旅とメイハネと音楽と

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#15

トルコ最南端の町アナムルの旅〈2〉

文と写真・サラーム海上

 

サマーハウスの朝 

 2016年7月27日、僕は部屋のあまりの暑さに目が覚めた。時計を見ると午前8時すぎ。前日は一日かけてロンドンからトルコに飛び、深夜1時過ぎにトルコ最南端の町アナムルにある友人夫婦の両親が持つサマーハウスに到着した。そして、再会した友人ハッカン&アイリン夫婦やその家族とお酒を飲み、午前3時すぎにサマーハウスの離れの二階の部屋で眠りについていた。

 朝なのに、部屋の温度はすでに30度以上あるのでは。涼しかったロンドンから着いたばかりでまだ暑さに慣れない。それに遠くから聞こえる波の音も気になる。一階に降りると、ハッカンやアイリンたちはまだ寝ているようだ。母屋に行くと裏手に広がる畑からアイリンの父親、レジェップ父さんが採れたての茄子を沢山手に持って顔を出した。

「ギュナイドゥン(おはよう)。君は朝早いな。チャイは要らんか?」

「おはようございます。暑いので目が覚めてしまいました。チャイを下さい」

 レジェップ父さんが台所に向かって大声を上げると、お手伝いさんのスズカが透明なガラスのカップに煎れたてのルビー色のチャイとともに、キャロブ(イナゴマメ)の実を使ったクッキー、マッシュポテト入りのボレッキ(クレープ状の生地を使ったパイ)を運んできてくれた。

 キャロブの実はカルシウムや鉄分が多く、味はチョコレートに似ていて、しかも甘みがあるため、日本でもチョコレートやカカオ、そして砂糖に代わる健康食品としてオーガニックフード好きやお菓子好きの間で注目されている。中東や地中海が原産で、トルコの田舎やレバノン、イスラエルではお菓子によく用いられる。一方、ボレッキはバターやジャガイモ、チーズなどをたっぷり使うため、一切れか二切れでお腹一杯になってしまう危険な食べ物である。

 

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サマーハウスの裏手に広がる畑

 

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レジェップ父さんが新鮮な野菜を収穫

 

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チャイとクッキー、ボレッキ

 

「アイリンたちが起き出すのは10時過ぎ。チャイを飲んだら海に行くとイイ。歩いて3分ほどだから」

 軽めの朝飯をすませ、海パンに履き替えてから、一人で海を目指した。サマーハウスの南側の出口を出て、誰も管理していないため荒れ放題になっている砂の道を200mほど歩くと、もうそこが地中海のビーチだった。白い砂浜と青く透明な海! さらに驚くことに、東はキプロス島との海底パイプラインが敷設された小さな岬から、西は古代ローマ時代の遺跡アナムリアムの防御壁が建つ岬まで全長1.5kmほどのビーチに、見渡す限り20人くらいしか人がいないのだ。

 2015年の夏に立ち寄ったエーゲ海のオリュ・デニズは海の色こそ青かったが、ヨーロッパからの観光客が団体で押し寄せ、巨大なリゾートホテルや電飾バリバリのカラオケパブが通りに立ち並ぶ醜悪なリゾート地だった。それと比べると、アナムルはリゾート開発が全くなされていない。ビーチ沿いにホテルは一軒もないし、観光客すらいない。それでもアイリンに言わせると、「以前は週末でも最大10人しかいなかったし、私達だけのこともしょっちゅうだった。数年前にパイプラインが敷設されてから人が増えたわ。ゴミを持ち帰らない人も増えたし」とのこと。

 海に浸かり、波に浮かんで、30分ほど時間をつぶすと、太陽は更に高くなり、気温が急速に上がってきた。こりゃ正午には37~8℃まで行きそうだ。

 

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サマーハウスから徒歩3分で地中海のビーチに

 

 家に戻ると、ヌルギュル母さんとスズカ、アイリンのお姉さんのシェルミンたちが台所で料理を始めていた。

「これから朝食よ」とヌルギュル母さん。

「さきほどいただきました」

「あれは朝食じゃなくて、スナックよ。トルコの朝食は食べたことあるでしょう。オリーブやチーズや卵焼きがテーブルいっぱいに並ぶのよ」

 先程のお腹にたまるボレッキとキャロブのクッキーがスナックだって? もうお腹一杯なんですけど……。いったんシャワーを浴び、母屋の半野外のテーブルに戻ると、ハッカン、アイリン、従兄弟のジャンたちも起き出してきた。

「ギュナイドゥン、朝からもうビーチに行ったんだって? これから毎日何回も行くことになるのに」

 2つのテーブルに黒、緑、紫のオリーブ、さらに4種類ほどの白チーズ、刻んだトマトやきゅうりや青唐辛子、炒めたトマトとピーマンに卵を割り入れたメネメン、さらに庭で採れたいちごやパッションフルーツや桑の実のジャム、そして、ゴマをまぶした生地をリング状に巻いて焼いたパンのスィミットなどが所狭しと並び、総勢11名の朝食のスタートだ。

 大皿から各自のお皿に好きなものをとりわけて、食器代わりのスィミットですくって口に運ぶ。どれも美味い! 野菜や果物はレジェップ父さんの畑から、卵は庭に放し飼いの鶏から、オリーブやチーズは近隣の農家から、パンやスィミットもヌルギュル母さんとスズカが焼いている。アナムルにいる6日間、こんなに贅沢な朝食が食べられるなんて夢のようだ!

 

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トルコの定番卵料理、メネメン

 

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オリーブ、白チーズ、野菜など

 

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みんなで揃って朝食タイム

 

 チャイを何杯もおかわりしながらのゆったりした朝食の後、ハッカンやジャンたちともう一度ビーチに出かけた。30分ほど泳ぐと、もう正午すぎで、暑くてビーチにいられない。離れに戻って、扇風機を全開にして、日本から持ってきた原稿書きの仕事をしよう。

 

ヌルギュル母さんの豪快ケバブ料理 

 午後3時すぎ、離れの一階の居間で仕事をしていると、ヌルギュル母さんが台所にある大型冷凍庫の中身をチェックしに来た。日本の一般家庭にある大型の冷蔵庫サイズの冷凍庫には大きな鱸の切り身や、ボレッキ、オーブンで焼いて皮をむいた茄子、細く巻かれたヤプラック・サルマス(葡萄の葉のかやくご飯包み、トマト煮)などが一つ一つラップで巻かれ、整理されて貯蔵されていた。

 僕が食材に興味を持つのに気を良くしたヌルギュル母さんが、キッチン・シンクの下に隠してあるガラスの瓶詰めの保存食品を見せてくれた。日本では見たことないほど大きなケッパーのピクルスやトマトと青唐辛子を煮つめたソースもある。黄色く熟したニガウリを煮詰めたものは血糖値やコレステロール値を下げる薬として飲用されるという。

「日本に帰る時に好きなだけ持って帰りなさいよ!」とヌルギュル母さん。大柄で、声も大きな彼女を見ていると、僕はもう十数年前に亡くなった母方の祖母を思い出した。祖母も常にお茶とお茶菓子を用意していて「これを食べろ、あれを食べろ」と僕に押し付けてきたものだ。

 

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大型冷蔵庫には食材が詰まっている

 

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タッパーも瓶詰めの保存食品も、気になるものがいっぱい!

 

 猛暑が去った午後5時、またまたビーチで一泳ぎして、家に戻ると、ヌルギュル母さんとスズカが夕食を作り始めていた。

「今朝、畑でたっぷり採れた茄子を使って、アンテップ・ケバブを作るわよ」

 アンテップ・ケバブは連載#09で、ガジアンテップ出身のトルコ人女性ユスラさんにも「アンテップ・パトゥルジャン・ケバブ」という名前で習っていた。そのことをヌルギュル母さんに伝えると、「見ていなさい。私の作るアンテップ・ケバブは作り方が独特だから!」とますます鼻息を荒くした。

 最初に用意したのはたっぷりの茄子。トルコの茄子は日本の長茄子サイズ。日本の長卵型茄子で作る場合は、一人頭1.2本くらいを用意しよう。

 茄子を縦四枚にスライスし、塩水に漬けてアクを抜いておく。お米は洗い、濃いめの塩水に漬けておこう。

 そして、トマト、玉ねぎ、パセリ、にんにくを細かく刻み、ボウルに入れて、トマトペースト、アンテップ名物の赤パプリカのペーストであるビベール・サルチャスを和えておく。ビベール・サルチャスはトルコ系食材を置いているハラールフード・ショップやインターネットで手に入る。手に入らない場合は、ポルトガル食材のマッサ・デ・ピメンタオンや、トマトペーストに少量の豆板醤やタバスコを加えても良いだろう。とにかく赤唐辛子の辛さを足そう。

 次にカレー用の牛肉を食べやすい大きさに切り分け、オリーブオイルを塗った底の厚い平鍋に敷き詰める。

 

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野菜を刻み、ペーストと合わせる

 

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牛肉を鍋に敷き詰める

 

 ここまで一人で作ることを考えて工程を書いたが、実際はヌルギュルお母さんとスズカの二人がかり。ヌルギュル母さんが野菜を刻んでいる間に、スズカが茄子の水分を拭き取り、茄子をオリーブオイルで揚げてしまった。仕事が速い! 

 いったん茄子が揚がったら、肉を敷き詰めた鍋に、茄子を並べ、層を作り、その上に刻んだ野菜を散らす。さらに揚げ茄子を並べ、刻み野菜を散らし、最後に余った茄子を並べる。そして、しっかりふたをして中火にかけるだけ。沸騰したら肉を焦がさないようにごく弱火にし、30分煮込む。塩分はトマトペーストとビベール・サルチャスから出るし、水分は野菜から出る。日本のトマトや玉ねぎはトルコ産よりも水分が多いので、30分後にはスープ状態になっているはずだ。あまりにも水分が出過ぎた時は蓋を開けて5分弱火で煮て、水分を少々飛ばそう。

 野菜に火が通ったら、水を切ったお米を敷き詰め、再びしっかり蓋をして更に20分弱火で煮る。お米に火が通っているのが確認出来たら、最後に火からおろして20分蒸そう。

 

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肉の上に揚げ茄子を並べ、野菜を散らす

 

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揚げ茄子と野菜を交互に重ね終えたら、火にかけて煮込む

 

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野菜に火が通ったら、お米を敷き詰めて、弱火で煮る

 

 調理はここでおしまいだが、アンテップ・ケバブには最後に鍋を丸ごと逆さにひっくり返すという大きな見せ場がある。蓋を取り、オーブンの天パンや十分な大皿を逆さまにかぶせ、両手で鍋とお皿をしっかり持ったまま、クルっとひっくり返す。ちなみにこの晩は十数人分の量だったので、成人男性三人がかりで鍋をひっくり返した。

 鍋がスルっと抜けて、中身がしっかりと層を保ったままウェディングケーキのように仕上がったら完璧。ケーキのように等分に切り分けていただこう。

 

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ここが見せ場。三人がかりで鍋を逆さにひっくり返す

 

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鍋を外せば、ケーキのようなアンテップ・ケバブの完成!

 

 トロトロの茄子、肉や野菜のトマトペーストの旨味を吸ったご飯が最高に美味い! 連載前回#14 で紹介した、水切りヨーグルトの赤唐辛子オイルかけペースト「アトム」をかけるとなお美味しい。

 

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アトムをかけていただく

 

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美味しい家庭料理を囲んで賑やかな宴

 

 ヌルギュル母さんから習ったアンテップ・ケバブ、僕の中東料理イベント「出張メイハネ」ですでに何度も作り、大人気の料理となっている。お客さんの目の前で鍋をひっくり返し、中身を披露するのがパフォーマンスとしても楽しいためだろう。調理自体は簡単だが、ホームパーティーの主役料理にもってこいの存在感があり、そして、もちろん美味しい。

 肉を焦がさないようにごく弱火で蒸煮にするのと、お米を蒸らして野菜の余計な水分をしっかり飛ばすのがちょっとしたコツかな。

 

ヌルギュル母さん直伝!アンテップ・ケバブの作り方 

■アンテップ・ケバブ

【材料:6人分】

牛カレー用角切り:400g

塩:小さじ1

茄子:6~8本

トマト缶:1/2缶またはトマト:大2個

玉ねぎ:大1個

パセリ:小1袋

にんにく:2かけ

トマトペースト:大さじ2

ビベールサルチャス(なければトマトペーストを増やし、豆板醤を小さじ1足す):大さじ1

オリーブオイル:100cc

米:2合

塩:適宜

胡椒:小さじ1

【作り方】

1.茄子はへたをとり、縦に4枚の薄切りにし、たっぷりの塩(分量外)を入れた水に漬けアクを抜く。

2.米はよく洗い、たっぷりの塩(分量外)を入れた水に30分漬けておく。

3.トマト缶は実だけを粗みじん切りにし、汁は使わない。またはトマトを粗みじん切り。玉ねぎ、にんにく、パセリはみじん切りにし、トマトのボウルに加え、トマトペースト、ビベールサルチャスを足し、よく混ぜ合わせる。

4.牛のカレー用角切り肉は脂を取り除き、一口大に切り分け、オリーブオイルを塗った(分量外)直径20~22cmほどの底の厚めの鍋の底に敷く。塩小さじ1をふりかける。

5.1の茄子の水をペーパータオルで良く拭き取り、フライパンにオリーブオイル50ccを熱し、茄子を並べ、油を吸い、両面がきつね色になるまで焼く。茄子は油を吸うので、オリーブオイルは適宜足していく。

6.4の鍋に5の茄子の1/3量を並べて肉を覆い隠す。その上に3の半量を散らし、茄子を覆い隠す。さらに茄子の1/3量、3の残り、最後に茄子の残り1/3で多層状にする。

7.鍋にしっかりふたをして、火にかける。中が沸騰してふたの隙間から湯気が立ったら弱火にして、30分、野菜から出た水分で蒸し煮にする。水分が多すぎるようならふたを開けて、5分弱火にかけ、余計な水分をとばす。

8.茄子の上に水を切った2の米を敷き詰め、しゃもじを使って表面を平らにしてから、ふたをして、更に20分弱火にかける。米に火が通ったら火を止め、20分蒸らす。

9.ふたを取り、オーブンの天パンをひっくり返して鍋にかぶせ、両手でなべと天パンを持って、上下を一気にひっくり返す。

10.鍋を上に取り、中身が円形のケーキ状になったら出来上がり。お好みで塩やおろしにんにくを入れたヨーグルトをかけていただく。前回#14レシピを掲載したアトムをかけてもよく合う。

 

*ヌルギュル母さんのトルコ地中海料理編、まだまだ続きます。

 

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*著者の最新情報やイベント情報はこちら→「サラームの家」http://www.chez-salam.com/

 

*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。次回もお楽しみに! 〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉

 

 

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サラーム海上(サラーム うながみ)

1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com

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