ブーツの国の街角で

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#14

フラスカーティ:フラスケッタの季節

文と写真・田島麻美

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  爽やかな初夏の風が通り過ぎる季節になった。空はどこまでも青く、太陽はまだ全力を出し切っていない。屋外で食事をするのが大好きなイタリア人が、待ち望んでいた季節がやってきたのだ。なんの変哲もない平日の朝、ふと、「太陽の下で冷たい白ワインを飲みながら、お昼ご飯を食べたら素敵だろうな」と思いついた。ローマで白ワインといえば、『法王のワイン』と呼ばれるカステッリ・ロマーニ地方特産のD.O.Cワイン「フラスカーティ」がある。その名の由来となったフラスカーティの街は、ローマから楽々日帰りで行ける距離。そうだ、フラスカーティに行こう! 早速、女友達を誘うと二つ返事でOKしてくれた。各駅電車に乗ってたったの30分、ラツィオ州を代表する白ワインの産地フラスカーティに着いた。
 

 

 

 

「フラスケッタ」発祥の地を歩く

 

 

ローマの南東に位置する「コッリ・アルバーニ(アルバーニ丘陵)」は、古来よりローマ人の避暑地として知られてきた。法王の夏の避暑地カステル・ガンドルフォがあるのもこのエリア。フラスカーティは中でも「白ワイン」と「フラスケッタ」によってローマ人に愛され続けている街である。
   電車を降りて駅前広場右手にある大きな階段を上りきると、ローマ広場に出た。キツい上りだけあって、頂上のローマ広場のテラスからの眺望は最高! ローマ市内と周辺の山々の緑が一望できる素晴らしいパノラマである。ああ、気分爽快。ランチがますます楽しみになってきた。
 広場にあるインフォメーション・オフィスで地図をもらい、案内のイメケンのお兄ちゃんにおすすめのフラスケッタはないか聞いてみた。
「う〜ん、いっぱいあるからねぇ。どこも美味しいよ。でもツーリスト向けじゃないフラスケッタならメルカート広場に行ってみなよ。外にいっぱいテーブルが出てるからすぐにわかるよ」と教えてくれた。
 「フラスケッタ」とは、文字どおりここフラスカーティが発祥のローマ版居酒屋のことである。もともと、街には特産のワインの量り売りの店がたくさんあり、各地から空ボトルを手にワインを買いに来る人たちで賑わっていた。そのうち、客たちは思い思いのつまみを持ち寄り、買ったばかりのワインと一緒に楽しむようになった。ワインの販売店も遠方から買いに来るお客のためにサラミやチーズ、子豚の丸焼きなどを用意するようになり、長い木のテーブルにドカンとつまみを並べて美味しいワインを好きなだけ楽しめる場を提供するようになった。これがフラスケッタの始まりである。
 街を歩いていると、通りのあちこちに「Fraschetta(フラスケッタ)」や「Norcineria(ノルチネリア=豚肉店)」「Prodotti Tipici(特産物販売)」などの看板を出した小さな商店が目につく。さすが食いしん坊のローマ人がこよなく愛する街だけある。

 

 

 

 

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  旧市街の入り口ローマ広場(上)。ローマ市内からのバスもここに着く。旧市街の中心サン・ピエトロ広場には17世紀のカテドラーレがある(中)。街中にはサラミやポルケッタ、ワインなど特産品を売る店がたくさん(下)


 

 

 

 

老舗の菓子屋で知った「フラスカーティ人形」の伝説

 

 

  小さな旧市街の迷路をウロウロしていると、ショーウィンドーに人形のようなクッキーをずらっと並べたお菓子屋さんに目を奪われた。ミニスカート姿で今にも踊り出しそうに見えるが、なぜかおっぱいが3つ。興味をそそられて入ってみると、寡黙で実直そうな親父さんが一人で黙々と働いていた。店内中央には「1876年創業」の看板が誇らしげに掛けてある。伝統的なお菓子屋さんらしい。
「ブォンジョルノ。ちょっと質問していい? フラスカーティのお人形ってなんですか?」
美味しそうな手作りのビスケットを購入しがてら疑問を口にしてみた。
「ああ、そこの新聞記事を見てごらん。由来がわかりやすく書かれてるよ」と言いながら、親父さんは額に入った記事の切り抜きを指差した。 
 じっくり記事を読んでみると、このクッキーは「La Pupazza frascatana(フラスカティのお人形さん)」というのが正式名称らしい。伝説によると、第二次大戦後、人手不足のため街の女性たちは皆ぶどうの収穫に駆り出された。残された小さな子どもたちは乳母に預けられたが、乳母たちの中に一人、子どもを寝かしつけるのがとりわけ上手な女性がいた。彼女の秘密は、おっぱいにあった。なんと二つの胸の間に袋を吊るして「3つ目のおっぱい」を作った彼女は、その中に特産の白ワインを入れて子どもに飲ませ、寝かしつけていたのだった。なんとまぁ、さすがワインの街ならではの伝説である。
 そんな伝説の乳母をかたどったお人形のクッキーは、はちみつと小麦粉で作られた素朴な味。街中のお菓子屋さんや特産品店で買えるのだが、それぞれ胸の大きさやアクセサリーの付け方などが異なっているので、お菓子職人さんのこだわりを見比べるのも面白い。
 

 

 

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1876年創業のお菓子屋さん「アンティコ・フォルノ・センツァアクア」は VIA DELL’OLMO 7にある(上)。3つのおっぱいが目印の「フラスカーティ人形」。素朴な味のクッキー。

 

 

 


 

庶民のパラダイス、イタリア式居酒屋

 

   

   アップダウンのある小道を右へ行ったり左に曲がったりするうち、大きな緑の木陰で人々がくつろいでいる広場に出た。中心に市場の看板があるとこを見ると、どうやらここがイケメンが言っていたメルカート広場らしい。ランチにはまだちょっと早い時間だったが、広場のあちこちに大きな豚の丸焼き「ポルケッタ」の写真を貼り付けた屋台が見える。フラスカーティには屋台以外にもフラスケッタの看板を出している飲食店がたくさんある。本来はトラットリアやオステリアよりもさらに気軽な大衆居酒屋なのだが、中には若干高めの料金でインテリアやロケーションにこだわった店もあるようなので、好みで選んでみるのもいい。
 さて、私たちがどの店にしようかと物色していると、濃ゆい顔のおっさんが巨大なナイフでポルケッタを切りながら、「味見するか?」と聞いてきた。おっちゃん、怖いって!
「裏にテーブルあるよ。よく冷えた美味しい白ワインも用意してるよ!」濃ゆい顔のおっちゃんの熱意に負け、ここでランチをいただくことに決定。

 

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トラットリアよりも大衆的な居酒屋「フラスケッタ」は店頭の豚の丸焼きが目印(上)。お昼近くなると広場や路上に即席のテーブルが並び始める。一人でも気軽にワインと料理が楽しめる(中)。豚の丸焼きを切りながら客引きに余念がなかったおっちゃん。熱意に負けてランチはここで(下)

 


 

 

 

B級グルメの王様「ポルケッタ」で至福のランチ

 

 

   おっちゃんが案内してくれたテーブルは屋台の裏手にあった。木の折りたたみ式テーブルに、キャンプで使うような折りたたみ椅子、赤白の格子模様のクロスは紙製だ。
「ほいよ!」と持ってきてくれたのはラベルもない地元の白ワインとプラスチックのコップとお皿。まさしく典型的なフラスケッタ仕様。飾り気もテーブルセッティングも何もないが、その代わり安くてとびきり美味しい料理が味わえるのがフラスケッタの特長なのだ。メニューもないので、「ポルケッタとおつまみと、野菜もちょっと欲しいな」と伝えると、おっちゃんは「俺に任せておけ!」と請け負ってくれた。頬をかすめていく丘陵地帯のそよ風を受けながら、キンキンに冷えた白ワインを一口。はぁー、美味しい!!
「お待たせ! 足りなかったら言ってくれよ」と言いながら、おっちゃんがつまみをテーブルにどかどかと置いて行った。子豚の香草丸焼きポルケッタは私の大好物である。コレステロールなんて、構うもんか。噛みしめるたびに広がるさまざまなハーブの香りと胡椒の味、そして豚肉の旨味が私を天国へ連れて行ってくれるのだから。さらに2種類のサラミとチーズ、チコリの炒め物とパンをつまみに、白ワインが瞬く間に消えていく。この他にも、アマトリチャーナやカルボナーラなどローマを代表するパスタや家庭的な肉料理、野菜料理などのメニューを揃えているフラスケッタも多い。器はプラスチックでもお味は最高。飲んで食べて、15ユーロ前後で満腹になれるのだから、食器なんてどうでもいい。

 

 

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屋台の裏手が飲食スペースになっている。まず店頭で好きなものを選んでから席に着く。

 

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容器も食器もプラスチック、テーブルクロスは紙。でも味は格別である(上)。ポルケッタ、サラミ、チーズと野菜をつまみに白ワインを楽しむ(下)。だいたいどの店も15ユーロ前後の料金で収まる。


 

 

 

 

腹ごなしに貴族の別荘までお散歩

 

 

   フラスケッタで思う存分飲んで食べてさすがに満腹になった。昼間っから屋外で飲んだワインが効いてきた。そよ風が気持ちいい。このまま眠ってしまいそう。
 帰りの電車の時間まで広場のベンチで昼寝したい衝動に駆られたが、自分が大和撫子の端くれであることを思い出し、プライドにかけてもここで昼寝してはならないと言い聞かせて席を立つ。とにかく歩いてちょっとでもカロリーを消費しよう。
 歩き始めて思いついたのは、今朝ローマ広場から見上げた荘厳な館と庭。インフォメーションのイケメンが、「庭は誰でも入れるよ。入場無料だし、素晴らしいパノラマが見られるよ」と言っていたっけ。ほろ酔い加減で重たい腹を抱えつつ、覚悟を決めて坂道を登ることにした。
 広場の左手にある道路沿いを歩き、右手に渡って坂道を登り続けること約15分。ヘロヘロになってたどり着いたアルドバルディーニ荘からのパノラマは、格別の開放感に満ちていた。ローマからたった30分でこんなに楽しめる街があったとは。なんだか特別な発見でもしたような気分になって、眼下に展開する広大なローマ市街の風景を満喫した。


 

 

 

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ローマ広場を見下ろすようにそびえるアルドブランディーニ荘は16世紀の建築。館内は見学不可だが、庭は無料で見学できる(上)。前庭のテラスからローマ旧市街のパノラマを一望できる(下)。

 


 

★ MAP ★

 

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<アクセス>

テルミニ駅から各駅フラスカーティ行きで30分、2,10€。列車は1時間に1本の間隔で運行している。バスでもアクセスできるが、フラスカーティへの道は常に渋滞するので電車の方が時間が確実。

      

 

 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は6月22日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること17年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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