熱時間などを気にしながら焼かねばならない。

 近年は真空調理の手法も開発され、従来とは異なった調理も可能だ。(♯08 山羊肉食えば文明開化の音がする~『ビストロ ル・ボン・グー』 参照) 1度単位で温度管理できるスロークッカーで、均一に熱が通るまで食材を煮る。タンパク質の変性温度を考慮した低温で煮るので、加熱しすぎるということがない。また、食材はパックに詰められ減圧されており、中の沸点が下がっている状態だ。そのため、食材中の水分子の運動も激しくなりやすい分、熱がムラなく通りやすくなっている。真空調理後に食材表面を高温で焼いて、焼き色をつけてしまえばよい。これなら、ど素人の私にも理想のステーキが焼けるのではないかと、心躍らせたが、まだ機材をそろえようとする勇気がない。

 やっぱり肉は焼いた方が美味しいよね、と再確認するも、そもそも、問題は「なぜ沖縄には焼く料理が少なく煮る料理が多かったのか」だったと、気づく。いろいろ調べてみたものの、結局のところ、明確な解答は得られなかったのだが、考えられ得る仮説を幾つか列挙することにする。

 

 

なぜ焼く料理が少なかったのか、3つの仮説

 仮説その1「肉が硬かった」。

 例えばヨーロッパの農村でも、牛は主に鋤を引いたり荷を背負うなどの労役用として飼うのが一般的だったので、老衰して役割を終えた牛を食用にしていた。そのため肉が硬く、焼いただけでは噛み切れなかったので、ポトフなどのごった煮が、中世の一般的な調理法だった。

 肉の硬さの要因となっているタンパク質のひとつは、コラーゲンだ。コラーゲンは長時間加熱しなければ溶出しない。肉質の軟らかい仔牛や去勢牛が、一般的になるのは、飼料が潤沢に生産されるようになってからだ。沖縄の牛も、去勢による肉質改善がなかなか進まなかったようだ。労役目的の名残りだけでなく、闘牛用としての目的もあった。また、本土復帰前の駐留米兵向けに牛肉を出荷していた時期は、軟らかい肉質を問われることは少なかったとされる。

 肉を軟らかくする技術にはもうひとつある。熟成(エイジング)だ。屠畜して、しばらくすると死後硬直によって肉は硬くなる。その後、時間の経過とともに硬直がほどけて軟らかくなり、酵素の働きによって旨みも増す。しかし、常温ではこの反応を待っているあいだに、肉が腐ってしまう。じっくり熟成させた軟らかい肉を皆が安全に食べられるようになるには、冷蔵保存技術の到来を待たなければならなかった。食中毒菌がどんどん増殖し出すのは4度以上からなので、熟成庫を0度から3度の温度帯に保たなければいけない。

 日本では、真空パックされたウェットエイジングが主流で、私たちがスーパーで買う頃には程よく熟成された肉が届くようになっている。さらに、真空パックをしないドライエイジングの手法では、芳香と旨みが増すので、近年注目されているものの、表面に生じるカビの除去などがある分、歩留まりが悪いのが難点だ。焼く調理を前提としたこれらの技術は、歴史的に見ると最近のことになるだろう。

 

 仮説その2「資源が無かった」。

 要するに、沖縄では鉄が採れず、輸入に頼るしかなかったので、最適な調理用具がなかった。鉄鍋自体は、中国などとの交易によって琉球王朝期には既に到来していたようなのだが、一般的には普及していなかったであろう。鉄器は貴重な交易品で、溶かせば再利用も可能なので、王府に管理されていたようだ。製糖、製塩、染物、製紙、製油、飼料調製などでも煮る作業は多く、産業面での使用が優先されたと考えられる。

 沖縄の民具とされるシンメーナービ(四枚鍋)の「枚」とは、鉄の目方として、日本本土で広く使われた単位だった。当初は製糖用に使われていたものが、八枚鍋などの大鍋の移入によって、一般農家に払い下げられたと見られる。

 当時の鋳鉄製の鍋は、繰り返し加熱されることで底の方から酸化して錆が進行しやすかった。数年経てば底が抜けてしまうので、直しながら使うのが常だった。そのため、日本本土では、鋳掛屋と呼ばれる鍋直しの技術者集団がいた。沖縄で、ナービナクー(鋳掛屋)が増えて一般化したのは明治期になってからとされているから、それ以前の鉄鍋は、より大事に使われていたであろう。

 煮る場合に加えられる熱エネルギーは、鉄鍋から煮汁へと伝導して水分蒸発の相変化に使われる。それに対して、焼く場合は鉄鍋全体が高温になりやすい分、酸化が進行しやすいと考えられる。貴重な鉄鍋を長持ちさせようと考えると、焼くよりは、煮る調理法を優先させたのかもしれない。

 

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シンメーナービ(四枚鍋)、中村屋住宅にて

 

 ところで、この仮説には欠点がある。直火焼きを考慮していない、ということだ。沖縄料理では、直火焼きの料理法もほとんど伝わっていない。これに対応しそうな理由は後述するとして、資源面での理由付けも考えられる。

 ビー・ウィルソンは『キッチンの歴史』において、イギリスでローストビーフが好まれ続けたのは、中世から一九世紀にかけて薪資源が潤沢だったからと説明している。ローストビーフは、強火の遠火が良しとされる。熱源から十分に距離をおいて、串刺しの肉をゆっくりと回転しながら加熱していくので、燃料無駄の多い調理法だった。それと比較して面白いのは、炒め物の多い中国だ。熱すると200度近い高温になる油を使って、短時間で食材に熱を通すその調理法は、乏しい燃料を有効に活用する工夫でもあった。

 

 仮説その3「たくさん食べたい」。

 ただ、単純に腹一杯に食べたいとする欲求だけでなく、食材を無駄なく扱い、より多くを得たいとする工夫も含む。つまり、歩留まり問題でもあり、飢餓と闘い続けてた人類の歴史でもある。いろいろ理屈を挙げて検討したものの、こちらが一番有力な仮説なんじゃないかと思う。かつての人々は、美味しさよりもたくさん食べることを優先していたのかもしれない。

 清水克行『大飢饉、室町社会を襲う!』(吉川弘文館)によれば、かつては新米より古米の方が値段が高かったそうだ。現在では、その美味しさから新米が好まれるが、昔も同様だったかどうかはわからない。様々な検討の結果、著者が導いた仮説は、古米の方が水分を失っている分、炊くと分量が増えるから、ということだった。

 これは、焼くより煮る調理法が優先された沖縄においても当てはまるのではなかろうか。焼くと、どうしても肉汁が染み出すので、その分だけ量が減ってしまう。直火焼きも同様である。煮る場合には、食材から溶け出た煮汁も食すので、無駄なく腹一杯食べられる。その上、たとえ多く作りすぎてしまったとしても、暫く置いてから、簡単に温め直すこともできる。

 だからといって、決して美味しく食べる工夫を諦めていた訳ではないだろう。シンジムン(♯10 畜肉たちの肉汁曼荼羅~『中川牧場食堂』参照)を重んじた歴史を鑑みると、むしろポジティブな選択だったとも感じてしまうのだ。そこではいかにして滋養のある食材を選び、出汁を取るかに主眼が置かれているのである。

 

 煮るべきか、焼くべきか。調理法ひとつとっても地域性や時代性が垣間見えるものだなと、結論付けて納得することにした。

 

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とある日の三者会議、『串豚』にて

 

*参考文献:
尚弘子 他編『聞き書 沖縄の食事』(農山漁村文化協会)
朝倉敏夫 編『食の文化フォーラム30 火と食』 (ドメス出版)/松本美鈴「火が創り出す味」 /福岡美香「火と物性変化(加熱調理)」
佐藤秀美『おいしさをつくる「熱」の科学』(柴田書店)
ハロルド・マギー『マギー キッチンサイエンス』(共立出版)
ジェフ・ポッター『Cooking for Geeks ―料理の科学と実践レシピ』(オライリージャパン)
小倉明彦『実況・料理生物学』(大阪大学出版会)
鯖田豊之『肉食文化と米食文化』(講談社)
平川宗隆『ステーキに恋して』(ボーダーインク)
成瀬宇平『うまい肉の科学』(サイエンス・アイ新書)
柴田書店編『熟成肉』(柴田書店)
朝岡康二『ものと人間の文化史72 鍋・釜』(法政大学出版局)
ビー・ウィルソン『キッチンの歴史』(河出書房新社)
清水克行『大飢饉、室町社会を襲う!』(吉川弘文館)

 

 

*本連載は、仲村清司、藤井誠二、普久原朝充の3人が交代で執筆します。記事は月2回(第1週&第3週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

*本連載の前シリーズ『爆笑鼎談 沖縄ホルモン迷走紀行』のバックナンバーは、 双葉社WEBマガジン『カラフル』でお読みいただけます。

 

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仲村清司(なかむら きよし)

作家、沖縄大学客員教授。1958年、大阪市生まれのウチナーンチュ二世。1996年、那覇市に移住。著書に『本音の沖縄問題』『本音で語る沖縄史』『島猫と歩く那覇スージぐゎー』『沖縄学』『ほんとうは怖い沖縄』『沖縄うまいもん図鑑』、共著に『これが沖縄の生きる道』『沖縄のハ・テ・ナ!?』など多数。現在「沖縄の昭和食」について調査中。

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藤井誠二(ふじい せいじ)

ノンフィクションライター。1965年、愛知県生まれ。8年ほど前から沖縄と東京の往復生活を送っている。『人を殺してみたかった』『体罰はなぜなくならないのか』『アフター・ザ・クライム』など著書や対談本多数。「漫画アクション」連載のホルモン食べ歩きコラムは『三ツ星人生ホルモン』『一生に一度は喰いたいホルモン』の2冊にまとめた。沖縄の壊滅しつつある売買春街の戦後史と内実を描いたノンフィクション作品『沖縄アンダーグラウンド』を2016年内に刊行予定。

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普久原朝充(ふくはら ときみつ)

建築士。1979年、沖縄県那覇市生まれ。アトリエNOA、クロトンなどの県内の設計事務所を転々としつつ、設計・監理などの実務に従事している。街歩き、読書、写真などの趣味の延長で、戦後の沖縄の都市の変遷などを調べている。最近、仲村と藤井との付き合いの中で沖縄の伝統的な豚食文化に疑問を持ち、あらためて沖縄の食文化を学び直している。

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