京都で町家旅館はじめました

京都で町家旅館はじめました

#14

壊れゆくものたち

文・山田静

 

 そりゃ以前は「外国人に日本の異文化体験を楽しんでもらおう!」と張り切っていましたよ私も。

 お茶でしょ、お花でしょ、伝統工芸でしょ、京料理でしょ、和服でしょ……。

 どっこい、そういうことじゃなかった。

 異文化といえば自転車のスタンドとかユニットバスだ。

 なにを言ってるんだお前は、とお思いだろうが、まあ聞いてほしい。

 

 

謎に満ちたママチャリ

「楽しかったー! でもこの自転車、パーツが壊れてたよ」

 楽遊のレンタサイクルで1日遊んできたカナダ人男子ふたり組が戻るなり訴えてきた。自転車を見ると、スタンドのロックがかかったままだ。

「これはロックです。蹴っ飛ばすと、ほらロック解除に」

「わ、知らなかった!」

 ロックされたまま力づくで戻したせいか中途半端にスタンドが上がっていて、ちょっと間違うと地面にこすれてしまいそうだ。これは走りにくかっただろう。

「ごめんね、こういうの見たの初めてで」

 男子ふたりは恐縮していたが、ちゃんと説明しなかったこっちがよくなかった。

 日本では当たり前のシティサイクル、いわゆるママチャリに乗ったことがない外国人はけっこう多い。ということは、後輪にある「ガッシャン」と鍵をかけるサークル錠も、サドルの高さを調整するクルクル廻す棒も、見たことがなく使い方が分からないのだ。

 高さ調整のやり方を教えたとたん、「ごめん壊した!」と、サドルを引っこ抜いてびっくりするゲストも多い。彼らがふだん乗っているロードバイクに近づけようと思うと、サドルを高くするしかないのだ。

「日本人はみんなこういう自転車に乗ってるけど、膝に悪いよこれ」

 嵐山と金閣寺にサイクリングに行ってきたスペイン人ゲストが足をさすりながら愚痴ってきたこともあった。

 なんだかごめんなさいね……。

 

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新緑の京都はとても美しい。神社仏閣が多いこともあり、街なかに花と緑があふれる季節だ。写真は清流もすずやかな上賀茂神社。砂の小山(立砂)は神山を象ったもの。現在、式年遷宮で社殿屋根の葺き替えが行われており、特別参拝も行われている

 

 

ユニットバスとはなんぞや

「大変です、2階から水が!」

 ある日の夜8時、スタッフがキッチンにいた私のところに焦った様子で走ってきた。

 えっ、なにこれ。

 階段の上がり口、下足箱の前が熱帯雨林みたいに盛大に水漏れしている。なんだなんだ!?

「部屋からですかね。とりあえず見てきます!」

 接客中の私に変わってスタッフが真上の部屋に走ってノックすると、シャワー中だったゲストが出てきた。

「え、なに? どうしたの?」

 本人はきょとんとしている。

 翌日調べてみると、原因はユニットバスだった。

 何度も言うようだが当館は小さい。ヨーロッパ人ゲストから「自分ちより小さい」と評されるほど小さい。

 昔の町家建築を再現した建物なのでそもそもの設計サイズが小さいのだが、そこに全室お風呂をつけようと思うと、最小サイズのユニットバスしか選択肢はない。

 この「ユニットバス」というシロモノは、前回の東京オリンピックのときにホテルの客室数を大至急・かつ大量に増やす必要に迫られ普及したという日本独自の住宅パーツで、使ったことがない外国人も多いのだ。彼らがバスタブにお湯をためてざばーんと浸かると、思ったより小さいバスタブから思ったより大量のお湯があふれて、トイレ側の床に流入する。これが何度か続いて、便器まわりの防水加工のキャパを超えたらしい。

「こんなに水が流れこむことは想定していないんです」

 修理に来たメーカー担当者は説明したが、現実に起きたことは熱帯雨林のスコールである。ただでさえ「oh、トイレに座ったまま出られないかと思った」とジョーク混じりで評される設備である。「お湯をあふれさせないようにしなさい」と大柄なゲストたちに命じるのも申し訳ない。全室、防水加工をみっちりとしなおしてもらい、その後は水漏れ問題は起きていない。

 

 

ばったり床几が!

 ほかにも日本は……というか当館内は、外国人にとってはセンス・オブ・ワンダーであふれているらしい。

 たとえば以前、本連載でもお話した「靴と下駄とスリッパの履き分け」問題、あるいは開け閉めできてブラインド代わりになる雪見障子、さらには吊り戸もだ。

 障子はまあ、見るからに紙と木でできているので「そーっとしなきゃ」と思うようだが、ドアには戸惑うらしい。外国のドアは一般的に手前に引いて開けるので、横に引くタイプのドア、まして当館のように上から吊してある「吊り戸」は、「なにこれ!?」「これで閉まるの!?」と思うらしい。加えて吊り戸は思いのほか簡単に開くので、加減が分からないまま勢いよく「たのもー!」みたいに開けてしまい、吊り戸のストッパーが壊れたことも一度や二度ではない。

 最近いちばんびっくりしたのが「ばったり床几壊れた事件」だ。

 朝食のあと、外で大きな音がしたのでスタッフが急いで見にいくと、建物からはがれたばったり床几と、横に呆然と立つゲストがいた。

 ふだんは建物側に引き上げて収納してあり、使うときは「ばったり」と下ろす「ばったり床几」は町家独特の設備で、私も楽遊で初めて触った。ややこしいものではないので一度見れば使い方は分かるはずだが、運悪くスタッフが誰もいなかったときに、子どもがあれこれ触って可動型の足を出さないまま勢いよく下ろしてしまい、床几の重みで建物からはがれてしまったらしい。誰も怪我がなかったのが本当に(本当に……!)よかったが、翌日見に来た工務店の社長も修理にあたった大工さんも「こりゃまた想定外の壊れ方ですねえ」と頭をかいていた。

 

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床几修理中。はがれた足だけ修復すれば大丈夫

 

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きれいに治った。万一のことを想定して丈夫なつくりに

 

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新築の木造建築、湿気や温度差で1年もたつと細部に手を加える必要も出てくる。割れ目が入った手すりも修理

 

 ということで、いろんなものが壊れていく。どれもこれも困ったことではあるが、逆にそれで対応を改善できることは多く、申し訳ないけれどもいい勉強をさせてもらっている。そしてその都度、説明の仕方に工夫を加えてきている。

 ママチャリが典型例だが、日本が細部にわたっていかにガラパゴスなのか、思い知らされることも多い。同時に、こういうことを通じて、日本や京都の素顔に触れて、体験してもらえたらな、とも思っているのだった。

 

 が、しかし。京町家の旅館を運営する側としては、やっぱりこう、文化を伝えなきゃいけないじゃないですか。そういう気持ちだけはあるわけです。

 お茶でしょ、お花でしょ、伝統工芸でしょ、京料理でしょ、和服でしょ……。

 ある日の夕方。

 ゲストたちが観光から戻るにはまだ時間がありそうなので、いまがチャンスと一抱えもある山野草をテーブルに広げていた。京都市の北に位置する、美しい川と森の里・美山から来る移動販売の八百屋さんから買い求めたものだ。美しいとはいえ、野生に近い花の勢いと葉っぱのもしゃもしゃっぷりにどう処理していいのか見当もつかず、花瓶を並べて困惑していたら、

「イケバナ!?」

 背後から声がした。滞在中のフランス人一家が帰ってきたのだ。お母さんが目をきらきらさせている。

「わあ、初めて見るわ。見ていていいかしら?」

――えー、、マダム、これはイケバナとは百万光年くらい離れた行為で、ただこのもしゃもしゃが何とかうまいこと収まる花瓶を探してるだけです――

 しどろもどろで説明しかけたとき、なにかを察した息子さんが割って入ってくれた。

「やめなよ母さん、彼女は仕事中だよ。邪魔しないほうがいいよ」

「まあ、ごめんなさいね」

 一家は夕食に出かける支度をすべく、どやどやと自室に上がっていった。

 ……メルシームッシュ。

 遙かなり、文化への道。

 

 

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暑すぎず寒すぎない、いまの季節は鴨川のサイクリングや散策も楽しい

 

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高瀬川の岸辺には枇杷が実っていた。もうすぐ夏だ

 

 

 

*本文中の人名や事実関係はプライバシー保護のため修正を加えています。


 

*町家旅館「京町家 楽遊 堀川五条」ホームページ→http://luckyou-kyoto.com/

*宿の最新情報はこちら→https://www.facebook.com/luck.you.kyoto/

 

 

*本連載は月1回(第1週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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山田 静(やまだ しずか)

女子旅を元気にしたいと1999年に結成した「ひとり旅活性化委員会」主宰。旅の編集・ライターとして、『決定版女ひとり旅読本』『女子バンコク』『成功する海外ボランティア』など企画・編著書多数。2016年6月開業の京都の町家旅館「京町家 楽遊 堀川五条」の運営も担当。

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