旅とメイハネと音楽と

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#14

トルコ最南端の町アナムルの旅〈1〉

文と写真・サラーム海上

 

ロンドンからトルコ地中海沿岸地方へ 

 2016年7月26日の早朝、僕はロンドンのテームズ川沿いの友人宅を後にし、電車でガトウィック空港に向かった。そこからイスタンブルへと飛び、さらに国内線でトルコの地中海沿岸のガジパシャ空港へ、さらにバスでトルコ最南端の町アナムルへ向かうのだ。
 この連載の#02~#04でも取り上げたが、僕は2016年5月にトルコのカッパドキアで開催された音楽祭「Cappadox 2016」を訪れたばかりだった。それからちょうど二ヶ月という短いタームでトルコを再訪することになった。
 5月のカッパドックスの会場で、イスタンブルから同行した友人夫婦ハッカン&アイリンに次の海外取材は何時、何処へ行くのかと尋ねられた。7月にモロッコとロンドンを訪れると答えると、

「そんなに近くまで来て、なぜトルコに来ないんだ。7月後半なら僕たちはアナムルにあるアイリンの実家に滞在しているから、一緒に行こう。地中海の美しいビーチまで歩いて数分だし、アイリンの母親のヌルギュルは一日中台所に居るくらい料理が好きだから、思う存分地中海料理を習えるぞ。ロンドンからトルコまで飛んでこい!一週間くらい居たら良いのに」

 と誘われたのだ。
 料理上手のお母さんから地中海の料理を習えるだって!? しかも一週間毎日毎食? そんな誘いを断れるわけがない! 

 カッパドックス取材から帰国した数日後、僕は7月の出張のエアチケット帰路をロンドン発からイスタンブル発に変更し、そして、ロンドンからイスタンブルへ、さらにイスタンブルからアナムルに最も近い空港であるガジパシャまでの往復航空券を買い足した。

 

 日本の1.8倍の面積を持つトルコには81の県があり、それらは大きく7つの地域に分けられる。イスタンブル含むマルマラ海沿岸地方、エーゲ海沿岸地方、地中海沿岸地方、中央アナトリア地方、黒海沿岸地方、東アナトリア地方、東南アナトリア地方の7つである。
 僕は長い間、イスタンブルを中心に音楽や料理のリサーチを続けてきた。そして近年はローカルな料理にも興味がわき、機会を見ては地方に足を伸ばしていた。この3年の間にマルマラ海沿岸地方に含まれるブルガリアやギリシャとの国境に近い町を二度、中央アナトリア地方に含まれるカッパドキアを二度、エーゲ海地方のリゾート地を一度訪れた。

 東南アナトリア地方はケバブなどの肉食の都として名高い町ガジアンテップがあるのだが、シリアやIS(イスラーム国)に近いこともあり、政情不安でしばらくは取材に行けそうにない。カタクチイワシ料理で名高い黒海地方は、イワシが旬である秋から冬に訪れるのが良いと聞くが、なかなかタイミングが合わないでいた。

 そんな折、まだ知らぬ地中海地方の家庭料理を習えるとはなんという幸運だ!

 

 アナムルという町の名前も今回初めて知った。ちょっと調べたのでここに記しておこう。
 アナムルは地中海沿岸のトルコ最南端に位置する人口3万5千人の小さな町。イスタンブルからは2011年に開港したばかりのガジパシャ空港に飛び、さらに南東に約85km、自動車で一時半ほど海岸沿いの道を進んだ場所にある。地中海を挟んで70km離れた南には南北のキプロスを擁するキプロス島が浮かんでいる。
 アナムルは典型的な地中海性気候の乾燥した長い夏と涼しく短い冬により、熱帯性果実のバナナ、パパイヤ、パイナップル、アボカドなどを生産し、また国内生産の40%を占めているイチゴでも知られている。町の周辺の山麓地帯にはバナナ農園が広がり、町の西側にはほぼ手付かずのビーチがあり、観光名所としては古代都市アナムリウムの遺跡が残っている。風光明媚な場所ながら、いまだリゾート開発は行われず、巨大ホテルなどが存在しないため、平日なら誰もいないビーチで青く澄んだ海を楽しめる、などなどなど……。

 

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ロンドンからトルコへ出発!

 

 さて、連載前回の舞台だった7月末のロンドンに話を戻そう。タンジェからロンドンへのフライトで行方不明になっていたスーツケースが僕の元に届いたのは、ロンドンを離れる前日だった。しかし、一難去ってまた一難! 僕はとんでもないミスをしてしまっていた。ロンドン滞在中に友人から借りていた短パンのお尻のポケットに、クレジットカード、銀行カード、トルコの携帯SIMカードの入ったカード入れを入れたまま、彼に返してしまったのだ。
 僕がそのことに気づいたのは、彼が東京へと帰る飛行機に乗った後だった。東京に到着した友人からカード類は保管しておくと返事が来たが、僕は銀行カードもクレジットカードもSIMカードもない状態でトルコへ飛ぶはめになった。元々は荷物をなくしたイベリア航空が悪いのだが、なんという間抜けなのだ! まあそれでも日本円やユーロの現金は手元にあるし、アナムルまで到着すればハッカンたちが待っていてくれるから、なんとかなるはずだ……。
 
 11時40分の便でロンドンを出発。飛行時間は4時間弱だが、イギリスとトルコの時差は二時間あるので、イスタンブル・サビハ・ギョクチェン空港に到着したのは午後5時35分だった。そして、乗り換え便のガジパシャ空港行きは午後8時05分。トランジット時間は二時間強あったので余裕のつもりでいたが、小規模なサビハ・ギョクチェン空港での入国手続は意外と時間がかかった。そのため乗り換え便のチェックインを急いで行おうと、国際線フロアにあった両替所で現金の両替を行わずに、国内線出発カウンターまで進んでしまった。

 チェックインを済ませ、ゲートまで進むと、そこにはATMこそ何台も並んでいたが、現金の両替所はなく、トルコリラの現金を作ることができなかった。

 

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イスタンブルで乗り換えてガジパシャ空港へ

 

 ガジャパシャ空港到着は夜だ。小さな国内線空港に両替所があるとは限らないし、あったとしても夜は閉まっているに違いない。こんな時銀行カードが一枚でもあれば……。仕方ないのでゲート手前のカフェに入り、持っていた20ユーロの現金でお茶とパンを買い、お釣りの25リラ=約1000円を現金でもらった。このお金でどこまで行けるだろうか?
 ガジパシャ空港には定刻の21時40分に到着。予想通り、両替所はすでに閉まっていた。現金を手に入れられないまま空港を出ると、小さな駐車場にアナムルやさらに東にある町シリフケ方面に向かう中型バスが停まっていた。

 

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ガジパシャ空港からバスでアナムルを目差す

 

 アナムルまでのバスの料金は幸い20リラだった。しかし、それを払うと残金は5リラ。かろうじて到着は出来そうだから、その先は翌日以降に考えよう。現地SIMが手元にないので、日本の携帯から国際電話でハッカンに電話をかけ、ガジパシャ空港からバスに乗る旨を伝えると、降りる場所である「アナムリウム・アンティック・スィテスィ」を運転手に伝えておくようにとのことだった。
 バスは10時半に出発した。空港を出た途端、街灯がほとんどない真っ暗な道が続く。平坦な道がしばらく続いたが、その後は坂の昇り降りや急カーブが増えてきた。真っ暗で海沿いなのか、内陸なのかすらわからない。仕方ないので目を閉じてヘッドフォンで音楽を聴くことにした。すると僕はすぐに寝入ってしまった。
 途中、夜中12時に山中のドライブインで休憩時間となった。灯りが暗く、全体像がつかめなかったが、木造の一階建ての一部が食堂になっていて、乗車客は短い休憩時間にもかかわらず、チャイやコーヒー、スープなどを頼んでいた。

 

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休憩したドライブインの食堂

 

 お土産屋に入ると、棚に並んでいたのは1リットルほどのペットボトルに詰められたざくろビネガー(ナール・エキスィシ)、それにさらに大きな瓶に入ったオカヒジキやアッケシソウのピクルスだった。イスタンブルではあまり目にすることのないローカルな食材だ。僕にはうれしい発見だが、普通の旅行客にとってはあまり魅力的なものではないはずだ。その証拠に誰一人としてお土産を買ってはいなかった。

 

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ドライブインの土産物屋、僕にとっては興味深いものがいっぱい

 

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大瓶に詰められたオカヒジキ

 

 15分の休憩の後、再びバスに乗り、山道をくねくねと下ること40分ほどの午前1時すぎ、平らな道に出た途端、運転手に「アナムリウム・アンティック・スィテスィに着いた」と言われた。
 バスを降りると、目の前にハッカンとアイリンが待っていてくれた。深夜なのに気温は30度近く。街灯がないので辺りの風景は見えないが、「ザバァ、ザバァ」と波の音が聞こえ、生ぬるい風に潮の香りが混ざっている。
「ようこそアナムルへ。旅路はどうだった?」
「トルコリラの現金を手に入れられなかったことを除けば、快適な移動だったよ。話が長くなるから端折るけど、僕の銀行カード、クレジットカード、SIMカードは、友人の荷物と一緒に日本に先に帰っちゃったんだ」
「ワオ、それは災難だったね。でも、アナムルに居たら現金なんて必要ないよ。ここでは使う機会すらないんだから」
「え? 両替所がないの?」
「いや、そうじゃない。明日になったらわかるさ」
 アイリンの両親の家はバスを降りた道端から2分ほど歩いた所に建っていたサマーハウス集合体の一角の二棟だった。夜中の一時すぎにもかかわらず、家の前のテラスはこうこうと灯りが付き、家族全員がテーブルに集まり、たっぷりの食べ物を前にお酒やドリンクを飲み、テレビのニュース解説番組を見ながら、激しい議論を交わしていた。イスタンブルで7月15日に起きたクーデター未遂事件の傷跡は生々しい。
 そんな中、到着した外国人の僕をアイリンが家族に紹介してくれた。挨拶したのはアイリンの母親のヌルギュルさん、父親のレジェップさん、姉のシェルミンさん、その旦那のエルジャンさん、二人の一人息子のジャン、そして、ハッカンの母親でイギリス人のジュリーさん。その他、すでに眠ってしまっていたが、乳母さんとお手伝いさんも家に出入りしているようだ。
 翌朝からはお楽しみ、ヌルギュルお母さんの地中海料理レッスンが始まる!

 

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アナムルに到着して、友人ファミリーに合流!

 

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地中海沿岸のサマーハウス、ここに滞在して料理を習う

 

 

お酒の肴にぴったり!ヨーグルトのメゼ 

 今回は家庭菜園での野菜作りと自家製のラク作りにハマっていたレジェップお父さんが毎晩、夕食時にお酒の肴に作っていたメゼ(前菜)「アトム」の作り方を紹介しよう。

 

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レジェップお父さんがメゼを作ってくれた

 

 アトムとは赤唐辛子の種類の名前。日本の鷹の爪によく似た辛い乾燥赤唐辛子を指す。アトムとはもちろん原子力の意味。ほんの少しでも猛烈に辛い様が原子力を思わせ、付けられた名前と推測出来る。
 作るのは簡単。プレーンヨーグルトの水をしっかり切り、おろしニンニクと塩を混ぜ込んでから平皿に盛り付けておく。
 小さなフライパンにオリーブオイルを弱火で熱したところに、乾燥赤唐辛子とプル・ビベール(トルコの赤唐辛子フレーク)をたっぷり加え、じっくり揚げる。

 

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オリーブオイルで乾燥赤唐辛子とプル・ビベールをじっくり揚げる

 

  オイルに辛みと赤い色が付いてラー油状になったら、水切りヨーグルトに「ジャッ」とかけて出来上がり。

 

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水切りヨーグルトに唐辛子オイルをジャっとかける

 

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レジェップお父さんのアトム完成!

 

 水切りヨーグルトに塩とニンニクということでは、メゼ「ハイダリ」のバリエーションと言えそうだが、「ハイダリ」ではすりおろしたり刻んだりしたキュウリを加える。キュウリの代わりにオリーブオイルのラー油を使うのがアトムの特徴だ。パンの切れ端ですくって食べると、濃厚な水切りヨーグルトに、辛く複雑な味が加わり、白ワインやラク、ビールがいくらでも進むんだ。
 アトムは僕の中東料理イベント「出張メイハネ」ではすでに定番となっているメゼである。

 

■アトム

【材料:作りやすい量】
プレーンヨーグルト:1箱(450g)
おろしにんにく:1/2かけ分
塩:小さじ1/2
オリーブオイル:大さじ2
鷹の爪:6本(お好みで増減)
プル・ビベール:小さじ1(なければ韓国の赤唐辛子粉で代用し、塩少々を足す)
【作り方】
1.プレーンヨーグルトは布を敷いたザルなどに入れ、半量になるまで水を切る。
2.1におろしにんにくと塩を加え、お皿に盛り付ける。スプーンを使って表面に波状の凹凸を付けておく。
3.小さなフライパンにオリーブオイルと鷹の爪を入れ、弱火で熱し、焦がさないようにじっくり揚げ、オイルに香りや赤い色が移ったら、プル・ビベールを加え、火を止める。2に「ジャッ」と回しかけ出来上がり。バゲットのスライスですくっていただく。

 

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出張メイハネでも定番のアトム、ぜひお試しあれ!

 

*トルコ最南端の町アナムルの旅、次回も続きます。お楽しみに!


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*著者の最新情報やイベント情報はこちら→「サラームの家」http://www.chez-salam.com/

 

*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。次回もお楽しみに! 〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉

 

 

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サラーム海上(サラーム うながみ)

1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com

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