ステファン・ダントンの茶国漫遊記

ステファン・ダントンの茶国漫遊記

#13

タイ–アジアのまちでの再会と再考と

ステファン・ダントン

 

                                                                                         

 

 

Japanese Food Trade Fair in Bangkok

 

 

 

   

 2014年1月、四万十のあにきHさんと私はバンコクにいた。「Japanese Food Trade Fair in Bangkok」に出展することが目的だった。
 2012年の冬、ふとした出会いから四万十オリジナルの「四万十河原茶」の開発やプロモーションをともに手がけてきたあにきと私。「次は世界にアピールだ。まずはアジアから。バンコクからだ!」とやってきた。
 できあがって間もない「四万十河原茶」やあにきのつくっている四万十の「だし」はもちろん、おちゃらかのフレーバー茶もそろえた私たちのブースは連日大盛況だった。
 「手応え十分だね。ただ、タイで売るには値段が高いね」というあにきに、「タイにはもちろん目の肥えた富裕層がたくさんいるけれど、そこだけにアピールすることを目的にするのは違うね。普通の人に普通に日本茶を楽しんでもらいたいよね」と答えながら、所得格差の大きな国々にも日本茶ファンの裾野を広げるための方法を考えていた。

 

 

 

展示会場

 

展示会の受付

 

展示ブースで

展示会場の様子。下の写真はあにきと私。
 

 

 

 

バンコクのまちで

 

   

 

 バンコクの朝、目覚めたホテルの部屋から見渡す景色は、現代的な高層ビルの林。味気ないどこにでもある都会の風景かというと、眼下には人の波。「平日なのにさすがアジア!」と思ったが、何か特別なイベントの準備をしている様子にも見えた。反政府集会の準備中だった。地上におりて、ホテルを一歩出て散歩をすれば南国の花が濃厚な香りを放つ。木陰の露店ではフルーツやジュースをのんびりと売っている。ものすごい密度で行き交う人やオートバイに、現代とか都会とかではなくアジアそのもののエネルギーを感じる。

 

 

 

ホテルの窓から 

 

地上の人々

 

木陰の露店

ホテルの窓から見た人々や露店。

 

 

 

 日が高くなってくると様子がおかしいことに気がついた。道路をいっぱいに歩く人々が手に手に国旗となにか別の旗(あとから思い起こせば支持政党のものだったようだ)を持っているし、周囲には警官隊の姿もある。当時のタイでは2006年から続く政治的混乱とそれにともなう反政府デモに対する国軍の鎮圧が繰り返されていた。2010年の暗黒の土曜日事件に、世界中の批判が集まっていたことも知っていた。それなのに、現実のバンコクで自分の目で見た反政府デモは、何かのお祭りのパレードのように牧歌的だった。ホテルの窓から見下ろした反政府集会の準備だってイベント会場のように楽しそうに見えてしまった。それは、私の目が南国のムードに幻惑されていたのかもしれないし、どんなときにもゆったり楽しそうに見えるタイの庶民の表情と動作が、私の目から彼らの混乱と緊張を隠してしまっていたのかもしれない。
 デモが行われていたその同じ日に、私はトゥクトゥクに乗ってみた。あにきとその奥さんと。ほほには花とフルーツの濃厚な香りとたくさんの人の汗と食べ物がまじったような匂いが風にのって頬にあたった。デモの裏側は眠気を誘うようなのんびりした午後のバンコクの日常だった。

 

 

 

 

デモ隊の人波

 

デモ隊の4人乗りバイク

 

トゥクトゥクで牧歌的に記念撮影

 

トゥクトゥクから見た普段のバンコク

 

トゥクトゥクで風を感じる

バンコクの街の様子。

 

 

 

 

思わぬ再会

 

 

 

 バンコクの日常風景を見ながらこんなことを考えていた。
「タイの、アジアの日常に日本茶を広げたい。その裾野として現地に似合うフレーバー茶をつくりたい。でも、日本茶の関税は高いから広く庶民に飲んでもらうためには値段が高くなりすぎる。それならば…タイでも茶葉は栽培されているし、ハーブもふんだんにある。タイで生産したフレーバー茶をアジアで流通させればいいのではないか?」
 おちゃらかのいうなればBブランド構想を練り始めながら、あにきと出かけたのは、立派な門構えと日本庭園をもつ天翠という日本料理店。紹介されたオーナーが「ステファン!! 久しぶりじゃないか!」というからびっくりした。なんと、20年以上前にパリでともに働いていた仲間だったのだ。
 1987年、私はパリのホテル日光のブラッスリーでソムリエとして働いていた。ホテルにあった日本料理店で働いていたのが彼だった。日本語で話せる人は私しかいなかったから、私たちは職員食堂での休憩時間、いつもたわいのない話をしたものだ。それから、私は日本へ、彼はドイツへと離れて20数年。彼はホテルから独立してバンコクで日本料理店を開業し、今では12店舗を経営するまでになっていた。私もソムリエから日本茶の世界へ転身していた。思わぬ再会だった。
 これまでのことを報告し、これから、つまりタイでお茶を生産・流通させる夢を語った。旧知ではあるが久しぶりの友人は、それからタイの茶やハーブの生産者、地元の飲食店やホテルなどの関係者を紹介してくれながら、ともに夢を実現しようと力を貸してくれるようになった。旧知の友人と新たにできた「あにき」と、再会と新たな出会いと、新たな夢に向かっていたバンコクの旅はアジアへの旅とつながっていった。

 

 

 

 

日本料理店「天翠」

 

天翠のオーナー藤井さんと(私の隣)あにき(左から2人ん目)

あにき(左から2人目)と日本料理店オーナー藤井さん(右から2人目)と記念撮影。


 

 

 

 実はバンコクへの訪問は2回目だった。1回目は20年以上前に新婚旅行で訪れていた。甘い東南アジアの花の香りに誘われて当時の気分がうっすら呼び起こされるような瞬間もあった。でも、あのときまだいなかった息子も娘も20歳を超した。私は想像もしなかった日本茶の未来を考えながらビジネスをしている。
 

 

 

 

 

 

                        

 

*この連載は毎月第1・第3月曜日(月2回)の更新連載となります。次回公開は10月16日(月)です。お楽しみに! 

 

 

写真/ステファン・ダントン    編集協力/田村広子、スタジオポルト

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ステファン・ダントン

1964年フランス・リヨン生まれ。リセ・テクニック・ホテリア・グルノーブル卒業。ソムリエ。1992年来日。日本茶に魅せられ、全国各地の茶産地を巡る。2005年日本茶専門店「おちゃらか」開業。目・鼻・口で愉しめるフレーバー茶を提案し、日本茶を世界のソフトドリンクにすべく奮闘中。2014年日本橋コレド室町店オープン。2015年シンガポールに「ocharaka international」設立。2017年路面店オープン予定。著書に『フレーバー茶で暮らしを変える』(文化出版局)。「おちゃらか」http://www.ocharaka.co.jp/

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