東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#15

タイ国鉄の未乗車区間に惑う〈12〉

文と写真・下川裕治

 

ノンプラドックからスパンブリーまでの謎の路線

「どうしてこの路線に列車が走っているのだろうか」

 謎は深まるばかりだった。

 ナムトックから列車に乗り、ノンプラドックで降りた。駅舎の正面に食堂があった。列車を降りた客は、この食堂を通らないと外に出ることができないという大胆な構造だった。

 そこで遅い昼食か早い夕食かわからない食事をしていると、店のおばちゃんが訊いてきた。

「スパンブリーまで」

「あと2時間ある。ゆっくりしていきな」

 食堂のおばさんは弁当づくりに忙しい。ひとつの列車の弁当売りから注文が入ったようだ。鉄道に寄り添うような食堂だった。

 スパンブリーまでの路線の資料を読む。ノンプラドックからスパンブリーまで77・41キロ。1963年に開通している。最終的には、バンコクからチェンマイに向かう路線につなぎ、バイパス線にする計画があったようだが。いまは1日1便が、約3時間半をかけて、バンコクとスパンブリーの間を結んでいた。

 バンコクからスパンブリーまでは、バスで1時間半ほどの距離だ。そこをわざわざ遠まわりをして向かう人がどれほどいるだろうか。日本ならとっくに廃線になっている。

 

 

暗闇を走る列車、降りる人も乗る客もいない無人駅……

 日も暮れかかった頃、列車は20分遅れでやってきた。予想は当たった。ノンプラドックで数人の客が降りた。乗り込んだ先頭車両には、マスクをかけたおばさんがひとりいるだけだった。列車は3両編成だった。後ろの車両ものぞいてみた。2両目にひとり。3両目に僧侶が4人。それだけだった。

 駅を離れてしばらくすると、すっかり暗くなってしまった。家の明かりも少なく、どんなところを走っているのか、ほとんどわからない。考えてみれば、翌朝、4時半に折り返す列車も暗闇のなかを走る。この区間に乗る客は、誰も車窓風景を見ることはできないのだ。

 ときおり、ブレーキ音を残して列車は停車する。車掌が車内から懐中電灯で照らすと、そこにバス停のような駅舎があった。無人駅である。懐中電灯の光で、乗客が誰もいないことを確認すると、列車は発車する。

 降りる人も、乗る客もいない。

 運転手や車掌はそれがわかっているのか、ドアも開けない。いったいなんという列車だろうか。

 列車は8時半すぎにスパンブリー駅に着いた。ふたりの客と車掌も降りた。しかしここが終点ではない。資料によると、数百メートル先のマライメンという無人駅まで行くのだという。そのまま乗ることにした。

 まもなくマライメンに着いた。僕と4人の僧侶が降りた。すると列車は、スパンブリー駅に向けて戻っていってしまった。

「よかった」

 真っ暗な線路端で呟く。もし逆ルートを考え、朝の4時30分発の列車に乗ろうとすると、スパンブリー駅から乗車することになってしまう。スパンブリーとマライメンの間の数百メートルが未乗車になってしまうのだ。この区間に乗るためだけに、またやってこなくてはならない。

 僧侶4人と一緒にしばらく歩いた。列車を降りるとき、運転手に訊くと、「広い道の学校前に車がくる」と教えてくれた。そう僧侶にいうと、そこには車はこないという。彼らは知り合いがいるようで電話をかけている。

 広い道に出た。見ると、しばらく先に店があった。おばちゃんが焼いた肉を売っていた。

「スパンブリーの市内に行きたいんだけど」

「列車できたの。皆、困るんだよ。ここから4キロほどあるからね。うちの息子がバイクで送ってあげるよ」

 バイク代は100バーツ、約320円。ノンプラドックからスパンブリーまでの列車代は17バーツ、約54円だったのだが。この列車に乗ると、蟻地獄のようなバイクが待っていた。しかしほかに方法がないのだ。

「これでタイの列車はすべて乗った」

 バイクの後部座席で夜風に吹かれる。しかしいまひとつすっきりしていない。

 連載#06回の記事をみてほしい。そこで、イサンという東北タイの列車旅の話を書いている。ノンカーイに向かったとき、乗車した列車が遅れ、ウドンターニーから引き返してしまったのだ。ウドンターニーからノンカーイまでは代行バスに乗った。

 あの記事を書いて以来、ずっと悩んでいた。若い頃から何回かノンカーイは訪ねていた。バンコクから夜行バスに乗ることが多かったが、1回、列車に乗ったような気がする。しかしその記憶が曖昧なのだ。

 ひょっとしたら、僕はウドンターニーからノンカーイまでの間の列車に乗っていないのかもしれない。

 あの区間に乗りに出かけなくてはならないのだろうか。

 

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ノンプラドックで乗り込んだ車内。もう幽霊列車です

 

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列車がこのマライメン駅まで行ってくれる。市内に少し近づく。これってサービス?

 

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※地図はクリックすると拡大されます

 

*タイ国鉄(タイ国有鉄道)ホームページ

 

*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『タイ語の本音』『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ』『「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦』『週末バンコクでちょっと脱力』『週末台湾でちょっと一息』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」(いまはユーラシア大陸最南端から北極圏の最北端駅への列車旅を連載)、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

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