ブルー・ジャーニー

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#15

カナダ 森の生活〈1〉

文と写真・時見宗和 

Text & Photo by Munekazu TOKIMI

手つかずの場所

 

 無数の命に織りなされた圧倒的な原生林の広がり。

 ヘンリー・デイヴィッド・ソローの言葉を唱えながら、そのただなかに分け入る。

「見るべきものを、つねによく見る」

 

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 成田国際空港から飛行機と車を乗り継いで一〇時間あまり。カナダ西海岸に沿って伸びるコースト山脈の懐に広がる〈CALLAGHAN COUNTRY Routes of Wilderness〉

「手つかずの場所」を意味する“Wilderness=ウィルダネス”。類似する言葉に“Wildness(ワイルドネス)=野生”“Savageness(サベイジネス)=野蛮”があるが、具体的な事実を指すワイルドネス、サベイジネスに対して、ウィルダネスは目に見えないものも含む。

「No roads, no signs, no power lines. Just pure high-alpine terrain」

 ロッジとクロスカントリースキー・コースの標識を除けば、カラハン・カントリーには人の手でつくられたものはなにもない。道路も看板も送電線もない。

 一一月一日から五月一五日まで、スノーキャットや雪上車などの乗り入れは禁止。人工音は、スキー、スノーシューと雪の摩擦音とロッジの発電機だけになる。

 12月に入って間もないこの日、東京・杉並区ほどの広さのカラハン・カントリーの住民は、ロッジのスタッフふたり、カナダ人の老夫婦、ぼくの友人とぼくの計六名。

 

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 コロンブス以後、ヨーロッパをはなれてアメリカ大陸にやってきた入植者たちは“新世界”のみずみずしさに目を見張った。

 一五六二年(永禄五年)、サウス・カロライナ沿岸にやってきたフランスの船乗り、ジャン・リボーの記述。

「入りこんでながめたあたりの光景は、世界にまたとない美しい豊かな楽しい光景であり、蜂蜜、鹿肉、野生の鳥肉にあふれ、イトスギ、ヒマラヤスギ、月桂樹といった、ありとあらゆる樹木の生えた森があり、これまで見たこともない高いみごとな葡萄の蔦がたわわな身をつけ、すばらしく巨大な高々と伸びたオークや他の樹木のてっぺんにまで、自然に、人の助けを借りずに、縁飾りをつけながら伸び広がっている」

 入植者たちにとってアメリカ大陸の自然は資源であり、所有すべきものだった。ネイティブから土地を取り上げ、片端から動物を殺し、次々に木を切り倒した。

 

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「愛よりも、金よりも、名声よりも、真理をわれに与えよ、と言いたい」

 一八四五年七月四日、二八歳のヘンリー・デイヴィッド・ソローは独立記念日を記して、故郷コンコードのウォールデン湖畔の森に建てた「しっかりと屋根板がはられ、壁土が塗られた小屋」で生活を始めた。

 広さは一〇フィート×一五フィート(約三・〇五メートル×約四・六メートル)。建築にかかった費用は二八ドル一二セント半。江戸時代後期、日本がまだ鎖国していたときのことだった。

 二年二カ月二日に及んだ森の生活は『ウォールデン』というタイトルの本にまとめられ、ネイチャー・ライティングの源流となった。

 われわれはウィルダネスをぜったいに残さなければならない。ソローは『森の生活』を通して、生涯を通して主張し、その主張はレイチェル・カーソンをはじめ、多くのネイチャー・ライターに引き継がれた。

『ウォールデン』の全一二章のなかには“冬”がつく章が『先住者と冬の訪問者』『冬の訪問者』『冬の動物たち』『冬の湖』の四つ。

 生活から無駄やあいまいさを徹底的に排除しようとしたソローだが、冬になると、禁欲的な横顔がふっととほどけ、思索を暖炉の前に残して「陽気な吹雪」の中に出て行く。 

「どんな天候も私の散歩を、というよりも外出を、決定的にさまたげはしなかった。私はよく、ブナの木やキハダカンバやむかしなじみのマツの木と会う約束を果たすために、その冬いちばんの深雪を冒して、八マイルでも十マイルでも歩きまわった。(中略)平地で二フィート近い積雪があったとき、ひと足ごとに頭上に降りかかる新たな吹雪を払い落としながら、いちばん高い丘のてっぺんまで、雪をかき分けるようにして登ったことがある」

 

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 樹木は基本的に自分の力で成長し、身を守る。落雷や台風などの災害に遭遇したり、人間に切り倒されたりしない限り──長いものは千年を越えて──生きつづける。

 三八億年前に生命が誕生したとき、動物と植物の区分けはなかった。

 さいしょに海から出たのは植物で、地上に酸素はなかった。

 陸に上がった植物は太陽と水をエネルギーに成長し、進化をつづけ、地上の二酸化炭素を酸素に置きかえていった。

 酸素を求めて地上に上がった動物は、世代を重ねながらさまざまに枝分かれし、四〇〇万年前、生命の歴史からすれば「ついこのあいだ」人類が誕生した。

 長く森で生活していた人類は、やがて森を出て、自分たちが生活する場所を確保するために森を切り開き始めた。

 動物は自分が生きるためだけに他者を犠牲にするが、人間は例外だった。生きるための必要量を超えて、木を切り倒した。畑を広げるために、大きな家を建てるために、馬車をつくるために、船をつくるために、銃のグリップをつくるために、線路の枕木をつくるために、稼ぐために。

 ローマ帝国は地中海の硬葉樹林をすべて破壊しつくし、パリからスペインまでのほとんどが野原になった。いまある森の大半は、植林されたもので、原生林は無いに等しい。

 

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 きっと雪を払い落としたばかりなのだろう。振り向くとダグラス・ファー(米マツ)の枝が、笑うように揺れている。

 弾力に富んだ針のような葉は、凍てつく寒さの中でも、水分を確保し、冬を生き抜くための意匠。

 深々と息を吸いこみたくなる香りは、木々が発散するフィトンチッド。殺菌力を持つ揮発性の化学物質で、害虫から自らの身を守るだけでなく、人間の体と心を癒す。

 

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 一八四七年(弘化四年)九月六日、三〇歳になったソローは、森の生活に終止符を打ち、ウォールデン湖畔を離れた。

 残された小屋を譲り受けた庭師は、暖炉と礎石を残して小屋を別の場所に移築。家族と住み始めたが、飲酒癖のために、追われるようにコンコードを出ていった。

 放置された小屋は、二年後、農家に買い上げられ、穀物倉庫となった。

 補修されず、ただ使われるうちに、すこしずつ壊れていき、屋根と一部の木材は馬小屋になった。馬小屋が壊れると、木材は引きはがされ、納屋の穴の上に打ちつけられた。

 小屋はもとの形を失ったが、暖炉や礎石はほぼそのまま残った。ソローの死から一〇年後の一九七二年(明治五年)、友人のオルコットの手で、かつて小屋のドアがあった場所にケルンが立てられた。

 ケルンは、オルコットの死後も、しばらくのあいだ、ソローが起居した場所を指し示していたが、やがて年月の中に埋もれていった。

 発掘作業が行われたのは、ウォールデン湖畔にソローが住み始めてから一〇〇年目の一九四五年(昭和二〇年)だった。

 石や土がどけられ、小屋が建っていた場所が正確に確認され、指標が立てられた。ソローの手で周囲に植えられた苗木は、すばらしい森になっていた。

 それから一二年後の一九五七年(昭和三二年)、ウォールデン湖の森にブルドーザーとチェーンソーの音が響き渡った。新しい渚をつくるためで、マサチューセッツ州の決定だった。

 わずか二日間で、湖の北東側の、十分に成長した一〇〇本の木が切り倒され、六〇〇〇平方メートルに渡って、木々の生長に不可欠な、栄養をたっぷりと蓄えた森の土が削り取られ、湖に投げこまれた。工事差し止めを求める訴訟が起こされたが、ウォールデン湖畔の豊かな生態系がもとのすがたを取り戻すことはなかった。

 

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 夕食後、コーヒーを飲んでいると、オーストラリア人のシェフがテーブルにやってきた。

「ニューヨークから、数人のお客さんがやってきたときのことだった。身なりも話し方も、いかにも都会人だった。彼らは心の底から感動したといった表情で口々に言った。『なんて静かですばらしいところだろう。都会の騒々しさにはほんとうにうんざりなんだ』ってね」

 両手を口の前で合わせ、シェフは話しをつづけた。

「夕食が終わってみんな部屋に引きあげ、ぼくはいつものようにロッジの発電機を止めた。しばらくすると、だれかがぼくの部屋をノックした。ドアを開けると、彼らのうちのひとりがすこし青ざめた顔で立っていた。いったい彼はぼくになんて言いにきたと思う?」

「……」

「こう言ったんだ。『静かすぎてどうしても眠れないんだ。たのむから発電機を動かしてくれないか』」

「それで?」

「一晩中、発電機を動かしっぱなしにしたよ。ダダダダダダッてね」

 

 

(カナダ編・続く)

 

 

*本連載は月2回配信(第2週&第4週火曜日)予定です。次回もお楽しみに。

 

 

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時見宗和(ときみ むねかず)

作家。1955年、神奈川県生まれ。スキー専門誌『月刊スキージャーナル』の編集長を経て独立。主なテーマは人、スポーツ、日常の横木をほんの少し超える旅。著書に『渡部三郎——見はてぬ夢』『神のシュプール』『ただ、自分のために——荻原健司孤高の軌跡』『オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー蹴球部中竹組』『[増補改訂版]オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー 蹴球部中竹組』『魂の在処(共著・中山雅史)』『日本ラグビー凱歌の先へ(編著・日本ラグビー狂会)』他。執筆活動のかたわら、高校ラグビーの指導に携わる。

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編著・日本ラグビー狂会

     

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