東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#14

タイ国鉄の未乗車区間に惑う〈11〉

文と写真・下川裕治

 東南アジアの全路線を乗りつぶす。まずタイの鉄道の「完乗」めざして約4ヵ月。ようやく終わりが見えてきた。

 前回、チェチュンサオからバーンプルータールアンの区間に乗り、残っているのは、ナムトックとスパンブリーへの路線だった。一気に乗り終えることにした。

 

 

タイ「完乗」最後の路線、ナムトックからスパンブリーヘ

 時刻表を見ながらルートを考える。まずナムトックまで行って折り返し、ノンプラドックからスパンブリーに向かう。着くのは夜の8時をまわるから、スパンブリーに泊まることになる。逆の案もある。スパンブリー発は午前4時30分。これに乗れば、ナムトックまで行けるが、スパンブリーが前泊になる。少し悩んだが、先にナムトックまで行くことにした。熟考したわけではなかったが、この選択が幸運だった。その理由は次回にお伝えすることのなるが。

 7時50分にトンブリー駅を発車する列車に乗った。バンコクには駅がふたつある。ひとつはメインのバンコク中央駅。フアムポーンとも呼ばれる。もうひとつがこのトンブリー駅だ。中心街からみると、チャオプラヤー川を渡ったところにある。各駅停車がメインの小さな駅だ。ホームの端に発券オフィスがあるだけで、ローカル駅の趣すら漂っている。

 2年ほど前、この駅からカンチャナブリーに向かったことがあった。しかし途中のノンプラドックとカンチャナブリー間が修復工事中だった。ノンプラドックから代行トラックでカンチャナブリーまで行き、そこからミャンマーに抜けてしまった。ノンプラドックから先が未乗車区間になる。

 かつての泰緬鉄道である。日本軍が工事を急いだこの路線は、ノンプラドックが起点。いまはナムトックまでで、その先、ミャンマーに至る線路は撤去された。

 

 

蝶をまとう旅から、一大観光地へ迷い込む

 蝶をまとっているようだった。ノンプラドックを出た列車は、メークロン川に沿う緩やかな斜面をのぼっていく。列車の周りには、一斉に孵化した無数の黄色い蝶が舞っていた。列車は3等の各駅停車だから、冷房はない。開け放たれた窓から、草いきれを載せた風が吹き込んでくる。うっとりするような列車旅である。

 しかしその風景は、1時間半ほどで着いたカンチャナブリーで一変する。蝶に代わって、沿線を観光客が埋めていたのだ。

『戦場に架ける橋』という映画が、この一帯を観光地にした。メークロン川はこのあたりからクワイ川に変えられ、バンコクからの列車代も外国人は100バーツ、約320円。タイの国鉄にしたら別格に高い観光運賃になった。

 カンチャナブリーを過ぎた列車は、すぐにクワイ川橋駅に停車した。ホームには生バンドの演奏が響き、土産物屋が並ぶ。祭りのような風景だった。そこここに中国語の看板も見える。ここがクワイ川に架かる鉄橋の袂になる。

 観光客は橋を歩いて渡ることができる。列車は徐行運転で渡っていく。橋の途中には何か所も待避所がつくられている。橋を渡る観光客は、列車がくると、ここに立ち、誰からともなく、乗客に向けて手を振ってくれるのだが。

 タイの鉄道には嫌気がさすほど乗ってきたが、こんな路線ははじめてだった。僕はタイの鉄道を完乗するという地味というか、酔狂な列車旅を続けている。こういう乗客は、沿線を埋める観光客から手を振られても、どう反応したらいいのだろうか。

 列車は渓谷に沿ってのぼっていく。やがてアルヒル桟道橋をゆっくりと進む。ここはクワイ川の崖にへばりつくようにつくられた木造橋。そこに線路が敷かれている。そこにも観光客がいて、また手を振ってくる。この路線はどこまで行っても観光だった。

 列車は35分遅れて終点のナムトック駅に到着した。時刻表では、12時55分に折り返発車することになっている。その時刻より10分遅れて到着したわけだ。

 走って駅舎に向かう。そこで切符を買わなくてはいけないのだ。タイの列車はこんなことばかりだ。もう慣れてきてしまったが、まあ、これが最後と発券窓口に立つ。

「ノンプラドックまで」

「すぐ出るから急いでください」

 わかっている。そういわれてから10分は発車しないことも知っている。そして列車の車掌が怪訝な視線を送ってくることも織り込まれている。

「どうしてまた乗ってくるの?」

 タイの国鉄に完乗を目指していることを伝えても、彼らの視線は宙を舞うだけなのだ。

 戻りの列車は、少しスピードアップした。下り坂というわけではないだろうが、ノンプラドックには5分遅れで着いた。往復で帳尻がつけば問題ないでしょ。そういうことだろうか。タイ人らしい発想だった。(つづく)

 

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ナムトック行き列車で駅弁のタイのそばに出合えた。これタイの車内食の逸品。10バーツ

 

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こうして手を振られ、写真もばしゃばしゃ撮られます。覚悟してください

 

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※地図はクリックすると拡大されます

 

*タイ国鉄(タイ国有鉄道)ホームページ

 

*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『タイ語の本音』『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ』『「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦』『週末バンコクでちょっと脱力』『週末台湾でちょっと一息』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」(いまはユーラシア大陸最南端から北極圏の最北端駅への列車旅を連載)、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

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