東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#13

タイ国鉄の未乗車区間に惑う〈10〉

文と写真・下川裕治

 

チャチュンサオから南に向かう路線

 バンコクから東に延びる路線には、未乗車路線がひとつあった。前回、バンコクから、カンボジア国境に近いアランヤプラテートまでの路線を紹介した。この路線は、バンコク中央駅からチャチュンサオを通り、アランヤプラテートを結んでいた。そのチャチュンサオから南に向かう路線だった。終着駅は、パタヤの先にあるバーンプルータールアンである。

 1日に1往復しかなかった。休日は運休である。バンコク中央駅発は6時55分。こういう条件を見ると、「通勤、通学列車ね」と思うのだが、よく考えてみると、疑問が湧いてくる。

 バンコクはタイのすべてが集まっている。公式の人口はタイの1割ほどだが、実際は2割といわれている。公的機関や会社、そして大学などがこの街に集中しているのだ。つまり通勤、通学というのは、バンコクに向かう列車の話であって、バンコクから外に向かっていく列車にはあてはまらない……。

 列車は定刻に発車したが、すべてがバンコクに集まっているという意味をすぐに知らされることになる。

 発車して15分ほど進んだマッカサン駅で停車した。しばらくすると、バンコク中央駅行きの列車がやってきた。待ち合わせ停車だった。隣の線路に停まった列車の車内は学生やOLでぎっしり埋まり、立っている乗客も多かった。ここで10分遅れた。次いでクロンタン駅で待ち合わせ停車。そこから8分走ったフアマーク駅でまたしても待ち合わせ……。

 こうしてどんどん遅れていくのだ。朝の時間帯だから、バンコク中央駅に向かう列車の本数が増えるのはわかる。その列車を優先するのは当然だろう。だが、考えてしまうのだ。なぜ、この時間帯にバンコクの外に向かう列車を走らせないといけないのだろうか。

 この列車は4時間半ほどかけて終点に着く。そこで2時間ほど停車してバンコクに戻る。帰りの時間帯も、通勤や通学とは逆向きである。なんだか邪魔をするために走っているような気のもなるのだ。

 車内はすいていた。当たり前である。朝の7時台にバンコクから田舎に向かう人はそう多くない。

 それでも3割ほどの席は埋まっていた。彼らの切符を見ると、運賃のところは0バーツと書かれていた。この列車は政府が決めた無料列車だった。もし有料だったら、乗客はもっと少ない気がする。バスのほうがはるかに便利だからだ。

 

 

工業団地を抜け、終着駅のバーンプルータールアンへ 

 2時間ほど走り、チャチュンサオに着いた。ここから先が未乗車区間になる。

 おそらくのんびりとしたローカル線の風景が広がると思っていた。なにしろ1日に1往復の列車しか走らない路線なのだ。しかし車窓を眺めていた僕は、思わず背筋を伸ばしてしまった。隣に貨物専用の線路が走っていたのだが、それは整備されたばかりといった感じで、線路に敷かれたバラストが白く朝日に輝いていた。高架区間も少なくない。もしかしたら……と、窓から身を乗りだし、眼下の線路を眺めた。やはり新しい。この線路は最近、整えられたばかりだった。そういえば、列車のスピードも速くなった気がする。車体の揺れも少ない。

 しばらく走ると、左右に工場の建物が次々に現れた。工業団地のなかを列車は走っていたのだ。タイでははじめて見る光景だった。

 タイの列車は、産業というものがどうも似合わない。水牛が間抜けな顔で寝そべる水田地帯を走る姿がしっくりくる。

 バンコク東部の海沿いには、アマタナコンやアマタシティ、ウェルグローなどの巨大な工業団地が連なっている。日系工場も多い。そしてレムチャバンというタイ一の港もある。貨物用の線路は、工業団地の将来を見据えて整備されたようだった。人の動きより物流──。その世界を、古びた3等車両の列車が走っていた。なんだかタイがちょっとだけ頼もしく見える。

 しかし整備が進んでいたのはパタヤまでだった。乗客の大半はパタヤで降り、幽霊列車のようになってしまった。ゆっくりパタヤのビル群を後にしたが、その先に待っていたのは灌木の林だけだった。水田もなく、ときおり溜池が見える農村が広がりはじめた。

 がくんといつも通りのタイの列車に戻ってしまった。なにかほっとしたが、タイのインフラはここまでかと思うと、一抹の不安も頭をもたげてくる。

 列車は20分遅れで、終点のバーンプルータールアンに着いた。駅の表示では、この先にサタヒープ商業港という駅があることになっていた。やがてそこまで線路が延びるらしい。

 駅前にはなにもなかった。その日は早くバンコクに戻りたかった。仕事があったのだ。なぜかやってきたトゥクトゥクのおじさんに訊くと、近くの市場からバンコク行きのロットゥーという乗り合いバンが出るという。

 市場はすぐついてしまった。ロットゥーが待っていた。2時間後にはバンコクに戻ってしまった。バンコクからバーンプルータールアンまでの列車代は37バーツ、122円ほどだった。しかしロットゥーは160バーツ、約528円もした。

 

 

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タイとは思えない貨物専用線路。タイ国鉄もやればできる

 

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バーンプルータールアン駅。僧のグループが海に遊びにきていた

 

 

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*タイ国鉄(タイ国有鉄道)ホームページ

 

*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『タイ語の本音』『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ』『「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦』『週末バンコクでちょっと脱力』『週末台湾でちょっと一息』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」(いまはユーラシア大陸最南端から北極圏の最北端駅への列車旅を連載)、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

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