旅とメイハネと音楽と

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#13

中東料理の最前線はロンドンにある!〈後編〉

文と写真・サラーム海上

 

イスラエリー・フュージョンの店『Palomar』 

 7月24日日曜、ロンドン2日目の朝、シャード・テームズ近くの友人の家で目を覚ました。モロッコからのフライトで紛失してしまった僕の荷物がマドリッドの空港で見つかったと、前日のうちに連絡を受けていたものの、その後一夜開けても新たな連絡はない。ロンドンにいる残り48時間のうちに無事に荷物を受け取れるだろうか? 
 と言っても中身はお土産ばかりで、大切なものはほとんど入ってない。それにロンドンの次に訪れるのはトルコの友人宅だから、特に困ることはなさそうだ。着替えのTシャツやパンツは町に出て買えばいいし、短パンは同室の友人に貸してもらった。しかし、その短パンのポケットにとあるものを入れっぱなしにしたまま、友人に返してしまい、後々面倒な目に遭うことになるのだが………それは後日に記そう。

 

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 前日訪れたバラ・マーケット内のレバニーズ・フュージョン・レストラン『Arabica Bar & Kitchen』が本当に美味しかったので、今日も中東フュージョン・レストランに食べに行くことにする。

 タウン情報サイト「Time Out London」をチェックすると、「ロンドンのベスト中東料理レストラン」にリストアップされていたイスラエリー・フュージョンの店『Palomar』が気になった。
 これまでに、イギリス在住のイスラエル人、人気シェフ、ヨータム・オットレンギが開いたデリカテッセン『Ottolenghi』は訪れていた(『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』第5章番外編「美味しいロンドン」項参照)。
「Time Out London」によると、『Palomar』は『Ottolenghi』が切り開いた現代のエルサレム~イスラエル料理を更に進めているとのこと。それは興味深い! この店は同メディアが2015年に選んだ「ロンドンのベスト100レストラン」の第9位にもランクインしている。
 さぞかし予約を取るのが難しそう、そう思って、お店の公式ウェブサイトにある予約ページを読むと、いやいや「16席のバーカウンターは早い者順に案内します」と書かれていた。どうやら予約しなくても並べば入れるらしい。とりあえずランチのピークを過ぎた午後3時くらいに着くようにしよう。

 日曜のお昼すぎ、まず地下鉄に乗り、ブリックレーンにある老舗レコード店『Rough Trade』で新譜をチェックする。今の僕はワールドミュージック専門のライターだが、1980~90年代には僕もイギリスの音楽を中心に聴いていたのだ。ロンドンに来たら今でも、たとえお目当てのものがなくとも『Rough Trade』や『Soul Jazz Records』には立ち寄ってしまう。
 すると店頭には2ヶ月前の2016年5月にトルコのフェス「Cappadox」取材に同行したイスタンブルの友人ハッカンのソロ・プロジェクト「TSU!」の最新作のアナログ盤が飾られていた(「Cappadox」取材記事は、本連載第2回参照)。
 なんという偶然! 実はロンドンで4泊した後、僕は再びトルコに飛び、ハッカンとアイリン夫婦と再会し、トルコ最南端の町アナムルにある彼らの両親の家にお世話になる予定でいたのだ。ロンドンのレコード店でハッカンのレコードに出会えるとは世界は狭いなあ!

 

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ブリックレーンにある老舗レコード店『Rough Trade』

 

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友人ハッカンのソロ・プロジェクト「TSU!」最新作が店頭に

 

『Rough Trade』で気になったCDを数枚買った後、再び地下鉄に乗ってソーホーへ。そこからレスター・スクエアに向かって南に歩き、途中、やはり『Soul Jazz Records』にも立ち寄り、そこでもCDを買い、さらに数分歩くと、地中海らしく鮮やかな青に塗られた外壁が目印の『Palomar』に着いた。

 

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『Palomar』の外観

 

 午後3時前、お店は案の定満員だったが、しばらくすれば空きそうだ。三人で店の前のベンチに腰掛けて待つ。すると15分ほどで横長のキッチンを覗き込めるバーカウンターに案内された。キッチンでは髭面イケメンのイスラエル人男性が四人、テキパキと作業を行っている。おお、ベストポジションだ!
 メニューを開くと通常の中東料理らしいものはほとんどない。その代わりにOcto-Hummus、Kebab Deconstructed、Beets Goes Prawns、Jerusalem Messなど、まるでポップソングのタイトルのような、イギリスらしい言葉遊びに満ちた名前が並んでいて、それだけで嬉しくなった。

 

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バーカウンターからキッチンを見たところ

 

 では早速前菜から。1品目は前日に続いて「ファットゥーシュ」。通常のファトゥーシュは乱切りのトマトときゅうりと玉ねぎ、パセリのサラダに、カリカリに揚げたり焼いたりしたピタパンをちぎり入れたものだが、ここではピタパンの代わりにユダヤ教徒が食べる白パン「ハッラー」のクルトンを使い、サラダの下には水切りヨーグルトが敷かれていた。
 味付けはイスラエルらしくザータルとスマックにレモン汁とオリーブオイル。ナッツも散らしてあり、みずみずしい生野菜とボソボソしたクルトンやナッツの食感の組み合わせが美味い!

 

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上の真ん中の皿が、1品目のファットゥーシュ

 

 2品目は焼いたビーツのカルパッチョ。これはイスラエルの定番料理となっている。ビーツはオーブンで焼き、甘さと土臭さを強調し、そこにヘーゼルナッツ入りのクラッカーと山羊のチーズがのり、ざくろビネガーを使ったビネグレットソースで仕上げている。

 

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2品目、ビーツのカルパッチョ

 

 3品目はモロッコ風ドレッシングで味付けた人参のラペにワイン蒸しにしたムール貝を和えたもの。茹でた人参をクミンや香菜を効かせたドレッシングで和えた「茹で人参のモロッコ・サラダ」は拙著『MEYHANE TABLE』にも掲載しているが、人参を茹でずに細かくスライスしてモロッコ風ドレッシングと和え、最後にムール貝を合わせるとは想定外だった! ムール貝の泥臭さにモロッコのエキゾチックなスパイスが切り込んでいく。これは日本に戻ったら真似しよう! ムール貝の代わりに牡蠣で作ると、さらに日本的なヒネリが加わるかも?

 

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人参のとムール貝のサラダ

 

 次はメインディッシュになるのだろうか、初めて聞く名前の料理「シャクシューキト」。説明の英文によると、「牛とラムの挽肉を使った脱構築ケバブ、タヒーニ、ヨーグルト、塩レモンとハリッサ(北アフリカの赤唐辛子ペースト)」とのこと。「シャクシューカ」ならアラビア語北アフリカ方言で「混ぜたもの」を意味し、それが転じて、フライパンでスパイシーなトマトソースを作り、その上に卵を落として火を通した卵料理を指す。「シャクシューキト」はやはり「混ぜたもの」を意味するのだろうか。そして「脱構築ケバブ」とは何のことだろう?
 運ばれてきたものを見て合点がいった。肉団子の形にまとめるべき挽肉を、手でこねることなくピスタチオや松の実とともにフライパンの上に広げて、クミンやハリッサで味付けし、火を通したものだった。きちんとほぐれていないそぼろのような状態で、まさに形のない脱構築ケバブ! それをタヒーニやヨーグルトを敷いた耐熱皿にのせ、さらにその上に塩レモンのペースト、ハリッサをかけて、ピタパンにはさんでいただくのだ。
 これも日本に戻ったら出張メイハネで作りたいなあ。30人や50人分のケバブやコフタを一個ずつこねて、フライパンで焼くのは非常に手間と時間がかかる作業なのだ。この料理ならその工程を端折ってしまえる!

 

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初めて聞く名前の料理、シャクシューキト

 

 キッチンの右奥にはスペイン製の巨大な炭火焼きオーブン「ジョスパー」がドーンと設置されていた。それだけにジョスパーと名付けられた料理も目立った。
「オクト・ホモス、ジョスパーで焼いたタコ、ひよこ豆のムサバハとセミ・ドライトマト」。「ムサバハ」とはとろけるほど柔らかく煮込んだひよこ豆をすり鉢で軽くつぶし、レモン汁、タヒーニ、オリーブオイルで和えたもの。ホモスの一種だが、ペースト状ではない。柔らかく煮たタコを炭火で焼いて、軽く焦げ目を付けてから、ムサバハとオーブンで水分を抜いたチェリートマトと和える。タコの出汁は万能だが、ホモスにも合うとは知らなかった!

 

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オクト・ホモス。タコの出汁が絶妙

 

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スペイン製の巨大な炭火焼きオーブン、ジョスパー

 

 ここまでの5品を一箇所に並べて撮影した後、一つ一つの味を興奮しながら堪能していると、お店からのおごりが届いた。「ジョスパーで焼いた茄子、フェタチーズのソース、トマト、新鮮なオレガノ、フライド・エシャロットと松の実」だ。「ムタッバル」や「ババガヌージュ」など、中東には焼き茄子をほぐした料理が多いが、焼き茄子をフェタチーズのソースで和えるのは初めて見た。炭火焼きでトロトロになった焼き茄子と、上にのったフライド・エシャロットのクリスピーな食感の違いも楽しい!

 

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ジョスパーで焼いた茄子の料理
 
 すでにお腹がいっぱいになりかけていた僕たちだが、お店からのおごりに気を良くし、最後にもう一品、料理を追加することにした。
「日本人かい? なら、マグロのカルパッチョを食べて行ってよ」
 キッチンの若いアニキに勧められたものは、マグロのカルパッチョにオリーブオイルとタヒーニ、赤玉ねぎのスライスをふりかけ、トッピングにひじきがのっていた。イスラエル人は寿司や刺し身など日本の魚料理が大好きなので、この料理はさもありなんだが、ごく薄くスライスしたマグロの刺し身にゴマドレッシングがかかった料理と考えると、日本人にはあまりありがたいものではなかった。それでも新しい味を求めて日々精進していることは十分に伝わった。

 

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マグロのカルパッチョ

 

 さて、中東料理は甘いもので締めるのが基本。そこで一皿で二人分というデザート「エルサレムの粗相」を頼むことにした。名前こそ「粗相」だが、実際は見るからに美味しそうな一品だった。アーモンドクランブルの上に、いちご、水切りヨーグルトのムース、レモンクリーム、メレンゲ、ニワトコとリンゴのゼリーが山盛りになっている。フルーツやムースが中心のデザートは、いかにもフルーツや野菜大国のイスラエルらしい。西洋のデザートのように重くないのが良い。

 

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デザート、エルサレムの粗相

 

 全ての料理がカラフルで、しかも美味かったし(マグロを除いて)、何よりもどの料理にも驚きがあるのがイイ。
『Palomar』の料理はイスラエル料理に深く根ざしながらも、現代のグローバル化した世界で流通している世界中の食材や調理法を取り入れ、日々進化している。まだまだ日本に知られていない郷土料理を求めて中東各地を訪ねるのは楽しい。だが、それと同時に僕はこうしたフュージョン&多国籍料理の最前線も掘り続けていきたい。この店は次のロンドン訪問時にも訪れよう!

 

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ロンドンに行ったら、ぜひ再訪したい『Palomar』。バーカウンターの席も楽しかった

 

 

中東フュージョン料理、脱構築ケバブを作ろう 

 今回はシャクシューキト、脱構築ケバブを再現してみよう。
 
■シャクシューキト
【材料:2人分(18cmのスキレット1枚分)】
玉ねぎ:1/2個(みじん切り)
ピスタチオ:大さじ1/2
松の実:小さじ1
オリーブオイル:小さじ1
クミンパウダー:小さじ1/2
パプリカパウダー:小さじ1/2
にんにくのすりおろし:1かけ分
ラム挽肉:100g(ジンギスカン用ラム肉をフードプロセッサーで挽く、なければ牛挽肉で代用)
牛挽肉:50g
マンゴーチャツネ:小さじ1/2
塩レモンの実の部分:小さじ1/2(細かく包丁でたたいておく)
ハリッサ:小さじ1/2

タヒーニ:1/4カップ
ヨーグルト:1/2カップ

タヒーニ:小さじ1/2
ハリッサ:小さじ1/2
塩レモンの実の部分:小さじ1/2:細かく包丁でたたいておく
ピタパン:2枚

【作り方】
1.フライパンにオリーブオイルを熱し、玉ねぎのみじん切りとピスタチオ、松の実を入れ、玉ねぎが透明になり、軽く色づくまで炒める。
2.クミンパウダー、パプリカパウダー、にんにくのすりおろしを足し、よく混ぜ合わせてから、ラム挽肉、牛挽肉を加える。肉に半分火が通ったら、マンゴーチャツネ、細かくたたいた塩レモンの実、ハリッサを加え、混ぜ合わせ、さらに2分火にかけてから、火を止める。蓋をして温かいまま保管しておく。
3.ピタパンはオーブンなどで温め、タヒーニとヨーグルトはボウルで混ぜ合わせる。
4.18cmのスキレットに、3のタヒーニ・ヨーグルトを敷き、その上に2の肉をのせる。タヒーニ、ハリッサ、細かくたたいた塩レモンの実の部分で飾り付け、温めたピタパンをスキレットの端に刺して出来上がり。温かいうちにいただく。

 

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『Palomar』のシャクシューキト。いずれ出張メイハネでも作ってみたい!
 

 

*著者の最新情報やイベント情報はこちら→「サラームの家」http://www.chez-salam.com/

 

*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。次回もお楽しみに! 〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉

 

 

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サラーム海上(サラーム うながみ)

1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com

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