風まかせのカヌー旅

風まかせのカヌー旅

#14

イフルックへ(その2) 気がかりノーマン

パラオ→ングルー→ウォレアイイフルック→エラトー→ラモトレック→サタワル→サイパン→グアム
★離島の地理歴史など基本情報はコチラ

 

文と写真・林和代

 

 

 

 半月よりも少しばかり太った月が、くっきりと輝いていた。

 静かな夜の中、不意に妙な物音が響いたので、懐中電灯で照らして見てみると、体長5センチほどの小さなトビウオが、我がマイスのキャプテンボックスの上にぺたりと張り付いていた。

 月明かりに浮かれて、うっかりマイスに飛び込んで来てしまったのだろう。

 小さいくせに、もうしっかり銀色の翼が生えていた。

 

 

IMGP0631

 

 

 12時過ぎ、私たちのシフトが終わってのんびりコーヒーを飲んでいると、起き出してきたオサムが不意に話しかけてきた。でも、よく聞こえない。彼の声はいつも小さい。

 私が近づいて行き、なに? と聞き返すと、彼はいつになく前のめりで話し始めた。

「ウォレアイの最初の晩さ。ワシ、夜はカヌー小屋で寝てたのよ。寝るときは誰もいなかったから、真ん中辺で。で、ふと目を覚ましたら、端っこの方、自分からは4、5メートルのところでノーマンが寝ようとしてたのが見えたの。で、そのまま寝てたらさ、急にノーマンの手や足ががばーって抱きついてきてさあ!」

「うっそ!」

「でね、えーって思って見たらノーマン、どうも寝てるんだよね。寝ながらこっちに転がってきたみたいなんだ。寒かったのかもしんないんだけど」

「はあ?」

「で、ワシは腕や足をよいしょっとどかして、今度はワシが一番端っこまで移動して寝たの。したらまたノーマンがゴロゴロって転がってきてがばーって。もう、うっとおしいやらキモチワルイやら」 

 

 そんなにオモロイことがあったのかと呆れながら笑って聞いていると、すでにその話を聞かされていたムライスとロッドニーのパラワンコンビが、大きな声でノーマンをからかい始めた。

 ノーマンはやや引きつった笑顔で、全然覚えてないよ、知らないなどと嘯くが、ちょっと元気がない。

 


IMGP1107
最初は上半身裸なのに、寝ている間に、いつのまにか脇にぶら下がっているビニールシートをぐるぐる巻きにして寝てしまうノーマン。このシートは、海が荒れてるとき女子が船尾でトイレをするときに目隠しカーテンとして使う大事なものなのだが、いざ使おうとするとこの状態なので、女性陣は大変苦労した。多分、寒くなって巻いてしまったり、オサムに張り付いてしまうのだろうが……。

 

 実は、ウォレアイを出た後、我々はラモトレックに向かう予定だった。途中にあるイフルックに立ち寄る予定ではなかったのだ。

 しかし、ウォレアイに向かう途中、ノーマンが海に落ちた。怪我はなかったが、その頃からノーマンの様子が少しおかしくなっていた。

 

 夜の舵取りの時、舵にまたがったまま眠ってしまい、すてんと転がり落ち、巨大な舵がびゅわんと持ち上がり、かなりの勢いで落ちてきて、エリーの足に当たったことがあった。

 幸い大したことはかったが、一つ間違えば大ごとだ。

 それに、立ったまま、ものを食べながら眠ってしまうことも度々あった。

 そこでウォレアイに着いた時、セサリオがウォレアイの酋長に頼んで、ローカルメディスンができる老女に治療をお願いした。

 はっきりとは分からぬが、海に落ちた時に彼に取り付いた「悪いモノ」を祓う、と言ったニュアンスの治療と、精神的なショックを和らげるための治療だそうである。

 その老女が、治療には3日かかると言ったため、本来なら2泊の予定だったウォレアイに3泊した。

 

 それに、ウォレアイ滞在中、ノーマンは診療所で血圧を測ったところ、230もあった。

 これは相当危険な数字だそうで、いつ心臓発作が起きてもおかしくない、極力塩分を避けるように、と医師から注意を受けた。

 そのため私たちクルーも、ウォレアイを出てから彼の食事を注意してみるようになった。

 しかし、彼の尋常じゃない食べっぷりは相変わらず続いていた。

 皿に山盛りのご飯を乗せ、その上にツナ缶と鯖缶を汁ごと全部乗せたり、スパムもひと缶丸ごと平らげたり。

 せめてツナ缶の汁は捨てなさい、と皆が強く言えば言うほど、ノーマンは頑なになり、最終的にはクルーから隠れて食べるようになっていた。

 それを目ざとく見つけたロッドニーとムライスは、大声で指摘してちょっとからかった物言いをしたため、ノーマンはいよいよ卑屈になっていった。

 

 そんな彼を心配したセサリオは、通過する予定だったイフルックに立ち寄ることにした。

 イフルックはノーマンの故郷で、彼自身が立ち寄ることを強く希望したのだった。

 

 ノーマンに初めて会ったのは2004年のこと。私が初めてミクロネシアの伝統カヌーに乗って、ヤップからパラオへ航海した時のクルーの一人だった。

 その2年後、このマイスがハワイで建造中だった時、彼はセサリオと一緒にハワイで建造を手伝っていた。

 さらに2年後、私が初めてマイスで航海した時、彼はいなかったが、航海中、マイスがイフルックに立ち寄った時に再会。そこで彼は唐突にマイスに乗り込んでパラオまで行き、以来パラオに居ついている。

 髪がくるくるしたおばちゃんパーマの太っちょさん。

 ちょっと粘っこいキャラではあるが、働き者で力持ち、頼り甲斐のあるクルーだった。

 そんなノーマンが、心身ともに弱ってきている。

 

DSC_0608
力自慢のノーマンは舵取りが得意分野。[PHOTO  by Aylie Baker]

  

 

 実は私たちクルーは全員、マイスに乗船する際、航海中に死んだら簡単な儀式を船上でして、速やかに水葬することに異議ありません、と言う誓約書のようなものを書かされる。

 普段はそんなことすっかり忘れているが、このころのノーマンを見ていると、その誓約書がなんども脳裏をよぎった。

 早くイフルックに着かないと。

 着いたところで解決する保証はないけれど、彼の故郷であり、実はこの辺りでもマジックアイランドとして名をはせるこの島なら、なんとかしてくれそうな気がした。

 幸いイフルックとウォレアイは80キロほどと近い。風も悪くない。

 このままいい風が続きますように。

 

 翌朝目覚めると、すでにイフルックが見えていた。

 エリーによれば、昨夜ノーマンは、シフトの時間になっても起きて来ず、最後の1時間だけ起きて舵を取ったが、やはりまたがって寝てしまったらしい。

 でも、無事だったのならいい。間に合った。

 

 やがてマイスは、イフルックの小舟にロープで曳航してもらい、穏やかな浜辺に無事辿り着いた。

 

IMGP0891

 

 


*離島情報コラム 国と経済について

 

今回、マイスが立ち寄る離島は、すべてミクロネシア連邦のヤップ州に属している。

 

ミクロネシア連邦は、ポンペイ州、コスラエ州、チューク州、ヤップ州の4州から成り、首都は、ポンペイ島のパリキール。

ミクロネシア連邦は大統領制をとる国で、アメリカと自由連合盟約を結んでおり、国防上の権限はアメリカにあるが、米軍基地はない。ただし、米兵のリクルートは盛んである。

国の生産性は低く、生活必需品の多くは輸入に頼っている。

経済は、コンパクトと呼ばれるアメリカからの経済援助により成り立っている。

ただ離島には、貨幣経済があまり入っておらず、基本的な暮らしは、伝統的な自給自足、物々交換などで成立している。

 

離島には、「ストア」と呼ばれる店が数件あり、そこでは現金でものを買える。

ただ、その商品はすべて連絡船が運んでくるのだが、船の運航がかなり不定期なので、船が来ないから品物もなくなり、いくらお金があっても買えない、という自体に年中陥っている。

主なストアの商品は、ツナ、鯖など魚の缶詰、スパム、米、砂糖、インスタントラーメン(サッポロ一番が大メジャー)、醤油、インスタントコーヒー、クッキーなどの食品と、タバコ、洗剤や紙おむつなどが中心。

離島で現金収入が得られる職業は、学校の先生と診療所の医師や看護師などの公務員(?)。ただ、人口が数百人の島が多いので、警察、消防、役所といった他の公務員的職業はない。

男は、カヌーを作り、海に出て食料を取る。女はタロイモ畑で芋の世話をし収穫し、料理するのが主な仕事。

 

お金に匹敵する価値があるものの代表は、タバコ

ちょっとしたお礼やお詫びにはタバコが有効で、1本、2本などバラでも使える。

例えば、島に滞在させて頂く外国人が、島の酋長にご挨拶に伺う場合の貢物としては、1カートンが理想的。

 

IMG_1155.JPGサタワル島のストア内の様子。船が着いたばかりで、中はダンボールがてんでに置かれている。ストアの扉には手書きの値段表が貼り出されていた。


 

イフルック環礁データ


*本連載は月2回(第1週&第3週火曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

*第12回『Festival of pacific arts』公式HPはこちら→https://festpac.visitguam.com/


canoe_routemap4
クルー1クルー2

canoe-trip00_writer01

林和代(はやし かずよ)

1963年、東京生まれ。ライター。アジアと太平洋の南の島を主なテリトリーとして執筆。この10年は、ミクロネシアの伝統航海カヌーを追いかけている。著書に『1日1000円で遊べる南の島』(双葉社)。

風まかせのカヌー旅
バックナンバー

その他のTRAVEL

ページトップへ戻る

ページトップへ戻る