ブーツの国の街角で

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#13

ペーザロ・ファーノ:アドリア海へ、週末エスケープ旅行  

文と写真・田島麻美

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  5月初旬、GWで日本からやってきた友達一行とローマを歩き、見慣れない街を歩く楽しさを満喫している彼女らを横目で見るうち、私の中に「旅に出たい!」という欲求がムラムラと湧き上がってきた。行く先はどこでもいい。まだ見たことのない風景、感じたことのない街の雰囲気を私も味わいたい。そう思ったら居ても立ってもいられなくなってきた。一泊二日で行ける近場で、目新しい環境が整った街はどこかにあるだろうか…。思案していると、相棒が週末に所用でペーザロへ行くと言う。ペーザロ? そういえばまだ行ったことがない。地図を見るとアドリア海に面している。5月晴れの爽やかな週末、なかなか見られないアドリア海の海辺で過ごすのは気持ちがいいだろう。即座に心は決まった。

 

 

遠路はるばるたどり着いた海辺の街

 

  ローマからペーザロまでは、急行インターシティと各駅の電車を乗り継いで行くしか手段がなく、所用時間は5時間近くかかる。バールもない寂れた乗り換え駅のファルコナーラ・マリッティマで各駅停車を待つこと50分。そこから各駅電車に揺られ、ようやくペーザロに到着した。
 駅前の広場から旧市街を目指して歩き始めると、歩道のあちこちに自転車マークがあることに気づいた。周りを見ると、老若男女誰もが自転車に乗って通り過ぎて行く。バイクシェアリングが進んでいる街らしい。海辺の遊歩道を自転車で走るのはさぞ爽快だろうと想像はするものの、私は自転車に乗れない。馬なら乗れるのだが、自転車だとどうしても直進できず、道路脇を走るのは危険極まりないので周囲から禁止されているのだ。

 

 

 

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                      ペーザロの旧市街にある自転車専用道路とバイクシェアリングのパーキング。駅前から市街、海辺の長い遊歩道沿いまで専用路がある。
 

 

 

 

   自転車専用道路を脇目に旧市街を目指して歩いていると、にわかに雨が降り出した。ウンブリアの山を越え、早起きして遠路はるばるアドリア海を見にここまで来たのに、雨ではどうにもならない。通り雨であってくれることを祈りながら、まずはゆっくりランチをとることにした。
 ペーザロについて全くの無知であった私は、地元民のウェイターに「どんな料理を食べるの?」と尋ねてみた。すると「ストロッツァ・プレティっていうパスタとか、あとはマルケ名物の”フォッサ”っていうチーズをよく食べるよ」ということだったので、この二つのパスタを注文。ペコリーノチーズを熟成させたフォッサは香り高く濃厚な味で卵入り手打ちパスタにぴったり。どっしりしたマルケの赤ワインにもよく合いそう。好き嫌いは分かれそうだが、ペコリーノ好きの私には最高のご馳走である。   
 余談だが、その夜ペーザロの郷土料理について調べてみたところ、「ブロデット」という魚介のスープや「パッサテッリ」というパスタがあることが判明した。しかし、滞在中に会ったペーザロ市民の口からは、これらの料理名は一度も聞かなかった。なぜだろう?
 

 

 

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地元のトラットリアで注文した「フォッサ」という名物のチーズをたっぷりかけた手打ちパスタ(上)は、濃厚なペコリーノチーズの香りと塩味が病みつきになる美味しさ。ストロッツァ・プレティというねじったマカロニのようなパスタ(下)も定番メニューらしい。

 

 

 

 

寂しすぎる海辺の遊歩道と巨大トマト

 

  素朴でありながらパンチが効いた濃厚パスタで大満足のランチを終え、いよいよ街歩きをスタートしようと店を出た。空にはまだ暗雲が垂れ込め、地図もない私はどこへ行くべきか迷う。太陽さえ出てくれれば、夢のように美しい真っ青なアドリア海の水平線を心ゆくまで眺めながら、気持ちのいい散歩ができるはず。そう願いながら、とりあえずツーリスト・ポイントがある海辺の広場を目指して歩く。レプッブリカ通りを抜けた所に「i」マークが見えた。雨がまた降り出した。急いで案内所へ入って、地図と何かいい情報をもらおう、と入り口に向かって走った。
 ツーリスト・ポイントは閉まっていた。なんと土日は休みらしい。世界中からオペラファンが詰めかけるロッシーニ音楽祭の期間ならこんなことはないのだろうが…。仕方なく雨宿りしつつスマホを取り出して検索。「ペーザロの人気スポット」として紹介されていたのは「Sfera di Pomodoro(トマトの球体)」(?)という現代アート。ふと目線を上げると、まさに今目の前で高齢カップルが雨の中、巨大トマトを前に写真撮影に興じている。暗い雲と雨、どんより灰色のアドリア海をバックに巨大トマトと記念撮影。寂しい。ものすごく寂しい!

 

 

 

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海辺のリベルタ広場にある「SFERA DI POMODORO」は「トマトの球体」ではなく、この彫刻の作者である彫刻家アルナルド・ポモドーロの名に由来する。「SFERA GRANDE」(大きな球体)とも呼ばれている。


 

 


 

救いの女神の登場で予想外の感動に出会う

 

   あまりの寂しさに打ちひしがれ、トボトボと旧市街へと戻る。雨は小降りになって来たが、風が冷たく、気温も一気に低下。どこかへ入らないと風邪をひいてしまう。
 ロッシーニの生家の向かいに、地元の特産物を揃えた店があった。せめてここで郷土料理の話でも聞ければと、さして期待もせずに入ってみた。マルケ州特産のトリュフや赤ワイン、パスタなどが並んだ店内にお姉さんが一人、試食用のチーズをのんびりと切っていた。暇そうだし、おしゃべりに付き合ってくれるかも。
「あの、ちょっと伺いたいんですが。ペーザロの見どころ、教えてくれませんか?」
突拍子もない質問にお姉さんは一瞬戸惑った顔をしたが、「実はツーリスト・ポイントに行ったら閉まってて、地図もなくって。ここに来るの初めてなんで、どうしたものか困ってるんです」と私が言うと、納得したようにニッコリ笑顔を見せ、「地図ならここにも置いてあるわよ。カテドラーレ(大聖堂)はもう見た? 素晴らしい古代のモザイクが残ってるユニークな教会なのよ」と喋り始めた。
 それから30分間、お姉さんの怒涛のペーザロ&周辺ガイドが続いた。彼女の臨場感溢れる名所案内と、「ベッリッシマ!(すっごくキレイよ!!)」というコメントを聞くうち、私も興味をそそられてきた。他にこれといったアテもなし、残りの1日半は彼女のおすすめコースに従ってみよう。
 

 

 

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ペーザロとマルケ州の特産品や手工芸品などを取り揃えた『PALAZZO DEL TURISMO』(上)と、興味深い情報をたくさん与えてくれたとても親切なジョルジアさん(下)。店では地元のワインの無料試飲会などのイベントも随時開催されるそうで、この日もその準備の真っ最中だった。
 

 

 


 アドバイスに従って入ったカテドラーレは結婚式を終えた直後らしく、祭壇には真っ白な花々が飾られていた。さて、古代ローマのモザイクはどこにあるのだろう? 天井、壁に目をやるが影も形も見えない。ピカピカに磨かれた足元の大理石に視線を落とすと、一部がガラス張りになっていることに気づいた。お姉さんが「入り口脇の照明ボックスに1ユーロを入れるとライトアップされてよく見えるわ」と言っていたのを思い出し、早速コインを投入。ガラスの中にパッと光がついた。よく見ると、大聖堂内の床のあちこちから光が漏れている。ガラス張りの床は数カ所あるらしい。近場のガラスを覗き込んで見ると、そこには謎めいた人魚のモザイク画がくっきり。他にもスフィンクスのような鳥獣がいたり、動物や花々のモチーフがあったりと、古代人のファンタジーの世界が緻密なモザイクによって表現されている。ガラスの床と大理石の床を交互に見ると、かつてここにあった古代ローマ遺跡と現代の教会が二重構造で見事に融合していることがわかる。こんな建築、こんな見事な古代ローマのモザイクは今まで見たことがなく、時空を超えて交わる二つの世界の間に自分が立っていることを考えるうち、じわじわと感動がこみ上げて来た。
 

 

 

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カテドラーレ内の床は二重構造になっていて、ガラス張の部分には古代ローマのモザイク画が覗き込める(上)。古代人のファンタジーがいっぱいのモザイク画。人魚は海と女性、すなわち豊穣のシンボルだったという説も。気の遠くなるような年月を経てもなおその美しさを失っていない(下)。

 

 

 

 

アドリア海に残る古代ローマの足跡

 

  翌日は近郊の街ファーノへ行ってみることにした。ペーザロから各駅の電車で一駅、たったの8分で着くのでふらっと半日観光するにはもってこいの街だ。車窓からアドリア海の長いビーチを眺めつつ、ファーノに到着。駅前広場に出ると、いきなり巨大な城壁が見えた。旧市街はこの城壁の中にある。一方、駅を挟んだ反対側には砂浜のビーチが広がっている。アドリア海を見に来たのに、まだその美しい海を拝んでいない。かといって、お姉さんオススメの旧市街を見ずに帰るのも気が引ける。小さなファーノの街は「30分もあれば回れる」とのことだったので、まず先に旧市街を歩いて、その後で海辺へ出てみることに決めて歩き出した。
 城壁から階段を登ってファーノの旧市街に入ると、いたるところに白いテープが張り巡らされ、警察官があちこちに立っていた。何か事件でもあったのかと尋ねると、「いや、今日はマラソン大会があるんだよ」と呑気な答えが返って来た。
 

 

 

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ファーノの中心、9月20日広場と街のシンボル「幸運の噴水」(上)。旧市街を走り抜けるマラソン大会。顔見知りの住民たちの声援を受け、ランナーも楽しそう(下)。

 

 

 住民たちのひやかしと歓声を受けながらのんびり走るランナーたちに混じって旧市街をアテもなく歩くうち、街はずれの城壁にぶち当たった。白い大理石造りの立派な門があり、その隣には教会らしき建物。『フラミニア街道博物館』と書かれている。フラミニア街道は、アッピア街道に並ぶ古代ローマの道である。好奇心に駆られて入ってみると、小規模ながら趣向を凝らした立派な展示がある博物館であることがわかった。
 ボランティア・ガイドの青年に質問したところ、この博物館は古代ローマ皇帝アウグストゥスの凱旋門に隣接する、元は教会だった場所を利用して作られたのだそうだ。古代ローマのフラミニア街道はローマとリミニを結ぶ北の重要なラインとして栄えた道。リミニ周辺には古代ローマ時代の遺跡や街道の跡がいくつもあるのだが、残念ながら予算の関係で発掘調査がままならない、と青年は嘆いていた。最新のテクノロジーを使って古代の道を再現した展示はとても興味深く、時間を忘れて見入ってしまった。
 アドリア海で非日常を味わいたくてここまで来た私だが、ペーザロでもファーノでも結局海を満喫する時間はなく、日頃見慣れた古代ローマ遺跡をここでも見せつけられて週末旅行は終わったのだった。

 

 

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古代ローマ皇帝アウグストゥスの凱旋門(上)。門に隣接した教会跡に造られた『フラミニア街道博物館』(下)。アンコーナ大学の学生たちが開発した最新アプリを使用した遺跡の再現イメージなど、小さいながら趣向を凝らした展示が楽しめる。
 

 

<参考サイト>

マルケ州日本語サイト

http://italy-marche.info/omona_pe/index.html


 

★ MAP ★

 

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<アクセス>

ローマからインターシティ利用3時間20分で乗り継ぎ駅Falconara Marittima/ファルコナーラ・マリッティマ、各駅電車に乗り換え約40分でペーザロ
ペーザロからファーノへは各駅電車で一駅、約8分

 

      

 

 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は6月8日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること17年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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