ブーツの国の街角で

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#15

スポレート: 中世の街で貴族の館に泊まる

文と写真・田島麻美

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  旅の楽しみの一つに、「どんな宿に泊まるか?」というのがある。イタリアには「ホテル」というカテゴリーだけでもあらゆる形態の宿泊施設がそろっているが、その上さらにB&Bやアグリツーリズモ、バカンス用貸しアパート、教会の修道院といったイタリアならではの滞在が楽しめる施設も豊富で、非日常空間を体験できる選択肢は無数にある。中でもとりわけイタリアの歴史の重みを体感できるのが「レジデンツァ・デポカ(Residenza d’Epoca)」と呼ばれるヴィンテージ邸宅を利用した施設。レジデンツァ・デポカ(ディーモラ・ストリカとも呼ばれる)は、イタリアの法律で定められた、人の住居としての観点から歴史的、文化的、人類学的に際立った特長を持つ建築物の総称で、貴族の別荘や城、ホテル、マナーハウスなど様々な建物が認可されている。現在、こうした建築物はホテルや結婚式場、イベント会場などに再利用されている。今回はそんな歴史的建築物での宿泊体験をご紹介しよう。

 

 

小高い丘の上に立つ中世の都

 

 

  ウンブリア州にあるスポレートは、中世時代にこの地域を統治したスポレート公国の都として栄えた街。現在では毎年初夏に開催される音楽、芸術、演劇の世界的イベント「スポレート音楽祭」が開かれる街として知られている。小高い丘の上に立つ旧市街は細く急な石畳の坂道が四方八方に入り組んでいて、細長い通りの両脇には古代ウンブリア時代、その後のエトルリア時代からの面影を残す石造りの建物が壁のようにそびえている。ペルージャやアッシジといった他のウンブリア州の街と同じく、スポレートも迷子になるのが楽しい街だ。
 旧市街を歩いていると、質素な街並みに彩りを添えるこの土地ならではのカラフルで素朴な陶器や織物などの手工芸品の店が目につき、思わずショッピングをしたくなってしまう。歩き疲れて広場へ出れば、まるで映画のセットのような美しい建築を眺めながらカフェやジェラートが楽しめる。この街では人気のテレビドラマの撮影も行われているが、それもなるほどと納得できるほど、小さな路地や石畳の坂道、どこをとっても絵になる。

 

 

 

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イタリア中部地震で付近の街は甚大な被害を受けたが、スポレートは堅固な建物のおかげでほとんど被害を受けなかったという(上)。ウンブリア州独特のカラフルな手作り陶器。見ているだけでもウキウキしてくる(中)。メルカート広場のカフェで、冷たいカフェ・シェケラートを楽しむ(下)
 

 

 

1500年代の貴族の館に泊まる

 

 

 

  古い歴史を持つレジデンツァ・デポカには一度泊まってみたいと思っていたが、あまりに高額なところは手が出ない。インターネットの宿泊予約サイトでスポレートの宿を探していた時、ラッキーなことに『Palazzo Dragoni(パラッツォ・ドラゴーニ)』という16世紀の館のスペシャル・オファーが出ていた。シングルユースで一泊90ユーロだったので即座に予約した。
 館に着くと、落ち着いた物腰の上品な紳士が「ようこそ」と出迎えてくれた。お仕着せの制服ではなく、私服であるところに普通のホテルとの違いを感じる。ロビーには、年代物らしき調度品や衣装、絵画やシャンデリアがさりげなく配置され、贅沢でありながらもアットホームな雰囲気を醸し出している。チェックインが済むと、紳士は「鍵はお部屋のドアに着いています。どうぞごゆっくりおくつろぎ下さい」と言って静かに去っていった。
 古風な鍵を回してドアを開けると、広々とした空間にアンティークの家具が品良く収められた部屋が現れた。高い天井には、16世紀の装飾がそのまま残されている。なんだか別の時代にタイムトリップしたような気分になってきた。

 

 

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アンティークの家具やシャンデリアがさりげなく置かれ、落ち着いた雰囲気のロビー(上)。それぞれ趣が異なる客室は全部で15室。WiFiもテレビもあるが、最新テクノロジーは必要最低限に抑えられている(中)。天井一面に描かれた装飾はオリジナル(下)
 

 

 


 

地下に埋れた千年前の街角

 

   

   翌朝は、世界中の著名人ゲストが残した手書きのメッセージを読みながらダイニングルームへ。スポレートのドゥオーモと下方に広がる旧市街の景色が一望できる素晴らしいロケーションである。大きな窓から差し込む朝日に癒されつつ、優雅な物腰のマダムのサーヴィスで朝ごはんを堪能していると、例の紳士がゲストに声をかけつつダイニングルームを行き来する姿が目についた。
「ブオンジョルノ」と声をかけると、紳士はにっこり笑顔を返しつつ、「お部屋は気に入りましたか? 昨夜、通りがうるさくなかったですか?」と聞いてきた。「とても快適ですよ!」と答えたのを機に、この館について根掘り葉掘り質問してみることにした。
「この館は歴史ある建物なの? どんな人が住んでいたんですか? 今は誰が所有しているの?」私の矢継ぎ早の質問を辛抱強く聞いてから、紳士は穏やかに話し出した。
「この館は1500年代初めにドラゴーニという一族が建てたものです。ドラゴーニ家の末裔はもういないので、私が投資して25年ほど前に宿泊施設として開業しました」
なんと、紳士はこの館の現オーナーであった。
 紳士の名前はロベルトさん、朝食をサーヴしてくれた優雅なマダムは彼の奥さんであることがわかった。二人はこの館で暮らしながら、世界中から訪れるゲストをアットホームにもてなしているのだとか。「ホテルとレジデンツァ・デポカの違い」を尋ねると、ロベルトさんは、「レジデンツァ・デポカとして認定されるためには、歴史的、文化的価値があるかどうかなどの条件をクリアすることが必要。さらに、宿泊施設として利用するにはオーナーが居住していることが条件になります。」と言った。ロベルトさんの説明によると、ホテルは施設内の設備が星の決め手になるが、レジデンツァ・デポカの場合は利便性よりも建物や調度品などの文化的、芸術的価値を重んじることが優先されるらしい。また、ホテルは年中無休が義務付けられているが、歴史的建築物の場合はこの義務はなく、建物の修復やオーナーの事情などによって一定期間閉めることもできる。つまり、ゲストはロベルト夫妻の館にホームステイさせていただく、という感覚だろう。
 

 

 

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この館の現オーナー兼マネージャー、ロベルト氏。歴史ある古い館を維持していくには様々な苦労があるという。(上)ダイニングへと続く廊下に掛けられたゲストの手書きメッセージの数々。リッカルド・ムーティ、ウィレム・デフォーなど世界の著名人がここに宿泊した(下)

 

 

 

 

   私がこの館に興味津々なのを見たロベルトさんが、「この館の本当の歴史がわかるのは地下なんですよ。よかったらご案内しましょうか?」と申し出てくれたので、大喜びで着いていくことにした。地下に降りると、ゆるく坂になった石畳の床、いくつものアーチが続く広い空間が現れた。「これ、なんだと思います? 実は今立っているここは、千年以上前のスポレートの街の通りなんですよ。館を建てた時、当時の通りや家屋の上に土台を築いて建てたので、この一角だけは900年〜1000年頃の街並みがそっくり残ってるんです」
 私が床だと思っていたところが、実は千年前のスポレートの街の道だったとは! ゆるい坂になっていたのはそのためだったのだ。よくよく見ていくと、アーチの一部は家の玄関だったことがわかり、ますますびっくり。だが、驚きはこれだけでは終わらなかった。
「一番古い部分は、まだこの下にあります」と言って、ロベルトさんは鉄の頑丈な扉を開け、崩れそうな石の階段をさらに深く降りていく。慌てて後を追っていくと、そこには古代遺跡のような洞窟があった。
「ここが館の最も古い部分。ひんやりしているでしょう? 昔はここが食材庫だったんですよ」
 最初は洞窟のようだと思ったが、中を歩いて見るとその広さに驚く。外の暑さや湿気が入らないので、食材置き場には最適な場所だ。これだけの食材庫を持っていたとは、やはり当時の貴族様は桁外れだ。我が家の冷蔵庫などおもちゃみたいなものだな、と思いつつ、館巡りは終了した。
 

 

 

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今から千年以上前の街並みが残る地下階。結婚式など特別なリクエストがあった場合のみ、地下階を解放しているそう(上)。さらに地下へ降りると巨大食材庫の跡が。宿泊施設は地上の3階部分だが、実は5階建の館(下)

 

 

 

 

現代の市街は動く歩道で移動

 

 

   思いがけず宿の地下で一千年以上前の街並みを体験した後は、現代のスポレートの名所を訪ねて再び街歩きに出た。アッシジの聖フランチェスコの手書き写本が残るロマネスク様式の華麗なドゥオーモで感嘆し、そこから旧市街の一番高台にある城塞を目指すことにした。暑さが厳しい日中、この坂を登って歩くのはとてもしんどい。ドゥオーモ広場からはるか頭上にある城塞を眺め、どうしようかと迷っていたら、地図の上にエスカレーターとエレベーターのマークがあるのを発見した。もしや、ここもペルージャのように街中にエスカレーターがあるのか?
 希望の光を見た気分で地図のマークがある地点へ行くと、あった、あった! 最新式のエスカレーターで100m以上の標高差を一気に登り、あっという間に城塞へ到着。入り口前の広場から眺めるスポレートの旧市街とウンブリアの豊かな自然の風景は素晴らしい。
 14世紀に建てられた城塞は、正式にはアルボルノツィアーナ城という。かの有名なルクレツィア・ボルジアもかつてこの城に住んでいた。周囲を崖に囲まれた孤高の城は、1800年には監獄となり、20世紀後半まで使用されていたそうだ。
 旧市街のアップダウンに恐れをなしていた私だが、このエスカレーターの存在を知ってからは気分も軽くなった。街の名所は各所に点在しているが、地図を見ると旧市街の主要ポイントは全て3つの長いエスカレーターでアクセスできるようになっている。暑さも寒さも、雨でも雪でも問題なく、快適な旧市街散策が楽しめるなんて最高!

 

 

 

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ドゥオーモから城塞へ登るルート②のエスカレーター(上)。城塞前の広場からは旧市街と周囲のパノラマが楽しめる(中)。一番低所から城塞まで旧市街の背骨を上り下りするルート③のエスカレーター。内部は地下鉄の駅のよう。冷房も効いていて快適そのもの(下)。
 

 


 

夕焼けのパノラマを眺めつつ、トリュフとワインに舌堤

 

 

   非日常体験の最後の締めくくりは、忘れてはならない郷土の美食。スポレート周辺は美味しい赤ワインと黒トリュフの産地だ。これを食べずして帰るわけにはいくまい。
 眺めのいいテラス席に腰掛け、ウンブリアの赤ワイン・モンテファルコを味わいつつ、夕陽に染まっていく街を眺める。グラスが半分空になった頃、いよいよスポレート名物のパスタ「ストレンゴッツィ」が登場。地元の黒トリュフをたっぷり使った芳醇な香りがたまらない。トリュフはローマやミラノといった都会のレストランではかなり高価な食材だが、スポレートのレストランやトラットリアでは驚くほど安くて美味しい。ケチケチせずにたっぷりパスタに絡めたトリュフと赤ワインを交互に口に運びつつ、ここでしか味わえない贅沢な時間と空間をたっぷり楽しんだ。
 

 

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スポレートの伝統的な手打ちパスタ「ストレンゴッツィ」。様々なソースがあるが、やはりここではトリュフをたっぷり絡めて(上)。素敵なテラス席がある家庭的なレストラン「Il Panciolle(イル・パンチョッレ)」。席から眺める旧市街の夕暮れは最高(下)。
 

 

 

 

★ MAP ★

 

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<アクセス>

ローマから各駅電車で約1時間半、インターシティで1時間20分。駅前から旧市街の入り口までは市バスが各種出ている。タクシーは台数が非常に少ない。バスで旧市街入り口まで行き、そこからエスカレーターで中心地へ登る。
    

<参考サイト>

「Palazzo Dragoni 」     http://www.palazzodragoni.it/

「Il Panciolle」  http://www.ilpanciolle.it/
 

 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は7月13日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること17年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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